祭壇の上で、余裕綽々にご高説を垂れる仮面の男。
その手には怪しげな一冊の本が抱えられている。なめした革表紙の古書……それだけなら特段おかしなものではないが、表紙に描かれた目玉がまるで生きているかのようにぎょろぎょろと動き回っているなら話は別だ。それに、使われている革も妙なぬめりを持ち、まるで生きているかのように刺繍の隙間から粘ついた液を今も滴らせている。うえ、ばっちい。
「間違いない。教団の持ってる魔導書だよ」
「となるとそれを持っているアイツが教団のボスって訳か……」
唯一親玉と対面した事のあるライオンが言うなら間違いはない。つまり、ターゲットがここに全部揃っているという訳か。
ならば話は早い。
「ジョセフィーヌ」
《てけり・り!》
大鎌に変化したジョセフィーヌを握りしめて前に出る。包囲した魔法少女達は尚も教祖に投降を呼びかけていたが、私はそれを無視して得物を振りかぶった。
「……え? ちょ、ダークネス・ルーシィさ……」
「話すだけ無駄だ。こっちの方が手っ取り早い」
周りの魔法少女が止めに入るよりも早く、全力で投擲。唸りを上げて、超重量の鎌が教祖へと迫る。
だが……。
「やれやれ。情緒が足りないね」
その一撃は、教祖が掲げた魔導書の前に停止する。見れば空間に、小波のような揺らぎが走っている……魔力による防壁か何かか!
「うそ、あれを止めた!?」
「ぼさっとするな魔法少女ども、ここは既に死地だぞ! 抗って見せろ!!」
私の激に空気が一変する。
臨戦態勢に入った魔法少女達を前に、教祖が魔導書を懐に戻すと解放された大鎌がどすんと床に落ちる。ゆっくりと下がる教祖と入れ替わるように背後に突っ立っていた教団員達が前に出てきて……黒いフードの下で、その躰が俄かにふくれあがった。
「ぎぃあああ……」
「しゅるるる……」
その中身が、べろん、と捲れるように脱皮する。黒いフード、そして人であった時の皮を脱ぎ捨てて出てくるのは、全身をエメラルド色の鱗に覆われた二足歩行の半魚人。顔立ちなどに人であったころの名残はあるが、唇の無い大きく割けた口、ぎょろりとした平べったい黒い目玉が、それらがもう人間ではない事を物語っている。
異形を前にした魔法少女達から、困惑混じりの悲鳴が上がった。
「きゃああ!?」
「な、なんだよコイツゥ」
「さっきまで服を着てたよね、じゃあ、まさか、こいつら人……」
ずんばらり。
脚を止める事なく前に出た私は素早く大鎌を拾い上げ、教団員の変身した半魚人達をそれでもって一閃した。
連中の上半身と下半身が斜めにずれて、それぞれ床に崩れ落ちる。その傷口から噴き出すのは、コールタールのような真っ黒な血だった。到底、尋常の生物のそれではない。
「怯むな! 下らん妄想をしている暇があったら奴らを打ち倒せ、これが人間の血な訳がなかろう!」
「あ、え? そ、それは確かに……」
「連中が悪趣味なのは今に始まった事じゃない、奴らはそうやってこっちが困惑するのを楽しんでいるだけだ! 会話する暇があったら殴れ! 全ては首魁をふんじばってから話せばいい!!」
さらに立て続けに半魚人を切り捨てる。
魔法少女達を鼓舞する為にわざとそう振舞っているのもあるが、半分ぐらいは本音でもある。どうせここまで変異してしまっては、人間には戻れないしもう人間ともいえない。死体を埋めた土地には花がよく咲く、なんて話があるが、じゃあ人間を肥料にした花はすなわち人間か? 当然そんな訳がない。
半魚人どもはあくまで愚かな教団員を材料に作り出した化け物だ。これをいくら打ち倒した所で、魔法少女達に罪など背負わせようがない。
率先して情け容赦なく半魚人を切り倒す私を見て、ちっ、と教祖の男が鋭く舌打ちするのが聞こえた。
「やれやれ。魔法少女らしからぬ子が混じっていますね」
「喋るな死ね」
人の言葉を喋るだけの獣と、戯れる趣味はない。私は全力の踏み込みから大鎌を教祖に叩きつけた。再び見えない防壁が大鎌を止めるが、それは一瞬だけ。全身全霊で振りぬいた刃が、防壁を断ち切りその向こうにいる教祖の体を、確かにどてっぱらから両断した。
ぐしゃり、と下半身がその場に膝をついて崩れ落ち、切り飛ばされた上半身は宙を舞い、私を飛び越えて反対側、祭壇の上へと叩きつけられた。亡骸からどくどくとヘドロのような、汚らしい虹色の油膜を浮かべた黒い血が広がっていき、最後まで手放す事の無かった魔導書を黒く染める。
殺った!
確かな手応えに確信する。だが、それがいけなかった。
相手はとうに人間ではない、人の形をしているだけの化け物なのだから。
「やれやれ」「随分と荒っぽい子だ」
「?!」
殺した筈の男の声が、奇妙に二つ重なって聞こえる。
驚愕し、後退ろうとした私は、しかし床に張り付いて動かない脚にはっと下を見下ろした。見れば、黒黒と広がる血の池が、私の足裏にべったりと張り付いて、接着剤のように足を祭壇に張り付けている。
……ぬかった!!
「しかし、君はただの魔法少女ではないね?」「その香しい血の臭い、成程、神への贄に相応しい」
もぞもぞ、と上下生き別れになった死体が蠢いた。ビリビリと服を破って起き上がるのは、不気味な光沢を帯びた甲殻類。
それは巨大なフナムシだった。無数の足をシャカシャカと蠢かし、やたらと円らな瞳を持った人間大の無脊椎動物が、人の皮を脱ぎ捨てて立ち上がる。それが二匹。
彼らは奇妙にシンクロする、穏やかともいえる口ぶりで汚らわしき宴の始まりを寿いだ。
「「星はいまこそ正しき場所に。あとは清らかなる生贄を捧げるだけ。そう、夢と希望の使者……魔法少女をね」」
「何……っ!?」
この状況こそ望んだモノである、と語る化け物どもに私が顔色を変えた直後、祭壇を取り囲む魔法少女達から悲鳴があがった。
とっさに振り返った私の目に入った光景。
それは、この空間の足元を満たす海水の中から伸びた無数の手が、踏み入った魔法少女の足を掴んで拘束しているというものだった。彼女達もとっさにその腕を振り払って脱出しようとしているが、次から次に現れるそれに抗えず、むしろ逆に水底に引きずり込まれそうになっている。
「「それではごきげんよう、麗しき魔法少女達。君達の流す血は、新たなる時代を招く呼び水となるのだ」」
「逃すか……っ!!」
言いたいだけ言って逃走を図る怪物達に、袖のリボンを伸ばして拘束にかかる。だがあと一歩、という所でそれは割って入った半魚人に防がれ、フナムシの怪異は海水に飛び込んで姿を消した。
「くそっ!」
まんまと首魁には逃げられた。私は八つ当たりで捕らえた半魚人をずたずたに引き裂くが苛立ちは収まらない。
さらに問題はこれからだ。
直後、ぐらぐらと広場が揺れ始める。天井からぱらぱらと石が降り注ぎ、音を立てて祭壇が崩れ始めた。
「な、何……?!」
「脱出しろ!! 連中は私達を生贄としてこの場で押しつぶす気だ!!」
「な、なんですってぇ!?」
ここはおよそ地下数百メートル。いくら魔法少女でも、それだけの厚さの地盤が落ちてきたら一溜まりもない。私達は首魁を追いつめたつもりで、まんまと罠に嵌められたのだ、畜生。
もはや取り繕っている暇はない。私は右目から放った黒い炎で足の拘束を焼き払うと、素早く祭壇から飛び上がった。眼下には、今だ無数の腕から脱出できずにいる無数の魔法少女達。
「暗黒の巫女を生贄に捧げようなど、三天の王が認めるものか! 666の刑罰が一つ……業炎刑! エクスターミネーション!!」
右目から迸った黒炎の多頭竜が、一斉に眼下へと降り注ぐ。その灼熱は、一瞬で空間を満たす汚れた海水を焼き払い、その奥に潜む怪異を一網打尽にした。瞬く間に骨まで燃え尽き煤となって焼け落ちた怪異の足を振り払い、魔法少女達が自由を取り戻す。
「貴方……!?」
「話は後だ、急いで脱出しろ!!」
「わ、わかった!!」
流石に疑惑は抱かれたようだが、それどころではない事は皆理解できているらしい。一斉に入口に殺到する魔法少女達……だが、目の前で分厚い石の扉が閉ざされ、道を塞がれてしまう。即座に数人の魔法少女が必殺技で扉の破壊にかかるが、何かしらの神秘が宿った扉はびくともしない。
「嘘でしょ!?」
「だったらもう一回……危ない!!」
数人の魔法少女が、仲間を引っ張って扉の前から離れる。直後、崩落した天井の岩盤が、扉の前を押しつぶした。
間一髪、命を拾った魔法少女達。だがその顔色は安堵には程遠かった。
「そ、そんな。唯一の出口が……!」
そう。この場におけるたった一つの出入口は、巨大な大岩に押しつぶされてしまった。すぐさま数人が取り付いてどけようとするが、魔法少女のパワーでもびくともしない。
どんどん揺れは激しくなる。このままでは皆ぺしゃんこだ。
「まだ手はある。ジョセフィーヌ!!」
《てけり・り!》
以心伝心、私の合図でドリルに変化したジョセフィーヌにリボンを巻きつけ、唸りを上げて回転させる。それを斜め上、地上に向かって叩き込む。壁に突き刺さったジョセフィーヌはそのまま地面を掘り進み、地上に向けて脱出口を作り出す。
もとより最初からこうするつもりだったのだ。地下に潜るか、地下から出るか、その違いでしかない。
「この穴から地上に脱出しろ、急げ!! 天井が崩れてくるぞ!!」
「! 皆急いで!! 動けない子には手を貸してあげて!」
「ほら、貴方、こっちよ!」
パニックになりながらも、そこは流石に魔法少女。他人の為に命を張れる清らかな魂の持ち主達は、決して我先に逃げ出す事なく、怪我をしていたり腰が抜けて動けない同胞に手をのばして、皆仲良くお手手つないで脱出していく。
お行儀のよい子ばかりで助かるというものだ。
「他に脱出できていない子は……む!」
次々脱出していく魔法少女達を尻目に、逃げ遅れた子はいないか、そう最後の確認をしていた私は二人の魔法少女が逃げ遅れている事に気が付いた。
一人は知らない顔だが、もう一人はライオンだ。彼女は、脚から酷い出血をしている子を抱えて、どうにかこうにか脱出口に向かおうとしている。咄嗟に手助けに向かう私だが、まさにその瞬間、最悪のタイミングで頭上で嫌な地響きが轟いた。
「な……っ!」
一際大きな岩盤が、崩れてライオン達の上に落ちようとしている。一瞬遅れてはっと気が付いたらライオンが、咄嗟に怪我人を抱きかかえて、我が身を盾にしようとした。
馬鹿め。
あのサイズの岩に、いくらお前でも魔法少女一人で耐えられるものか……!
「この……お馬鹿っ!!」
「え、あ、きゃあ!?」
全速力で駆け寄り、ドロップキックで怪我人ともどもライオンを突き飛ばす。
吹き飛ばされた二人は、辛うじて落ちてくる岩盤の範囲から脱出できた。が、一方で私はというと……。
「……ちっ」
頭上に振ってくる巨大な影。
駄目だ。防御も回避もできやしない。
せめてルーシィだけは守ろうと、体の左側を向けてその時に備える。それ以上の事は出来なかった。
ああ、ルーシィ。そんなに悲しまないで。大丈夫、僕はきっと、大丈夫だから……。
衝撃。
暗転。
喪失。
「だ……ダークネス、さま……? いや……いや……いやぁああああああああああああああああ!!」