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マウンテンキャッツからのお願い。それは正直言って、予想外の内容であった。
「……悪い人達ぃ?」
「そ、そうなの。ここ最近、この街に怪物がたくさん現れるでしょう? どうもこれ、その悪い人達が引き起こしてるみたいで……」
「いやいやいや。相手が人間なら、魔法少女の出番ではない。警察に頼むがいいさ」
餅は餅屋である。そもそも魔法少女のパワーを人間相手に向けたら挽肉である。加減できない相手を相手にするべきではない。
なのだが。
「……そ、それはそうなんだけど……」
「駄目だ。警察では相手が悪すぎる。キャッツの言い方が悪かった、相手は人間だけどもう人間じゃない」
「どういう事だ?」
どうにも要領を得ず首を傾げる私に、本人もイマイチ言語化できていないのか、ジャガーはこめかみに指をあててしばし悩む仕草をした。
「なんつったらいいのかな……ソイツら、所謂邪教集団なんだけど。星辰連盟っていう……それも、パチモンだとかただのオタクじゃなくて、本物のやばい奴らさ」
「アジトの一つに踏み込んだ事があるんだけど、すごかった……。人間サイズの化け物がうようよして……あれは流石に警察じゃ無理だよぉ……」
顔を真っ青にして、マウンテンキャッツ。
私はというと、げえ、とドン引きである。いやそりゃ魔法少女がいるんだからそういうのも居るかもしれないけど……マジモンの邪教集団? 世界観が違いすぎて違和感があるぞ。
《てけり・り?》
「ああ、いや、今更の話か……いやなんでもない、こっちの話だ。しかし、なんで私なんだ?」
悪人ぶちのめすのに、悪人みてーな魔法少女の力を借りる事もあるまい。そういうのは正義の魔法少女の御仕事では?
「話を聞くにアジトの制圧は出来たんだろう? 何の問題もあるまい」
「ああ、いや。私達がどうにか出来たのはあくまで支部で。本拠地は全然……」
「だとしても他の連中と合わせてカチコミすればいいだろう。部外者の私の力を借りる事もない」
「…………それができたら、良かったんだけどね」
私の言葉に苦々しく笑うジャガー。
おい、まさか。
「うちのリーダーはブレイブライオンっていうんだけどね。先走って一人で連中の本拠地に殴り込みかけて、返り討ち。よっぽど怖い目にあったみたいで、心を病んで今はマジカルアイランドで治療を受けてる。で、もう一人のメンバー、カラフルカメレオンは臆病な子だったから……尊敬してたライオンがああなっちゃったの見て心が折れて、魔法少女引退しちゃった。今は記憶も消して、一般市民として生活してる」
「……すまん、悪い事を聞いたな」
迂闊な質問は藪蛇だったか。ばつの悪い顔で私は顔を逸らした。
しかし、そうなると思った以上に厄介な連中のようだ。
「しかも一度本拠地強襲されたせいで、連中ますます隠れるようになっちゃって。最近の化け物頻出もあって、他のチームにも応援を頼んでいるんだけどさ。出てくる怪物はどうにかなっても、本拠地はさっぱり……」
「ああ……それでチーム・ナイトやらチーム・ポイズンやらがこの辺りにちょこちょこ顔を出しているのか」
区画分けしているのにやたらと他のチームの連中と顔合わせするのを変に思った事もあったが、そういう事かあ。
「聞いた話だと、ルーシィちゃんってそういうのに対して鼻が利くんでしょ? もしよかったら手伝ってくれないかなあ……」
「恥を承知で、頼む。これ以上アイツらをのさばらせて、被害を拡大させたくないんだ……!」
「ふむぅ」
二人そろって拝むような仕草で頼み込んでくるビーストの魔法少女。
「まあ、そういう事情があるのなら別に構わんが……期待するなよ? あくまで気が向いたらだ」
「いや、それでも助かる!」
「ありがとう!」
露骨にほっとした顔をする二人の魔法少女。いや別に私だって、街の治安維持に反対という訳ではないんだが……一体どういう認識をされているのやら。聞きたいような、聞きたくないような。
「……ふん。それより、今後協力してその秘密結社に立ち向かうというなら、お互いの事をもっと知っておかねばな。ちょうどいい、手ごろなサンドバックがあるようだ」
「え?」
「ついてこい。言っておくが待ってはやらんからな」
私はそれだけ言うと、ビルの屋上から蝙蝠傘片手に飛び降りた。
夜の風に乗って、腐ったような匂いが流れてくる。どうやら今晩も、件の教団とやらは熱心に活動しているようだ。
◆◆
人気のない、寂れた駅前商店街の裏路地。
もう随分と手入れされていないのであろう、下水道の茶色く錆びたマンホールの蓋。それがごとり、と音を立てると、軋んだ音を立てて持ち上げられた。
ガリガリ、とアスファルトを削るようにして押しのけられたマンホールの蓋。点滅する外灯の光でも見通せない、真っ暗な闇がぽっかりと空いている。
その闇の向こうから、ぬらついた手のようなものが、ぬっ、と伸びた。
狭いマンホールの穴から、無理やり体を引きずり出すようにしてべとべとした影が地上に這い上がってくる。薄暗い明かりに照らされたその肌は、ぐずぐずにふやけ、ぬるりと粘液に覆われていた。
『グルルル……』
その顔は人に似ているが、明らかに人ではない。白目をむいた眼球、薄い唇から剥き出しになった黄色く汚れた歯茎、歪に歪んだ鼻、頭髪の薄い頭頂部……人ではないが、しかし同時に人以外の何にも見えない、それは奇怪な怪物である。
まるで人間の醜悪さを鍋で煮詰めて網で濾したようなその怪物は、それも一匹ではない。
下水道から次々に姿を現すそれらの数はおよそ四体。
狭苦しい地下から広い地上に這い上がった彼らはしばし開放感を味わうように身動ぎしていたが、すんすん、とその鼻が鳴り、ついで恐ろしい視線が商店街に向けられた。
夜分、人気のない商店街でもいくつかの店の二階に明かりが灯っている。晩餐ではなく、生きた人間の匂いに怪物達は涎を垂らすと、ゆっくりとそちらに向けて移動を開始した。
今晩繰り広げられるのは悍ましき食肉の宴。
哀れな犠牲者の悲鳴を聞き届ける者はいない……そのはずだった。
「やれやれ。醜悪さもここまで来ると鼻が曲がるな」
場違いな、可愛らしい少女の悪意に満ちた嘲笑が夜に響く。
声につられて怪物達が顔を上げると、明滅する外灯の上に、黒く染まった麗しき蛾の如き姿が一つ。
「人の世の暖かさにつられて出てきたか? お前らがそれをどれだけ腹に詰め込んだところで、その飢えも凍えも癒される事はない。豚に真珠……否、泥沼に金塊というものだ」
『グルルル……』
「ふぅん? 一丁前に、馬鹿にされている事を理解するだけの脳みそはあるらしいな? だが、死の匂いをかぎ取れないようでは、そこらの犬猫以下にすぎんな」
少女は手にした蝙蝠傘をくるくると回しながら飛び降りると、四体のグールの真ん中にひらりと着地した。自分よりも遥かに大きな怪物を、むしろ見下すように笑みを浮かべながら。
『グギ、ギギィ』
「ほれ、構わんぞ、かかってくるがいい。貴様ら程度が私に触れられるというなら、腕の一本でもくれてやろう」
『グガア……!』
少女の挑発を理解できた訳ではないだろうが、怪物達が一斉に少女へと襲い掛かる。
もし目撃者がいれば、次の瞬間には巨体に押しつぶされ引き千切られる細い体躯を想像し、その悲惨さに思わず目を覆った事だろう。
だが。
「触れられるなら、だがな?」
『グギィイイー!?』
夜の闇に悲鳴が響く。
それは少女のそれではなく、低く濁った怪物のそれ。
四体のうち、真っ先に少女に襲い掛かった怪物が、右肩を押さえてよろよろと後退する。その足元に、どさり、と太い腕が落ちて、びちびちと跳ねた。
《てけり・り》
「死神の鎌は実に平等だ。貴様らのような腐れにも、等しく死と痛みを支払ってくれる」
少女の手には、いつのまにか傘ではなく、一振りの大鎌が握られていた。手にする少女自身よりも大きなその鎌の刃には、茶色く濁った怪物の血がどろりと付着している。
それをひゅん、と薙ぎ払い、少女は汚らわしい血を飛ばすとあらためて大鎌を構え直した。
「さあ、かかってこい。来ないなら……こちらからいくぞ?」
『グ、グギギ、グギギギ……!』
一度は足を止めた怪物達が、少女に向かって飛び掛かる。
押しかかるように落ちる怪物の影の下、少女の口元に三日月のような笑みが浮かぶ。
「さあ、夜の舞踏を刻むとしよう」
その一方的なワルツは、僅か一曲ばかりを流すのみで閉幕となった。
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