そんなこんなで、ひょんな事からブレイブライオンを閉じ込められていた夢の世界から救出した私。
その後の事は……まあ、うん、一言でいうと大騒ぎであった。
なんせ何か月も意識不明だった魔法少女が突然復調。マジカルアイランドの医療技術を尽くしても手のうちようがなかった症例が治ったのだから、まあその当事者である私は質問攻めのさらに質問攻めを食らった訳である。
何人もの殺気だったお医者さんに囲まれてひたすら根掘り葉掘り聞かれる始末。まあ彼らからするとマジで重要な話なのだから気持ちはわからないでもないが、うん。圧力が凄くて熊本弁でふざける余裕も何もなかったよ。ジョセフィーヌもルーシィも怯え切って全部私に説明押し付けるし……。
そしてこれが一番大事なのだが……。
「実は僕もわかんないんだよね、具体的な事」
ライオンのベッドの横、ナイフでシュルシュル、とリンゴの皮を剥きながら、私は独り言ちていた。サイドボードの上では、帽子をかぶったルーシィとジョセフィーヌがふよふよ、弾みながら今か今かとリンゴが切り終わるのを待っている。
当のベッドの主人は、不定形生命体二匹に苦笑しながらおとなしく横になっていた。長期にわたる療養生活で頬は痩せこけていたが、髪は整え、瞳には光が戻り、頬もほんのり色づいている。初めて見た時の廃人状態と身体的には変わらないはずなのに、今の彼女は生命力に満ち溢れているように見える。意思、というのはやはり生きる上で欠かせない要素なのだなと改めて実感。
「ぶっちゃけ、変な気配を感じたので覗き込んだら引きずり込まれたって感じだし……その先で、元凶をぶちのめしただけだし」
「それをだけ、って言えるのは君だけだと思うよ……?」
「そっかな。よくある話じゃない、精神世界でごにょごにょって」
「それはアニメとかゲームならよくある事だけど……」
苦笑するライオンに、私は切り分けたリンゴを皿にのせて差し出す。残りも切り分けてルーシィ達に与えると、二人は嬉しそうにもしゃもしゃリンゴを齧り始めた。
ライオンもそれを見て、一口、ぱくり。
「あ、美味しい……」
「でしょ? 体調が悪い時はリンゴに限る。たぶんね。あ、でもすりおろした方がよかった?」
「ううん、大丈夫。このみずみずしさが今は嬉しいかな」
カジュ、とリンゴを齧って、笑うライオン。
マジカルアイランドで売ってただけあってめちゃくちゃいいリンゴなんだよねこれ。蛇が生産してるリンゴじゃないよね?
訝しみながらも自分の分を一口。途端、爽やかな香りと共に甘味が口いっぱいに広がって染みわたる。死人も生き返りそうな美味に、私も思わず残りをパクパク。と、そこで食べ終わったルーシィ達が、催促するように鳴き始めた。
『ミミィ~』
《てけり・り!》
「はいはい、もっと食べたいのね。ちょっと待ってろ、切ってやるから」
やったー、とぴょんこぴょんこして喜ぶ二人。病人のいるベッドでにぎやかな事だ。私は次のリンゴにナイフをあてながら、部屋主に小さく謝った。
「ごめんね、うちのがやかましくて」
「ううん、気にしてないよ。ふふ、それにしても可愛いお友達だね。その子達が私を助けてくれたの?」
「そんなとこ。立役者だから勘弁してあげてね」
流石ライオンというか、彼女はルーシィやジョセフィーヌを目の当たりにしても取り乱す事はなかった。それどころか、「あの海で戦ってた奴と比較するのが失礼だよ」と全く気にしていない様子。助けられたという事もあるだろうが、並大抵の人はドン引きするルーシィ達の不定形っぷりもスルーである。肝が据わっているどころの話ではない。
流石、普通であれば精神を砕かれているであろう悪夢の世界で一人、終わりの見えない戦いを何か月も続けていただけの事はある。
「しかしまあ、よくもまあ戦い続けられたもんだね。救援の見込みもなかったのに」
「きっといつか、誰かが助けてくれると思ったからね。実際にそうなった」
「まあ、そりゃそうだけど……」
小さく笑うライオンに、私はちょっと理解できない感情を持て余した。
人間としての強度が違いすぎる。タフだなあ……。
「ほれ、ルーシィ、ジョセフィーヌ。むけたぞ」
『ミミィム!』
《てけり・り!》
二つ目は全部こいつらの分だ。お見舞いの品を、当の見舞いにきた本人たちが貪り食ってるという事実に苦笑しつつ、私はナイフを拭ってカバンにしまった。
「それで、どうする? 退院したら、魔法少女活動再開するの?」
「勿論。私をあんな目に合わせた連中が、まだまだ活動しているんでしょう? 奴らの術中にはまってしまったけど、私は連中の本拠地を知っている。ほかの魔法少女と協力して、一気に本拠地を叩く。君も協力してほしいんだけど……」
「そりゃ勿論。僕はあんまり勤勉な方じゃないんだ、街が平和ならそれに尽きる」
おそらくエリザベート達も参加するだろう。そうなると、一応精神的には年上である事を自覚している以上、放っておくわけにはいかない。
それにしても、なるほどね。一人で特攻したなんて迂闊な奴だと思っていたけど、本拠地の情報あたりを餌に釣られた、というのが実態か。連中からすれば逆にチームビーストのリーダーを傀儡にして、魔法少女の集団を瓦解させる腹積もりだったのかな。が、ライオンが想像以上にしぶとかったのでその目論見はついえた、と。
ジョセフィーヌの元になった不定形生命体を送り込んできたのも、そうなると連中の仕業で確定だな。ライオンとのつながりを辿ってきたか。
「ま、それも体調が回復してからだ。ゆっくり養生してくれよ。……そういえば、何か月もこっちにいたらしいけど、現実の家族とかはどうしてるの?」
「あっちは、マジカルアイランドのスタッフが私に変身して身代わりになってるよ。……普通は、一週間もすれば退院できるから問題ないんだけど……今回は長かったからね。迷惑かけちゃったね」
「ああ。昔の漫画によくあった身代わり人形方式か……いや、なんでもないよ」
私のつぶやきに首を傾げるライオン。このあたりはジェネレーションギャップという奴を感じるねえ。
と、話している間に、ルーシィ達もリンゴを食べ終わったようである。べとべとになった口元を拭ってやり、義眼を外してルーシィに預ける。まあコンタクトを入れ替えるようなもんだ。ちなみに今更いうまでもないが、ルーシィの口の中はちょっとした四次元ポケットみたいになってる。あんまりたくさん預けると本人が忘れて取り出せなくなるが、義眼一個ぐらいなら問題ない。
ぱくりんちょ、と義眼を飲み込んだルーシィ自身が変身したルビーのような義眼を右目に納め、ダークネス・ルーシィに変身する。
蝙蝠傘に変身したジョセフィーヌがふわりと降りてくるのをキャッチして、シャキーン。
「ふ。闇の魔法少女、ダークネス・ルーシィ、ここに推参」
《てけり・り!》
「わぁ……ほんとに男の子から魔法少女に変身するんだねえ……」
ベッドの上で目を丸くしてパチパチパチ、と拍手するライオンに、調子にのって決めポーズを取る。ふ、粋のわかっているオーディエンスは良いものだ。
「ふっ。まあ、マジカルアイランドを男の子が出歩いていたらおかしいからな」
「もう帰っちゃうの?」
「ああ、病人の部屋にいつまでも長居する訳にはいかないしな。もうじき、ジャガーとキャットも来るだろう。友人の再会に水を差すのも本意ではない」
ダークネス・ルーシィはクールに去るぜ、と背中を向けようとした所で、か細い呼び声が私を引き留めた。
「……ねえ、もうちょっと、居てほしい。ダメ?」
「む。ま、まあ、やぶさかではないが……」
その声があまりにも弱弱しかったので、病室を後にしようとした私の脚が止まる。仕方なく、スカートを払ってベッド横の椅子に座りなおす。
と……。
「その、できればもっと近くに……」
「いやしかし……」
「人の温かさを感じたいの……。あの悪夢の中では、異臭のする冷たい風と水飛沫しかなくて……一人でいると、凍えそうで……」
震えるように、自分の両肩を抱くライオン。彼女の小さく震える肩に、私は小さくため息をつくと、椅子からベッドの上に上がった。彼女の横に潜り込み、小さくその肩を抱き寄せる。
「これでいいか?」
「……あ…………っ」
「ふ、案ずるな。我が脈拍は太陽の如し。灼熱の血潮が、今も臓腑を駆け巡っている」
ちなみに残念ながら魔法少女姿でも私の胸はつるぺただ。いやまあ小学二年生の肉体が性転換してんだからあたりまえだが……。
それはともかく、そんなわけで遮る物のない胸元に耳を寄せたライオンが、安心したように小さなつぶやきをこぼした。
「あったかい……どくどくしてる……」
「ふ……」
心から安堵したようなつぶやきに頬を緩めたのもつかのま、ややあって状況を冷静に把握した私はふと不安を覚えた。
あれ。
これ、人に見られたら不味くない?
今更ながらその可能性に思い当たり、私がライオンを穏便に遠ざけようとした、その時だ。
病院の廊下をバタバタバタ、と走るやかましい足音。続けて、ガラガラ、と病室のドアが勢いよく開け放たれた。
そこから姿を現すのは、獣耳の魔法少女……ではなくて、自称黄金のティアラ。
「おーほっほっほっほ!! お久しぶりですわねブレイブライオン、古くからのライバルとしてその顔を拝みにきてやりましたわよぇええええええええええええ!?」
「エリザベート……!」
「面倒なのが来たな…………」
「ちょ……ちょちょ、ちょ、何やってんですの貴方ぁーーーー!?」
病室に響き渡るすっとんきょうなエリザベートの叫びに、私は心の底からげんなりとしたのだった。
《てけり・り~》
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