頭上には満天の星空、赤い月。
眼下には得体のしれない大蟲に、それに抗う魔法少女。
実にらしい光景じゃないか。
「ルーシィさん!」
「どうした、エリザベート。らしくもなく震えた声など上げて」
こちらを見上げる友人に気取った声を投げかけると、くしゃり、と彼女の顔が歪んだ。
「何を……人の気持ちも、知らないで……!」
「知らぬさ。人は己の知る事しか知らぬ。……心配かけて、ごめんね。ライオンも」
「ダークネス様……!」
友達二人の熱視線から目を逸らし、ふよふよ弾んでいる家族に目を向ける。透き通った青色の不定形生命体は、私の姿を認めるとその目に涙を浮かべてぼよんぼよんと弾んだ。
《てけり・り!!》
「心配かけたね、ジョセフィーヌ。だけど大丈夫だよ」
《てけり・り~》
ジョセフィーヌの元気な姿を確認して、私はようやく安堵を胸に、視線を敵へと戻した。
地下の儀式で復活した巨大な怪異。あの場で流された魔法少女の血でよみがえった怪物だが、流血そのものは少なかったせいか恐らく本領ではない。
それでも、人の世を崩壊させるだけの力はある。ここで必ず仕留めねばならない。
ふわり、と高度を落とす私に、怪物の頭上に鎮座するちっぽけな蟲が性懲りもなく人の言葉をつらつらと並べ立てた。
「「生きていましたか、我らに近しくまた遠き者よ」」
「風評被害もいい所だ、貴様ら無脊椎動物と一緒にされてはたまったものではない」
毒を吐きつつ、甘え袖の中をごそごそ。さて、アレはどこにやったかな……。
「「ですが無駄な事。星の並びは正しい場所に位置し、神は復活した。この世界において、その存在は絶対だ。覆る事はない」」
「ふぅん。ところで、そのただしい星の位置とやらは、どういったものだ? 空には、私好みの空模様しか見えないが」
「「…………何?」」
私の言葉に空を見上げる蟲ども。そこでようやく、彼らは自らの時代がとっくに終わっていた事に気が付いたようだった。
「「な……?! 馬鹿な、何故!? 今夜は一万年に一度の好機だったはず!!」」
オーロラは消え、空には異様な数の星が煌めく。月齢を無視して真っ赤に笑う三日月を前に、蟲どもがたじろぐ。
星の並びがどうたらというなら、それが変わってしまえば果たしてどうなる?
なんともまあ、無様なものだ。神だのなんだの謳った所で、結局自分以外に依存しなければ成り立たないとは、大変な事だな。
ともかく。
これで、奴らの言う神の絶対性は崩れ去った。
あとはただの怪物として処理するだけだ。私は甘え袖の中から、銀色の包み紙にくるまれた目当てのブツを取り出して、星の光に翳した。包み紙の中には、多面体の赤いキャンディが収まっている。
「ジョセフィーヌ! おやつを上げよう、あーんして」
《てけり・り!!》
私の呼び声に、ジョセフィーヌがうあーんとお口を開く。その中めがけて、私は袖から取り出したキャンディを放り投げた。空中で包み紙がはがれ、キラキラ輝く赤い飴が、すぽーんとジョセフィーヌの口に納まる。
ぺろり、とジョセフィーヌの小さなお口がキャンディをひとなめ。うーん、ヤミィー、だね。
《…………てけり・り!!》
その体が、突如として膨張を始める。ぎょっとして距離を取る魔法少女達をよそに、ぶくぶく膨らむジョセフィーヌの体積。
ついにはビルほどになったその巨体が、ぶるるん、と震えながら、天地に響く甲高い鳴き声を上げた。
《てけり・り!!》
「スライムちゃんが……でっかくなったぁ!?」
「……う、うーん、悪い夢を見ているのかしら……」
ずずぅん、と地響きを立てて、巨大な怪物に対峙するジョセフィーヌ。心なしか、バカげた質量を前にする怪物にも戸惑いが見受けられたような気がした。
「よぉし、やれ、ジョセフィーヌ!!」
《てけり・り!!》
私の合図で、ずももももん、と怪物めがけて突撃していくジョセフィーヌ。質量に物を言わせて、相手を正面から押しつぶそうとするが……。
「「その程度で……我が神よ! その御力を、我らに見せたまえ!」」
蟲どもの呼び声に答えて、怪物が動き出す。その口から高圧の水流が放たれ、ジョセフィーヌを迎撃した。砲撃のような水流の直撃を受けて、突撃とは反対側にふっとばされるジョセフィーヌ。すでに破壊された高架道路の残骸を押しつぶして、大質量が地に伏せる。
《て、てけり・り~~》
「あちゃあ、ダメだったか」
情けない声を上げて目を回すジョセフィーヌに頭を抱える。ま、肉体のスペックがあっても、悪を完全に切除したジョセフィーヌに戦闘は不可能だな。というかお前、肉体を変化させられる設定はどこいった?
「「ふははは、見掛け倒しだったな!! この程度か!!」」
「何の、まだ手はある。エリザベート、ちょっと手を貸してくれ。お前の力が必要だ」
「え?! 私ですの!?」
突然声をかけられてびっくりしたのか、自分を指さして困惑するエリザベート。そうそう。リボンをしゅるしゅると伸ばして、彼女をキャッチして吊り上げる。お空の旅にようこそ!
「ちょ、ちょっと、どうするんですの? も、もしかして、あの時のように合体技とか?」
「合体技といえばそうかな。おーい、ジョセフィーヌ。いくぞー」
「え? どうしてジョセフィーヌさんを……え、ちょ、まさか!?」
そのまさかだよ。いっくぞー。
リボンでキャッチしたエリザベートを……ジョセフィーヌの頭にシュート! 超、エキサイティン!
「きゃあああ!?」
《てけり・り!?》
ずぼっ、と首だけ残して体がすっぽりジョセフィーヌに埋まってしまうエリザベート。突如異物を押し込まれたジョセフィーヌも、目を白黒させて困惑している。
もう、察しが悪いんだから。
「ジョセフィーヌ、あれだあれ。変身!」
《! てけり・り!!》
私の合図にはっとしたジョセフィーヌが変身を始める。ずももも、とその体が形を変えて、さらに青く半透明だった体に色が付き始める。
白と黄色に彩られた服に、銀色に輝く騎士甲冑。手にはすらりと東京タワーのように伸びる巨大なランス。
ずずーん、と台地を踏みしめて立ち上がるのは、エリザベートと生き写しの巨大な魔法少女だった。
ただし、首無しの。
「ぎゃー!? エリザベートのお化けー!?」
「なんで首が無いんだよ!?」
「え、あるじゃん。首」
下から響く悲鳴に私がちょいちょい、と指さす。ほれほれ、首の断面に、すっぽり埋まったままのエリザベート本人の生首が、ほら。
「なんですのコレーーー!?」
「何って、ジョセフィーヌ・ジャイアントエリザベート形態だが」
「胡乱な発言をごく当たり前のように口にしないでくれます!? なんですのジャイアントエリザベートって!?」
何って見たまんまだが。
「ほれほれ、それよりもほら、来たぞ。デカブツ。頑張ってくれ」
「えー!?」
地響きを立てて、迫りくる巨大な怪物。真正面からの突撃をランスで受け止めて、ジャイアントエリザベートが後ずさる。
「「黙っていればさっきから訳のわからん事を! そのおふざけごと神への生贄にささげてくれる!」」
「お、おふざけじゃありませんわー!? ええい、こうなったらやけです、私の力を見せつけてくれますわ! いきますわよジョセフィーヌさん!」
《てけり・り!》
エリザベートの後退が止まる。怪物の突進を受け止めた彼女は、力を入れてランスを押し返すと、火花を散らして敵との距離を取った。
「はあ! ビッグランサー・シュート!!」
すばやく繰り出されたランスが、連続で怪物の体を穿って爆音を響かせる。おお、なんだなんだ、ノリノリじゃないか。
「「おのれ、ちょこざいな!」」
怪物が再び口から水鉄砲を吐いてくるが、それをランスを回転させて跳ね返すエリザベート。猪突猛進に見えて意外と器用なんだよな、あいつ。
しかし、それで彼女の攻め手が止まった隙をついて、怪物が勝負にでた。腹部の大口をがっとひらいて、正面からエリザベートに齧りつこうとする。
ガチガチ打ち鳴らされる凶悪な牙。それに対し、エリザベートはというと。
「ジョセフィーヌさん、シールドを!」
《てけり・り!》
ぐにょん、とジャイアントエリザベートの左手がモーフィング変形。出現した巨大な銀のシールドで、怪物の噛みつきを受け止める。元が軟体であっても変形したその強度は鋼鉄以上で、怪物の噛みつきを受けてもびくともしない。
「「な、何ぃ!?」」
「今度はこちらの番ですわ! いきますわよ、必殺ぅ……!!」
《てっけりりぃ!》
天に掲げたランスが、黄金の光を帯びて螺旋状に回転する。その輝きに怯えたように、怯んだ怪物との間に距離が空いた。
千載一遇の好機!
「今だ!」
「「ば、馬鹿な、我らの悲願が、こんなふざけた連中に……!」」
「“ジャイアント・ゴールデン・スパイラル”!!」
放たれるは、光の奔流。それはぽっかりと開かれた邪神の深淵へと飛び込み、その暗黒の虚無を光で満たし……溢れた。
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