街から遠く離れた山の中。
鬱蒼とした暗い森の一角に、突如土煙が柱のように拭きあがる。
地面を猛烈な勢いで突き破るのは、螺旋状に高速回転する不定形の円錐。
ジョセフィーヌである。
《てけてけてけてけてけ……てけり・り!》
勢いよく地上に飛び出したドリルが、するりとほどけて元のスタイム状の形に戻る。ぷかぷか浮いた一つ目が、自らの掘り進んだ穴の奥に目を向けた。
その目がピカッとライトのようにひかり、トンネルの中を照らしだす。果たして、その光の中に闇の奥から走ってくる人影があった。
「けほっ、けほっ。な、なんとか地上についた……」
魔法少女である。
地下で潮水を浴びせられ、ここに来るまでに土を頭から被った彼女達は全身泥まみれの姿だったが、地上からの光を目にしてキラキラと目を輝かせる。
先頭を走る彼女は一度立ち止まると、後ろに向かって大きく呼びかけた。
「おーい、皆、あと少しだぞ! 頑張れ!」
「地上?! やったー!」
「もう土の中はこりごりだよぅー」
続けて、ほうほうの体で這い出して来る魔法少女達。
無事に地上に脱出した彼女達の様子は人それぞれだ。安堵のあまり座り込むもの、木に寄りかかって息を整えるもの。皆、疲労困憊だが大きなケガはない。
その様子を見守っていたジョセフィーヌに、脱出できた一人の魔法少女が近づくと、そっとその体を両手で抱き上げた。
「ありがとう、ふにょふにょしてる不思議な子! 君の御蔭で助かっちゃった!」
《てけり・り~》
そして、お礼のキス。ちゅっ、と頭?に口づけをおとされて、ジョセフィーヌは照れたような声を上げる。青色の体が、ほんのりピンク色に色づいた。
「あ、いいなー、私も私も」
「ちぇ、ずるいぞ。私もマスコット欲しくなっちゃった」
きゃあきゃあ、ジョセフィーヌの取り合いを始める魔法少女達。勿論、全員がそんなボケた事をしている訳ではなく、状況を正しく認識している側の彼女達はそんな同胞を呆れた顔で見やっている。
「いやいや、お前らな……今それどころじゃないだろ」
「全員脱出できたか? 確認を急げ」
「全員じゃない、三人足りない! ブレイブライオンと、ギタースネーク、それと……ダークネス・ルーシィがまだ脱出してない!」
あわあわと点呼を取る真面目な方の魔法少女達。
取り残された者が居る、と知ってその顔色が変わる。
「……私が行く。皆はここで待っていて」
「頼む、ベースベア」
ギタースネークのチーム仲間が、のっそのっそと地下トンネルに再突入していく。心配だが、ここであんまりたくさん戻っても二次遭難の危険性が高まるだけだ。
ここはベースベアの力を信じて待つほかはない。不安そうな顔で見守る魔法少女達。
と、その耳に嵌めたインカムに、ざざっと通信のノイズが走った。
『……ちら……せよ……。こち……、エリザベート! 突入班、応答してください! 聞こえますか、突入班!』
「エリザベートさん? こちら、突入班!」
必死に呼びかける声に、慌てて応答する。
そういえば、とその魔法少女は思い出した。上空の輸送ヘリからの通信連絡が、途中から聞こえてこなかった気がする。異様な雰囲気やトラブルに撒かれて、すっかりその事を失念していた。
『やっと繋がった! 一体何がありましたの!? 途中から通信が繋がらなくなっていましたのよ!!』
「ご、ごめん、色々あって気が付いて無かった……」
『ごめんじゃないでしょう!? 今、どうなっているんですの!?』
焦ったようなエリザベートの問いかけに、魔法少女は一瞬考え込む。伝えるべき情報を整理して、彼女は端的に応えつつ、ちょっとだけインカムを耳から遠ざけた。
「……犯人の捕縛は失敗。私達は罠にはめられた。急遽脱出したが……まだ三人、地下に取り残されている」
『なんですってぇ!!?』
キィイイイン、とインカムから響くハウリング。応答していた魔法少女は嫌な顔でそれをやり過ごすと、落ち着いたのを見計らってインカムを戻した。
「大声出さないで、十分聞こえる」
『す、すいません……。そ、それで、その三人は?』
「ブレイブライオンとギタースネーク、ダークネス・ルーシィ。今、状況確認に一人戻った。……そっちの状況は? 何か異変は起きてないか?」
ずっと外にいたエリザベートに、逆に確認を問いかける。あの地下でのダークネス・ルーシィの言葉が真ならば、何か異変が起きている筈だが……。
『異変、と言われましても。相変わらず地上の怪物と陽動部隊が交戦中の他には……いえ。これは……』
「どうかしたか?」
『空が……』
茫然としたようなエリザベートの声につられて、魔法少女達も顔を上げる。
そして彼女達は見た。
不気味なほどに青々しい夜の宙と、眩く輝く無数の星たち。そして、ゆらゆらと空に揺らめく、緑色のオーロラを。
「何あれ……今夏でしょ!?」
「そもそも日本の空にオーロラが出る訳が……」
見上げる魔法少女達も、口々に困惑を呟く。
と、そこで再び、激しい地響き。魔法少女達は皆、立っていられずその場にしゃがみ込む。
「あ、見て、脱出トンネルが!」
「崩れちゃう!」
《てけり・り!?》
補強も何もされていない、ただ土の中を掘り進んだだけの脱出トンネル。それがこの振動で崩れ始めている。
ぼろぼろと土が崩落し、埋まっていくトンネル。だがそれが完全に塞がる寸前、青い影がトンネルの奥から間一髪、勢いよく転がり出た。遅れて、穴奥から勢いよく土煙が吐息のように拭きだす。
その直後に完全に崩れるトンネル。土砂で道がふさがれ、山奥の地肌がぺしゃんと凹む。
「ベースベア!」
「逃げ遅れた人は!?」
わあわあ、と脱出してきたベースベアに駆け寄る魔法少女達。青いフードを被ったその腕に、二人の人影が抱きかかえられているのを見て、彼女らの顔に喜色が過ぎった。
「さっすが! ギリギリで間に合ったのね!」
「ライオンと……スネークか! 良かった、気を失ってるけど無事っぽいよ!」
「よしこれで全員……いや、まって。もう一人、居るって話じゃ……」
はっとして何人かが崩落したトンネルに目を向ける。そこから、誰かが出てくる気配はない。
シン、と静まり返る一同。よろよろと肩を借りて立ち上がるベースベアが口を開くと、一斉に視線が彼女へと向いた。
「……私が見つけたのは、この二人だけ。ざっと見て回ったけど、他の人影はなかった。……ここに居ないなら、多分、もう。……瓦礫の下に……」
「そんな…………」
《てけり・り…………》
『…………っ、だ、大丈夫です。ルーシィさんは非常識な魔法少女です、きっと遅れて「潰されるかと思ったー」とか言って、ひょっこり帰ってくるはず! とにかく皆さん、一度その場を離れてください。これ以上何かあっては……』
通信越しのエリザベートの声は震えている。敢えて、自分でも信じていない希望を口にする彼女の気持ちを汲み取って、突入班の魔法少女達はその場を撤収しようと動き始めた。しょんぼりとつぶれるジョセフィーヌを、何人かの魔法少女が気の毒そうに撫でさする。
だが……。
「っ、地響きが、まだ……」
「違う、さっきより……どんどん強くなってくる!」
再びの地面の揺れ。だがそれは、先ほどと比べても明らかに大きい。立っていられず這いつくばる魔法少女達だが、揺れは激しくなるばかりだ。ついには視界されもブレはじめる大激震。
その中にあって、彼女達は確かに感じ取った。
何か……途方もなく巨大な何かが、地面の下を移動している。
「エリザベートさん! 何かが……巨大な何かが地上に出ようとしている! 気をつけて!」
『こちらでも確認しましたわ。あれは、一体……!』
空の輸送ヘリが見下ろす先。そして地上の魔法少女達が見上げる先で、山の側面が大きく崩壊する。そして雪崩れをうつ土砂崩れの中から、何か、巨大で悍ましいものが、大地を一歩踏みしめた。
◆◆
崩壊した地下祭壇。
一際大きい岩が作る山の下に、染み出す赤い血だまり。じわじわ、と広がっていく。
それが、突如として沸騰した。
ボコボコと泡立つ血の池の中に、ぐずぐずに岩が焼け溶けて崩れていく。やがては真っ赤な溶岩溜まりになったクレーターから、のそり、と何かが這い出してくる。
溶岩の輝きの中に浮かび上がるのは、欠けた人型。左半身を押しつぶされた、見るも無残なシルエットの中で、右目だけが爛々と赤く輝いている。
ぼこ、と潰れた左半身のシルエットが蠢いた。
押しつぶされ引き千切られた体の断面から、無数の肉芽が伸びてくる。しゅるしゅると伸びたそれらは互いに絡みあい、交わり合い、融け合ってやがて一つの形をとる。
数秒後には、そこには潰れた文字通りの半死体ではなく、一人の少女の姿があった。
黒と赤の瞳が、震える自分の両の手を見下ろす。
「ぼ、くは……」
恐怖に喘ぐような呟きを、しかし少女はぐっ、と飲み込み、キッと強い視線で天井を見上げた。
崩れた洞窟の向こう、遥か先の地上で悍ましい何かが蠢いている。
「止め、ないと……」
誰かに頼まれたからではない。
己の愛する者を、愛した日々を護るために。
見れば続く揺れに、出入口を閉ざしていた岩や扉はすっかり崩れており、その向こうに地下道が続いていた。大分崩れているようだが、微かに風を感じる……まだ完全には塞がっていない。
急がなければ。
少女は弾かれたように駆け出した。
◆◆