魔法少女の国、マジカルアイランド。そこへ案内された私は、とある人物達と遭遇していた。
「んで。なんだよ、俺らに何か用事か?」
そういってぶっきらぼうに顎をしゃくって話を促すのは、灰色のファーがついたジャケットを羽織った黒尽くめのパンクロッカーみたいな恰好の魔法少女。頭には大きな黒い丸サングラスをひっかけている彼女の名前は、ジェット・スパイダー。ちなみに名前の意味はエンジンのジェットではなく、黒曜石、という意味らしい。南米辺りでは蜘蛛と黒曜石は切っても切れない縁があるのだとか。
そんでもってその背後から不審げにこちらを見ている紫色のベレー帽を被っているのがマジック・マッシュ、その隣で表情の読めない微笑を浮かべている緑髪の魔法少女がエメラルド・ボア。そんでもって、それらの後ろで一人百面相しながらコッチを見ているのが毎度おなじみヴァイオレット・センチピード……通称センチちゃんである。
細かい所に違いはあるが、人相も恰好も、全て銀鯉さんから頭に詰め込まれた通りである。ちょっと感動。
「何、我が下僕が汝らの信奉者でな。一方的に見知った顔ながら、声をかけただけだ。サインください」
「ん? え、何、お前私らのファンなの? ほいほい」
色紙を取り出して手渡すと、ジェット・スパイダーは訝しむような顔をしながらもさらさら、と色紙にサインを書いてくれた。手慣れた手つき、割と人気があるのは本当らしい。
「ほい、お前らもかいてやれ。んで、妙な喋りのお前さんはもしかして新人か? お前みたいなの、一度遭遇したら忘れるはずもねーからな」
「然り。闇に輝くシリウスの星とは私の事」
「おほほほ、どうも、失礼あそばせ。ルーシィさんは、今日初めてマジカルアイランドにいらっしゃったの。まだ正式登録も済ませていないので、多少は大目に見てくださると助かりますわーおーほっほっほっほ」
と、そこで割って入ってきたエリザベートにぐいぐい腕を引っ張られる。なんだよ、今は私が話してるんだが。
「(ちょっといきなり何ちょっかい出してるんですの!? 彼女達はチームポイズン、魔法少女一の荒くれ者どもですわよ!?)」
「(そんな事は知っている、いいから私に任せておけば問題ない)」
「(ええー? 本当に? 本当にわかってるんですの?)」
おうとも。彼女達についてはよーく聞かされてるからな、文字通り耳にタコが出来るぐらい。
「ほらよ、サイン四人分だ。大事にしろよ」
「うむ。きっと我が信奉者は額縁に入れて日に三度祈りを捧げる事だろう」
「そこまでしろとは言ってねーけど……」
何か白けた感じではあるものの、特段トゲトゲしい様子のないスパイダー。話に聞いた通り、一見したイメージが荒々しいだけで話せばわかる手合いで間違いないようだ。
「ところでそのファンとやらは俺達の事なんて言ってたんだ?」
「そうだな……義賊、アウトローのスタンスを取りながらも誰よりも魔法少女としての使命に実直。そんな誇り高き仕事人集団、と言っていたな」
「へぇ……そうか。見る目あるじゃん、ソイツ」
おっ、さりげに嬉しそうだな。そりゃそうか、なんだかんだで10代の少年少女、多少やさぐれてたとしても自分の頑張りを褒められればうれしいもんか。大人だって嬉しい。
「ちなみに箱推しだとか言ってたが、一番の推しはセンチピードだそうだぞ」
「へえ……よかったじゃんか、センチピード。……おい、どうした?」
上機嫌で話をチームメイトに振るスパイダーだが、どうにも話を振られた側はそれどころではなかった。何やらもともと色の薄い顔からさらに血の気が引いた土気色の顔で、吐き気を堪えるように口元を押さえているセンチちゃん。尋常ならざる様子に、チームメイトたちも騒めいた。
「大丈夫か? 気分が悪いのか?」
「い、いや……なんでもねえ……。それより、あんた……どっかで会わなかったか?」
「いんや。これが初対面だ」
いつぞやの夜の事は無かった事にしてしれっと答える。記憶吹っ飛んでるみたいなので、ぶっちゃけ触れない方がいいだろう。
私の解答に、センチちゃんは青い顔のまま「そうだよな……」と頷いて、気分悪そうに口を両手でおさえた。
「でもなんか……その顔見た気がするんだ……えっと、どこかで……暗い夜に……赤い……赤い……ヲォエエエエエ……」
「ギャー!? リーダー、センチピードが七色のゲロ吐いた!?」
「なんか吐しゃ物が虹色に輝いてるぅ!?」
忽ち現場は阿鼻叫喚。真っ青な顔で蹲ってエロエロするセンチちゃんからエンガチョ、と距離を取る薄情なチームメイト二人に対し、スパイダーは酸っぱい臭いも気にせずにセンチピードの傍らに屈むとその背中を撫でさする。行動に人柄が出るとはこのことだな。
「ど、どうした、また毒キノコでも食ったか?! 毒を使うから毒が平気って道理はないってあれほど……! す、すまんな、新人! どうにもチームメイトが調子悪そうだから、話はこの辺にしてくれ。ほ、ほら、病院いくぞ……!」
「う、うむ、お大事に……」
「お達者で……」
バタバタバタ、とセンチちゃんを抱えて撤収していくチームポイズンの皆さん。後には私達と、床でキラキラ七色に輝く吐しゃ物だけが残された。
「……どうしよ、これ」
「係員さんに通達して片付けて貰いましょう……あ、ちょうどいい所に。すいませーん」
『ん? 何々?』
そんなこんなで、私とセンチピードの再接触はぐだぐだに終わったのであった。
まああの様子だとあの夜の事は覚えてないようだし、それすなわち私が得体のしれない魔法少女として敵視される事もないだろう。リーダーであるというジェット・スパイダーとは好感触な顔合わせだし、今後も仲良くしたい所だ。
……まあ、センチピードの体調は気になる所ではあるが。
毎度顔を合わせる度にああなったりしないよね……?
『う、うわー! このゲロ何!? モップが溶ける!!』
『アルカリ!? 酸性!? て、テスターもってきて!!』
『危険ですから近づかないでくださーい!』
なお後片付けが大騒ぎになっていた事には目を瞑る。
知らないったら、知らない。うん。
「貴女、センチピードに何しましたの……?」
「ナニモシテナイ。ホントニ。キョウハジメテカオヲアワセタ」
「本当ですの……?」
本当です、ダークネス・ルーシィ嘘ツカナイ。
「……ふう。まあいいですわ。さっさと魔法少女の登録申請を済ませてしまいましょう」
「うむ。ところで随分歩いたが、申請はどこでやるんだ?」
「あら、大体予想がついているのではなくて?」
言って、エリザベートはすっと右手で道の先を指さした。
ゲートをくぐってから、まっすぐ伸びるメインストリート。その両脇につらつらと並ぶお店や建物、それをまっすぐいった先、アイランドの中央と思われる場所に大きな建造物がある。
それは現実では類似したものを見た事がない、奇妙な建物だった。波打つような形状の城壁のようなものに覆われるようにして聳え立つ、高い高い尖塔。見ようによっては、尖塔がオーロラのような光の衣をまとっているように見えなくもない。まだ距離があるので霞んでいるが、それでも少し首を見上げないと全容が見渡せないほどに大きい。少しずれた所に聳える観覧車と比べればまだまだ小さいが、これは比較対象が規格外なだけだろう。
「やっぱりあの城か」
「ええ。通称フェアリーキャッスル。魔法少女に携わる資格申請や事務書類の類は、あそこで一括管理されていますわ。まあおおきな事務所ですね」
「その表現はさすがに風情が無くないか?」
身も蓋もない。
先ほどから突っ込みどころが多すぎて熊本弁を多用する余裕もない私である。
エリザベートは私の突っ込みをさして気にした様子もなく、くすりと笑うと私の手を引いて早足で歩きだした。
「ほら、のんびり歩いてたら日が暮れますわよ。とはいってもここは24時間常にポカポカ晴れ気分なのですが」
「そ、そうか……」
ずっといたら自律神経が可笑しくなりそうである。
とりあえず私は手を引かれるままに、エリザベートを追って歩幅を速めた。
彼女の指は、小さくて柔らかかった。
◆◆
一方。
マジカルアイランド入門ゲート前。
『あれ、また未申請の魔法少女かな? ごめんね、許可証がないとゲートは通せないんだ。知り合いの魔法少女か君に声をかけたガイドに頼んで、仮許可証を発行してもらってね』
「…………」
ゲートの前に、ずぶ濡れの魔法少女が一人。指先やスカートからぽたぽたと透明な液体を滴らせる彼女に、ゲートの守衛は嫌な顔一つせずに対応している。
そんな守衛に、少女は俯いたまま返事一つしない。
たっぷり数十秒を置いてから、少女がよろよろとうつぶせていた顔を持ち上げる。
『……え?』
その少女に。
顔はなかった。
《てけり・り》
直後。
ゲートを強引に突破された事による警報が、マジカルアイランド全体に響き渡った。
◆◆