「べつにぃー。正体を? 隠されていたから? 機嫌を損ねた訳ではないのですよ?」
言葉とは裏腹に、エリザベートの態度と口調は友達に隠し事をされていじけている子供そのものだった。
ちなみに今の私は、変身を解除して小学二年生男子の姿をしている。流石にルーシィまでは見せられないので、目の中に隠れてもらっている。ある意味、机の上でもしゃもしゃクッキーを食べているジョセフィーヌがいいデコイになっている。
しかし、なかなかエリザベートの機嫌は直る様子を見せない。私は途方に暮れていた。
「私が正体をオープンにしてるのはあくまで私の流儀ですしぃ? ルーシィさんにまで合わせろ、とは言いませんわ?」
「じゃ、じゃあ怒らなくていいじゃん……」
「怒ってなどいませんわ!」
ガターン、と机の上に両手を叩きつけるエリザベート。私は困り切った顔で、傍らで状況を見守っているセバスチャンさんに視線を合わせた。
にこやかな笑顔は私と目を合わせると、アイコンタクトで意思を伝えてくる。
……ご迷惑をおかけします……。
……いいえ、まあ、お気になさらず……。
無言でやりとりをしていると、エリザベートさんが癇癪を起した。
「そこ! 私を差し置いて何無言で意思疎通してるんですの!?」
「そ、そんな事言われても……」
「うきぃいい!!」
とりつく島もないとはこのことである。
セバスチャンと二人で困り果てていると、すそそそ、と女性のメイドさんがカップを手にテーブルにやってきた。
「お嬢様。代わりの紅茶をお持ちしました」
「……ご苦労。下がってよろしくてよ」
「はい。失礼しました」
ティーポッドを入れ替えて下がっていくメイドさん。後頭部にゆれるポニーテイルを見送って視線をエリザベートに戻すと、彼女は新しい紅茶をカップに注ぎ、香りを楽しんで一口。
ことん、と静かにテーブルにカップを戻す様子からは、だいぶん落ち着いた様子が見て取れた。
「……ふぅ。まあ、いつまでもルーシィさんの落ち度を言及する訳にもいきませんね。人間、秘密の一つや二つあってしかるべきです」
「だったら正体追及しなくてもよかったじゃん……」
「それはそれ、これはこれ、ですわ」
ええい我儘娘め。しかし、なんか急に落ち着いたな。
私のカップにも新しい紅茶を注いでくれたので、それを受け取って一口。ハーブの爽やかな香りがした。これは、カモミールのハーブティー?
カモミールの香りには気持ちを落ち着ける作用があるとはいうけど……まさかそれで? うそでしょ?
「なんですの?」
「い、いや、なんでも」
思わずマジマジとエリザベートを見てしまい顔をしかめられる。いけないいけない、また彼女の機嫌を損ねる所だった。
「それにしても、男の子が女の子に変身するなんて、そんな事もあるんですのねー。私達とは違う、というのはわかっていましたが、そんな所まで違うなんて……」
「……その。頼むから、他の魔法少女にはどうぞご内密に……」
「ええー、どうしましょうかしらねー?」
余裕しゃくしゃく、獲物をいたぶる鼬の目で私を見ながらカップを傾けるエリザベートさん。金持ちというのは皆こう、サディストなのだろうか?
「そうですわね。今度、お洋服を一緒に買いに行ってくれたら考えますわー」
「そ、それぐらいなら……」
「勿論女の子のですよ? ふっふっふ、お友達と一度洋服合わせというものをしてみたかったのですわぁー」
「明らかにそれ嫌がらせ入ってるよね!?」
まあでも正直それぐらいなら別になんとも……。
少なくとも小学二年生ぐらいなら男の子でも女性の下着コーナーに紛れ込んでもそんなおかしい話でもないし。もしかすると最近の子はませているから恥ずかしがったりもするのかもしれないが、私の中身はご存じ肉体年齢とそぐわない。今更、ブラジャーだのなんだので慌てるという事などありえない。
だいたい、エリザベートみたいなチンチクリンボディ、見た所で何も……ゾクッ。
斜め後ろから猛烈な悪寒を感じて、私はさっと振り返った。
視線の先では、セバスチャンさんがにこやかーに笑いながら、子供二人のお茶会を見守っている。私は首を傾げた。
「何か?」
「い、いえ……」
おかしいな。セバスチャンさんがあんな殺気を私に向けてくる理由なんてあるはずがないし……人前で正体を晒した事で五感が過敏になっているのかな。
首を傾げながらエリザベートに視線を戻すと、彼女は紅茶を飲み終えて何やらマジマジとこっちを見つめていた。何、どうした?
「そういえば貴方、ずっと眼帯をしていますわね? どうかしたんですの、それ?」
「え? ああいや、ちょっとね。怪我をしたというか……」
「あらまあ。少し見せてくださいます?」
流れるようにエリザベートが間合いを詰めてきて、私は一瞬反応が遅れてしまった。
子供らしい無頓着さというか。エリザベートを信頼していて、プライベートエリアが狭まっていたのもあるのだろう。
すっと伸びた白い指先が、つっ、と優しく眼帯を押しのける。
「見た所、そんな酷い怪我は……えっ」
「あっ」
『ムルミィ』
そして眼帯の下、赤い瞳と視線があってしまう。
一瞬、いつぞやの病院の時みたいにごまかされてくれないかなー、と思ったが、その淡い期待は一瞬後に否定された。
「きゃ、きゃああ!?」
軽い悲鳴を上げて後ろに後ずさるエリザベート。その拍子に、彼女の指がぐにっと私の右の目を押してしまう。ぐえ。
その衝撃で、すぽーんと右の眼窩から義眼モードのルーシィが飛び出してしまった。
ぼいーん、と飛び出したルーシィが、ぽんぽんぽん、とテーブルを跳ねて、あろうことかエリザベートの襟元に飛び込んでしまう。
「わきゃああ!? 何か服にはいってきましたわあああ!?」
『ムルミィ!?』
「お客様!? お嬢様!?」
《てけり・り!?》
たちまち、お茶の席は大混乱と相成った。
んで、混乱が収束した後。
私はルーシィと一緒に、庭の芝生に正座させられていた。
何故に。
「貴方馬鹿じゃないですの!? いえ、馬鹿ですわね!?」
「えう……」
「変身能力を手に入れる前の事故で右目を失ったぁ!? どうしてちゃんと病院に行かないんですの?! 学校に通達は!? ご両親はこの事をご存じですの!?」
仁王立ちで眼前に立ちはだかるエリザベートは仁王像もかくやという怒髪天である。というか吹き上がる怒りのオーラで金髪が上昇気流のようになびいているようにも見える。
さっきまでのいじけ虫とは違う、ガチのお怒りモードである。
「びょ、病院にはいったよ……その、なんかこう、ちゃんと認識されなかったみたいで……」
「ちっ。魔法少女の力が絡んでるならそういう事もありますか……となると学校も……ご両親は!?」
「その、うちは母子家庭で。母さんはずっと仕事に出て家にも帰ってこないから……その……」
「はぁ!?」
正直に答えるとドスの効いた声が返ってきてびくっと肩が跳ねる。エリザベートさんは片眉を吊り上げて露骨に不快げな顔をしていた。
「帰ってこないって……貴方、生活はどうしているんですの!?」
「い、一応、自炊しながら家事洗濯もやってます……」
「ふざけんじゃありませんよネグレクトですわよそれ!! セバスチャン、電話を! 警察に通報しますわ!!」
すっと老執事が差し出すスマホに手を伸ばすエリザベートさんに、私はまじめに慌てて止めにかかった。
「ち、違うよ! 生活費は出してもらってるし……」
「小学二年生の! 男の子を! 実質独り暮らしさせてる時点で育児放棄もいい所ですわ!! 申し訳ありませんが貴方のお母様は職場よりも刑務所にぶちこまれるべきです!!」
「まって、まって! 母さんを悪く言わないで! そ、それに、この生活だから、ルーシィとジョセフィーヌと一緒に暮らせているんだ、お願い! 見逃して!!」
保護観察処分とかそういう話になったら、この子達と一緒に暮らせなくなってしまう!
それに、母さんだって悪い人じゃないんだ! 私がその、距離をもったせいで、彼女もどう接したらいいかわからないんだと思うし……。
『ムミミィ……』
《てけり・り……》
「……ちっ。仕方ありませんわね……そこまで言うなら、少し様子を見ましょうかしら。見た所、ちゃんと生活できているようですし……」
彼女はちゃんと洗濯されて綺麗な私の衣服を見回して、溜飲を下げてくれた。スマホを執事に戻し、テーブルの席に戻る。
「わかりました。今回は大目に見ましょう。……その右目、どうしてもほかに正体がばれるのが嫌というなら、マジカルアイランドの病院で一度見てもらって、ちゃんとした義眼を作ってもらいなさい。いいですわね?」
「わ、わかった。でもポイント足りるかな……」
「足りなかったら、それぐらい私がいくらでも出してあげますわ! 迷惑料として受け取っておきなさい」
さっすがお金持ち頼りになるぅ! あと、流石に自分がちょっとやりすぎた事には自覚があったのね。
私がぺちぺちと拍手を返すと、彼女は気まずそうに顔を逸らした。そのほっぺはちょっぴり赤い。
「ふん。まあ私も少し踏み込みすぎましたわ……それにしても。マスコットどうたらを言い出した時は不思議に思いましたが、こういう事でしたのね。貴方にはマスコットがついていたとは……ふふ、初めまして、ピンクちゃん。ご存じでしょうけど、私はランサー・エリザベートですわ」
『ムルミィ!』
これでこの話は終わりという事だろうか。エリザベートは私の膝の上でつぶれていたルーシィに目を向けると、手を伸ばして抱え上げた。もちもちふにふにの柔らかボディを抱え上げて、自分の膝の上でぷにぷにと人差し指でつつく。
嬉しそうにルーシィが声を上げる。そういや、ルーシィがこの姿で他の魔法少女と戯れるのは初めての事か。
「その子の名前はルーシィだよ!」
「そう、ルーシィちゃん……まって。貴方、自分の変身後にこの子の名前使ってるんですの?」
「えへへへへ……その、ぱっと思いついたでっちあげで……うへへへへ」
改めて指摘されて、正座したまま苦笑い。深く考えた事なかったけどやっぱ変かな……。
「変に決まってますわ。まあ、いいですけど。ふふふ、貴方、ルーシィちゃんというんですのね。クッキー食べる?」
『ムルミミィ!』
エリザベートが差し出すクッキーをあーんと咀嚼するルーシィ。あこがれの魔法少女に、てずからお菓子を食べさて貰って、今まさにこの世の絶頂という感じだ。
あまりに嬉しいのか、体表にぽこぽこと目が泡のように浮かんできて、ぐにぐにと体が不規則に歪んでいる。
あ、ちょ、ルーシィ。初心者にいきなりそんなもの見せたら……!
「あら、貴方、目がいっぱいあるのね。ひい、ふう、みい……あ、あれ? 目玉って、何個あるものでしたかしら? あらら……?」
「ちょ、エリザベート!?」
案の定、馬鹿正直にルーシィの複数の瞳と目を合わせたエリザベートは、目を回してひっくり返ったのであった。
大変だー!
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