闇より昏き、邪神の顎。決して満たされぬこの世の洞を、黄金に輝ける光の螺旋が打ち貫く。
眩い輝きが、深淵の闇を満たしていく。やがて溢れかえった輝きは、山稜から昇る朝日のように夜を照らした。
声ならぬ声が、夜を震わす。仰け反るようにして邪神が悶え、節足を天に向かって伸ばすような仕草を見せた。
「「お……おのれ、魔法少女! おのれ、ダークネス・ルーシィ! 未来永劫、暗き海に、呪われるがいい!」」
「寝言は寝ていえ、蟲どもが。精々闇の底に、無意味に呪いを注ぐがいい」
教団が苦し紛れに放った呪いの言葉を、私は徒労と嘲笑う。貴様ら程度の呪いで宙の虚空を埋める事ができるのなら世話無いわ。
「フィニッシュ! ですわー!」
そこにダメ押しに追加される黄金の奔流。勢いを増した光が、邪神の体からあふれ出し、夜空を昼のように明るく染めた。
そして……爆発。
まるで火薬を仕込んだ石膏人形のように、邪神の巨体が内部から爆裂四散。粉微塵になって吹き飛ぶ亡骸が、戦場となった郊外の高速道路跡にガラガラと散らばる。
青黒い血に塗れた肉片は瞬く間に生気を失って石となり、そして灰となって散っていく。一筋の夜風が吹いた後には、もはや邪悪なる存在の痕跡は破壊された建造物以外、何ひとつのこっていなかった。
「ビクトリー、ですわー!!」
しゃきーん、と天に向かって槍を突き上げ勝ち誇るジャイアントエリザベート。その姿がみるみる縮んでいき、元のサイズに戻っていく。小さくなるジョセフィーヌからぺっとエリザベートの体が吐き出され、本来の手のひらサイズに戻ったジョセフィーヌが小さく鳴いた。
《てけり・り!》
「うむうむ、ごくろう」
私も地上に降り、ジョセフィーヌを抱き上げて労ってやる。撫でる私の指に、ジョセフィーヌは心地よさそうに目を細めた。
《てけり・り……》
「大儀だった、ジョセフィーヌ。エリザベートやライオンも、心配をかけたな」
今夜のMVPを労いつつ、集まってくる魔法少女達に目を向ける。金髪ドリルはそっぽを向きつつ胸を張り、ライオンはしっとりと濡れた瞳で私をじっと見つめていた。
「ふふん、私は全く、これっぽっちも心配しておりませんでしたけどね!!」
「ダークネス様……ご無事で……本当にご無事でよかった……!」
「やれやれ。結局アンタにいい所もっていかれちまったな」
と、気安くスパイダーが肩を組んでくる。私は苦笑しつつ、彼女に肩を組み返した。
「ふっ。せっかく活躍のチャンスをくれてやったのに生かせないからだ」
「何をう」
気心の知れた悪友のように笑い合い、私は街へと視線を向けた。
「あれ……私達、何を……?」
「み、見ろ、あのデカイ怪物の姿がない!」
どうやら、怪物が滅ぼされた事で狂気に陥っていた市民も正気に戻りつつあるようだ。この調子なら直に混乱も収まるだろう。
「街の連中も落ち着いた様だ。……さて。面倒な事になる前に撤収するか」
「そうだなー。うかうかしてると警察の連中に重要参考人だのなんだのいって拘束されるかもしんねーからな」
「今日は疲れたー。これ以上はもう勘弁だよー」
顔を見合わせて、皆で一斉に撤収する。これにて、街を騒がせた教団の事件は、一件落着とあいなったのであった。
◆◆
それから数日。
街には怪物の出現しない夜が続いた。
そもそも、最近の怪物の大量出現そのものが、教団が糸を引いていた物。
その教団が壊滅した今、怪物などそんなに出るものではない。
事態の鎮静化を受けて、魔法少女達の集中支援も徐々に収まり、街には平穏が戻りつつあった。
だからこそ。
私は一つ、確かめねばならない事があった。
◆◆
夜。
明かりを消したリビングで一人、私は窓からぼんやりと星空を眺めていた。
夏もそろそろ終わり。秋が近づいてきているせいか、夜の空気は湿っぽく、やたらと夜空の天井が低く見える。
まるで星がいつもより近くにあるようだ。
と、そこできぃ、とリビングの扉が僅かに開いた。
扉の向こうから細く差し込む光の中、浮かび上がるのは真ん丸の小さなシルエット。
「やあ、来てくれたんだね、ルーシィ」
『ムルルミィ』
やってきたのはルーシィだ。ジョセフィーヌの姿はない、部屋で既に寝ているのだろう。蓄光塗料の光る時計を見れば、時刻はもう夜の十時。良い子はもう寝ている時間で、普段であれば私も寝ている。
夜更かしは成長期の体に毒だ。
それでも私は、この時間帯にルーシィをあえて呼び出した。
『ムルミィ?』
「話って何かって? まあそう焦らないで、ジャブから入ろう」
机の上に昇ってくるルーシィを優しく撫でつつ、しかし私は少しの距離を開けて椅子に座り直した。
二人並んで、カーテンを開いた窓から夜空を見上げる。
「ルーシィ。僕と君が出会った日の事を覚えている? あの時も、ちょうどこんな感じで宙が綺麗な夜だったね」
『ミミィ!』
忘れるはずもない、とコクコク頷くルーシィ。
そう、私だって忘れるはずもない。
あの晩。私は、自室の窓から空を見上げて祈っていた。何を祈っていたのか、何か願いがあったとかはもうよく覚えていない。とにかく、何かに縋らずにはいられなかったのだ。
そんなとき、夜空からキラキラ光る何かが落ちてきた。それはゆったりとした速度で落下し、夜の街を横切ってどこかに墜落した。
窓からそれを眺めていた私はびっくり仰天。「流れ星が墜落した!?」と慌てて家から飛び出して、落ちた星の行方を捜した。
そして、辿り着いた公園で見つけたのだ。
乾いた地面にへたれこんで、ぷるぷる震える、薄汚れたピンク色の塊を。
『ミ…………ミミィ…………』
唖然とする私の目の前で、正体不明の生物が小さく呻きながら、ぎょろり、と目を開く。その瞳と視線が交わった時、私の中に去来した感情をなんといえばいいのか。
前にも言ったように、私だって最初からルーシィを受け入れていた訳ではない。むしろ魔法少女だの怪物だのが存在する世界で、得体のしれない生物など厄ネタに間違いない。理性では今すぐこの場を走って逃げるべきだ、とわかっていた。
それでも、私は地面に這いつくばる謎の生命体に手を伸ばす事を選んだ。
それは何故か。
「……君も、寂しいの?」
分かってしまったからだ。重なってしまった視線が、毎朝のように鏡の中で見る、自分自身の瞳と同じ色を湛えているのだと。
この子は私だ。誰にも理解されず、理解を求める事も出来ず、暖かな世界の中にあって孤独に震える、寂しい魂。その寒さを共有できる、たった一人の同胞だと。
そうして、私とルーシィの共同生活は始まり……。
そして。
あの日、私はビルに押しつぶされた。
「…………」
そっと、義眼をはめこんだ右目に手をのばす。
私はあの時、ルーシィが助けてくれたものだと思った。その際、完全につぶれてしまった右目だけはどうにもならず、ルーシィがそこに融合したのだと、そう考えていた。
そうであるならば、私の肉体は右目以外、人間であるはずだ。そうでなければならない。
なのに、あの時。地下神殿で押しつぶされた時、私は右目を庇って左半身を押しつぶされた。魔法少女に変身していたとしても、生物学的には人間のままである事は変わらない。それは、マジカルアイランドにある病院が物語っている。
そう。
人間は、潰れた半身を、即座に再生なんかできない。それがルーシィの宿る右側だったら、無理やりにでも納得できた。
でもあの時潰れて再生したのは、左側。
ただの人間の器であるはずの。
……ならば。前提が違うのだ。ううん、本当はずっと前から分かっていて、ただ考えないようにしていただけ。
私はルーシィへと振り返り、乾いた唇を震わせて、尋ねた。
「ルーシィ。僕は、本当に僕なの?」
『ミッ、ミミミ、ミィムルル。ミミィ……ッ』
「違う。そんな事を聞いているんじゃない。僕は、僕は……」
ぎゅっ、と拳を握りしめて。
私は、ずっと頭の片隅に転がったまま目を逸らし続けていた疑問を、口にした。
「僕は……ホントの、曽良尼有樹は、あの日ビルに押しつぶされて死んでいて。今ここにいるのは、自分を曽良尼有樹だと思い込んでいる、ルーシィそのもの、なんだろう?」
その問いかけの答えは。
……沈黙。
目を見開いたルーシィが、ただ小刻みに震えている。
それが、答えだった。
そう。周りがずっと狂っている、自分だけが正気だなんてそんな訳がない。
最初から、一番狂っていたのは、私の方だったのだ。
世界が、傾いていく。
◆◆