TS転生外宇宙系魔法少女ダークネス・ルーシィ 作:イア! イア!!
「……」
「はい、異常はなしね。ただ瞼が酷く晴れているから、眼帯とお薬を出しておくよ」
診察室で向かい合う初老の老人は、私に目も合わせずにカルテに何か書き込んでいる。
私は曖昧に頷きながら、傍らに置かれた鏡を覗き込んだ。
そこには、そろそろ見慣れてきた少年の顔が映り込んでいる。
ぼさぼさ頭の、クセッ毛の少年。
赤と黒のオッドアイ。赤い右目は、まるでヤギかタコのように四角い瞳孔をもった異形のそれだ。
「はい、お大事に」
「ありがとうございました」
内心、もう二度と利用しない、と思いながら大人しく病院を後にする。
帰り道をとぼとぼ歩く傍ら、丘の上から遠く都心部に目を向けた。
「……大変そうだな」
この距離からでも見える、破壊されたビル街の様子。巨大なクレーンがいくつも立ち並び、今も倒壊したビルの瓦礫撤去作業が昼夜を問わず行われている。
ビルの中に突如現れた巨大な怪物。一度は倒されたはずの怪物が再び出現した事で、再び魔法少女によってそれが排除された後も厳戒態勢が続いている。立ち止まって工事を見ている間にも、数台のパトカーが道路を通り過ぎていった。
あの破壊に巻き込まれた私は、意識を失っていたところを救助隊の人に助けられたという事になっている。実際気が付けば病院のベッドの上で、ヤブ医者によれば体に大きなケガは無く、せいぜい右目を打って腫れてるぐらいの事らしい。
そんな訳がない。
私ははっきりと覚えている。瓦礫に潰された下半身の無感覚を。吐き出した血の粘りを。閉ざされていく意識を。
なんせ経験するのは二度目だ、間違えるはずもない。
だが……実際に私はこうして、ぴんしゃんして自分の足で歩いている。
それがなんとも、おかしな話だった。
「…………」
遠巻きに街を見るのをやめて、私は帰路に戻った。
「ただいま」
誰もいない、静かな家に戻る。
リビングに顔を出すと、テーブルの上に一枚の手紙があった。どうやら、一度母親は帰ってきたらしい。
落ち着いたら電話をして、とだけ書かれている。
何らかの形で私が病院に行ったのを知っているのか、それとも心配も何もしていないのか。
わからない。
ここ数年ほど、ほとんど親とは話していない。必要なお金は振り込んでくれているから、無視されている訳ではないのだろうが。
いや、そもそも話を避けていたのは私の方からではなかっただろうか。
転生した記憶もち、もしかすると場合によっては彼女の子供になったはずの魂と心を上書きした事に罪悪感を覚えて、私の方から距離を取っていたのではないか。
その結果、まともに話した覚えもなく、相手が何を考えているのかもわからない。
……目の前にその機会がある。ここに電話をかければ、母親と話す事は出来るだろう。
だがしかし、今はそんな気分にならなかった。
のそのそと階段を上り、二階の自分の部屋に向かう。その途中で、ふと手洗い場の鏡が目に入った。
鏡に映るのは、青い顔をした眼帯の少年。右目を覆う白い眼帯を捲ると、その下にはやはり、真っ赤な瞳がはまっていた。
蛸やヤギを思わせる、四角い瞳孔の瞳。……そうだ。ルーシィの顔にぽこぽこ浮いていた無数の目が、確かこんな色と造りをしていたような気がする。
目だけじゃない。
私は確かに瓦礫につぶされて死にかけていた。それが今や、血の跡もなく何ともない。それを成したのは……。
「ルーシィ、なの……?」
鏡の中の自分に問いかける。真っ赤な瞳に、私はすがるように呼び掛けた。
「ルーシィなんだよね。君が、僕を助けてくれた、そうなんだよね? ねえ、そこにいるの? ねえ、ルーシィ」
答える声はない。
あの愛らしい鳴き声が聞こえてくる事はない。
そうだ。ルーシィは、私を助けるために、私と一体化した。だったら、あの子の意識はどうなってしまったのか。
「ルーシィ……ルーシィ、ルーシィ、ルーシィ……! ああああ……!!」
こらえきれず、私は顔を押さえるようにして流しの前に蹲った。
「どうして、どうして……! 僕は、別によかったのに……!!」
死が怖くないといえばウソになる。だけど、僕は一度生きて死んだ身だ。二度目の人生、普通ならば一度だけの人生の続きがあった、それだけで贅沢者だ。
だから、優先されるべきは他の命。
「僕の為に、お前が犠牲になんかなる必要はなかったのに……! 僕なんか見捨てて、逃げればよかったのに……!!」
ぽろぽろと涙がこぼれる。でもそれは赤い瞳からは一滴も流れない。
「ルーシィ、会いたいよ、ルーシィ……!」
顔を押さえて床に這いつくばって咽び泣く。
あの子に会いたい。あの子を抱きしめたい。どうして……どうして私なんかを助けるために……。
「ああ……ルーシィ……!」
そうやって咽び泣いていた、その時だ。
ズキリ、と右目に痛みが走った。
人間のそれではない、赤い瞳。それがズキズキ動いて、眼窩からあふれ出しそうになる。
「あ、が……?!」
ずるり、と自分の体の中から、臓腑が這い出す異様な感覚。思わず右目を両手を重ねるようにして押さえる私の目の前で、むずむず、と床に落ちた目玉がうごめいた。
いや、それは。
それは、目玉じゃなくて……。
呆然と見守る前で、目玉から肉があふれ出し、塊になっていく。見る間にピンク色の肉塊になったそれは、ふにふに、と体を震わせた。
「……ルーシィ?」
『…………ミミィ』
「ルーシィ!!」
帰ってきた愛らしい鳴き声に、私は我を忘れて両手でしがみついた。ふにふにした体をしっかりと抱きしめて顔を寄せる。
「ルーシィ、ルーシィ! ああ、良かった、ルーシィ……!」
『ミ、ミミィ』
くすぐったそうに声を上げて腕から逃げ出そうとするルーシィをしっかり捕まえて、頬を擦り付ける。このふにふにとした感触、もちっとした質感、ああ、間違いない。
ルーシィだ。私のルーシィ!
「ああ、ああ、もう二度と離さないからな……! お前も、僕を置いてどこかにいかないでくれよ、ルーシィ、ルーシィ……」
『ミミゥ』
それからしばらく、私は失ったと思った大切な存在との再会を喜んだのだった。