夜の街に、怪鳥の声が響き渡る。
道行く人は耳をつんざく奇声に空を見上げるが、その瞳は奴の落とした影しか見る事はない。巨大な怪鳥は闇に紛れ、光から逃れるように高速で空を飛翔している。
その翼を広げた姿はビルよりも大きく、鬣の生えた馬のような頭に、体にはびっしりと鱗が生えそろっている。
この世の理に反した異常なる怪異。間違いなく、教団が呼びだした怪物の一匹だろう。
「やれやれ。ここ最近、怪物の出現が相次ぐな」
その姿をビルの屋上から見上げつつ、私は小さくため息をついた。
もともと頻度の多かった怪物出現が、ここ最近輪をかけて加速している。ライオンにしかけた罠を突破されたから警戒しているのか、何らかの目的達成が近いのか……。
何にせよ、このせいで魔法少女は連日連夜、怪物の対処に明け暮れている。連中の陽動に引っかかっているのは歯がゆい所だが、かといって放置しておく訳にもいかない。
「聞こえるか、エリザベート。今回の怪異を補足した」
『ええ、聞こえていますわ。そこから狙えますか?』
「問題はないが……」
私はうーん、と顔をしかめた。手にしたジョセフィーヌが変身した鎌を床に突き立てて首をひねる。
「場所が悪い。私の火力では根こそぎ消し飛ばすという訳にはいかない、撃墜した奴が地上に墜落する恐れがある。もっとパワーのある魔法少女が必要だ」
右目の邪眼が使えれば問題はないのだが、あれを迂闊に使うと今度は私がレイドボスになってしまう。かといって、力を制限した状態では、あのサイズの怪異を一撃で仕留めるのは難しい。
もっとこう、奴を街の外まで吹き飛ばせるぐらいのパワータイプの魔法少女が居ればいいのだが、残念ながら今日は顔ぶれに心当たりがない。
『うーん、ジャガーさんの槍は貫く事は出来ても吹き飛ばせませんし、ボアさんの毒は空まで届きませんしね……』
「私が弱らせて地表近くまで降ろすしかないか。だがその場合、街に血液などによる汚染が広がる恐れがある。対処をまかせていいか?」
『しょうがありませんね。それでいきましょう』
方針を決めて通信を切る。
空には相変わらず我が物顔で空を飛び回る怪異の姿。月をバックに飛翔する黒い影に、私はますます姑息に、巧妙になっていく教団のやりくちに顔をしかめた。
まるでこちらの戦力を図られているようだ。
「ま、好きなだけ試せばいい。持久戦はこちらの望むところだ」
ライオンが齎した情報で、すでに本拠地の絞り込みは進んでいる。あるいはそれを悟って焦っているのかもしれないが、調査はマジカルアイランドで進められている。連中がどれだけ暴れた所で、捜査に支障はない。連中、ライオンに術をかけるときに調子にのって色々喋ったらしいからな。
まあ、魔法少女の底力を侮った報いというべきか。
「さて、はじめるか……」
今夜の狩りを始めるべく、脚に力をいれてかがみこむ。と、そこで私はふと、自分以外の強い力の存在を感じ取って彼方を振り仰いだ。
「うん??」
振り返った先。遠くのビルの屋上から、オレンジ色の魔力が間欠泉のように吹き上がった。
それは流星を逆再生するように空に舞い上がり、空中を飛翔する怪鳥のどてっぱらへと試らずに突撃していく。
『ギエエエエ!?』
「あらら」
そしてそのまま、有り余る推進力で街の外まで押しやっていく。
一体誰だか知らないが、このチャンス、利用させてもらおう。
「いくよ、ジョセフィーヌ」
《てけり・り!》
姿勢を低く、大きく脚を開いて大鎌を振りかぶる。そして……投擲!
立ち並ぶビルの屋上、貯水タンクの上をかすめるようにして、銀色の刃が煌めきながら飛んでいく。それは彼方で墜落していく怪鳥をしかと捕らえると、狙いたがわずその首を切り飛ばした。
絶命した巨体が汚泥に溶け崩れ、郊外へと降り注いでいく。あのあたりは道路ばっかりだから、これで一般市民への被害は最小限に抑えられただろう。まあ、汚らしい雨に降られた車があったらご愁傷様。一応国から保険が降りるからそれで勘弁してね。
ひゅんひゅんひゅん、と音を立てて戻ってきた鎌をキャッチすると、それは手の中でぐにゃりとほどけて元の姿に戻っていく。
《てけり・り!》
「お疲れ様、ジョセフィーヌ。明日のおやつはちょっと豪華にしてあげるね」
《てけり・りー》
ふにょんふにょん、手の中でうごめく不定形生物の頭をよしよし、と撫で擦ってやる。グミみたいな感触でクセになるね。
「しかし、今の手助けは一体誰だ……?」
少なくとも私の知る限りではあんなパワーファイターはエリザベートだけだ。だが彼女は今、同時多発的な怪物の出現に備えて邸宅で司令塔をやっていて、現場に出てくる余裕なんてないはず。
ぶっちゃけると我が余りにも強すぎる魔法少女のチーム同士を連携させられるような人材ってマジでいねーのよ。でもその点、彼女は色々と申し分ない。
お金持ちという事もあって顔が広いし、おせっかいだし、頭も回るし、なんだかんだで頼られたら断れないタイプなんで、あれよあれよと司令塔に祭り上げられて御覧の有様。ちなみに私も打診されたが、面倒くさいので生贄……ごほんごほん、もっと適任がいると言って辞退させていただいた。
裏切者? 何のことかな? はははは。
まあ本人も楽しんでやってるっぽいからいいだろう。おかげで私はソード・アリスやセンチちゃんと顔合わせずに済んでハッピーラッキーである。
「お、こっちに降りてくる……?」
オレンジ色の流星が空を迂回するようにぐるりと進路を変えて、こっちにまっすぐ向かってくる。ぶつからないよう後ろに下がった私の目の前で、光の塊は激突直前で急制動。ふわり、と屋上に舞い降りた。
光が薄れて、夜の闇に溶けていく。その中から姿を現したのは、一人の魔法少女だった。
黄金のような緋色の髪、オレンジ色のセーラー服みたいな魔法少女のコスチューム。両手にふわふわの毛皮のグローブを装着したその魔法少女に、私は見覚えがあった。
「ブレイブライオン! もう体はいいのか?」
「はい! チームビースト、ブレイブライオン! 今日から現場復帰です!!」
そう、彼女はブレイブライオン。数か月にわたって病院に入院していた、チームビーストの魔法少女だ。
よく見れば衣装から覗く手足はもやしのように細く、健康体とはいいがたいが、弾けるような笑顔は元気そのものである。つられて私も口元に笑みを浮かべて、知人の元に歩み寄った。
「そうか、それはよかった。だけど無理するなよ? ほら、手を貸しなさい」
「あ……」
彼女の手を引いて、肩を抱き寄せる。思った通り、ほとんど抵抗はなく、ふらつく彼女は容易く私の胸元に身を預けた。
「やっぱり、まだふらついているじゃないか」
「え、えへへ……」
「気持ちはわかるが、逸ってもよい事はないぞ。とはいえ助かった、おかげで被害を出さずに怪物を仕留められた」
彼女の頭を撫でて褒めると、ぎゅっ、と腕を組んで抱き着いてくる。こらこら。こっちも身動き取れないではないか。
と、そこで通信機が鳴る。
通信を繋ぐと、相手は案の定エリザベートだった。
『お疲れ様、ルーシィさん。ほかの場所に出現した怪物も討伐成功したようです、今日は流石に打ち止めでしょう、撤収してください』
「あ、ああ」
『ところで、報告によれば段取りと多少違いがあったようですね? 誰か増援がそちらに?』
私はちらり、と腕を組んでくるライオンに目を向ける。
このお転婆娘め、黙って抜け出してきたな。
「ああ、それがな……」
「ねえ、ダークネスさまぁ。もっと褒めてください……」
『……ルーシィさん? 誰か、そこに、居るんですの?』
うぉう。なんだ。
通信機の向こうで俄にプレッシャーが膨れ上がり、思わず私は通信機を耳から遠ざけた。
「う、うむ。ブレイブライオンがな、駆けつけてくれた。おかげで被害を出さずに怪物を仕留められた」
『……ライオンさんが? そのような報告は受けていませんが』
「あ、ああ。どうやら血気に逸って一人で飛び出してきたらしい。まだふらついているから、私が連れて帰る事にするよ」
ぎゅっと腕を絡めてくるライオンを引き寄せながら、私は考えうる限りで安牌の選択を選んだはずだ。こんな夜更け、退院したばかりの魔法少女を一人で帰らせる訳にもいかない。
エリザベートだってそれぐらいわかっているはずだ。
しかし。
『つまり、今、ライオンさんと二人きりという事ですの? それにさっきの……ずいぶん声が近くから聞こえたような……』
「ちょっと無理して具合が悪いみたいだからな。今肩を支えている」
『なんです、って?』
プレッシャーが膨れ上がる処かドスの効いた怒声が返ってきて、私は背中を泡立たせた。
「な、何か問題が?」
『大ありですわ!!!!! ルーシィさんは自分の性別をお忘れになって!? 変身中じゃなくて、大本の性別です! ええい、今から私が迎えに行きますからそこでまっていなさい!!! 私がライオンさんを連れ帰りますわ!!! いい事、ルーシィさんはそこを動かないでください!!』
ガチャン、ツーツー。
突然切れた通信に、私は小首をかしげる。
「なんなんだ一体……?」
「どうなさいました、ダークネス様?」
「い、いや、なんでも……あとそれより、そのダークネス様ってのはなんなんだ?」
「ダークネス様はダークネス様でしょう?」
きょとん、とした顔で言い返されて、私は小さく頭を抱えた。どうしてこうなったんだ、色々と。
《てけり・り?》
「ああいや……そうだな、ジョセフィーヌ。これ以上エリザベートの機嫌を損ねても仕方ない、おとなしくここで待っているか」
ふにょり、と蝙蝠傘に変身したジョセフィーヌを片手に、ライオンを抱えたままビルの屋上、ちょうどいい感じに盛り上がったビルの縁に腰掛ける。ここで待っていればエリザベートがすっとんでくるだろう。
全く心配性なんだから。
「やれやれ。エリザベートは君の事が心配でしょうがないらしい、過保護な事だ」
「ふふふ。ダークネス様のそういう残虐な所、私は素敵だなと思うよ」
「お、おう……?」
え、これ褒められてるの?
首を傾げつつ、私はエリザベートがブレイブライオンを迎えに来るまで、月を肴に時間を潰すのであった。
「月が、綺麗だね……」
「うむ、全くだ」
《てけり・り》
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