そして数刻後。
路地裏は、怪物の血と肉に塗れ。シュウシュウという異音と共に、悪臭が溢れかえっていた。
その只中に立つのは、一人の魔法少女。
四匹の怪物を鏖にしながらも、その衣服には汚れ一つない。
「お疲れ様、ジョセフィーヌ」
《てけり・り!》
得物の大鎌に優しく労いの声をかけると、それはぐにゃりと変形して蝙蝠傘へと姿を変える。黒い傘をくるくると回しながら、少女は戦いを見守っていた者達に声をかけた。
「それで? こいつらも、その教団の怪物なのかしら?」
「あ、ああ……」
「ガタガタブルブル」
建物の屋上から飛び降りてくるのは、二人の魔法少女。
私に遅れて現着した二人は、青い顔でおっかなびっくり、路地裏に散乱する血肉を眺めている。
「た、たぶんだけどな……。臭くてグロくて気持ち悪いのが似通ってるし……」
「う、うぇえ……。こないだのヒトデ怪人みたいなのも気持ち悪かったけど、これはそれに加えて臭い……」
「ふんむ」
ドン引きしている様子の魔法少女二人に小さくうなずき、私はジョセフィーヌの変身した鎌を見下ろした。……刃に、茶色い血や肉がこびりついている。私はびゅん、と音速でそれを振って壁に汚れを飛ばした。
よし、キレイキレイ。
「おつかれ、ジョセフィーヌ。ありがとう」
《てけり・り!》
そんでもって、元に戻って貰って懐に収納する。襟元から粘液の塊を仕舞いこむ私を、ジャガー達は苦々しい顔で見つめていた。
「なんだ? 欲しいのか? やらんぞ?」
「い、いや別にいいよ……」
なんだ、つまらん。
地面に散らばる腐肉を踏みしめて二人の傍による。どうやら今晩はこれで打ち止めらしい。
無辜の民が脅かされぬ事は喜ばしい事だが、多少物足りない。ま、フラストレーションは親玉にぶつけるまで取っておこうか。
「しっかし、お前これ、抵抗とかないのか?」
「ん? 何がだ?」
「何って、怪物でも人型をこんなバラバラにする事にこう、思う所とか……」
ああ。さっきから妙な感じだと思ったら、そんな事を気にしていたのか。
「こんなもの、頭が一つで手足が二つずつなら人型というなら、かかしやマネキンどもの方がまだ人間らしい。それともなんだ、お前達の知り合いには喋るカカシでもいるのか? それは興味深い、今度是非紹介してくれ」
「……私達はお前ほど割り切ってないんだよ」
おっと。ちょっと言葉選びを間違えたかな、不機嫌にさせてしまったかもしれん。
をほん、と私は咳をついて話を仕切り直した。
「うむ、すまん。不愉快にさせる意図はなかった、謝罪する」
「そーかい。それで、どうするんだ、これから?」
「これから?」
オウム返しに聞き返す私に、ジャガーは一つ頷いて、連中の這い出してきたマンホールを指さした。開け放たれたままの入口からは、汚らしいものが這いずった跡がまだ残されている。
「あいつらあそこから出てきたじゃん? 遡れば、連中のアジトに辿り着けるかも」
「やめておけ」
素人の浅知恵を、私は力を込めて否定した。
「闇の中を弄って、掴んだ物が求めている物である可能性はいかほどだ? 闇雲に汚濁の中を漁っても、汚れに汚染されるばかりだぞ。こういうものは出来るだけ触れず、触らず、一撃で蹴散らすに限る」
「だ、だけどさ……」
「焦るな。私達の活動で、やつらは思うように動けないでいる。地味な事が一番効果的なんだ。こうして怪物どもを出てくる端から叩いていけば、そのうち奴らから尻尾を出す」
知恵を使って一発逆転、といけばいいが、そうはいかない事の方が世の中多い。
なんせ、相手だって生きているし、考えているのだ。最終的に倒される事が決まっている物語の悪役なんかではない。
迂闊な行動は首を絞めるだけだ。
それこそ、単騎で突入して心を折られたライオンのように……とまでは言わない客観性が、まだ私にも残っている。
「さて。今日はこれまでにしておこう。これでも学業ある身でな、夜更かしは応える。お前達もほどほどにしておけよ」
「あ、うん」
「そのキャラで早寝早起きなんだ……」
悪いか。そっちこそ、子供の時分から夜更かししていたらロクな大人になれないぞ。
「それでは、良い夜を。グッナイ」
《てけり・り!》
私は一息でビルの上まで跳躍すると、そのまま夜の街を駆け抜ける。
思ったよりも遅くなってしまった。さっさと帰って、シャワーを浴びて布団にGO、だ!
それが、数日前の事である。
地道に怪物を叩いていけば、そのうちジリ貧になった教団の連中が顔を出す……私は確かにそう言った。
ああ、言ったとも。
言ったがなあ……。
「ゴニョゴニョゴニョ……」
「ふんぐるい、むぐるうなふ……んがあ、ぐあ……」
どこかの薄暗い倉庫の中。
地面に描かれた魔法陣の上には、使いかけの蝋燭がいくつも並び、ぼんやりとした光を落としている。それによって浮かび上がる床の茶色い染みは、単なる汚れか、あるいは鉄分を含む液体の跡か。
そしてその中央には、明らかに使い込んだ感じのする汚れた机が置かれていた。何に使うかは言うまでもない。
そんな物々しい魔法陣の周りには、黒尽くめのフードを被った大人の集団がずらりと並び、手を合わせてもごもごと不明瞭な言葉をつぶやいている。
それを眺めている、私はというと、両手を縄で縛られて、錆びかけたパイプ椅子に座らされている。それも一人ではない、左右を見れば、少なくとも五人の同い年ぐらいの子供が、この怪しげな儀式を強制的に見学させられていた。
「ぐす、ぐす……おかあさん……」
「いやだ……おうちにもうかえりたい……」
「ほ、ほら。皆、落ち着いて。騒いだら何をされるかわからないよ。ね?」
怪人物達を刺激しないよう、ぽろぽろ涙を零してぐずる子供達を必死になだめる。
いやまあ連中の目的は分かりきってるんだが、数分でも数秒でも時間を稼いだらそれで何かが変わるかもしれないし……。
一心不乱にお祈りを捧げる教団員の後ろ、台車の上に並べられた年季の入った、使い込まれた刃物の数々から目を逸らしつつ、私はしみじみと後悔をつぶやいた。
「ルーシィとジョセフィーヌを連れてくるんだったなあ……」
ここでこうなっているのは、まあ、なんという事はない。
街に向かうバスに乗っていたらバスジャックに遭遇したのだ。乗客の一人、黒いトレーナーに目出し帽の怪しげな男が突然バスの運転手を刺し、その相棒と思われるもう一人がナイフを振り回して乗客を牽制。
運転を奪われたバスが、道を外れて郊外に出た所で、突然、男が車内に投げつけたボールから白い煙が出て……気が付いたら子供だけ、ここにいた。
恐らく、他の乗客は捜査攪乱の為にバスごと別の場所に運ばれたのだろう。バスジャックを警察が捜索してバスに辿り着いても、一安心した時には儀式は終わっている、という塩梅か。一連の手筈も妙に手慣れていたし、この手法で生贄を確保したのも一度や二度ではないだろう。
全く、ニュースはこういう危険性についてもちゃんと報道してほしいものである。バスジャックが頻発してるのを知っていればルーシィを家に置いて出かけたりしなかったものを。
されど、変身できなくても魔法少女である事の自負が無い訳ではない。居合わせてしまった不幸な子供達を、なんとか無事に家に帰さねば。
「さあて、どうしたものかな……」
詠唱を終え、こちらに向かってくる数名の黒フード達。覗き穴から見える彼らの目つきには、およそ情けは期待できそうにない。
どうすればこの危機を打開できるか。
私はぺろり、と唇をなめて思案に耽った。
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