あれから、学校がどうなったか、だけど。
幸いにも犠牲者はゼロ。どうやら、あの怪物は皆からまんべんなく最後まで血を吸い上げるために、逆に皆を殺さないようにしていたらしい。おかげで、貧血になった人は多数なものの、命に係わるような重体の人は出なかった。それでも入院者多数であり、学校はしばらく休学、という事になった。
ぴんぴんしてる私からするとありがたい話だ。ま、その代わりと言わんばかりに、非番だった先生に山ほど課題を出されたけど小学校の課題なんてたかが知れてるしね。
ちなみに、先生から一応母さんのほうに連絡があったはずだけど、帰ってくる事はなかった。まあ私は無事だったから、別にいいんだけど……。
おかげで私は、ルーシィと一緒に季節外れの連休を満喫していたのであった。
そんな私が何をしているかというと……キッチンで料理である。
台所のフライパンに、お玉で生地を薄く、薄く広げてー。火が通ったら、菜箸でそれをぺいっとひっくり返す。
焼きあがったらお皿の上に折り畳み、再び生地を広げて……と。そうやって生地を全部やいたら、皿の上で焼き上がったものを並べて整える。
そしたら暖かいうちに、粉砂糖を振って、無塩バターをかけて……。
「はーい、ルーシィ。クレープ焼けたよ」
『ムルミミィ!!』
私が二階に声をかけると、部屋から飛び出したルーシィがスーパーボールみたいに跳ね回りながら一階に降りてきた。ぼいんぼいんと弾みながら、最終的に自分の席にナイスシュート、で着地したルーシィの前に、そっとお皿を差し出す。
「それではお客様、ブール・エ・シュクルでございます。どうぞご賞味くださいませ」
『ミルルゥ♪』
芝居がかってお辞儀をすると、くるしうない、とルーシィは頷いてフォークやナイフをくるりん、と触手でからめとり、もちもちのクレープをナイフで切り分けて口に運んだ。砂糖とバター、シンプルな味付けのクレープ生地をもむもむと咀嚼したその瞳が、キラキラキラ……とルビーのように輝く。
よかった、どうやらお気に召したようです。
「ふふ、たくさんあるからたっぷりお食べ」
『ミュフゥ!!』
皿の上に並べられた10枚近いクレープをもっちゃもっちゃと平らげていくルーシィ。そのほっぺはいつになく桜色に色づいていてずいぶんとご機嫌である。
これはこの間学校で助けてもらった事へのご褒美である。最近は魔法少女活動もあってルーシィに色々と負担をかけているから、その分も含めてね。
見守る前で、恐ろしい勢いでクレープがルーシィの口の中に消えていく。最後の一切れを名残惜しそうによく味わって、ごくり。
『ムィミ』
「美味しかった? ふふ、ご馳走様でした」
『ミミミッ』
満足そうにお腹をなでなでするルーシィ。どうやら量も味も及第点は貰えたようだ。
「よかった。一応平日だからケーキ屋さんに買いに行くより手作りにしようかなと思ったんだけど、楽しんでもらえたみたいだね。意外と時間がかかっちゃったけど」
クレープ一枚は数分で焼き上がるけど、それを10枚以上となると結構手間がかかる。時計を見れば、昼過ぎに始めたのにもう4時を回っている。
もうちょっとしたら世の中の小学生は帰宅している頃かな。手作りは安く上がるけど手間と時間のトレードになるね。愛情をプライスレスとするかは、相手によるか。
私は食後の珈琲を堪能しているルーシィにニコニコしながら台所に戻り、使った食器を洗った。まだちょっと早いけど、夕飯の仕込みもついでにしておこうかな。
「あ、でもクレープに使ったから卵がないな。まあ買いに行けばいいか」
『ミィルルゥ』
「ルーシィもついてくる? ふふ、じゃあ二人でお買い物しようか」
ぴょんぴょこ、と跳ねるように抱き着いてきたルーシィの姿が、ぎゅるるん、と丸まって小さな義眼の形になる。私はひょい、とそれを右の眼窩に収めて、ぱちぱちとまばたきした。
「……ちょっといつもより重たいな。まああれだけクレープ食べればね……」
『ムルルミィミ』
「いつか魔法少女を家に呼んでクレープパーティーがしたい? ふふ……それはなんだか愉快そうだね」
この間、ソード・アリスとお友達になった事でルーシィはずっとご機嫌である。下手したら眼窩の中で鼻歌を歌い出しそうな上機嫌な彼に苦笑しつつ、私は壁にかけていた買い物鞄を手に取ると玄関に向かった。
「思ったより遅くなっちゃったね」
『ムルミィー』
帰り道、すっかり日が落ちて薄暗くなりつつある周囲を見渡して、私は嘆息した。
思ったよりも悩んじゃったというか、安くていい食材が多かったので今後の消費計画を組みなおして大目に買っちゃったのだ。鞄一つでは足りなくて両手にビニール袋をぶら下げている私の姿は遠目にも目立つだろうが、周囲に人の姿は多くない。ここ連日、怪物達があっちこっちで暴れてるから大人もさっさと帰宅しているっぽいね。
どことなく、町には寂しい空気が流れている。日本人は平和ボケだなんていうけどこういう空気には敏感だと思う。
「しかし最近、なんか出現頻度高くなってるよね。魔法少女側もどうにもそれを予測してるっぽいし……ルーシィは何か知ってる?」
『ミミィ?』
「そりゃそうだよね、知ってる訳ないか。でもソード・アリスって、調べたらチームポイズンとは反対側のよその街を守ってる魔法少女らしいよ。それがあの日、学校に駆け付けてくれたってのはやっぱり何かあるよ」
ついでに言えば、本来この街を守っているチームビーストは別の場所に現れた怪物を退治していたらしい。どうにもこのあたりに怪物が集中して出現する一方で、他のエリアはさほどでもないようだ。
これに気が付いたら引っ越しを考える人も出てくるだろう。しかしどうしてこんな事になっているのか。あるいは、怪物の出現頻度が偏るのはいつもの事なのか?
場合によっては隣の町がそういう事もあるのかもしれない。全国規模でそういう感じなら、日本全土逃げ場無し、だ。
まあ、魔法少女が全国の都道府県全部の街や村にチームで配備されているという事もないようで、やっぱり濃淡があるのは間違いないようだが……あくまで、被害報告等から得られた限定的な情報故、断定はできない。
被害を出す前に、人目に触れる事無く魔法少女に駆逐される怪物も居るだろうしね。実際私もそういう奴を一匹始末した事がある。
「国の偉い人なら把握してるのかな? 発表しないのは……色々めんどくさいからだろうなあ」
何が面倒くさいかって、もうあらゆることだろう。
そもそも、魔法少女は公的には民間協力者という事になっているだろうし、それに治安維持を依存しているのは不味い事だし、なんなら戦闘で発生した被害の責任をどうするかも割となあなあで流れている。今は国が保証するって事で落ち着いてるみたいだけど、当初は色々頭の悪いやり取りがあったみたい。思い切って先生に聞いてみた事があるけど、返って来たのは苦笑いだった。
『ムミィー! ムルミミミ』
「ルーシィ……誰もが君みたいに魔法少女ガチ勢じゃないんだよ……」
魔法少女に全てを捧げるのです、みたいな事を言い出したルーシィに思わず苦笑。自分自身が魔法少女のマスコットみたいなもんなのに、その熱烈な信奉っぷりは衰える所をしらない。
眼窩の中で騒がしいルーシィを宥めながら、外灯の光を頼りに家への帰路を行く……と、そこでふと、私は妙な気配に気が付いた。
闇の中で、何か蠢いている気配がする。そして一家の団欒の準備とは程遠い、すえたような異臭が、微かに。
こいつは……。
「どうやらお仕事の時間みたいだよ、ルーシィ」
『ミミミィ!』
合点承知の助、と言わんばかりの元気な返事に、私はそっと右目を手で押さえた。
「変身」