郊外の高架道路が、巨大な怪物によって崩される。
ゆっくりと街に近づく巨大な怪物。その黒い影を前に、街はパニックに陥っていた。
あちこちで交通事故が起き、混乱した人々が通りを右往左往。中には火事場泥棒のつもりなのか、お店を襲う暴徒まで現れる始末。
それらの対処に追われながら警察が懸命に避難誘導を行うが、到底それは進んでいるようには見えなかった。
ここ最近、連日のように怪物が出現していたにも関わらずこの混乱ぶり。
それは偏に、今、街に迫ってきている怪物が、それらと一線を画す化け物だからである。
邪神。
教団が蘇らせたその得体のしれない存在は、見る人の心に恐怖を呼び起こす。心弱き人々はその恐怖に囚われ我を失い、理性を失って暴れるばかりの肉人形と化していた。
「不味いですわね……! 早くも影響が……」
その邪神を追う影が一人。
無数の車が乗り捨てられた高架道路を走るエリザベートは、ちらりと見えた街の惨状に顔をしかめた。
姿を見せただけでこの有様。実際に邪神が街に乗り込み、破壊活動を始めればどれだけ被害が拡大するか想像もできない。
いや、それだけならまだいい。
最悪、マスコミなどを通じて、狂気が拡散してしまう恐れもある。
「これ以上、街には近づかせませんわ……!」
高架道路を飛び移ってショートカットし、エリザベートは怪物との間合いを詰める。
怪しげな星空の下、オーロラに照らされるその巨体はあまりにも現実感がない。だが、その防御力が並大抵のものではないのは、先ほど食い殺された怪獣が教えてくれた。
左右や背後からの攻撃は、甲殻に阻まれる。かといって真正面にまわるのも得策ではない。であるならば……。
「術者を叩く!」
邪神の頭部には、今も教祖の変じた怪人が佇んでいる。あれがあの巨大な邪神を操っているのなら、それを排除すれば動きに変化があるかもしれない。
どのみちこのような企みを実行に移す連中だ。生かしておける道理はない。
「行きますわよーーー!」
ギャギギギィ、とアスファルトをブーツで削りながら急停止。ランスを槍投げのように構え、投げ放つは必殺の一撃。
「ゴールデン・エトワール……てぇええい!!」
エリザベートの手から、投げ放たれる黄金の一撃。夜の闇に黄金の虹を描くように飛翔する一撃が、邪神の頭部に鎮座する教祖を狙い撃つ。
ありったけの魔力を込めた一撃。邪神そのものはともかく、それにひっついている怪異程度なら、と思われたが。
「あら」「まあ」
耳をつんざく衝撃音。
コンクリートのビルも貫く一撃は、しかし教祖に命中する直前で、見えない壁に阻まれたかのように空中で停止していた。魔力を帯びたランスが防壁を突き破ろうとビリビリと突き立つも、見えない何かはいっこうに破れる気配がない。
ついには力尽き、ぐらり、と落下したランスは地に落ちる前に粒子にほどけて消滅する。
「な……っ」
「「おやおやお可愛い。その程度の一撃が、邪神の守りを貫いて我々に届くと思ったのですか?」」
邪神の加護によって救われた教祖が、眼下のエリザベートを嘲笑う。そして邪神そのものは、いまの一撃も意に介さず、ただひたすら前に進み続ける。エリザベートの事など、目にも入っていない様子。
「「あわよくば自分を狙わせれば、と思っていたのでしょう? 今更貴方達のようなコバエには構いませんよ。我らが神は数万年ぶりの晩餐を心待ちにしているのですから」」
「く……っ!」
内心の考えすらも看破され、ぐっ、とエリザベートは歯を食いしばる。
もはや打つ手なし。このまま、街が邪神に蹂躙されるのを見守る事しかできないのか?
否。
魔法少女は、一人ではない。
「セイクリッド・ザンスラッシャー!」
「デッドリーワイドスレッド!!」
響き渡る高らかな祝詞。放たれる光の刃が夜を切り裂き、さらに追い打ちをかけるように巨大な黒糸が投げかけられる。
その聞き覚えのある声に顔を上げたエリザベートの前に、とう、と着地する何人かの魔法少女達。
「ソード・アリス、オブシディアンスパイダー! ほかのみんなも!」
「よう、増援に来たぜ」
「邪悪、絶つべし!」
陽動組の魔法少女達だ。疲弊し戦力としては期待できない突入組と違って、彼女らはまだ余裕を残している。何より彼女らは、そのありあまる大火力故突入から外されたメンバーでもある。巨大な怪物を相手にするには心強いことこの上ない。
まだ光は潰えていない。そう示す魔法少女達を、しかし教祖は嘲笑う。
「「ふふ、コバエが集ってきましたか。ですが、お前たち程度、どれだけ集まったところで何もできはしません。今の一撃とて、神は何の痛痒も感じていない」」
その言葉と共に、爆発の煙の中から無傷の邪神が姿を現す。巨大怪異を切り裂く光の刃も、不滅の粘液を焼く毒もこの巨体には通じていない。
だが、それを見ても魔法少女達はにやり、と不敵に笑って見せた。
「それは、どうかな?」
「「何……?」」
ぐらり、と一歩踏み出した邪神が姿勢を崩す。見れば、その踏み出した脚の裏の地面に、先ほどの斬撃によって深いくぼみができている。脆くなった地面を踏み抜いて傾ぐ体を、さらに張り付いた黒い糸がひっぱる。ダメ押しにさらに必殺技が叩き込まれ、ダメージはなくとも邪神は大きく体勢を崩した。
ついには復旧不可能なまでに傾いたその体が、ぐらり、と地面に倒れこむ。
「「なんと……!」」
教祖の驚愕する言葉を最後に、地響きを立てて地に邪神の巨体が伏せる。地面が揺れ、衝撃で周囲の道路や建物が崩壊し、魔法少女達は身を低くしてその衝撃に耐えた。
「やった!」
「よし、これで少しは時間を稼げるはず……!」
渾身の成果に、ガッツポーズを取る魔法少女チーム。
彼女達とて、自分達の手に余る相手なのは一目でわかった。であるならばするべきは、市民の避難を促すための時間稼ぎだ。その見込みは成功し、巨大な怪異は確かに一時、その進行を停止した。
「今のうちだ! 戦力外通知を言い渡された魔法少女達を、マジカルアイランド経由で総動員している! 皆で一人でも避難させるんだ!」
「んでもって、私達はここで引き続き足止めね。……ううん、生きて帰れるかなー……」
倒れこんだ邪神が、ずもももも、とゆっくりと身を起こそうとしている。まだ土煙に包まれたその全容はうかがえないが、先ほどまでと違い、敵意のような圧力をヒシヒシと感じる。
どうやら、魔法少女達を無視できない邪魔だと認識したようだ。好都合ではある。
あとはどれだけ、自分達が粘れるかだ。
スパイダーは残してきたチームメイトの事を思い浮かべ、震える脚でニヒルな笑顔を強がって浮かべた。
「さーて、やるか……ん?」
「私も……戦わせてください……!」
《てけり・り》
そこに、たっ、と足音を立てて現れるのは、ブレイブライオン。彼女は真っ青な顔に色濃い隈を浮かべながらも、有無を言わせぬ眼力で参戦を願い出た。
肩には、青い不定形の生命体。一つ目を血走らせたジョセフィーヌは、甲高く鳴いて戦意を露わにする。
「ライオン! 貴方は休んでいなさい、ここは私たちが……」
「ダークネス・ルーシィが命を落としたのは私のせいです」
「え……」
突然の告白に、エリザベートが言葉を失う。
ブレイブライオンは暗い瞳で、脚を引きずるようにその横を通り過ぎて前に出た。炎を宿した瞳が、ゆっくりと起き上がろうとする邪神を見つめている。
「逃げ遅れた私を庇って、彼女は瓦礫の下に……だから、私は彼女の分まで頑張らないといけない。彼女が救うハズだった人を、守らないと……いけないの」
「それは破滅への道だぞ、ブレイブライオン。死者の代わりになど誰にもなれない」
絶句する魔法少女の中にあって、オブシディアンスパイダーだけが冷静に彼女の無謀を咎めた。
誰かに代わって、聞こえはいい言葉。
だが、想像の中の誰か、基準も目的もはっきりしない存在に誰が追従できる? あの人ならできた、あの人ならこうした、その果てに待ち受けるのは自らを苛む無間地獄だ。
「わかってます、でも……」
「ならばいい。今は体を動かさねば納得できないというなら、私がフォローしよう。それでいいな、エリザベート」
「……ええ。でも一つ訂正を。貴方は勘違いしてますわ、ライオン」
再び新しい槍を取り出し、前に出るエリザベート。彼女は訝し気なライオンの隣に立つと、小さく勝気に笑って見せた。
「ダークネス・ルーシィが岩に潰された程度で死ぬはずがありませんわ。今頃は、登場の口上を考えているのではなくて?」
「……ふふ。案外、出待ちのタイミングを計っているのかもしれませんね」
「そういう事ですわ。ほら、いきますよ」
魔法少女達が一斉に身構える。その視線の先では、雲海のように立ち上る土煙の中から、巨大な邪神が身を起こす所だった。
お喋りはここまで。ここからは死闘の時間だ。
「さあ、行きますわよ……!!」
エリザベートの号令の元、魔法少女達が一斉に駆け出していく。
その、瞬間。
世界は突如、闇に閉ざされた。
魔法少女のみならず、邪神さえも空を仰ぎ見る。
ああ、見上げるがいい。天幕を閉ざす怪しげなオーロラは消え去り、そこに輝くのは満天の星空と血のように赤き三日月。
そして、笑う天の傷口に腰掛けるようにして舞うのは一人の魔法少女。
「我は三天を支配する暗黒の巫女。我が上に王ありき、我が下に下賤なる者あり。並ぶ者は、居ない」
「我が名は、星刻の魔法少女……ダークネス・ルーシィなり!」
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