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それは、気が付けばとある家の庭、その木陰を這いずっていた。
小さな、一滴の不定形の塊。どこからか滴り落ちた雫が、そのまま動き出したような、それは純粋な命の塊だった。
それは何も知らない。
自分が何者なのか、どこから来たのか、どうしてここにいるのか、何一つわからない。何やら、とてつもなく恐ろしい物に遭遇したような気もするが、記憶は定かではない。
ただはっきりしているのは、このままでは自分は消えてしまう、という事だけだ。
《てけり、り……》
もぞ、もぞ。弱弱しく這いずるそれが、ついに力尽きる。
柔らかな腐葉土の上、そよそよと風にそよぐ木の葉。かさかさと這いまわる小さな虫達。
そんな有り触れた命の輝きを遠くに感じながら、その存在は静かに、僅かなその生涯を終えようとしている。
その時だった。
ふと、木陰とは違う影が、それの上に差した。
《てけり・り……》
『ムルミィ?』
見上げた先には、ピンク色の塊。ぽこぽこと体表に浮かんでくる、無数の真っ赤な目が、それを静かに見下ろしていた。
久しぶりの学校はなかなか愉快だった。
皆の元気な顔も見られたし、きっちり課題を終わらせて提出した時の先生の吃驚顔もなかなかの見ものだった。中学生高校生ならいざ知らず、小学生の課題など私にかかればお茶の子さいさいである。
同級生達も流石は元気な子供達という事で、入院中も元気いっぱいアニメ視聴やゲームにあけくれていたらしい。さしもの私も子供向けアニメまでは完全にフォローできてないので、よくわからない話をまくしたててくる友人達にうんうん頷くばかりだったが、一方でゲームの話ともなれば面目躍如。
苦戦しているというステージの攻略法を説明したりして尊敬を勝ち取ったりしたのである。ふふ、まあ年季が違うのだよ年季が。反射神経とかは子供の方が上でも、その先を予想して動くのは経験がものをいうのだ、ふはははは。
そんなこんなで上機嫌で私は家へと凱旋してきたのであった。
「たーだいまー! ルーシィ、いい子で留守番してた?」
ドアを開けると、キンキンにクーラーが効いた室内がお出迎えである。手洗いうがいをしてリビングに向かうが、いつもであれば飛び出して駆け下りてくる足音が聞こえない。
「?」
首を傾げつつ二階に向かう。
果たして、わが友の姿はベッド横の段ボールの中にあった。
『ムルミィ』
「あ、ここにいたのかルーシィ。どしたん? まあいいや、とにかくただいまー」
『ミィウ!』
寝る時の定位置である段ボールから動かず、ひゅんひゅんと触手を振ってこたえるルーシィ。
私はちょっと首を傾げた。
「ルーシィ?」
『ミミィ?』
「ねえ……何か隠してない?」
ストレートに質問すると、びくぅ、とピンク色のもち肌が泡立った。文字通りに。
ぽこぽこ目玉を体表に浮かべながら、ルーシィはそっぽを向いて小さく鳴いた。
『ム、ムミィ?』
「いや。だっていつもだったら飛び出してくるじゃん。何隠してるの? 子猫でも拾ってきた?」
『ム、ムミムミィ』
そんな事ないよ、とあくまでルーシィはすっとぼけるつもりの様子。
ふーん。まあ、それならそれでいいけど。
「まあいいや。それよりお腹すいた。朝仕込んでおいたフレンチトーストを焼いて食べよーっと」
『ミミィ!?』
「せっかくだからホイップも泡立てちゃおうかな。氷水でキンキンにボールごと冷やして、硬く泡立てたホイップクリーム! あ、そうだ、バニラアイスも加えようか。ふふふ、熱いのと冷たいののマリア―ジュできっとおいしいぞう。あとシロップもかけようか。ふふ、たーのしみー」
朝ごはんでトーストと目玉焼きを焼いた時に、ついでに下準備をしておいたのだ。なんせ材料は卵、牛乳、パン、と朝ごはんのメニューと変わらないしね。
たっぷり一日、乳液をしみ込ませたとっろとろのフレンチトースト、さぞ美味しいだろうな。
うひひ。
『ミ、ミミミ……』
「じゃあ、僕は下で料理をしてるから。ルーシィも気が向いたらおいでー。でも早く来ないと無くなっちゃうぞ」
『ムルミミィ、ミミミー!!!!』
という訳で、先に折れたのはルーシィでした。
もぞもぞと、段ボールから這い出して来ると、そっと隠していた物を私に見せる。
それは……。
《てけり・り》
「おいおいおいおい……」
小さなピンポン玉ほどの大きさの、どろりとした粘液の塊。爽やかな青色のそれには目玉が一個浮いて、きょろきょろと見下ろす私の顔を見つめている。
「どこでこれ見つけてきたのさ……」
それは間違いなく、数日前にマジカルアイランドを襲撃した不定形生命体の同族だった。いや、同族というか多分、その欠片か何かだ。いくらなんでもこの短期間で、連続して同種の怪異が発生するとは考え難い。あの時仕留め損ねた欠片が迷い込んだとみるべきだ。
「ちょっと、ちょっと、ルーシィ? 何考えてるの? これが何か、分からない訳ないでしょ?」
『ム、ムルミミィ』
私が少しきつめの口調で詰問すると、ルーシィはびくびくしながらも、スライムの前に割り込んで庇うような仕草をした。
何々? この子は邪悪な怪物じゃない?
悪を分離された純粋な存在で、危険はない?
「だからってねえ……」
『ミ、ミィウ。ムルミミィ~』
「面倒は自分が見る、って。ルーシィ自体、僕に面倒を見てもらってるの忘れた?」
呆れつつ言い返すと、ルーシィはしょんぼりと項垂れた。
『ミミィ……』
う……可愛い……じゃなくて。
「あのね。こいつがマジカルアイランドを襲ったのは覚えてるでしょ? いくら無害だからって、それの同族を飼ったら、下手したら僕達があの襲撃に関与してると思われても仕方ないんだよ? せっかく魔法少女と仲良くなれたのに、また仲が悪くなってもいいの?」
『ム、ムル、ミィ……ミミ、ミッ!』
「話せば分かる? で、それは誰が話すの? 僕でしょ結局説得するの。分かってるの?」
私の言葉に、すっかりしょげてしまうルーシィ。可愛そうだけど、無理なものは無理。
悪いけど、諦めてもらうしか……。
《てけり・り?》
『ムミィ……』
《てけり・り~》
と、そこで小さなスライムが、すすっ、とルーシィにすり寄った。その小さな塊を、そっと触手で抱きしめて優しく撫でてやるルーシィ。
抱き合う二匹の軟体生物が、うるうる、と涙に滲んだ瞳で私を見上げてくる。
「こ、今度は泣き落としのつもりか? そんな手に……」
『ムミィ…………』
《てけり・り……》
うるうる。
うるうるうるうる。
うるうるうるうるうるうる。
「こ……っ。こ、今回だけだからなーーーっ!!!」
「という訳で、うちのペットになった、ジョセフィーヌだ」
《てけり・り!》
そんな訳で、誤解を避けるために早速、私は信頼できる魔法少女の元を訪れていた。
突然の呼び出しにもかかわらず、何やらウキウキで茶会の準備を整えていたエリザ……天神川さんは、対面の席であんぐり口を開けている。
びっくりさせたかな。びっくりさせただろう。
よし。勢いで押し切ろう。
「そういう事なので、以後よろしく頼む」
《てけり・り~!》
「よろしく頼む、じゃありませんわぁーーーー!!!」
めっちゃ。怒られた。
まあそれでも最後にはしぶしぶ、しぶしぶ受け入れてくれたので、やはり持つべきはチョロ……物分かりのいい友人である。
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