アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ― 作:藤崎次郎
「魔術について、僕らは知らないことが多すぎるね」
「おおよその概要は知ってるけど、標準以上のものは自信ないわ」
「魔術が“不死なる図書”を解く鍵であるのは間違いないだろうし」
「上手くルェンさんに協力してもらえないか、後日聞いてみましょう」
朝日に優しく照らされながら、大園都をのんびり歩く。
最初に着いた港町と同様、建物の素材はほとんどが樹木で統一されている。樹木といっても実に多種多様であり、見るに飽きることはない。見上げれば空を縦横無尽に飛び回る魔獣たち。空の交通状況は今日も複雑怪奇、流れるように彼らは飛ぶ。
十字路に着き、中央の大樹が元気ハツラツと動いていた。道を聞いてくる魔物に枝で方向を示したり、スピードを出し過ぎている飛獣を強制的に止め注意したり、重い荷物を運ぶ手伝いをしていたり、どう見ても中に人がいるんじゃないかと思える行動であった。時々ストレッチもしている。
「ところでなんだけど、実はさ」
「シルドくんがクロネアについて何も知らないのは仕方ないわ。私が事前にいろいろ調べているから、安心していい」
「……ごめん」
「謝るの禁止。楽しくいきましょっ」
モモは普段からクールな女性だ。お淑やかで礼儀正しく、落ち着きある貴女。そんな彼女が目を輝かせて興奮していることはあまり見られないもので。ただ、最近は表現が豊かになることが頻繁に増えてきている。それは目に見えてわかるもので、リュネさんからも時々お礼を言われる。これといって僕が何かしたわけではない。強いているなら、彼女に振り向いてもらえるよう努力しているぐらいだ。
クロネアに来て一段と活発になったモモに連れられて、店に入る。
入った直後、息を大きく吸った。
吐きながら思わず笑みが零れる……!
「紙!?」
「うん、紙」
紙。樹木や植物を絡ませて薄く平らに伸ばしたもの。
その紙が、店内の壁や天井はもちろん床に椅子、机にまでと……ありとあらゆる場所に置かれていた。種類は数百種類だろうか、色のバリエーションはもちろん、見た目からして違う紙や厚さに紙質など、世界中の紙がここに集まっているのではと思えた。
本を読む以上、必要不可欠な紙。
絵を描く以上、必要不可欠な紙。
僕らにとって、紙とはなくてはならない存在である。それが今、眼前に所狭しと並べられ、想像もしたことがなかった光景を魅せつけられた。横に飾ってある紙を取ると、ごわごわとしていながら弾力がある。説明文が付いているもののクロネア語なのでわからない。ただ、思わず何度も触ってしまう気持ちよさがあった。
「私とシルドくんの共通するものを考えたら、紙が浮かんだの。クロネアは三国一の紙生産国だからきっと素敵なものがあるんじゃないか……って」
気遣いの深さに、ただただ頭が下がる思いだ。
それから、十数分かけて店内を回り紙を触ったり持ったりしては興味深く鑑賞した。特に気に入ったのが『炭垂れ』と呼ばれる紙で、なんと燃えない紙だそうだ。他にも縦には切れて横には切れない不思議な紙や、重ねる毎に色が変わっていく面白い紙、決してインクの色が落ちない洗練な紙に紙自体が半永久に風化しない貴重な紙など、挙げればきりがない。
そうこうして時間が過ぎ、改めてモモにお礼を言った。
「すごく楽しいよ。こんな素敵なお店があるなんて全然知らなかった。せっかくだからいくつか買っていかない?」
「えぇ、でもまだ朝だから買うのは夕方でいいんじゃないかしら」
「構いませんよぃ。ゆっくり見てなすってぇ」
独特なイントネーションをした声が聞こえて、後ろを振り返ると店の奥から狐目をした年上と思われる女性が出てきた。かんざしを三本後ろ髪に刺し、佇まいや風貌から古風な雰囲気がある。眉毛は異様に細く、唇も妙に薄い。また、彼女の服を見て目を丸くした。
「その服は紙なんですか?」
「はいぃ。ウチの店はすべて紙製ですよぃ。あんさんが持っているものも、そこにある机も、床もね」
「ゆ、床もですか」
「この店は代々学園啓都に住む学生さんらに重宝されてきた老舗でさぁ。紙に執着するあまり、ウチのご先祖さまが全部紙製にしちまったのよ」
「先祖代々受け継がれる紙の店ですか。素敵ですね」
照れているのか、人差し指で頬を触りながら微笑する店主。
「まぁね。あんさんら、アズール人かい?」
「そうです。やっぱりわかるんですか」
「なんとなくねぃ。最近はアズール人も増えてきた。やぃやぃ言う奴もいるが、ウチらにとっては貴重なお客人さぁ。買って喜んで次も来てくれれば、皆平等にお客人さ」
「なら、夕方また来ます。母に文通する機会があって珍しい紙を探していたんです。よろしければ、おすすめの紙をお願いします」
「あいや任された。そちらの麗人さんは何かあるかぃ?」
「なら、絵画に適した紙を」
「はいさ。選りすぐった一級品を用意しておくよ。楽しみにしててくれ」
* * *
店を出て、ちょっとお茶にしようと近くにある喫茶店に入った。
字が読めないのでおまかせで注文する。出てきたのはコップに注がれた透明なスープ。二人で首を傾げながら飲んでみると、あまりの美味しさに思わずスープを凝視してしまった。そして「え!?」と言いながら二人で顔を見合わせて、もう一度飲む。
「魚介の出汁(だし)かな」
「あと、最後にほんのり甘い香りがする……」
「花?」
「たぶん」
いろいろ予想しながら店員さんに聞いて答え合わせ。
なんでも、魚と貝を丸一日煮込み、香り付けに甘い花とモリネで味付けしているそうだ。この世界では胡椒に限りなく近いモリネという植物の種がある。前世でいう和風料理だけど、花を加えるとは考えたものだ。クロネアが統治するセルロー大陸ならば、数千種類の花があろう。自然豊かな大地なら、料理の幅も自ずと増えるものだ。
また、スープはクロネアにとってアズールの紅茶である。つまり国民食なのだ。僕らが紅茶やお茶を好んで飲み楽しむのに対し、クロネア人は様々なスープを作り楽しむ。
続いて出てきたのは、野菜の盛り合わせだった。
何故か動いていた。
ウネウネと、生きているかのように。さすがにこれは厳しいと思って急いで店員さんを呼び、答えを教えてもらうと『菜躍動』と言われる現象だという。この地域で採れる野菜は繊維の伝達組織が発達しており、収穫後も活きのいい証として動くという。魚の活き造りと同じようなものか。まさか野菜の活き造りを見る日がこようとは思わなかった……。
「僕が先にいこう」
「おぉー。お客様、アズールの方なのに素晴らしい男気です!」
パチパチと拍手されて、店員に勇気を讃えられる。前ではモモが「大丈夫なの?」という顔をしていた。
ここで引いては男が廃る、勇気を振り絞り口へ運んだ。
……あまりの瑞々しさに、度胆を抜かれる。そういえば、前世で初めてアジの活き造りを食べた時、その弾力さと美味さに感動したものだ。普段食べている魚の刺身とは雲泥の差であり、捕りたてでなければ絶対に味わえない旨みの境地があった。
まさに、それと同じ。
野菜の旨みが、これほど濃いものとは……!
「美味しい!」
あまりの美味しさにパクパク食べている前で、未だにモモは興味深そうに観察している。ウネウネがやはり受け付けないようで、勇気を出そうと頑張っているのだろう。それでも菜躍動している野菜の方が圧倒的に旨みが違うので、騙されたと思って一口どうかな、と勧めてみる。
十数秒後、食べてみたいという欲が勝ってくれたのか、恐る恐る口に運んで……。
その後は、二人で終始笑顔で食事を楽しんだ。
やはり、美味しい食べ物を食べると、人は笑顔になる。当たり前のことであるが、改めて教えてもらった気がした。
「そろそろ行きましょ」
「あぁ」
昼を過ぎたころ。モモが一番行きたい場所があるということで、そこへ向かった。結構な人気があるらしく、並ばないと乗れないそうだ。乗り物かぁとのんびり物思いにふけりながら歩いていき、目的地へ到着する。
随分と列が並んでいて、一時間はかかるようだ。
少し躊躇したモモを見て、すかさず乗ろうと提案する。せっかくここまで来たんだ。モモに喜んでもらうためにも、可能な限り彼女が望む展開にしたい。今度は僕が誘わないとな。しっかり事前に調べてから誘おう。そして右へ振り向いた。
「…………」
振り向いた先を睨みつける。
「どうしたのシルドくん?」
「いや、べつに」
一時間後。
徐々に見えてくるそれを見て、しばし呆ける。確かに乗り物は乗り物だけど、どちらかと言えば……。
「雲だよね」
「左様でございます! こちらは『乗り雲』と呼ばれ大園都を自由に飛び回れる雲として学園啓都名物の一つになっております」
「自分で操作するんですか?」
「はい。操作も簡単で誰でも自由に動かすことが可能ですよ。ただ、一時間という制限がありまして、一時間たつと自動的に消えてしまうのです。消えてしまった雲は陸雲の一部となり、また乗り雲として復活します。私たちはクロネアの公的機関ゆえ、料金も飛獣に払う代金より安いですよ。えーただ、遅いのが難点ですが」
「ご丁寧にありがとうございます」
「いえいえ、では一人乗りにしますか? それとも、二人乗りにしますか?」
──ここで、二人乗りにしろと思った男がいるならば、そいつはモモのことをちっともわかっていない野郎である。
半年ちょっと前、モモと一緒に絵画店に行くことがあった。その際、ジェットブースターの如きカッ飛ぶ箒に乗った怖すぎる女人にして風紀委員、アンジェ・ユクリートと出会った。彼女はモモへ荷物を届けに現れて、無事仕事を終えると立ち去る時にこう言った。
『二人は付き合ってるの?』
これに対し、僕はヘタレ丸出しで動揺してしまい、最終的には「ご想像にお任せするよ」というわけわからん結論に達した。今でもはっきりと覚えている。しかし、それを言う前にモモ・シャルロッティアは断言したのだ。「違うわ」と。
その後、彼女の様子からしてアンジェからの質問に否と答えたのは照れだったのだと思っている。
つまり、これから何が導き出せるかというと、モモは他人の目に触れている時、僕に対しての必要以上の接近を拒否する子なのだ。簡単に言ってしまうと、恥ずかしがり屋さんなのだ。
ならば、僕が言うべき言葉は決まっている。
ここで二人乗りと言えば彼女を辱める可能性が高い。この半年間、モモを見てきて学んだ答えだ。彼女のことを思っているからこそわかった、数少ない武器でもある。今こそそれを華麗に使いこなし、一歩進んだ男をアピールするチャンスではなかろうか。最近はやけにモモが積極的だ。ここで負けるわけにはいかない。
男として、かっこいいところを見せたい。
赤面させてやろう。
顔がみるみる赤くなっていくだろう彼女を最初から見るためにも、横にいる彼女を……。
あれ?
モモがいない。
おかしいな、確かについさっきまでそこに。
周囲を見渡すと、すぐに見つかった。
いつの間にか前にいて。
いったい、どうしたん──
「二人乗りでお願いします」
モモさんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?