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そして約束の日時。
私はできる限りのおしゃれをして、駅前の銅像の前で立って待っていた。
魔法少女姿で。
「……ねえ、あの子……」
「随分気合入ったコスプレだね。暑くないのかしら」
「……なんか、ネットのうわさで見た魔法少女に似てるな……」
私を遠巻きにする通りすがりの市民がひそひそ話しているのを、澄ました顔で聞き流す。内心は赤っ恥で冷や汗ダラダラだ。
だってえ……普通、魔法少女って変身前も女の子じゃん?
でも私の場合、変身前は男の子なのに変身後は女の子だよ! 百歩譲って少年が変身するのはありだとしても、魔法少年になるのが普通だよ!
いや、昔はそういうのもあったらしいけど、とにかくエリザベート……じゃなくて、天神川さんは私の事を女の子と思ってるはずで……。
うぅ……な、なんか、だましてるんじゃないすかこれ? って気持ちになってくる……。
『ムルミミィ』
え、仕方ない? コラテラルダメージ? 黙っていれば誰も傷つかずに済む?
そ、そうだね。ルーシィの言う通り、黙っていればばれないよね……むしろ正体を明かした所で信じてもらえずに話がこじれるような気もするし……。
うぅ……闇の魔法少女は試練がいっぱいだぁ。
「むぐぐ……うん?」
小さくぷるぷる震えながら待っていると、目の前のホームのロータリーに黒塗りの高級車が入ってくる。はええ、胴体なっが。いまどきあんな車が本当にあるんだなー。
ぽけーっと見ていると、徐々に減速した車が目前で停止する。うぃーん、と座席の窓が開いて、そこから顔を出すのは金髪の縦ロール。
「金髪ドリル!?」
「誰がドリルですって!? をほん、いいから早く乗ってくださいな」
「え? え? この高級車、えっ」
がちゃん、と自動的に開くドアとエリザベートさんの間で視線を往復させる。
お金持ちだと思ってたけど……こんなレベルで!? えっ!?
「し、失礼する……」
おそるおそる座席に座る。おわっ、ふかふか。絨毯もクッションもふかふか……。
あわあわしていると、自動的にドアが閉まり、静かに車が発進し始めた。エンジンの音が全くしないし、振動も感じない。静かだ……。
初めてのことばかりでおろおろしていると、隣の席でそんな私の醜態を見守っていたエリザベ……天神川さんがくすっと笑った。
「ふふ。貴方もそういう処があるんですのね。変身して待ってるぐらいだからもっと堂々としているものかと」
「いや、それはその、えっと」
「ああ、ごめんなさい。揶揄ってる訳じゃないのよ。むしろ正体をしっかり隠しているのは好印象ですわ」
お世辞ではなく、本当に彼女はそう思っているらしい。
私はちょこんとソファーに浅く座り込んで、俯いた前髪の間から彼女の顔を仰ぎ見た。
「天神川さんは、そうじゃないみたいだけど……?」
「当然! この私に、隠すべき場所など何も存在しませんわ! おーっほっほっほっほ!!」
そして自信満々に見える高笑い。
まあ……ちょこちょこ見える陰から本気でそう思っている訳ではないのは透けて見えるけど、そうあろうとしているのはわかる。
強くあろうとしているなら、それは即ち強い人だ。そういう人は素直に素敵に思う。
「そ、そうか……それで、今日は?」
「勿論、我が家のテラスでお茶にしましょう! 衆目に身を晒すのは苦手でしょう? せっかくですから、先輩魔法少女として、後輩魔法少女に色々教えて差し上げますわー!」
「う、うむ……」
そうこうしているうちに、車はやたらと大きな家の立ち並ぶ区画に入った。いわゆるお金持ちの家が並ぶ中でも、ひときわ大きな家の車庫に、器用に大きな車体を車庫入れする。
運転手さんが先に降りて、がちゃり、とドアを開けてエスコートしてくれた。
「お嬢様、ルーシィ様。到着いたしました、お手を」
「ご苦労様ですわ、セバスチャン」
「あっ、ど、どうも」
にっこり笑って手を差し出してくる初老の紳士は、電話に出てくれた人だ。白手袋を握り返すと、そっと優しく車から引っ張り下ろしてくれる。
「さ、こっちへいらっしゃい」
「う、うむ……」
天神川さんに連れられて、車庫から中庭を横切る。大きなお屋敷の庭はよく手入れがされていて、町の真ん中なのに静かな湖畔の一角のような清涼さと自然の匂いがした。
向かう先には、木陰に並べられたテーブルとティーセット。傍らには白いエプロンドレスのメイドさん。……メイドさん!?
「恵さん、お茶の用意はよろしくて?」
「はい、お嬢様。ルーシィ様は、何か苦手なものはありますか?」
「い、いいいいえ、な、ないです……」
ビクビクしながら答えると、メイドさんは無言でニッコリ笑って頭を下げるとその場を去っていく。
後には私と天神川さんだけが残された。
「ほら、座りましょ」
「うん……」
当然のような顔で促す天神川さんに連れられて、私も席に腰をつける。
さっきから別世界のような体験に委縮しっぱなしだ。私のような前世から今世に至るまで、骨の髄まで庶民の人間にはいささか敷居が高い。
ルーシィだって眼窩でちょっと委縮してしまっている。まあ憧れの魔法少女のおうちに招待されて無邪気に喜んでいたらコレだもんね……。
「て、天神川さんは、お金持ちなのね……」
「父がちょっとお仕事に成功しただけの話ですわ。私自身は何もしておりませんもの。でもだからこそ、それに相応しくあらねばなりませんのよ!」
ほえー。志が高いねえ……。魔法少女になったのもそれが理由なのかな。
「それはともかく、紅茶をどうぞ。恵さんの淹れた紅茶は絶品ですのよ」
「あ、ありがとう……」
こぽぽ……とカップに注がれる琥珀色の液体を、ちょいと傾けて口に含む。
……うっま! 全然渋くない、口の中にふわりと香りが広がって……え、ナニコレ!? 普段飲んでるプリトンの三角ティーパックと本当に同じ飲み物!?
目を丸くして天神川さんを見返すと、彼女は笑顔で「そうでしょうそうでしょう」と頷き返した。
「気に入ってくださったようで何よりですわ。ふふ、それにしても貴方、そっちが素なのね」
「う……っ」
「まあ追及するつもりはありませんわ。私も似たようなものですもの」
言い切って、天神川さんはすっと紅茶を傾ける。その仕草は洗練されていて、一枚の絵画のようだった。
両手でカップを抱えて、猫背でずるずる紅茶をすすっている私とは段違いだ。かっこいいなあ……。
目の中のルーシィも、これが本物……と見入ってる感じがする。
「さて、本題に入りましょうか。私が魔法少女になったのは、およそ一年前の事ですわ。事業で成功した父を嫉んだ無法者に、誘拐されてビルの一室に閉じ込められましてね」
「えっ」
「あまりの不甲斐なさに臍を噛んでいた所、“ガイド”に声をかけられたのです」
「ガイド……?」
一般用語的な意味ではあるまい。魔法少女の専門用語か?
「ガイドは一言でいうと、魔法少女の才能がある子供を見つけ出し、その力を与える存在ですわ。私は状況が状況でしたし、二つ返事で引き受けました。ランサー・エリザベートの誕生です」
「……ふん、健気な子供を少年兵に誘導するのが光の使いのお仕事か。立派なお仕事だな?」
「まあそういう側面があるのは否定できませんわね」
私の露悪的な言葉に、さもありなん、と頷く天神川さん。
「とはいえ、訳の分からない怪物が跳梁跋扈する世の中、戦う力があるだけで恵まれているのではないかしら? どのみち、魔法少女であっても一般人であっても、立ち向かわなければならないのですから」
「その怪物どもが、そのガイドとやらが関わっていないという保証もあるまい?」
マッチポンプなんてよくある話だ。特撮なんかで、味方と敵が使う力が大本をたどれば同じ物……なんて話は枚挙にいとまがない。
作り話を現実と混同する訳ではないが、そういう考えも必要だろう、という事だ。
そもそも類似例なら現実にだってすでに存在する。政治家がありもしない問題をでっちあげ、それを解決するという名目で民間組織を作り、そこに血税を垂れ流しにして私腹を肥やす……なんてのはもううんざりするほど行われてきた事である。
そう思っての私の言葉に、天神川さんはカップを置くと小さく頷いた。
「そうですね。もしかすると、私達が味方と思っているものは、実のところこの世界に置いて異物なのかもしれない……」
「ダークネス・ルーシィ。貴方のように」
天神川さんの、日本人離れした碧眼が正面から私を見据える。
ざあ、と拭いた柔らかな風が、彼女の縦ロールと私のツインテールをなびかせた。
「……気が付いていたか」
「少なくとも、貴方が私達と同じ魔法少女ではないという事ぐらいは。……貴方は一体、何者なのですか?」
糾弾するでもなく、詰問するでもなく。
ただ、当然の疑問を自然に口にするように、天神川さんは……ランサー・エリザベートは問いかける。
……さて。どう答えたものかね、これは。
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