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さて、こうして我が家に新しい家族が加わった訳ではあるが。
その新しい家族は、なかなかに働き者であった。
例えば、ある日こんな事があった。
「ちえ、雨か」
学校からの帰り、玄関から一歩外に踏み出した私は、おでこを濡らす雫に顔をしかめた。
無視して帰る事もできるが、雨粒はだんだん勢いをましていく。家に帰るころにはずぶ濡れになってそうだ。
「まあいい、こんな時のために置き傘が……あれ?」
教室に引き返し、自分の机を確認するが……ない。机の横にぶら下げていた、折り畳み式の置き傘が袋ごと無くなっている。
「誰かもっていったか……」
それが間違えたのか故意によるものかは分からないが、唯一つ言えるのは事前の備えがぱーになったという事である。
どうしようか。とりあえず雨が止むまで待ってみるか……。
《てけり・り》
「ん?」
聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた気がして、私は首を傾げた。
おかしいな。学校であの鳴き声が聞こえる筈がないんだが。
《てけり・り》
「いや聞き間違えじゃないぞ……!」
慌てて私は鞄を降ろして中を検めた。確かに、この中からなんか聞こえてきた気がする。
すると……。
《てけり・り!》
「ジョセフィーヌ!? おま……なんでこんなところに……」
子供用筆箱の中。小物の類を入れておくスペースの中に、小さな粘液の塊の姿。一体いつから潜り込んでいたのか。私は子供らしくなくその手のオマケスペースは利用しないので気が付かなかった。
まさか朝からか? だとすると今頃家ではルーシィが弟分の姿を探し回ってべしょべしょになっているに違いない。
私はため息をついて、「やっと見つけてくれた!」と言わんばかりに小さく鳴くジョセフィーヌを摘まみ上げた。
「こら、外では静かにしなさい。他の人にバレたらどうするんだ」
《テケリ・リ》
「そうそう。いい子いい子。にしても全くいつの間に潜り込んだんだ……?」
一応そのあたりは気をつけていたはずなのだが。何はともあれ、他の人間にバレなくてよかった。
ジョセフィーヌを制服の胸ポケットにいれて、私は教室の隅で縮こまる。
外からはしとしとざあざあという雨の音。それに交じって、子供達の騒ぐ声や、遠くカーンというバットか何かの音が聞こえてくる。
《テケリ・リ?》
「ん? 家に帰らないのかって? いやあ、傘を忘れちゃってさ。雨がやまないかなーと様子見を……おおぅ?」
私の言葉を聞いたジョセフィーヌが、にょるん、と変形を始める。明らかに質量を無視したトランスフォームに私が目を丸くする前で、青い粘液は棒状にまっすぐ伸びた後薄く広がり、見ている前で忽ち硬質化。
数秒後には、どこに出してもおかしくない、立派な蝙蝠傘が現れていた。
「え、ええ……?」
びっくりしながら傘を手にして翳してみるが、取っ手のプラスチックや金属の感触、皮膜のビニールっぽい質感、どこをどう見ても既製品の蝙蝠傘にしか見えない。
茫然としていると、傘の内側がみりっと避けて、ジョセフィーヌの小さな目玉が現れた。
《てけり・り!》
「これで帰れるねって……でもこれだとお前がずぶ濡れにならないか?」
《てけり・り~》
「水に濡れるぐらい全然なんともない? そ、そうか。じゃあ、お言葉に甘えて、頼りにさせてもらっていいかな」
返事は、心の底からの自信に満ちた鳴き声。
背に腹は代えられない。私は多少不安はあるものの、ジョセフィーヌの変身した傘を手に、家への帰路についた。
結論から言おう。
ジョセフィーヌの変身には全く問題が無かった。
まるで新品のように雨粒をよく弾く傘。家について玄関で二度、三度閉じたり開いたりすると、それだけで雨粒は弾け飛び皮膜は乾いたかのようにさっぱりしている。
玄関の鍵を開けて中に入ると、硬質な感触が嘘のように傘がぐにゃりと歪み、見慣れたジョセフィーヌの姿へと戻っていた。
《てけり・り!》
「お前……凄いな。変身の天才だ。ありがとう、おかげで助かった」
《てけり・り!》
私の称賛に、ジョセフィーヌは心なしか誇らしげだ。
しかしてっきり、ナマモノにしか変身できないのかと思っていたがああいったものにも変身できるとは……凄いな不定形生命体。
「ふむ……」
これは……もしかしたらあーんな事やこんな事もできるかもしれない。ちょっとした思い付きに、私がわくわくしていると、家の奥からどたんばたん、という物音が響いてきて私達は首を傾げた。
「なんだ?」
《てけり・り?》
物音は二階の奥の方だ。それが、どたばたしながら段々近づいてきて……って、あ。
ゴロゴロ、ピンク色の物体が階段を転がり落ちて、勢いのままにこっちに向かってくる。
『ムルルミミミミィ~~!!』
「ルーシィ!」
玄関に文字通り転がり込んできたルーシィは、身体中の目玉から緑色の涙をだばだば流しながら、私の手の中のジョセフィーヌに飛びついてきた。びっくりしながら受け止める私の胸の中で、触手でジョセフィーヌを抱え上げておんおんと涙を流すルーシィ。
『ムルミィ! ミミィ! ムルルルミミィ~~!』
《てけり・り……?》
「あー。ジョセフィーヌが居なくなったと思って、一日探し回ってたのな……おお、よしよし。大変だったな……」
探していたジョセフィーヌが見つかった安堵にか、鼻水なのか涙なのか汗なのかよくわからない液体を全身から垂れ流すルーシィ。そんな彼を抱きかかえて、優しくなでてあやしてやる。せっかく雨を避ける事ができた服は、その謎の液体でドロドロになってしまったが、まあ、仕方ないね。
「ほら、ルーシィ、もう泣かないで。一緒にお風呂に入ろう。ジョセフィーヌはお湯大丈夫? あ、大丈夫なんだ。じゃあ皆で温まろう、な?」
『ムルミィ~』
《てけり・り》
なお、ルーシィが巻き散らかした粘液でべちょべちょになった家の中は皆で掃除しました。
その後でもう一回お風呂に入る事になったのは言うまでもないだろう。やれやれである。
とまあ、こんな感じでちょっとトラブルには見舞われつつも、ジョセフィーヌは気が付けばすっかり、我が家の一員となっていた。ルーシィも、この小さな弟分の前では兄貴分たろうとしっかりしようとするので、私からすると微笑ましい限りである。まあ今の所、ちゃんと兄貴分やれているかというと大分怪しい所はあるが……まあ、ジョセフィーヌは気にしていないようなのでよかろう。
そしてジョセフィーヌが加わった事は、魔法少女活動にも影響を与えていた。
日課である夜の警備活動。
変身した私は、蝙蝠傘を手に優雅な夜のお散歩、と洒落こんでいた。
「ふふ……たまにはこういうのも悪くはない……」
《てけり・り》
もちろん蝙蝠傘はジョセフィーヌの変身したものだ。月明りの下、シックな蝙蝠傘を差して歩くゴシックパンクのオッドアイ美少女……なんだかとってもゴシックロマンでいい感じ。アスファルトに落ちる影絵は、まるで中世のお嬢様のようだ。
癒えた筈の中二病がうずうずするね。
と、そんな感じで夜の散策を楽しんでいると、目の前にシュタタン、と着地する人影が。
勿論接近には随分前から気が付いていた。ただ邪悪な気配を感じなかったので対応する必要性を感じなかっただけだ。
「こんばんわ、平和の使徒。今日は良い夜ね」
「……そうだな。こんばんわ、ダークネス・ルーシィ」
「ルーシィちゃん、こばわー」
姿を現したのは、このあたりの区画を担当しているジャガーランサーと、その相棒であるマウンテンキャッツ。
チームビーストの名の通り、獣耳が特徴的な愛らしい魔法少女の姿に、私は慇懃無礼にお辞儀で挨拶を交わした。
「して。夜駆ける猛獣の君達が、私のような蝙蝠に一体何のご用事かな?」
「えっとね、ジャガーが貴方にお礼を言いたいんですって!」
「……礼?」
心当たりが無くて首を傾げる。と、相棒の手っ取り早い暴露に「ちょ、ま」って感じで慌てていたジャガーが、私の視線に頬を赤くしてそっぽを向いた。
「そ、そのだな! この間の、あれ……てけりり鳴く変なのと戦った時だよ! あの、その……助かった、ありがとう……」
「…………。ああ、あの時の事か」
「その間はなんだよ!?」
いや、思い出すのに随分手間取ってしまった。忘れてたというより、気にもしてなかったのでな。
「あの程度の事、いちいち気にする事はないよ。奴の体内に突入するついでに庇っただけの事、私にとっては一石二鳥だった。恩に着る事はない」
「そ、そう言われてもこっちが気にするんだよ……っ」
「ふむん。律儀な奴だ」
まあ、品性のよろしい魔法少女らしいといえばそうであるけどね。最近変なのとばかりお知り合いになっていたが、本来魔法少女とはラブ&ピースである。いいね、初々しい。
「それで? 用件はそれだけかな? であれば、私は夜の散……げふんげふん、パトロールに戻りたいんだが」
「えっとね。それでね、実はもう一つお願いがあって……」
「……」
もじもじ、と言い出しづらそうなマウンテンキャッツ。ジャガーランサーとはいうと、もうこれ以上口を開くつもりはないのか、相棒に話せて黙りこくるつもりのようだ。おシャイな奴だ。
私はふぅん、と相槌を打って、マウンテンキャッツに話を促した。
「なんだ? 内容次第では協力してやらん事もない」
「えっと、そのね? 実は……その」
「うん」
「この街を脅かす悪い人達を捕まえるのに、ルーシィちゃんにも手伝ってほしいの! 駄目、かなあ……?」
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