ソード・アリスの放った光の斬撃。それに本体を両断された巨大な怪異の肉体が、急速に朽ちていく。
腐臭を放ちながら崩れ落ちるゼラチンの塊が、揮発するように大気に溶けていく。立ち上る虹色の臭気を私は袖を振って身から払った。
「やれやれ、卑しい物は末路まで小汚い。しかし……」
私は視線を校庭の真ん中にたたずむ魔法少女に向ける。
必殺技を決めた事に油断なし。残心を残し、静かに剣から光の残滓を振り払うその姿は実に様になっている。
名前を聞いたことのない魔法少女だが、あの戦いぶりをみれば新人かな? などという発想は出てこない。このあたりの担当の魔法少女ではなく彼女が来てくれた事には疑問が残るが、どちらにしろ学校の皆を助けてくれた事には感謝せねば。
私一人ではルーシィと合流できずに詰んでいたところである。
「……ん? 今更サイレンか。ふ、当然だな。世には心の重症患者が多すぎる」
「怪異の性質よ。奴らの中には、時空間を歪めてテリトリーを形成するものがいる。そこで何が起きても、周囲の人間は察知する事ができない。私達魔法少女を除いてね」
「奴らの狩場、という訳か」
なるほど。便利な性質があるもんだなあ、いやこっちにとっちゃ不便だが。
それにしても意外と説明してくれるのね。見た目と違っておしゃべりじゃーん。助かる。もっとこう、孤高! というか話しかけるな! っていう感じかと。
ところで、どうして剣を腰の鞘に納めずに、抜身のままでこっちに向かってきていらっしゃるのでしょう? そして何故それを正眼に構えるので?
「つまり。まだお前を討伐するまでの時間はあるという事だ」
「ん?」
「化け物め。ほかの連中ならいざ知らず、私の目をごまかせるとは思わない事だ」
刃を向けてくるソード・アリスから感じるのはまっすぐな敵意。時間をかけて凍らせた氷のような、透き通る透明なそれに知らず口元がひりつくように歪む。
「ふむん魔法少女といえば団結と協力。いつからお前は仮面の戦士の番組に鞍替えした?」
「戯言はやめろ、私達の恰好をまねた所で薄皮の下に流れる腐った血の匂いは隠せんぞ!」
「おおっと」
放たれる光の斬撃を、ステップを刻んで回避する。なんだか愉快な事になってきた、自然と笑みが浮かんできちゃう。
「ふふ、シーズン2で大胆な方針転換という訳か。よかろう、しばし共に踊ってやろう」
「殺しはしない! 叩きのめし、お前の中からけがれた血を吐き出させてやる!」
なるほど、ソード・アリスからすると私は得体のしれない怪異に体を乗っ取られてる哀れな被害者少女、という訳か。まあそういうパターンの悪の魔法少女も居ない事もないし、お約束っちゃお約束だ。
しかしこの子、なんだかんだで普通に私の言い回しが通じてない?
「せい、やあっ! でえぇい!」
「ふ、棒を振り回すだけにしてはずいぶんと大仰だな?」
余裕を演じるが、意外とちょっとピンチである。飛ぶ斬撃を雨あられと繰り出されて、こっちは回避するので精いっぱいだ。背後に学校とかを巻き込む訳にはいかないし……。
というか、こっちはどういう条件で勝利になるんだ? まさか、相手のガス欠まで逃げ回る訳にもいかないし。
少なくともこっちはソード・アリスの事を嘗めてはいない。これまで遭遇してきた魔法少女ではこの子が一番実力者といっても過言ではない。
でもちょっと遊びが無さ過ぎて折れそうな感じもあるね。
ふむ。
……ちょっと、ビックリさせちゃうか。
「ええい、いつまでもちょろちょろと! どうした、大仰な言い回しは口だけか!」
「そういわれてはこちらも黙ってはいられない。いいだろう、貴様の言う穢れた血の吐息を受けるがいい」
「む……!」
ずるり、と不可視の触手を右の眼窩から引きずり出す。目視はできないにしても、空気の動きや私の雰囲気から何かを悟ったのだろう、ソード・アリスは攻撃を中断し、防御の構えを取って様子見に入る。
堅実だが……相手が何をしてくるかわからない状況でそれは悪手だぞ? 魔法少女。
「最も、貴様のような雛鳥、一息で吹き散らしてしまうやもしれんな?」
ぐぱあ、と裂けた触手の先端から、汚れた透明の息が噴き出される。この世の物質してたちまち白濁する霧が、ドライアイスの煙のように広がり校庭を覆いつくす。
たちまち猛吹雪か、朝の山稜と言わんばかりに周囲の視界がゼロになる。
私の姿を見失ったのだろう、ソード・アリスが辺りを見渡しながら後ろに下がるが、急速に広がる霧はすでに彼女の全方位を覆っていた。白い汚れの中に、ブロッケンの巨人のように私の巨大な影が浮かび上がる。
『さあて。剣士殿は見えぬ物を切るというが、先ほどの醜態を見るに望み薄かな?』
「……っ、なめるな! 貴様のような邪気、目をつむってても逃す事はない!」
言って、ほんとに目を閉じるソード・アリス。おぉう。こっちは冗談だったんだが。
まあ、いっか。私は触手の先端をうにうにと変形させると、それとパシッとハイタッチした。
「はあい、私。あとはよろしくね」
『はあい、私。あとはまかせてね』
それは、精巧に作り出した私の分身、魔法少女ダークネス・ルーシィの肉人形だ。ちゃんと内臓とか骨も再現しているよ、まあ違いがあるとしたら右目にルーシィがいない事かな。もちろん、普通の人にも見えるように色を付けている。いや、色を抜いたのが正確な表現かな。
私は細い糸みたいな触手でつながっているそれを、剣を構えて微動だにしないソード・アリスの背後から近づかせる。さーて、ほんとに心眼とやらがあるのかな?
『さあて、私は誰かな?』
そして背後からそっと手を伸ばした瞬間。閉ざされていたソード・アリスが、くわっと目を見開いた。
「……そこ!!」
『えっ』
そして振り返り様に一閃。分厚い魔力の外殻を帯びた剣の一撃が、逆袈裟に肉人形を切り裂いた。
……まあ、魔法少女であれば、身にまとう魔力の鎧でせいぜい打撲で済む一撃。だけど、あくまで見た目を整えた肉人形には、巨大なギロチンの刃にも等しい一撃。
ずんばらり、と切り裂かれて地に伏す肉人形。両断されたその傷口から、ぐずぐずと赤黒い血液がグランドに広がっていく。
おおぅ。ルーシィ、気合いれすぎ……。
「ふぅ。どうだ、みたか。この通り……一刀……りょう、だ……」
息を吐いて自慢げに剣を降ろしたソード・アリスの口調がどんどんしなびていく。それに伴いその顔色が青ざめていくのは横から見ているとちょっと面白かった。
「え? あ? う、うそ、あの程度で、そんな……?!」
カラン、と剣を取り落とし、震えながら後ずさるソード・アリス。その視線は、真っ二つになって横たわる私に向けられている。まあ、偽物なんだけど。
あとあの程度とかいってたけど、普通に人間真っ二つになる威力だったからね? あの調子で普段からツンケンしてると、犠牲者が出るよ? まあもう出ちゃったんだけど。
「ち、ちが、私、そんなつもりじゃ……」
可哀そうなほど狼狽えているソード・アリス。あんまし引きずるのもかわいそうなので、さっさとネタバレしに行こうか。
「ああ、可哀そうな私。死んでしまったな、お前の刃で」
「え……ひっ!?」
『そうね、私。ああ、可哀そう。綺麗なまでに真っ二つ、まるで夏の終わりの蝶々のよう』
増やした分身と共に、ソード・アリスの四肢を抑え込む。彼女の右足に、お腹に、右手に、しなだれかかるように絡みつくように分身たちが腕を回す。そして最後に、本物の私がそっと彼女の整った横顔に指を伸ばし、くい、と視線をこちらに向けさせた。赤く輝く右の瞳で、彼女の瞳を覗き込む。
「本当の強者は悪戯に刃を振り回さぬもの。ふふ、切り裂いた臓腑から流れるのが必ずしも血とは限らぬからなぁ」
「ひ……あ……っ!? お、お前……?!」
「いいのよ、私は気にしていない。これは些細な事故のようなもの。ねえ、まずはお友達から始めましょう? 最初は、目と目を合わせてご挨拶から……常識よね?」
さっきから、ルーシィが眼窩の中でうずうずしててね。
かっこいい魔法少女のお姉ちゃんに挨拶したいみたいなの。
大丈夫、この間のアレであの子も加減を覚えたから、精神を砕いたりはしないわ。
ちょっとだけ……私達の庭に、お招きするだけ。
瞳の中にうかぶのは、無限の宙を見せる銀の鍵。
がちゃり、と音を立てて扉が開けば、そう、その向こうに広がるのは蠢くピンクと瞳の群れ。
ほら、見えるだろう? 庭に踏み込んだ君の周りに浮かぶ、無数の愛らしい瞳の数々が。
ルーシィが、君に、挨拶をしたがっている。ほら、声をかけてあげて、ルーシィ。
一つの二つの三つの四つの那由他の無量大数の刹那の複眼の菱型の多面体の鏡面の可愛い瞳が見ているよ。
こんにちは。ともだちになりましょう?
『ムルルルミィ』
「…………あああああああああぁあああああああああ?!?! あ……あぁああっ!?」
びぐびぐんっ、とソード・アリスの手足が痙攣するようにひきつるのを、分身たちで押さえ込む。
ややあって、私は拘束を解くと、するりと肉人形達を触手に変えて瞳に戻した。
目の前には、呆然とたたずむソード・アリス。その目は映ろで、半開きになった口からは一筋涎が垂れている。
「あらあら。レディがはしたない」
「……」
「ソード・アリス。ここでは血を吸う怪異だけがいた、そうね? ダークネス・ルーシィは一緒にそれを討伐した仲間。心強い、新しいお友達……そうね?」
私の問いかけに、こくこく、とソード・アリスは小さく頷いた。
「はい……ダークネス・ルーシィはお友達です」
『ムルミミミィ!』
「ふふ、そうね。お友達作戦第一号、成功ね」
私はそっと彼女の手を取り、にこやかに笑いかけた。
「それじゃあ、あとは任せていいかしら? 私達、こういう場合の誤魔化し方が上手じゃないの」
「はい……おまかせください……」
「ふふ、ありがとう。それじゃ、また今度ね!」
私はソード・アリスに手を振って、周囲の霧が消える前に後者へと戻った。変身を解除して、ルーシィをカバンに突っ込むと床に倒れて被害者その1に偽装する。
ややあって、ドタドタと校舎に踏み込んでくる足音と、救急隊員の叫ぶ声が聞こえて、私はほぅ、と安堵の息を吐いたのだった。
「なんとか、なったかな?」
『ムミィ』
「ふふふ、ありがと、ルーシィ。帰ったらご褒美あげるね!」
『ムミィー!』
私の机の横で、カバンが上機嫌に一人でに動いていた。
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