銀の扉が閉ざされていく。
ほんの僅かな隙間を開けて静止するその狭間から、私は現実世界へと帰還する。
解れつつあった現実は、扉が閉ざされた事で安定し始めている。天地が戻り、重力が、距離が、時間の流れが正常のそれに戻りつつある。
「ルーシィ!」
『ムミィ!』
友の名を呼ぶと、地上から小さく声がした。目を向けると、ライオンとエリザベートの傍に、ぼよんぼよんするピンクの生き物。それはスーパーボールみたいに弾みながら勢いをつけると、一息に僕の胸に向かって跳躍してきた。ぼいーん。
『ミミィ!』
「っと、吃驚した!」
飛び込んできた柔らかな生き物を、両手でしっかりとキャッチ。風に煽られながら、空の上で私とルーシィは再会を果たした。腕の中のルーシィは、安心しきった寛いだ顔で、すりすり、と腕にふにふにの体を擦りつけてくる。
『ムミィ、ムルミミィ。ミーミミィ……』
「……ごめんね、心配をかけた」
『ムミミィ~』
一しきりお互いの存在を確かめ合い、私は駆けつけてくれた友へと視線を向けた。
「心配かけた、助けに来てくれてありがとう!」
「本当ですわ!! 全く、こんな夜更けに!!」
「私はその、ダークネス様の為なら例え火の中水の中……」
「ああ゙ん?! 自分だけ好感度稼ごうとネコ被ってるんじゃありませんわよぉ!?」
何故か忽ち口喧嘩を始めるライオンとエリザベートに思わず苦笑。
喧嘩するほど仲が良い、ってやつかな。あの二人は。
「ふふふ。……さて、と」
そして私はこの場においてただ一人、孤独な存在に目を向ける。
這いよる混沌。
昏く燃える蜃気楼は、はっきりと怒りと困惑を込めた第三の目で私を見ていた。
「何故……、何故、何故、何故に、何故だ!! 私とお前は同類だ! 全てであるが故に何にもなれぬお前と! 何でもないが故に全てである私! 共に、このハリボテの世界に取り残された、夢も見られぬ孤児同士! なのに何故、お前はこんな書割の世界を、守ろうとするのだ……!! どうして、本当の世界を取り戻そうとしない……?!」
「……混沌……」
「違う! 私はそんなものではない! お前達人間が決めた名など、有り様など、私は、私は、私はわたしはワタシはワタシハァアアアアアアアアアア!!!」
貌を失った暗黒が広がっていく。
吹き荒れる嵐のような黒い混沌。本来、彼はそんな力は持ち合わせていない。
あれはあくまで、人の信じた、人の語った、人の名付けた邪悪なる存在としての力。這いよる混沌という名の持つ力。
それすらも、混沌にとっては狭苦しい、押し付けられた在り方なのかもしれない。苦しいのだろう、辛いのだろう、それすらも、人によって張り付けられた仮面である、ソレには。
「やるよ、ルーシィ」
『ムルミミィ!』
………何故か。何故かと問うか。
答えはある。……だけどそれは、自分で見つけなければ意味がない。
誰かに与えられる答えでは、何も変わらない。
代わりに私は、願いを込めて祝詞を歌う。
「……我は三天を支配する暗黒の巫女。我が上に王ありき、我が下に下賤なる者あり」
他の誰でもないとしても、私がそう決めた。
私は腕の中のルーシィと一つになる。
全てを理解した今、義眼を交換するようなリアクションは必要ない。
僕はルーシィであり、ルーシィは僕であるのだから。
身に纏うは闇の衣。黒い髪をなびかせ、闇に輝くのは黒と赤のオッドアイ。
偽りの名を、されど私は高らかに歌い上げよう。
「我が名は、星刻の魔法少女、ダークネス・ルーシィ!」
『アアアアアアアアアア!』
魔法少女降臨。
空に佇む私に向けて、黒い嵐が吹き荒れる。闇の刃が唸りを上げ、小さな少女の体を千々に引き裂かんとするが……今更、そんなもの!
「ジョセフィーヌ!」
《てけり・り!》
呼び声に応えて、小さな手の中に光が集う。それは一瞬にして大鎌に形を変え、次々と押し寄せる闇の刃を切り捨てた。
「無駄だ、混沌。お前の野望はここに潰えた。負けを認め、潔く去るがいい!」
『マダダ! マダオワッテハイナァアアイ!』
見苦しくも抵抗を続ける混沌の渦。
それを、今度は二筋の光が撃ち貫く。
「よくわかりませんが、ここが勝負所とみましたわ!」
「ダークネス様、援護します!」
ランサー・エリザベートとブレイブライオン。二人の一撃が、混沌の渦を大きく乱す。
何にも干渉せず、故に誰にも干渉されないのが混沌の強み。だが今の彼は、“這いよる混沌”という邪神の仮面を被った事でその絶対性を失っている。干渉できるが為に、干渉される。
その矛盾に、彼は果たして気が付いているのだろうか。
「……終わりにしよう、混沌……否、名もなき神の時代の影よ」
『ホロビヨ! ダァアアアアアクネス・ルゥウウウウウウシィイイイイイ!!』
「虹の夢を見る白痴の王よ。我が願いに応え一時微睡みから目覚めん」
「666の刑罰が一つ。……獄門刑!! エクスターミネーション!」
僅かに開かれたままの、銀の扉。
その向こうに繋がっているのは今や根源ではなく、どこか遥か遠くの外宇宙。たちまち、この世界のあらゆるものが、扉の向こうに吸い出されていく。
「きゃあ!?」
「わああ!?」
「二人とも、捕まれ」
吸い寄せられた二人を、リボンで捕縛。
一方、何にしがみつく事も出来ない混沌の渦は、抵抗する事も出来ずに扉の向こうに吸い込まれていく。それだけでなく、遺跡後から出現したオベリスクも、粉々に砕けながら虚空へと吸い出された。
この世にあるべきでない、ありとあらゆる異界の物が、果てしない宇宙の果てに消えていく。
『オォオオノレェエエエエ! ダァアアクネス・ルゥウウウシィイイイ!』
「門よ、閉じよ!」
世界の扉が重たい音を立てて閉じていく。その向こうに消えていく、混沌の闇。
これすらも、混沌にとっては何の意味も無いのだろう。この世界から退場した所で、彼にとっては一時の事だ。何事もなかったように、また独り、遥かな根源の世界を思い彷徨うのだろう。
それを、何と呼ぶべきなのか。
きっといつか、混沌がその事を知れる日が来るのを願って、私は扉に鍵をかける。
ゴォン。
門は閉ざされ、世界は仮初の形を取り戻した。
◆◆
マジカルアイランド。
その中枢部。
いかなる魔法少女も訪れた事のない最奥の間で、一人の赤子とガイドがやりとりをしている。
『ばぶぅ。あぶ、ぷぁー、ぶぅ』
『はっ。全ては、つつがなく。銀の門は再び閉ざされ、混沌はその姿を眩ませました』
『ぶぅ、あぶ。ばあ……』
『ええ、ええ。おっしゃられる通り、油断は禁物です。一時とはいえ、扉は確かに開かれた。眠りについていた旧き支配者が一時、微睡みから覚めるには十分。まだまだ、大変な日々が続きそうですね……』
その側近の言葉に。
全てを知る者は、ただ無垢に微笑んだ。
『あぶぅ』
◆◆