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「ふん、本来ならこのような汚らわしき物、触れるのも煩わしいが……」
押し寄せる不定形の汚濁(虹色のゲロは流石に避けていたが)、そしてそれに囚われた魔法少女達。
他の連中が手をこまねいているなか、私は怪物の前に進み出る。
「私は真黒き闇。深淵たる黒は、何者にも汚せぬ! いけっ、ブラック・スパイラル・バインド!」
今この場で適当につけた技名と共に、袖からしゅるしゅると黒いフリルが無数に伸びる。それらは見せつけるように半身を粘液から露出させられた魔法少女達に絡みつくと、がっちりとその体に巻き付いた。
「我が闇の呪縛からは何者も逃れられない……出番だエリザベート! 森の賢者を彷彿とさせるその腕力で囚われの魂を解放しろ!」
「をーっほっほっほ! 私の出番ですわね、って誰がゴリラですの!?」
ち、賢そうな言い回しに騙されてはくれなかったか。
文句を言いつつも、エリザベートはぐわし、とフリルを両腕で掴むと思い切り引き絞った。大人顔負けどころか重機並みのパワーに、すぽぽん、と囚われの魔法少女達が汚濁から引っこ抜かれる。
正直ちょっと安堵した。見えないだけで下半身は消化済みってのも最悪想定していたからな……。触った感じ、どうやら正規の魔法少女の体には怪異の汚染を防ぐ薄いバリアみたいなものが張られているようだ。おかげで、粘つく粘液に取り込まれていても引っ張れば救助できる。
《てけり・り?!》
「ほら、お前達も壁の花になっていないで手伝え!」
「お、おう!」
「皆でひっぱるんだ!」
私の怒声に、呆然としていた魔法少女達が救出に加わる。私のフリルが次から次に囚われの魔法少女を縛り上げ、それを力自慢の魔法少女が引っこ抜く。
ほんの僅かな間に、人質は半分近くが救出される。切り札が次々と奪われていく事に、今更ながら、蒙昧な不定形生物が焦りの声を上げた。
《てけり・り!》
「ち、流石にこのまま全員救助とはいかないか! 退避!」
叩きつけられる巨大な蟹の鋏を飛び退って避けて、再びフリルを飛ばす。が、それらは粘液から次々に飛び出してくる刃物に片っ端から切り落とされてしまう。カマキリの鎌、ザリガニの鋏、カミキリムシの顎、よくもまあレパートリー豊富な事。
さらには、粘液の一部がそのまま突出して魔法少女に襲い掛かってくる。人質が減ったので補充しようというつもりだろう。幸い、ここに集った魔法少女は一定ランク以上のツワモノ、そう簡単に捕まったりはしないだろうが……。しかし、何人かは意識の無い魔法少女を抱えていて動きが鈍い。全員逃げ切れるか?
いや……待てよ?
これはひょっとして、使えないか?
「…………」
「ちょっと、ルーシィさん! ぼさっとしていたら危ないですわよ!?」
考えごとをして動きが鈍った私の前に飛び出してきて、迫りくるサソリの尾をランスで跳ね返すエリザベート。
「エリザベ。我に秘策あり。惑う事あれど真なる瞳開くまでは伏して待つがいい」
「え、ちょ、ルーシィさん!?」
「じゃあとはよろしく」
エリザベートに様子見を命じて、私は前へと飛び出す。見れば、魔法少女二人を抱えたジャガー・ランサーが今にも粘液に掴まりそうだ。意識のない人間は思ったより重いし邪魔くさい、欲張って二人も抱えなければいいものを。
まあいい、利用させてもらおう。
「ぼさっとするな」
「うわっ!?」
今にも粘液に押しつぶされそうになっていた彼女をけ飛ばすように退避させる。まあそうなると代わりに私が、べとべとした粘液の抱擁を受ける事になる訳だが。
うわっ、気持ち悪っ。おまけにドブ川みたいな匂いがするぞ。うへえ。
「あ、あああっ! お、お前、なんでっ!」
ジャガー・ランサーが尻もちをついたまま、信じられないものを見るような顔で私を見る。
おいおい、打算あっての事とはいえ助けられてそのリアクションはないだろ。それよりいいから早く距離を取れ。
声を上げようとするが、すでに口まで粘液に覆われていて喋れない。
ずぶずぶ、と汚らわしい不定形生命体の内部に引きずり込まれる中、エリザベートの絹を裂くような悲鳴が聞こえた気がした。
ああもう。心配性だなあ。
そして、闇の中へ。
どろりとした空間に、同じように引きずり込まれた魔法少女達がふよふよと漂っている。
見上げると、そんな闇を見下ろしてあざける無数の瞳。
ここは奴らの体内だ。物理的なそれではなく、概念的な。こうして取り込まれた者は、やがて正気を失い狂気に融けて、奴らの一部になる。多少耐性を持っていても、魔法少女も同じことだ。ただ、幸いにして気を失っているおかげで、彼女達は狂気に落ちていないらしい。
正直助かった。
おかげで、私も全力を出せる。
「木を隠すなら森の中。暗黒を隠すなら、闇の中……」
今こそ、右目の邪眼の力を解放する。闇を照らす赤い光を、愚物たちは興味深そうに見守っている。それは余裕の表れだ。その程度の狂気で、自分達が圧される事はないと、そう高を括っている。
だから貴様らは、愚かだというのだ。
自らの分もわきまえず、衝動的な欲望のままに振舞い、全てを失って南極の谷底で眠りについた。
そろそろ極寒の吹雪が懐かしくなってくる頃合いだろう?
生憎。私の冷気は、その程度に留まらないがな!
「幻の大陸、王と兵士を忘却に閉ざした極寒を知るがいい。666の刑罰が一つ、氷縛刑……エクスターミネーション!」
右目の輝きが、全てを凍らせる冷気となる。たちまちのうちに、空間ごと凍り付いていく暗黒の闇。ただの冷気ではなく、凍るという概念そのもの。炎は熱い氷となり、光は透き通る氷柱となる。その中にあって、例外なのは魔法少女達の存在。まだ闇に融けていない彼女達が、巻き込まれて凍る事はない。
代わりに、闇と繋がっている限り逃れる術はない。ビシビシと氷結に停止していく己自身に愚物が今更焦るが、もはや手遅れ。
ここで、あらゆる記憶、知性、理性、全てを切り離して逃れる覚悟があるならばまだ生存の目はあるだろう。だが貴様は小賢しくも知恵を手に入れたがためにその判断は出来ない。この期に及んで、まだ何とかできないかと無駄に足掻いている。
全てを失うと分かっていながら、それから逃れるために得た物を捨てる事もできない。
そのどっちつかずは人間らしいともいえるが、生憎、半端者に待つのは破滅のみだ。
《てけり・り! てけり・り!》
「何だ。今更命乞いか? 生憎貴様らへの慈悲は品切れだ、永劫の氷罰に砕けるがいい。喜べ、刑期はそう長くは与えん」
私は嘲笑しながら、闇の全てを氷に閉ざす。そして、ビシリ、と空間に亀裂が入り……そして……。
外の光が差す。
マジカルアイランドの光は、優しく柔らかい。それを全身で浴びながら、私は両脇に残されていた魔法少女を抱えながら、外へと脱出した。
「る、ルーシィさん!? わ、きゃっ」
「うむ。ルーシィだ。ほいパス」
と、そこでランスを構えていたエリザベートと正面衝突……の寸前で、ハグで受け止められる。勢いを殺すように彼女と抱き合ったままくるくると回り、ふわりと屋根に着地した所で人質を押し付ける。
「ちょ、ちょっと!? え、これ残りの人質の方ですの!? え?!」
「まあそういう訳だ。もう遠慮はいらんぞ」
4人ばかりの魔法少女に押しつぶされそうになっているエリザベートを見下ろしながら、私は戦場に視線を戻す。
不定形生物は既に瀕死だった。
その全身が凍り付き、私が脱出した亀裂からどんどん罅割れが全体に波及していっている。もはや変形して逃れる事も出来ず、苦しそうに微かな呻きを上げるだけだ。
《て……け……り……》
「今だ! 一気にトドメを差せ!」
「な、何が何だかわからないけど……!」
「これまでの悪行、断じて許さぬ! 成敗!」
私の掛け声を合図に、一斉に炸裂する魔法少女の必殺技。
もはやご自慢の耐性も失った哀れな怪物は、物理・属性問わず全ての技をもろに受け、あえなく欠片も残さず爆裂四散したのであった。