夜の街、上空2000m。
摩天楼の輝きを遥か下に望む上空を、一機の輸送ヘリが飛行していた。
ピンク色のファンシーな色に染められたその機は、いかなる組織にも所属しておらず、また飛行許可も取っていない。理論上、この世界に存在するはずのない輸送ヘリ。
その内部では、色とりどりの衣装に身を包んだ少女達が、真剣な顔で並びホワイトボードの前に並んでいた。
魔法少女達。それも、チームの枠を超えて選抜された精鋭ばかりである。
「それでは作戦を確認しますわ!」
ホワイトボードの前でマジックを手にキュキュ、と文字を描くのはランサー・エリザベート。今回の作戦の陣頭指揮を執る魔法少女である。
「今回の目的地は、とある大物政治家の別荘ですわ! ライオンの持ち帰った情報と調査により、この地下が教団の本拠地である事が発覚しています! 私達はここを強襲し、地下に安置されているであろう教団の“聖典”とやらを破壊するのが目的になりますわ! ただし、敵本拠地という事もあって防衛のために怪物が配備されている可能性が高く、また何等かの罠もあると考えられます。突入はタイミングとスピードが全て! ですわ!!」
説明しながら、きゅきゅ、と追加でホワイトボードに情報を書き足す。そこには別動隊の行動について記載されている。
「現在別動隊が、街に現れた怪物をこちらに誘導しております。つまり、私達は怪物によって破壊された別荘に、あくまで救助の為に乗り込んだ結果、悪の教団の本拠地を見つけてしまった、という体裁になる訳ですね。そこのところ注意してください」
「ちょっとー。そこまでわかっているなら、このままカチこんじゃえばいいんじゃないの?」
魔法少女の列の中から、当然といえば当然の疑問があがる。エリザベートも異論はないのか、さもありなん、と頷き返した。
「おっしゃりたい事はよーく、よーくわかっておりますわ。ですがこの政治家の影響力を考えると、警察もむやみには動けませんの。ましてや、私達が強行突入なんぞしたら、一体マスコミに何を言われるやら。下手をしたら、一時期吹き上がっていた魔法少女弁償論の再発になりかねません」
「うげっ。それは嫌だなあ」
魔法少女は怪物を倒して街を救ってくれるが、その過程で建築物などが破壊される事も多い。警察などであれば国が保証する訳だが、魔法少女は国の管理下にない勢力であり……つまりは、魔法少女は危険な武力をもった暴徒であり、それによってもたらされた被害は彼女ら自身に支払わせるべきだ、という意見が国会に持ち込まれた事がある。
魔法少女弁償論と呼ばれたそれは、一時的に行われた魔法少女の活動ボイコットによってもたらされた被害の壮絶さと、彼女らに救助された市民からの大きなバッシングによって鳴りを顰めたが、今でも定期的に蒸し返される根強い問題だ。確かに法的に魔法少女はグレーよりの存在ではあるが、現状は法整備が追い付いていないだけ、とエリザベートは認識している。
近々、そのあたりについて国会でも議論される予定であり、それを前に余計な問題を差し込む訳にはいかない。それもあっての、自作自演の三文芝居である。
勿論、各方面に話は通してある。知らないのは件の政治家とその派閥だけだ。
「あたしらだって、警察だの自衛隊だのが怪物をきちっと仕留めてくれるんならこんな事してないっつの」
「ま、魔法少女にはあこがれていたけど、実際なってみると色々、大変だよね……」
「まあまあ。それはそれ、これはこれ。力なき人々を守るのが私達のお仕事ですわ。きれいごとと言われようと、実際に正しい事をやっているのだから胸を張っていきましょう! をほん、話がちょっとずれましたわね。とにかく! 作戦は予定どおりに行われます。皆さん、時計の時刻を合わせてくださいませ!」
エリザベートの指示に、魔法少女達が時計を合わせる。
「それでは、皆さん。御武運を! 愛と平和の為に!」
お決まりのセリフで、作戦会議は終了となった。ホワイトボードを片付け、自らも出撃の準備に戻るエリザベートの視線が、ちらり、とある魔法少女に向けられる。
ポップでキュートな少女達の中にあって、目立つゴシックパンクの黒装束。赤と黒のオッドアイの魔法少女は、腕を組んで仁王立ちしたまま、作戦内容を反芻しているかのようにその場を動かない。
そしてその隣に立つ、オレンジ色の魔法少女。魔改造セーラー服のような衣装に身を包んだ彼女は、べったりと黒い魔法少女の横にくっついて幸せそうな顔でくつろいでいる。正直、先の作戦会議の内容が頭に入っているか怪しいところである。
その二人の姿を見たエリザベートの顔が般若となり、食いしばられた歯が地獄から響くような音を立てた。
ワタシノ トモダチ ナノニ!!
「…………ウギギギギギ」
「まあ、見て。エリザベートさん、気合入っているわね!」
「彼女も今回の首魁には怒りを隠せないのね……私達も気合を入れて臨みましょう!」
なんか夢と魔法の魔法少女らしからぬガチな展開になってきたな。
バタバタバタ、と飛翔する輸送ヘリの中で、私は正直感情を持て余していた。固まっていたともいう。
だって、その、なんだ。輸送ヘリだぜ? ピンク色のファンシーな輸送ヘリ。逆に怖いわ、普通にオリーブドラブでいいだろ。
流石金持ち、こんなもんまで用意を……と思っていたら、マジカルアイランドが用意したものだと聞いて二重の意味でぶったまげたね。そこはほら、クソデカ不死鳥とか、空飛ぶ馬車とか、そういうもっとこうファンシーな乗り物にしておくべきじゃないのか?
おまけに作戦が悪辣すぎる。相手の怪物を誘導して自作自演とか。いやまあほかに手段がないのもわかるんだが……小学生が考えた作品としては確かに上等ではある。
ぶっちゃけ証拠さえ押さえちまえばこっちの勝ちだしな。
件の邸宅にはここ数日、異様な量の家畜の搬入とかも確認されてるし十中八九中で怪しげな儀式とかやっていたのはほぼ確定している。本来なら警察の方が突入したかっただろうに、政治のしがらみって厄介よね。
これまで魔法少女が稼いできた社会的信用がここで火を噴く訳だ。エリザベートも言っていたが、苦労していいこちゃんやってきた甲斐があるという訳だね。
そんな感じで一つずつ情報を整理して気持ちを落ち着けていると、何故かずっと横にべったりはりついているブレイブライオンが小さく語り掛けてきた。
「それにしても、ずいぶんなメンツですね……本気も本気って感じ」
「む、そうなのか? 私はあまり、魔法少女に詳しくなくてな……」
というか情報が錯綜しているから詳しくなりようがない。まだ魔法少女になってから日が浅いしな。
「はい。チームのリーダークラスの、実力者ばかりが集められています」
「その割にはソード・アリスの姿が見えないが。オブシディアンスパイダーもいない」
私が知っている限りでは一、二を争う実力者の姿がない。ソード・アリスの打撃力は大型怪物でも打ち倒すほどだし、オブシディアンスパイダーはその性格もあって安定感が高い。こういう作戦には必須だと思うが。
「おそらくその二人は怪物誘導側ですね。ソード・アリスはちょっと融通利かない所があって、こういう臨機応変が求められる突入作戦には向きませんし、オブシディアンスパイダーは強力な拘束能力を持っていますから、むしろ怪物の誘導側に向いているでしょう。……あの本拠地に、拘束するべき対象はそんなにいないでしょうし」
「む。やはりそう思うか」
ライオンが私と同じ意見である事に、正直安心する。流石に、奴らの悪辣な罠にかかった経験があるだけあって、理解度が高い。いやまあ、あんな連中理解してもどうにもならないんだが。
「大量の家畜が運び込まれた事を見ても、恐らく何らかの大規模な儀式が行われています。……そして連中が、家畜だけで満足するはずがない」
「かといって政治家が人さらいは許さないだろう。となると、あれか。一番手っ取り早いのが居るものな。自分で儀式の準備を整えてくれて、いざという時まで逃げ出さない、便利な便利な都合のいい生贄が」
「おそらくそういう事でしょう」
二人して溜息をつく。
突入した魔法少女達のトラウマにならなければいいのだが。
「あ、あれかな?」
「見えてきたかも?」
と、そこで窓から外を見下ろしていた魔法少女達がきゃっきゃと騒ぎ始めた。私は右腕にしがみついてくるライオンを引きずるようにして、彼女達の後ろから窓を見下ろす。
ここは高度2000m。普通であれば地上なんてとても見えないが、魔法少女の目力(めぢから)をもってすればなんという事はない……むぅん!
「お、見えてきた見えてきた」
遥か下方の地上、土煙を挙げて移動している巨大な何かが見える。その周囲では、チカチカ、と銀色やピンク色の光が瞬き、巨大怪物の進路を誘導している様子が確認できた。
どうやら別動隊の作戦は順調なようだ。
その向かう先には、目的地である政治家の別荘がある。あれをうまい事戦いに巻き込み、大義名分を経て突入するという訳だ。
さあて。
そう、上手くいくかな……?