TS転生外宇宙系魔法少女ダークネス・ルーシィ 作:イア! イア!!
夜の街を闇に紛れて直走る。建物の上を駆け、外灯を飛んで渡る私の影に気が付いた大人達が頭上を見上げるが、彼らの視線が私を捕らえる事はない。
その時にはすでに私はその場遠く離れ、ただ只管に逃げる標的を追っているからだ。
「逃さない……!」
きっ、と細める視界の中には、夜空に紛れてふわふわと漂う透明な何かの姿がはっきりと見えている。
オニヒトデとクラゲを足して2で割らなかったような異形の軟体生物。光学迷彩によって姿を隠し、地上の生き物を襲ってはその血を吸いつくす吸血生物。さきほどの男性はそうなる前に間に合って幸いだった。
巨体で暴れまわる怪獣とは違った意味で致命的な化け物だ。放っておけばその存在が明らかになるのは、既に夥しい犠牲者がでた後になるだろう。
故に、ここで殺す。
何より、ズキズキと疼く右目が、ルーシィが、あれは敵だと訴えている。
ルーシィの敵は、私の敵だ。
「星の階(きざはし)に紛れて降り立ったか、汚らわしき星の精」
一際強く跳躍し、一気に奴との距離を詰める。
あちらもこちらを認識しているようで、ふらりふらりと身を翻して逃げようとしているが、生憎、この満天の星空の輝きの下で、あのような物を見失うはずもない。
透明になろうがなかろうが、奴はキャンパスについた泥汚れ……否、鳥の糞のようなもの。速やかに、この世界からご退場願おう。
私はバイパスの電光掲示板の上に着地すると、奴に仕掛けた。
「やるよ、ルーシィ」
合図をすると同時に、右の眼窩が熱く疼く。中に納まるルーシィの一部が眼窩からあふれ出し、太く長い触手のように伸びていく。
粘液を滴らせる虹色のその肉塊には、しかし実体も色もない。今私が追っている相手のように光学迷彩で透明になっているのではない。本当に、物質的にはこの次元には存在していないのだ。
意味が分からない? まあ私もよくわかっている訳ではない。
無いが、在る。そういう事だ。この世界において物事が矛盾するのは今更の話でもない。
「美しいだろう? この世界で最後に見る彩だ。目に焼きつけて逝け……最も、お前の位階で見えるかどうかは、知らないが」
敢えて説明するならば根本的にレイヤーが違う、と言えば適切な表現だろうか? こちら側からは干渉も観測も出来ないが、向こう側からは一方的に触れる事が出来る。
あんな、不細工でいい加減で低俗な輩のする真似事と、同じにしてもらっては困る。
さて、あの不衛生な肉塊をどのように処分しようか? ……決まっている。
かのハムラビ法典にはこう記載されている。
目には目を。歯には歯を。
ならば、血には血を。
「666の刑罰が一つ、凌渇刑。……エクスターミネーション」
ずらあ、と伸びていった触手がその先で枝分かれし、イソギンチャクの触手のように星の精を包み込む。触手を蠢かせる宇宙生物を、枝分かれした鋭い切っ先が貫き、アオミドロのような濃緑色の汚らしい血を噴出させる。
まるでそれは肉のアイアンメイデン。
この星に生きる命の暖かい血を求めるというならば、その代償は自らの血で贖ってもらおう。まだ未遂だとしても私の法廷においては考慮されない。
「餓えて、朽ちろ」
どるん、と触手が蠢いて、汚らわしい生命体から命のエッセンスを吸い上げる。
空気も水もない宇宙を遥か数億光年渡る事の出来る生物が、ものの数秒で乾燥ワカメのようにしおれて縮んでいく。やがてそれが生物であったかなど疑わしいほどに乾ききったそれは、パラパラと脆く崩れて粉となって降り注ぎ、夜のバイパスを走る車のタイヤに踏みにじられた。
黒い排煙と混じれて消えていくそれを尻目に、私は開放していた邪眼を閉ざす。手で目を覆い、優しくルーシィを労うように指で瞳を撫でまわした。
「ここで乾いて、踏みにじられて行け」
よし。
怪物を仕留めた事を確認し、私はほぅ、と息を吐いた。
いやあ、それにしても焦った焦った。
嫌な予感に導かれていってみたら、人の好さそうなおじさんがいかにもヤバそうな化け物に絡まれてるんだもの。
ああいう奴らも居るんだねえ。てっきり、どいつもこいつもわかりやすく暴れる奴らばっかりだと思ってた。
気が付いてよかった。あんな透明になって人を襲う化け物、ほかの魔法少女で見つけられたかどうか。
あいや、案外、結構気が付くものかも? 透明になってる割に、いやだからか、アイツは自分の身を隠そうって意識が薄かったしなあ。滅茶苦茶臭くて遠くからでも匂ったし、割かしすぐに討伐されたかも。ただその場合は犠牲者が出てからの話になるだろうしな……。
「……大事も小事も、おしなべて等しく些事。我が眼は、全てを見ている」
ふっ。決まった。
しゃきーん、とポーズを決めて悦にひたる。いいんだ、ごっこじゃなくて本物なんだから。
さて、一しきり満足した所でそろそろ帰ろうか。というか夢中になっておっかけて来たけど、ここそもそもどこだ?
えー、電光掲示板の表示を見るに……うげ、隣の県?! そこそこ長く追いかけっこしていた自覚はあるけど、そんな遠くまで来てたの?
うへえ、早く帰ろ。夜更かしは子供の体によろしくない。
「さて。今宵のパレードもここまで。祝う者の居ない凱旋と行こう」
「なんだ、もう帰っちまうのか?」
小生意気な響きを隠そうともしない少女の声。
ばっと両手を交差させながら振り返った先、バイパスの防音壁の上に一人の少女が立っていた。
紫色のトレーナーに茶色のハーフパンツという活動的なスタイルで、頭からすっぽりフードを被っている。その下から覗くのは艶やかな黒髪と、好戦的な赤い瞳。ピアスをしているのだろうか、闇の中でも耳元がキラキラ光っている。
当然、ただの人間ではない。
感じるのは強い魔力……まさか魔法少女?
そうか、しまった。この辺りは、また別の魔法少女の縄張りか何かだったのか。
「てめー、ちょっと話に聞いた新顔か? 人様のテリトリーを荒らして、挨拶も無しに帰ろうってのは随分と虫がよくねーかなあ、ああ?」
威圧的な言葉選び。どうにも、歓迎されていないようだ。
「これは失礼した。私は、星刻の魔法少女ダークネス・ルーシィ。俗世の事柄に疎くてな、鼎の軽重を問うつもりはなかった」
「あん? なんだよテメー訳わからねえ御託をぺらぺらと……」
おっとこれは失敗した。中二病スイッチが入ったままだった。イキった言い回しは、どうも彼女の機嫌を損ねたらしい。
うぞり、と少女の背中で何かが蠢く。闇夜の中で、しゅるしゅる、と彼女の背後で揺れるそれは……尻尾? いや、違う。
通り過ぎる車のライトに一瞬照らし出されたそれは、無数の足を持った無脊椎動物の節足……!
そうか、聞いた事がある。彼女はもしや……。
「いいぜ。俺は面倒見がいいからよぉ。この、チームポイズンの魔法少女、ヴァイオレット・センチピード様が、右も左も知らねえ新人に礼儀ってもんを教えてやるぜ……!」
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