唸りを上げて、鎖付き鉄球が飛翔する。
重さが何トンあるのか知らないが、まあ少なくともガードできる程度の重量ではあるまい。その予想にたがわず、鉄球が咄嗟にクロスさせた両腕ごと、怪物の頭に大きくめり込んだ。
悲鳴も上げられず、衝撃にたたらを踏む怪物。私が鎖を引いて鉄球を手元に戻すと、文字通りぺしゃんこになった怪物の上半身が露になった。
「おやおや。ポテチの袋の方がまだ頑丈だぞ?」
『グ……ギギィ!』
私の嘲りに、怪物の潰れた体が空気を入れた浮き輪のようにスポンと元に戻る。それでも砕けた骨は直ぐには直らないのか、そのシルエットは歪に歪んでいた。
にたり、と笑って、私は再び鎖を回す。
「そうそう、その調子。もう少しは耐えてもらわないと……ね!」
『グギャア!?』
今度は怪物の右足に鉄球を叩きつけるようにして落とす。ダメージとしては大した事はないかもしれないが、痛覚的には大分痛いはずだ。そして案の定、鈍くとも痛覚があるらしい怪物はその一撃に苦悶の声をあげた。
ふふん。なるほど、痛覚があるなら思ったよりはまともな生き物かもしれないなあ?
「くく、悪い悪い、手が滑った。じゃ、あと百回ぐらい、手を滑らせて行こうか?」
『グギッ!? ガッ!? ギャッ!?』
そのままぶんぶん鎖を振り回して、怪物を端から潰していく。丁寧に、丁寧に手足を何度も何度も叩き潰して、やがて再生しなくなっても只管繰り返す。
ガン、バゴン、ガン、と廃工場にひたすら鉄が肉を叩き潰す音が響き渡る。
やがて私がジャラジャラと音を立てて鎖を巻き取ると、ベコベコに凹んだ床の上には黒い肉塊だけが残っていた。
手足の端から徹底的に潰されて、再生も限界を迎えた怪物の胴体。もはや悲鳴もでないらしい、ただ痙攣するだけのそれにトドメの鉄球を振り下ろす。
ぐちゃっ、と出来損ないのハンバーグが飛び散って、それでお終い。
シュウシュウと煙を立てながら空気に融けていく肉片を見下ろして、私はやれやれと溜息をついた。
「もう終わり? こっちだけやる気を出して馬鹿みたいじゃないの。ねえ?」
「ひ、ひい……っ!」
「ば、化け物……っ」
私の流し目を受けた男達が、揃って背後に後退る。そこには先ほどまでの戦意は微塵も見当たらなかった。ヘタレどもめ。
「あら酷い。こんな美人を捕まえて化け物だなんて。ねえ、ジョセフィーヌ」
《てけり・り!》
「お……お前は一体何なんだ!? そ、その得物は、神の下僕が変身したものだろう!? わ、我々とお前は、同志ではないのか!? 何故我々を襲う!?」
今更しょーもない事をいいだす男達に、私はげんなり顔で肩を落とす。
ええー? 今更、その話?
言い出すのが3分ほど遅くない?
「自分達で言っていただろう? 裏切り者の魔法少女、と。私は闇に生き闇を食らう、暗黒の魔法少女ダークネス・ルーシィ。貴様らのような連中を狩る事が我が悦び、我が渇望。……これで十分かしら?」
再度の自己紹介を終えて、私がじゃらり、と鎖を鳴らすと、大の大人がひぃっと悲鳴を上げて尻もちをついた。
「ま、待て!? 仮にも貴様は魔法少女だろう!? わ、我々を、人間を殺す気か!?」
「??」
え、まさかこの期に及んで命乞い? しかもくっそださださな文面で?
はあー……一周回って感心するわ。ここまで救いようのない馬鹿って初めて見た。
「無辜の子供を生贄にしようとしていたのに何言ってんの??」
「ひ、ひぃ……っ」
「まあでも、言う事はいちいちもっともね。私は気にしないが、この子を貴様らの汚らわしい血で汚すのは本意ではない。よって……」
すらり、とジョセフィーヌを元の姿に戻して、肩に乗せる。首筋に身を寄せてくる愛らしい不定形生命体を、すす、と指先で労わるように撫でると、嬉しそうに一声鳴いた。
《てけり・り》
「で、では見逃してくれるのか……?!」
「いいわよ、別に。……だけど、この邪眼がお前達を逃すかな?」
前髪を書き上げて、深紅の瞳を露にする。
真っ赤に輝く、ルビーのような瞳が男達を睥睨する。その全てを一度に捕らえた、万華鏡の如き瞳が虹色に輝いた。
瞳の中にうかぶのは、無限の宙を見せる銀の鍵。
がちゃり、と音を立てて扉が開けば、そう、その向こうに広がるのは蠢くピンクと瞳の群れ。
ほら、見えるだろう? 庭に踏み込んだお前の周りに浮かぶ、無数の愛らしい瞳の数々が。
一つの二つの三つの四つの那由他の無量大数の刹那の複眼の菱型の多面体の鏡面の可愛い瞳が見ているよ。
こんにちは。
そして、さようなら。
『ムルルミィ』
「「「ひ、あ゙、ぎゃああああーーーーーーーーーーーーっ!?」」」
深淵を覗き込んだ男達が、一斉に悲鳴を上げて仰け反りかえり、バタバタと倒れていく。
立っている者は一人も居ない、もれなく全滅である。
「やれやれ。望んだモノを出血大サービスで見せてやったと言うのにこの体たらく。顔を洗って出直してこい」
《てけり・り》
呆れながら前髪をかきあげていた手を降ろすと、工場を照らしていた邪眼の光も衰える。後には、消えかけの蝋燭が灯す、ゆらゆら揺れる頼りない明かりだけが残された。
「さって、と。おい、起きろ貴様。その体たらくでは下っ端もいいとこだろうが、知っている事を全部吐け。こら、寝てるんじゃない」
「あびびばばばげげげごごごごれれれれろろろろ」
リーダーらしき男を引きずり上げてフードを引っぺがす。が、露になった男の顔は白目をむいてあらぬ事を口にするばかり。陸にあげられた蟹みたいにぶくぶく泡を吐いているその様に舌打ちして、乱暴に床に投げ転がす。
「ちっ、軟弱者めが。仕方ない、一匹連れ帰って尋問……む?」
と、そこで私は外が何やらやかましい事に気が付いた。バタバタと複数の足音に、これは……。
「おっと、これはしたり」
咄嗟に飛び上がって工場の梁に逃げる。直後、さび付いた扉を蹴破って複数の機動隊が突入してきた。
「突入ー!」
「人質を救出しろ!」
これはこれは、正義の味方のエントリーである。恐らく、先に救助した他のバス乗客から話を聞いたのだろう。公僕にしては動きが早い、評価点上向き修正だ。
ドタドタ、と工場に押し入ってきた機動隊員達は、床に倒れている人間達に足を止める事なく、すぐさま適切な行動をとった。
「要救助者を確認! 犯人を確保!」
「被害者……脈あり! 急いで救急車へ!」
「犯人たちは……ええい、とにかく確保、確保! 担架もってこい!」
ふむ、流れるような実に冷静沈着な対応。これなら後を任せてもいいだろう。
魔法少女が人間をボコったとなったら要らぬ火種になるかもしれないしね。私はこのまま、こっそりエスケープさせて頂こう。
俄かに騒がしくなった眼下を他所に、私は静かに梁を渡って天窓から外に脱出する。工場の屋根から見る景色はあまり見覚えがないものだったが、助けにきてくれたジョセフィーヌが道を覚えていたようだ。
「それじゃ、帰り道案内お願いね」
《てけり・り》