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「ああ……えらい目にあった……」
「その、申し訳ありません……」
「いいよべつに、もう済んだことだ。全ては過去!」
タワーからの帰り道。勝利パーティーでもみくちゃにされた私はしわになった衣服を伸ばしながら愚痴っていた。隣できっかけになった縦ロールがしゅんとしている。
こいつがおとなしいと何か調子が狂う。正直もうちょっと引っ張ってやりたかったが、このあたりでなかったことにする。
「悪いと思うなら今後の働きで返せ。せいぜいこき使ってやる」
「! は、はい! でも私はそんな安い女ではなくてよ、それだけは覚えておいてくださいまし!」
「へいへい」
一転して元気になったエリザベートに辟易しながら、私は前髪を書き上げて右目でアイランドを見る。
一応許可証は貰ったしいつでもこれるそうだが、まあ、あまり私は出入りしない方がいいだろう。次はいつ来れるかもわからない街並みを、しっかりと文字通り目に焼き付ける。
通りに魔法少女の姿は少ない。大半は今もタワーでバカ騒ぎ、そうでなくても戦場になったアイランドの通りはマスコット達が修復作業に勤しんでいる、邪魔にならないように皆別の場所にいるのだろう。魔法少女に選ばれるのは基本的に良い子ばかりだ。チーム・ポイズンの連中だって、愛想は悪いが根はよい子だ。
工具を手に行き来するマスコット連中を見て、私はふとずっと抱いていた疑問を口にした。
「……しかし、魔法少女の相棒枠のマスコットはいないんだな」
「え?」
「ほら、アニメとかだと小動物みたいなのが魔法少女とセットなのがお約束じゃないか。ガイド、ってのがてっきりそれかと思っていたんだが」
素直な疑問をぶつけると、エリザベートはきょとん、としたあと、口に手を当てて小さく笑いはじめた。
「ぷぷぷ……ルーシィさんもそんな純粋な所があるんですね。アニメはアニメですわよ?」
「わ、わかってる! ただ、女子供に極端な力を与える以上、監督者が居ないのは不安じゃないか! という話をしているんだ!」
「はいはい、わかっています。そう怒らないでください」
なんだか余裕をもってあしらわれる。コイツ……。
「まあ言いたい事はわかりますけど、実際居たらかなりアレですよ? 自分達にそれだけの力があるにも関わらず、女子供に戦わせてるマスコットというものは」
「う。それは、まあ、確かに……」
「私達魔法少女に力を与えた存在はいるそうですけど、それは自分では動く事もできない存在らしいです。ガイドも声だけで、本人にお会いした事はないですわね」
つまり、魔法少女の本体といえる存在を知る者はいないという事か?
それはそれで、かなりキナ臭いが……。
「…………」
「胡散臭い、って顔してますねえ。まあ、それはわかりますけど……まあ、行動は下手な弁舌より物を言う、って事ですかね」
いって、彼女はアイランドを見渡した。私もそれにつられて、マジカルアイランドを見通した。
魔法少女達の為に用意された楽園。確かにそこには、年若い少女達を戦わせる事へのうしろめたさというか、配慮や代償を願ったサービスで満ち溢れていた。
「魔法少女の中には、このアイランドのおかげで生活を送れてる子もいますわ。ここのサービスは衣食住に限らず、あらゆる事に及んでいます。そして事実、現実を襲う怪物は魔法少女の力あってこそ対処できているのも事実。裏を疑ってもキリがないですし、彼らの誠意が全て嘘偽りとも考えたくないですわね……」
「それは……まあ、そうだな」
私はバツの悪い顔で黙り込んだ。
確かに悪人ほど善人の顔で人に近づいてくる。だがアイランドは、魔法少女に対して善であろうとしている一方で、決して押しつけがましくない。どことなく、恐る恐る触れるような、微妙な距離があるような……それは欲望とは無縁のものだ。
正直私はまだ信じられていないが、長い事ここに入り浸っているらしいエリザベートがそれだけ信用しているなら、まあ、納得しない訳でもない。
「しかし……それじゃあなんだろうな。力の源という奴は……」
「そうですわねえ。私も、できれば一度お礼を言いたいところなのですが……あっ」
そこではたとエリザベ―トの脚が止まる。彼女は慌てた顔で、足踏みするような動きで後ずさった。
「す、すいません……ちょっと忘れ物が! 少し待ってていただけますか!?」
「ん? いや別に構わんが……」
「申し訳ありませんの! すぐに戻ってきますわー!」
ぴゅーん、と来た道を引き返すエリザベート。ものすごい勢いで走り去る彼女を、すれ違ったマスコット達が不思議そうに振り返って見送る。
魔法少女のスピードで瞬く間に消えていくその後ろ姿を見送り、私は小さく首をすくめた。
「やれやれ、にぎやかな事だ。さて、どうしたものか……」
この状況でも店はやっているようだ。どこかで時間を潰すか、と見渡した私の目に、ふと、売店の間の狭い路地が目についた。
どくん、と右目が脈動する。
なんだ?
路地の奥から、光が差している……?
「?」
まるで誘われるように、暗い路地へと踏み入る。ゴミ一つ落ちていない、まるで神殿の回廊を思わせる通路を奥へと進んでいく。
先に進むにつれ、周囲は暗く閉ざされる。それに反比例して、奥に赤い光が見えてきた。
ついには周囲は赤く照らされる。その光の中心に、白い何かが宙に浮かんでいるのが見える。
「……赤子?」
それは、宙に浮かぶ揺り籠であり。そしてその中に眠っている、白い赤子であった。
赤い光は、その赤子が放つ光が偏光したもの。虹色のように全ての要素を含む白光が、距離を経て劣化した赤い輝き。
「君は……誰だ?」
『ぶぁ? ……ぷーあ』
揺り籠を覗き込むと、目を覚ました赤子が私を見つめ返す。柔らかな頬に赤みが差し、青い瞳の赤子がきゃっきゃと笑った。
『あぶぶ、きゃあ~……』
「……ふふ、かわいい、かわいい」
指を差し出すと、赤子が小さな手を刺し伸ばして触れてくる。むにむにした柔らかい手が指をきゅっと握りしめたかと思うと、ふにふに、とにぎにぎしてくる。
そのくすぐったい感覚に、私も目元が緩む。
「人懐っこいベイビーだね。誰かの妹かな? 全く、こんなところに赤子を置いておくなんて」
『ぷぷぅ?』
「かといって連れ出す訳にはいかないな。全く困ったもんだ」
お返し、と言わんばかりに頬をつつくと、この世の者とは思えないふよふよの感触が返ってくる。赤子は頬をつつかれるのにいやがらず、むしろ楽しそうにキャッキャと笑った。
その時だ。
「ルーシィさーん! どこにいらっしゃいますのー?」
「む」
通りの方から、私を呼ぶ声がする。
戻らなければならないようだ。私はちょっと悩んで、この赤子をここに置いておく事にした。
この子を連れてきたであろう魔法少女がそのうち迎えにくるだろう。それにこのマジカルアイランドはマスコットが常に周囲を徘徊している、仮にちょっと迎えが遅くなっても、この子がぐずりはじめたりすればすぐにマスコットが気が付いて駆けつけてくれるはずだ。
ここで要らぬお節介を焼くほうがたぶん面倒な事になる。見た所、何かしらの魔法がかけてあるようだし。
私は後ろ髪をひかれつつも、この場を後にする。
「じゃあね、かわいいベイビィ。もし再会する事があったら、お姉ちゃんにびしっと言わせてもらうからな」
『ぷあー、んぶぅ。ばあ……』
「ふふ、バイバイ」
最後に指を絡めてばいばい、とすると、私はその場を後にした。路地裏を小走りで戻り、大通りで私を探していたらしいエリザベートと合流する。
「あ、ルーシィさん、どこにいらしていたの?」
「悪い、悪い。ちょっとな。それより忘れ物は大丈夫か?」
「ええ、もう大丈夫ですわ。現実に戻りましょう」
二人でゲートに向かって歩いていく。
こうして、私とルーシィの初めてのマジカルアイランド訪問は、多少のトラブルがありつつも円満に終わったのだった。
「それで、いかがでしたか? 新しい魔法少女は……」
『ぷわ、ぷわわ。ぱぅあー』
「ふふふ、そうでしたか。それでは、とりあえず現状は様子見で……」
『あぶぶぅ』
◆◆