夜の郊外。
建設途中のバイパス道を踏み砕き、身動ぎする巨大な影がある。
それは、ビルほどもある大きな怪物だ。四本の腕を持ち、樹皮のように乾いて罅割れた皮膚を持つ、トカゲのような口を持った怪物。一見すると動きは鈍いが、それは大きさ故に錯覚しているだけだ。そのゆったりしているように見える歩幅は、一歩で数十メートルを移動し時速50kmほどにもなる。
その周囲を、とびかう色とりどりの小さな光。それらが輝きを強くする度に、怪物の体表で何かが爆発する。
光は魔法少女達。誘導任務を受けた彼女達が、倒さないように手加減しながらも、訝しまれない程度に本気で、怪物と交戦している。
その様子を、私達は上空から見下ろしていた。
「頃合いですわね」
司令塔であるエリザベートが、腕時計に目を向けながら小さくつぶやいた。
彼女の言う通り、怪物の進路上には目的地である政治家の別荘が見えている。このままいけば、怪物はその至近を通過し、看過できない被害を発生させるだろう。
見れば、別荘からハウスキーパーらしき人物達が車で脱出する様子が見える。
好都合だ、こちらの言い分に説得力が増す。
「それでは、再度確認しますわ。作戦開始後、突入部隊は速やかに邸宅地下に直行。そこに潜んでいると思われる教団の幹部、及びに彼らの所有していると思われる魔導書の確保を行ってください。作戦時間は30分! それ以上は面倒な事になりうる可能性がありますので、時間内に必ず撤退してください。それでも何かしらの証拠は欲しい所なので、撤退時はとにかく手あたり次第にそれらしき物を確保してきてください」
「ふ、まるで押し込み強盗だな。これで筋違いだったら悪者は私達の方だな」
「そこ!! 士気が下がるような事言わない!!」
思わず素直な感想を口にしたら滅茶苦茶怒られた。
しょぼん。
「まあ、その心配はないと思うよ。どう考えてもクロだから」
「ま、それはそうだな」
隣のライオンの言葉に私も頷く。
あの邸宅からは、この距離でもこう、なんかぷんぷん臭い匂いがする。こびりついた異界の腐臭。これで白だったら私の鼻が腐っているという事になる。
どうやら連中、本拠地の移転は結局やらなかったらしい。こちらの事を、たかが女子供と侮っているのか。仮に私達を撃退できる戦力を備えていても、証拠を掴まれては意味がなかろうに。
「そこ!! 作戦開始前にいちゃつかない!!」
「いちゃつくって何?!」
ねえなんか私に当たり強くない?
「まあまあ。それで、エリザベートは突入部隊には来ないんだよね」
「ええ、まあ。口惜しいですが、私は司令塔としてこのまま輸送機に待機します。何かあった場合の連絡や、撤退時の指揮をしなければならないので。口惜しいですが! ……本当に、口惜しいのですが!」
ムギギ、とハンカチを噛みしめそうな勢いで悔しがるエリザベート。
そりゃあな。正義感の強い彼女の事だ、あのような悪漢どもこそ自分の手でしばきたかっただろうに。責任感の強さ故に貧乏くじを引いた、という奴だな。
「ふ、まあ安心しろ。お前の分まで悪党どもをとっちめてくるさ」
「そうそう。エリザベートの分まで、私がダークネスさ……ルーシィさんをお助けしてくるから、気にしないでね!」
「ンギギギギギ……!」
頼もしいライオンの言葉に、ガリガリと歯を食いしばるエリザベート。なんでもいいがそんなに歯ぎしりすると良くないぞ。
「エリザベートさん……貴方の怒りのほど、私達もよくわかったわ!」
「必ずや悪党どもをとっちめてくるね!」
エリザベートの憤怒に同調したのか、周囲の魔法少女も熱意を燃やす。士気は最高潮、といった所だ。やっぱり司令塔に向いているね。
まあ、当の本人がなんかこう、納得いかなさそうな顔をしているのがひっかかるが……何がそんなに気に入らないのだ?
「……ええい、もうままよ! とにかくよろしくお願いしますわね。……作戦開始! ご武運をお祈りしますわ!」
ゴンゴンゴン、と輸送ヘリの後部ハッチが展開されて、外の風が吹きこんでくる。見下ろすと、いつのまにかヘリは随分と高度を下げており、下方には進行する怪物と、それに巻き込まれて崩壊する邸宅の様子がうかがえた。この距離からなら、戦っている魔法少女達の顔もよく見える。
見知った顔がその中にあるのを確認しつつ、私はいの一番でハッチに足をかけた。
「行くぞ! この高度にヘリが居座れば撃墜される危険もある、私に続け!」
とーぅ、と眼下の宙に身を投げる。
魔法少女にパラシュートは不要。風になびくスカートを押さえながら、真っ暗な夜空にフリーフォール。怪物の動きに注視しながら、バタバタ風を受けながら邸宅の庭へ。
悪人といえどよく手入れされた和風の庭園のど真ん中に着地すると同時に、コロコロと前転して衝撃をいなす。ふ、若い子供の体なら前転なんてちょろいちょろい。
「ジョセフィーヌ」
《てけり・り!》
肩に乗っていたかわい子ちゃんに声をかけると、その体はむくむく膨らんでエアクッションのようになった。その上に、後続の魔法少女が着地してくる。
二番手はブレイブライオンだ。彼女は膨らんだジョセフィーヌの頭を優しく撫でてやるとすぐにそこから降りて、次々と着地してくる魔法少女に道を開ける。
顔なじみではない魔法少女達は突然の一つ目クッションに目を白黒させるものの、これ幸いとばかりに着地して衝撃をやわらげた。このあたりの臨機応変っぷりは流石というところか。
「えっと、ありがと?」
「あははー、もちもちして気持ちいいのだ!」
「ねえ、なんかこれと似たのを前に見た覚えがあるんだけど……まあ敵じゃないならいっか……」
《てけり・り!》
魔法少女を受け止め終わると、ジョセフィーヌは一声鳴いて元のサイズに戻った。それを拾い上げて懐にしまっていると、ずき、と右目が疼く。
疼くっていうか、じたばたしている。ええ、魔法少女のキャッチは自分がやりたかった?
まあそのうち別の機会があるだろうから、今日はちょっと我慢してね。敵地で変身を解く訳にもいかないだろう?
「どうしました、ダークネス様?」
「いや、ちょっと聞かん坊の相手をな。それより大丈夫か、ライオン。因縁のある相手だろう」
「そりゃあもう。今度こそ夜空の彼方までぶっとばしてやります、シュシュッ」
「……目的は捕縛だからな?」
軽いジャブがパパンッ、と音速を越えるのを目の当たりにしてちょっとドン引きする私である。
どうにも夢の世界とはいえ数か月間のエンドレスバトルは彼女を魔法少女として遥かな高みへとレベルアップさせたようだ。うっかり正体がバレてぶちのめされないように気をつけよう。
「さて、と。目的地はここの地下だったな」
どうやって向かうべきか。庭からまっすぐ下に向かってぶち抜いたら届くか? あるいは邸宅に押し入って階段でも探すか。
いやでも、表向き隠してるなら隠し階段とかになっていそうだな……。探すの面倒くさそうだ。
よし。
とりあえず下に向かってぶち抜いて、見当たらなかったらまた別の方法を考えよう。
「ジョセフィーヌ、ドリルに……」
「皆ー、こっちこっち! 崩れた邸宅から、地下に潜れるよ!」
どうやらその必要はなかったらしい。
緑髪でツインテールの魔法少女の声に集まると、なるほど、怪物が崩していった家の一角、床下に石造りの地下道のようなものが広がっているのが見える。
黴臭い空気も漂っていて、なるほど、これっぽいな。
「でかした」
「えへへへー」
「うーん、由緒正しいお屋敷みたいだし、元は防空壕か何かだったのかな。ま、今はどうでもいいか!」
迷うことなく、ぱぱっと中に乗り込んでいく魔法少女達。判断が早い。
私も取り残されないように、彼女らに続いて地下道に飛び降りる。遅れて降りてきたライオンが、ぎゅっと私の右腕にしがみついてきた。
「おいおい」
「ご、ごめんね。でも、ちょっとその……怖い……」
暗がりでもはっきりとわかるほど、その顔色は青白い。
なんだかんだいって、以前に奴らにやられた事が心の傷になっているのだろう。勿論、それで戦えなくなる、という程でもないのだろうが、だからといって軽視していい問題でもない。
心の話はデリケートなのだと、私はよく知っている。
小さくため息をついて、私は彼女を引き寄せると、その頭をよしよし、と撫でてやった。
「あ……」
「安心しろ。今回は他の魔法少女も、私も居る。お前の恐れるような事は何もない」
「う、うん……ありがと……」
しおらしく頭を傾けて、身を預けてくるライオン。
まあ、魔法少女だなんだといってもまだ10代の小娘なのだ。あんな体験したら、心細くなるのも仕方あるまい。私は大人として、それを助けてやらねばならないだろう。
とはいえ、いつまでも甘やかしておく訳にもいかないだろう。ここは連中の本拠地だ。目に毒なものも多く転がっている筈……。
「きゃ、きゃああ!」
「な、何だこれ!!」
「ち。ライオン、お前はここで少しまってろ」
どうやら早速、望ましくない物が見つかったようだ。私はライオンにここで待っているように言いつけると、悲鳴の源……先に進んだ魔法少女の元に向かった。