「どうした、何があった?」
「こ、これ……!」
魔法少女の震える指先に目を向ける。
地下通路の壁に、何やら鉄格子で閉ざされた空間がある。いかにも、といった感じの牢屋の中に、腐りで壁からつるされた、人型に見えなくもない何かの塊が黒く蟠っていた。
腐臭を放つその黒い塊には、無数の蛆が這いまわり、ところどころ、黄色く汚れた白い塊が覗いている。
明らかな腐乱死体。
私はちょっと顔に手を当てて考えると、なんだ、と頷いた。
「なんだ、家畜の死体か」
「え」
「い、いや、これどう見ても人の……」
慄く魔法少女の言葉には取り合わず、私は右目の前でパチンと指をはじいた。赤い瞳から、ぼぅっと黒い炎が燃え広がり甘え袖に着火する。
燃える袖を振りかざすと、しゅるしゅるとリボンが牢の奥の死体へと絡みつき、黒い炎が燃え移った。
忽ち腐肉の塊が燃え上がり、炎に包まれた蛆虫どもがのたうつように逃げまどう。
「お、おい!?」
「これだけ腐ってたら動物の死体でも区別はつかないさ。それより、衛生的にこのままにしておくほうが不味い。変な病気が移ったらどうする」
「あ、いや、それはそうなんだけど……?」
しれっとした私の言葉に、顔を見合わせる魔法少女達。
いくらなんでも、10代の夢と希望に満ち溢れる子供達に腐乱死体の検分をさせる訳にはいかない。ここは私が憎まれ役を買って出るべきだろう。
幸い、これだけ腐敗に満ちた空間では、鼻が利く魔法少女がいたとしても馬鹿になっている。多少力を使うなら問題ない。
さらに見たところ、牢屋も死体も一つや二つではないようだ。シュルシュル、と伸ばしたリボンが、廊下に並ぶ死体を片っ端から着火する。
本来、これだけ腐敗の進んだ死体を燃やしたら悪臭と煙も凄いだろうが、そこは我が黒炎のなせる業。腐敗も悪臭も毒も何もかもを炭に変える星の炎は、無味無臭で二酸化炭素も出さない環境に優しい炎である。まあ、私が制御してないと有機物無機物問わず燃え広がるのが難点だが。
「え、何?」
「ええと、何かの死体があったみたい。ダークネス・ルーシィが今燃やしてる」
「何でもできるなあアイツ……」
後ろから遅れて合流してきた魔法少女の呑気な会話が聞こえてくる。これでよし。
燃やされる死体の主には申し訳ないが、この人達だって魔法少女を怖がらせたくなんかないはずである。ここはひとつ、穏便によろしく頼みたい。
それに、ただの嫌がらせで死体が置かれていた訳ではないようだ。
ガシャアン、といくつかの牢屋から鉄格子を突き破って、まるまる太った巨大な蛆虫が炎にまかれて飛び出してきた。腐乱死体に隠れ潜んでいたであろうそれら刺客は、逆に容赦ない炎に見舞われてのたうちまわっている。
「うげえ!? 何アレ、デカイ蛆虫!? 気持ち悪っ!」
「やっぱりな。この手のトラップはお約束だ。ほれ、さっさと処分して先にいくぞ」
「お、おう……変な汁出さないよな……出すに決まってるか……」
ちなみに巨大蛆虫は決して弱い怪物ではない。連中の皮膚は柔らかそうな見た目に反して非常に強固で多少の刃物は通さず、その牙は骨をも噛み砕く。が、流石に現在進行形で黒い炎に炙られているとあっては戦いどころではない。
おっかなびっくりしながらも、そこは歴戦の魔法少女。すぐに気分を切り替えて、巨大蛆虫をさくっと撃破。
汚らしい緑色の体液をぶちまけて絶命する巨大蛆虫の亡骸を踏んづけて、魔法少女達が先へと駆けていく。
「お先に!」
「ああ。私はちょっと炎の後片付けをしてから追うよ」
「おっけー!」
皆が走り去るのを見送ってから、私は右手を水平に薙いだ。それに応じて、燃え盛っている炎が鎮火していく。後には、黒焦げの変死体だけが残されている。
……DNA鑑定ぐらいはできる程度に、火加減は調整しておいた。事が済めば、家族の元に帰れるはずだ。しばらく我慢してほしい。
「恨むならば、私を恨めよ」
小さく、仏さんに手を合わせる。しばし祈る私の肩に、とん、と誰かが手を置いた。
「……ブレイブライオン」
「ダークネス様は……少し、背負いすぎです」
「好きでやっている。とやかく言われる筋合いはない」
流石に、教団とやり合っていたライオンは騙せなかったか。私は糾弾するような彼女の視線から逃げるように前を向くと、手を振りきるように歩幅を速めた。
「急ぐぞ。アイツらだけだと不安でしょうがない」
「はい」
並ぶ牢屋を横切り、私は先にいった魔法少女との合流を急いだ。
「アリガトウ」
「ウランデナンカナイヨ」
「コレデカイホウサレル」
地下通路を小走りで、先行した魔法少女の後を追う。
……どうにもおかしい。走った距離を考えると、とっくのむかしに邸宅の敷地から飛び出してしまっているはずだ。
それにこの匂い。最近何度も嗅ぐ機会のあった、不愉快な塩臭さ……流れの淀んだ、海の匂い。それに、これは……小波の音?
頭の中で地図と照らし合わせるがげさない。近隣に海辺はなかったはずだ。
となると……。
「む」
走っていた脚を止める。どうやら大きな空間に出たようだ。
下水道を思わせる、トンネルのような地底空間。見下ろすと、足元を淀んだ水が流れているのが見て取れた。……ただの地下水じゃない。
後ろから顔を出したライオンが、露骨に顔を顰めて後退った。
「うぇ、磯臭いです。これ、もしかして海水?」
「ふん。どうやら自然の作り出した青函トンネルといったところらしい」
見た所、鍾乳洞のような凹凸が立ち並ぶ天然の洞窟に見える。海……あるいは海底から内陸まで伸びる、天然の海水トンネルという事だろうか。どうやらこれまで走ってきた通路は、ここに繋がる横穴のようだ。
ふふん。ますますらしくなってきたな。ここがあったから、あの邸宅が建てられたのか。あの邸宅が建てられた下にたまたまここがあったのか。まあ因果はどっちでもいい事だ。やる事は変わらん。
「アイツらは先に行ったか。この奥だ」
「はい、急ぎましょう」
《てけり・り!》
パシャパシャ、水を踏み散らして洞窟の奥に行く。しばらく走ると、ぼんやりと陰鬱な炎の色が見えてきた。燃える松明の灯だ。もっとも、私の知っている松明はもっと明るいし変な匂いもしなかったが。
炎を目印に飛び込むと、そこはどうやら洞窟の終点。水浸しの体育館ほどの広さの丸い空間に、壁際にいくつもの松明が炎をともしている。その明かりに照らされて浮かび上がるのは、中央に佇む石のピラミッドだ。どことなく古代マヤとかインカ帝国を思わせる台形の祭壇には、しかし見た事もない得体のしれない文様が刻み込まれている。見る者の正気をぐらつかせるような歪んだ文様は、どう見ても尋常の教えに基づくものではない。
そんな祭壇の周囲には、何人もの魔法少女が取り囲むように佇んでいる。彼女らの視線の先、祭壇の中央には、ずらりと整列した黒いフードの男達。そしてその先頭に立つ、奇妙な仮面をつけた白装束の男の姿があった。
日本の神主の恰好に似た、白い和装。顔につけている仮面は……なんていうか、巨大なサザエの貝殻の蓋、とでもいえばいいのだろうか。仮面の表面を彩る渦をまいた真珠色、その中心にある覗き穴からは黒い瞳がぎょろぎょろと周囲を見渡している。
その男の姿を確認したライオンが、そっと私の耳元に囁いた。
「間違いない。アイツが星辰教団の教祖よ」
「なるほど」
確かにそれっぽい。納得して視線を戻すと、魔法少女達が次々に声をあげ、投降を促していた。
「貴方達の野望もここまでよ! おとなしく投降しなさい!」
「この数の魔法少女相手に戦えると思うなよ!」
「どうでもいいからぶちのめして終わりにしない?」
まあ一部、別の事を言っている奴もいるが。しかしながら私個人としてはその意見に賛成だ。この手の輩は、時間を与えるとロクな事をしない。
とにかく私達も包囲に加わろうと前に出たそのタイミングで、朗々とした声がホールに響き渡った。
「神聖なる神へ言葉を届ける場に、ようこそ魔法少女達。私は、君達を歓迎しよう……」
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