◆◆
マジカルアイランドから脅威は去った。
激闘によって破壊されつくしたゲート跡をマスコット達が修復する傍ら、激闘を制した魔法少女達が何をしていたかというと……。
「それではー。マジカルアイランドの平和と、新しい仲間に……カンパーイ!」
「カンパーイ!」
キャッスルの上層。外に大きく張り出したベランダに広げられる、大きなテーブル。真っ白なテーブルクロスの上には、これでもか、というぐらいにご馳走が並べられている。
それを取り囲む魔法少女達。一行の代表として、スパイダーが音頭を取ってグラスを掲げると、一斉に他の魔法少女達が倣った。
いわゆる打ち上げである。
マジカルアイランドを襲った未曽有の危機、それを救った魔法少女達にマスコット達は細やかなお礼としてパーティーを開いてくれたのだ。戦いに参加した者も、力及ばず避難していた者も問わず加わり、飲めや歌えの大騒ぎである。
その浮かれポンチな集まりの一角に、私もまた、肩を小さくして加わっていた。
「なんともまあ……女三人集まれば、とはいうが……」
20人近い魔法少女が集まるとまあうん、酷い。もうしっちゃかめっちゃかである。まあ戦いの後で興奮しているのだろうけど、もう少し慎みを持ってほしい所である。
ココアのカップを手に、肩を組んで歌ったり、武勇伝を披露している魔法少女達を眺めていると、もうすっかりおなじみになった縦ロールが皿を手にしてこちらにやってきた。
「おーほっほっほっほ、楽しんでいるかしら、ルーシィさん!」
「金髪ドリルか」
「だから誰が金髪ドリルですの!?」
お決まりのやりとり。不満そうにふんす、と鼻を鳴らすと、エリザベートは自分の皿に盛られたケーキをぶすりとフォークで刺し、空のままの私の皿に移してきた。
ふむ。シンプルなショートケーキ……だが、きめ細やかなスポンジに、滑らかで分厚く、角が立っている生クリーム。いい仕事だ、こういうものは単純だからこそ技量が物を言う。
「これ、私のおすすめですのよ。一度ご賞味遊ばせ。三ツ星ホテルのパティシエにも匹敵すると評価しておりますわ」
「ふむ……ありがとう。頂こう」
カップを手近なテーブルに置き、ケーキを一口、ぱくり。
途端、脳髄を駆け抜けた電撃が右目の奥でバチーン! と弾けるような感覚があった。
こ、これは……。
「ムルミミィ!」
「?!」
「し、失敬。あまりにも美味しいので……今のは、ヤミー、とか、デリシャス、みたいな意味だと思ってくれ」
目を丸くするエリザベートに言い訳しながら、私は真っ赤になった顔を手で隠した。
び、びっくりした。あまりの美味の衝撃に、右目に納まってるはずのルーシィの感動に意識をもっていかれた。気をつけないと。
いや、それにしても美味しい。
ショートケーキのショートとは、サクサクした、という意味だがこれはそれとは真反対である。ふわふわのきめ細やかなスポンジは、口にいれるとすっと溶けるように消えていく。シフォンケーキに近いが、あれよりもっと滑らかで口当たりがいい。まさに最上級のスポンジ生地。生クリームも絶品だ、脂っこくなく甘ったるくなく、どこか爽やかささえ覚えるクリームは、ちょっと触ったぐらいでは崩れないほど硬く泡立てられていながら体温で解れるように溶けていく。スポンジと生クリームが混じり合い混然一体となって、気が付けば口の中は空になっていた。
そしてただ甘いだけでなく、挟んであるイチゴの果肉がまたよいアクセントになっている。果物の瑞々しさが、ともすると脂質に偏りがちな味覚の偏りをリセットしてくれるので、一口一口、新しい気分で楽しめるのだ。
これが……職人の業……!
「ふふ、気に入って頂けたようですね」
「む……」
羞恥を感じながらもフォークを止められず、ついには皿を空にしてしまった私は、くすりと微笑むエリザベートの笑みに頬を赤くして俯いた。
は、恥ずかしい……このケーキが美味しいのがいけないのだ……。
「ケーキに夢中になるとか、貴方にも女の子らしい所があるのですね。安心しましたわ」
「よ、よせ。恥ずかしい」
「おっ、新人じゃねーか。喰ってるかー?」
と、そこに横から新顔が割って入ってきた。ジェット・スパイダーである。
さきの怪物との闘いでも先頭に立っていた彼女は、人好きのする笑みを浮かべながら、手にしたチキンをむしゃり、と一口食い千切ると笑顔を浮かべた。
「いやー、美味いもん喰うと笑顔になるよなー」
「それには同意ですが、今私はルーシィさんとお話しているので。粗忽者は邪魔なさらないでくださる?」
「そう邪険にすんなって、よっ。お前ルーシィっていうのか。さっきは世話んなった」
最初に出会った時のつっけんどんな雰囲気はどこへやら、フレンドリーに話しかけてくるスパイダーに面食らう。そういえば、元々気軽にサイン引き受けてくれたり、最初から割と人当りはいい人だったな、この魔法少女。
センチピードもそうだが、ぶっきらぼうでヤバ気な雰囲気はキャラ造りか?
「そういう貴方は随分機嫌がいいな、スパイダー。そっちが素か?」
「ん? ああいや別にキャラ作ってるって訳じゃねけーど、ここにいる奴ら基本的にキャピキャピしてっだろ? どうにも俺みてーなのは居心地悪くてさー」
「……そうか、なるほど。理解した」
まあ確かにコスチュームもストリート系というかパンク系というか、あきらかに系統違うしな。悪い意味で浮くのもわかる。
見れば、会場にボアとマッシュも来ているようだ。ただ一人、黒いフードの彼女の姿だけがない。
「センチちゃんは無事か? 具合が悪そうだったが」
「あー……アイツなら医務室に逆戻りだ。どこで悪いもん食ったんだか……あ、それと捕まってた魔法少女も全員無事だ。皆、命に別状はないし深刻な後遺症はないってさ」
「それはよかった」
まあ命は無事でも、あのような異界の怪物に掴まったのだ、しばらくは夢見が悪いかもしれないが命が助かっただけでも御の字だと思ってほしい。普通ならたちどころに消化されて奴らの一部になっているからな。
まあ……センチに関してはお気の毒、としか。
今度あったら何か詫びを入れねばな……。
「しっかしよー、あれどうやったんだ? あれだけの質量が一瞬でカッチンコチン! 魔法が効かない訳じゃないが効きが悪かったはずだろ?」
「ふふふ。企業秘密だ。まあ私の切り札をもってすればあの程度、ご覧の通り。能ある竜は爪を隠す、という訳さ。それが邪竜であればなおさらの事」
「へへー。伊達に闇のうんちゃらとか名乗ってねえのな。こりゃー前途有望な新人が来たもんだ」
しゃきーん、と決めポーズをとる私に、スパイダーは一瞬きょとんとするも、すぐに呵々大笑しつつ肩をべしべし叩いてくる。
ふっ、ノリがいい奴は嫌いじゃない。
「よーし、決めた。お前、うちのチームに入らねえか?」
「えっ!?」
「どうせまだどことも組んでないんだろ? 方向性は違うけど同じ真っ黒な装束だしさー。他の、ピンクだのイエローだのでヒラヒラしてる奴らと組んでも悪目立ちするだろ? 俺らと一緒に愚連隊くもうぜー」
これは思わぬ申し出だ。一体なにをそこまで気に居られたのかは分からないが、まあ悪い申し出ではない。チーム・ポイズンにはセンチちゃんも居るしな。
しかし……。
「だ、だだ、だめですわっ! だめーっ!」
「え、なんでだよ? まさか先にチーム予約してたとか? いやいや、駄目だろ、おまえんとこ。コイツ絶対にアリスの堅物と相性悪いって」
「そ、そういう訳ではありませんけども……だ、駄目! 駄目ですわ!! とにかく駄目!!」
急に割って入ってチーム入りを拒絶するエリザベート。必死になっている彼女の様子は、まるで初めての友達を取られそうになっている子供のようで……。
……ああ。そうか。そうだったな。
彼女達は、真実まだ子供なのだ。
どれだけ超常的な力を持ち、人知れず悪と戦っていても、まだまだ彼女らは幼い子供。友達と遊ぶことに一生懸命で、明日のおやつに頭を悩ます、そんな、無垢に無責任に明日を信じて生きていていい存在。
「……ふ」
知らず、口元に笑みが浮かんだ。
「? ルーシィさん……?」
「いや、何でも。悪いな、スパイダー。その申し出は有難いが、私は孤高の魔法少女。チームというなれ合いに身を寄せるつもりはない」
「そっかあ、ちぇ。残念」
「だが」
私はシュッ、と袖を振り、取り出したボールを彼女に手渡す。ピンク色のそれは、ルーシィ特性のくす玉……みたいなもんだ。
「何か困った時はそれを割れ。特に何か取り組んでなければ助けてやろう。出血大サービスという奴だ」
「へえー、面白い手品だな。何が入ってんだ?」
くす玉を手にして、かしゃかしゃ振って耳を当てるスパイダー。ふ、中に何が入ってるかはお楽しみだ。まあ知らないほうがいいと思うが。
と、気が付けばエリザベートが物欲しげな顔でくす玉を見ている。おいおいまさか……。
「る、ルーシィさんルーシィさん! 私もそれ欲しいですわっ!」
「ええ? やだ、めんどくさい」
「そう言わずに、ねえ! 私にも一つくださーい!」
わかった、わかった。一つやるから、落ち着けって。ほら。
「やりました! ルーシィ玉、ゲットですわー!」
しぶしぶ手渡したボールをまるでレアアイテムのように掲げて無邪気に喜ぶエリザベート。喜んでくれるのはいいんだが、ちょっと、その、目立ちすぎ……。
「え、何何? なんか貰えるの?」
「ルーシィ玉?」
ほら、周りの魔法少女の関心引いちまった! どうするんだよこれ!?
ああもう……。
「やれやれだぜ……」
◆◆