と、いう訳で。
エリザベートにもめっちゃ怒られたので、マジカルアイランドの病院にやってきた私である。
ちなみに行き来は、魔法少女認定証をもらった時に一緒にもらったポスターで転移した。壁に貼り付けるだけで異世界と行き来できるなんて便利な時代になったものである。
まあ、なのであの時のジョセフィーヌ……の大本が襲撃してきたのが色々とキナ臭いのであるが。ま、それはまた今度考える事である。
『うーん、めっちゃ綺麗だね、眼窩。変な肉腫もできてないし、見事なもんだ』
「さ、さいですか……」
『うん。潰れた眼球を摘出した奴は、よっぽどの名医だったんだろうね。是非うちに就職してほしいぐらいだ』
私の空っぽの眼窩をライトで覗き込むウサギの着ぐるみのお医者さんは、カチリとライトを消灯するとカルテに向かって何かを書きこんだ。
それを見ながら、膝の上に抱えたルーシィをふにふにとつつく。すごいね、お前名医だってさ。
『ミミィ……』
いやそれほどでも、と照れた顔をするルーシィ。ちなみにその頭には、サンタみたいな赤い帽子がかぶせてある。エリザベートからのプレゼントだ。「目がいっぱいあるから混乱するのですわ!」と彼女に被せられたそれだが、ルーシィ本人はなかなか気に入ったようである。
そのおかげか、初対面のウサギの医者も首を傾げるだけでルーシィの目力にやられる様子はなかった。こんな簡単な対策でよかったのね。
『一応、今後も継続的に検査するべきだと思うけど、こりゃあ基本的には問題ないと思うよ。魔法のような処置後だ。一応、こっちで義眼をすぐに作るから、今後はこれを使えばいいよ。視線に合わせて動くマジカルな一品だよ、まあ大抵の人間の眼科は騙せるね』
「ありがとうございます。あの、それでポイントは……」
『要らない、要らない。人間社会はどうだかしらないけど、マジカルアイランドは魔法少女を支援するための場所だよ。重症ほどポイントなんか取らないよ。その分、ちょっとしたお菓子とかジュースは割高だけど、そこはまあ勘弁してね』
なんと。まあ都合のいい。
でも正直助かった。だからエリザベートさんもここを勧めてきたんだろうなあ。
「あの、その。それで、私の正体は……」
『言わない言わない。人間社会でも患者の情報は秘匿するものでしょ? これでも医者だからそれぐらいはきっちり守るよ』
だから大丈夫、ちょっとびっくりしたけどね、とグーのポーズをするお医者さん。私は安心してちょっと息を吐いた。
『それじゃ、ちょっと適当に時間を潰してまた来てね。義眼が出来たら、アナウンスで呼び出すから』
「何から何まで申し訳ありません……」
『いいのいいの、気にしないで』
ぱたぱたと手を振るお医者さんに頭を下げて、変身してから診察室を後にする。廊下にでると、ガランとした誰も居ない空間が私を出迎えた。
「まあ、病院が繁盛していないのはよい事だな」
《てけり・り》
肩にジョセフィーヌを乗せたまま、適当にその辺をうろつく。すれ違ったトラの着ぐるみの看護師が、私を見てぺこりと頭を下げた。
『何かお探しですか?』
「いえ。ちょっと時間を潰していて……」
『そうですか。立ち入り禁止の看板の向こうにはいかないでくださいねー』
それだけ言って、看護師はどこかへいってしまう。現実の病院に比べてあまりにも色々と緩いが、まあそれだけ平和という事なのだろう。
私は首を傾げつつ、適当に病院の中をうろついた。
「しかし本当に誰もいないな」
《てけり・り》
まあ、魔法少女なんて普通の攻撃では怪我一つしないし、しても立ちどころに治ってしまう。勿論怪物相手ではそう楽勝とばかりはいかないが、チームを組んでいるしダメージを受ければ後退させられるだろう。我が身を削って戦っている、というイメージがどうにも強かったが、思ったよりもホワイトな環境なのかもしれない。
「まあ、犠牲者ゼロとはいかないようだが。その一人が、人間由来というのがどうにも皮肉な話だ」
そういえば、話に聞いたチームビーストのリーダーだった、ブレイブライオンとやらはこの病院に居るのだろうか。会えるとは思わないが、ふと私は意識して病室を覗いて回った。現実の病院では到底許されないが、見た所どの病室も空。ならば多少は問題あるまい。
それにしてもほぼ全ての病室が個室である。現実の病院不足を考えると贅沢な限りだ。
診察に当たった医者も結構腕が良いようだし、マジカルアイランドを作り出した存在はやたらと魔法少女に対して過保護なようだ。
「まあ、愚民はこれを見たら民間に開放しろ、だなどと言いだすのだろうな。それを考えれば、異空間にマジカルアイランドがあるのはただしい判断だが……おっと」
どうやら当たりを引いたようだ。
病室の奥に、ぼんやりとベッドから窓の外を眺めている人影を見つけて、私は軽い声をかけて近づいた。
「やあ。君がブレイブライオンかね?」
「………………」
「初めまして。私は星刻の魔法少女、ダークネス・ルーシィ! 闇の王に仕えし暗黒の巫女!! 三天を従える闇の翼とは私の事!」
しゃきーん、といつもの決めポーズを決めるが、どうにも相手の反応は薄い。
ぼーっと見つめてくる相手に、私は腰に手を当ててあらためてその様子を伺った。
病院暮らしが長いらしい、ぼさぼさの茶髪。顔色は白く、瞳はどんよりと濁っている。その唇はかすかにふるえるが、言葉を紡ぎ出す事はない。
なるほど。これは重症だ。
明らかに廃人状態、と言わんばかりの相手に、私は首を傾げながら近づいていった。
「こら。人が渾身の決めポーズしたんだから、少しは反応するのが礼儀だろう」
「………………」
「まったく。一体どういう目にあったか知らんが、ここでの生活も長いのだろう? 少しは立ち直ったらどうかね?」
ブツブツいいながら、近づきながら、私はとっておきのワードを投げかけた。
「ジャガーランサーやマウンテンキャッツも心配していたぞ?」
「………………」
チームメイトの名を出してもびくりとも反応しない。
……こいつは。
「……妙だな。普通、ここまで精神をぶち壊されていたら、すぐに衰弱死するものだが」
何かがおかしい。
私は慎重に少女に近づくと、すん、と鼻を鳴らした。
かすかに、異臭を感じる。磯の、潮風が腐ったような、忌まわしい香り。
「まさか……」
少女に視線を合わせると、私は邪眼に意識を集中した。相手の意識と私の意識を繋ぎ合わせ、扉の向こうを覗き込む。
そこには……
「おいおいおい……」
扉の向こうに広がっていたのは、どことも知れぬ、暗い空と黒い海、そして終わることなき水飛沫が吹き上がる岩礁だった。
真っ黒な岩の上は、しかし足の踏み場がないほどに無数の奇怪な軟体生物の死骸で埋め尽くされている。ヒトデに似ているが全くの別物、似ているというのが失礼な汚らわしき汚物。その死体がうずたかく積み上げられたその上で、息を荒くして佇む一人の魔法少女の姿があった。
「ふぅー……ふぅー……」
「……ふっ。流石は百獣の王、といった所か」
ライオンを、タイマンでは虎にも勝てない名前倒れの獣という者がいる。それはあまりにも浅慮な、無知蒙昧な勘違いだ。虎は、群れようとしても群れは作れぬ。だが、ライオンは一人でも、群れでもやっていく事ができる。そして、群れを率いるのが真骨頂の獣を、一人で戦わせてどうするというのだ? 虎に、サバンナの草原を駆け巡り、どこまでも相手を追いかけ引きずり倒し、その首元に牙を突き立てる事ができるか? 王には王の戦いがある。戦士には戦士の戦いがある。
そして今目の前に立つ魔法少女は、ボロボロに擦り切れていながらも、その背に見る者の心を震えさせる“王気”とでも呼ぶべきものを宿していた。
「ダ、れ……?」
「初めましてだな、ブレイブライオン。まあ自己紹介は二度目になるので省略させていただくが」
「魔法、ショウジョ……? ダメ、にげて……」
振り返った少女の顔は、半分が毛皮に覆われ獣面と化していた。孤立無援の中、一体どれだけ戦い続けたのだろう。
だがそれも終わりだ。
「安心しろ。私はお前を、助けに来た」
私は空を見上げて、口元を歪ませる。薄暗い、灰色の雲を嘲笑い、ジョセフィーヌが変身した鎌を手に取る。
「どっちつかずの半端な空だ。私が、真の暗黒というものを教えてやろう……!」
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