TS転生外宇宙系魔法少女ダークネス・ルーシィ 作:イア! イア!!
「む……」
私は思わず、庇うように右目を押さえた。怯んだとかではなくて、その。
……ルーシィ、本物にあえて興奮してるのは分かるけど、ちょっと空気読んで、ね?
「ん? どした?」
「些事。邪眼が少し疼いただけだ」
「お、おぅ……? 何言ってんのか分かんねーけどお大事に……?」
脈動する右目を押さえる私に、なんだか機先を挫かれた、といった感じの魔法少女。
ヴァイオレット・センチピードと言ったか。一見すると大分ガラが悪い感じだけど、さてはそんなに悪い子じゃないな?
って痛い痛い分かってるってルーシィ、魔法少女に悪い奴はいない、そうだろう? 分かったから眼窩でそんなに暴れないで。
しかし、ふむ。
ヤンキーみてーな事を言ってきたので一瞬身構えてしまったが……よく見ればこの魔法少女、ついさっきまで全力疾走してましたー、といった感じの消耗具合。汗もほんのりかいているし、魔力も大分消耗気味だ。10分20分走ったぐらいで魔法少女はこうはなるまい。となると……。
「ふ、そちらこそ。このような夜分に単騎駆けか。名前の通り随分と脚が回るようだな?」
「はっ!? い、いきなり何いってやが……」
「大百足は縄張りなど持たぬよ。強者は出会う端から食い散らかし、贄を求めて流離うのみ。お前の求めていた贄はこちらが先に喰らわせてもらった、徒労ご苦労だったな」
まあつまりは恐らく、彼女はあの化け物を感知して大急ぎで駆けつけてきた、という所か。
ムカデは視力も発達しているというが、あの類の生き物はどちらかというと空気の振動、地面の振動を通して周囲の状況を感知する。魔法少女として、空間の異変みたいなものを感知する能力を持っていたとしても不思議ではない。
つまり彼女は、遠方で発生した異常を察知して夜更けにもかかわらず急行したという訳だ。縄張り云々はたまたまというか、ここに居合わせた事の言い訳だろう。どうにもぶっきらぼうなキャラで食ってるみたいだからね。
あるいは、なるほど。これがツンデレという奴かな、もしかして。
「毒にも餌にもならぬ民草の為に千里を駆ける、か。くく、なるほど、偽善者という言葉がふさわしい」
「て、てめえ……っ!」
図星だったのか、あるいは意味はわかんないけど馬鹿にされてると思ったのか、フードの下で顔を真っ赤にするセンチちゃん……え、センチちゃん? はあ、そっちの方が可愛い? そりゃまあ確かに。
以後彼女の事はセンチちゃんと呼ぼう。口にしたらぶっ飛ばされそうだけど。
「さっきから黙っていりゃ、おかしな言い回しで人を馬鹿にしやがって……! むつかしい言葉を使えるからってかしこい訳じゃねーぞ!!」
「ふ、もとよりそのつもりはない。我は三天を支配する暗黒の巫女。我が上に立つは唯王のみ、横に並ぶ者はおらず、しからば世の全ては劣等に過ぎず」
「な、何言ってんのか訳わからねえんだけど……?!」
む。
先ほどからなんか、センチちゃんのこっちを見る目が気に入らない相手を見るそれから、頭のおかしいそれを見るそれにスライドしてきている気がする。
むむぅ。まだセンチちゃんの年頃で暗黒語録は早かったか。
「ふ……っ。まだ小虫には早かったか、この位階の話はな……?」
「ムキー! 意味わかんねえけど馬鹿にされてるのは分かるぞ! っていうかさっきからイチイチかっこつけすぎなんだよテメー! 新人なら先輩に敬意を払え、敬意を!」
「何故暗黒の宙を行く私が、地を這う長虫に敬意を払う必要が?」
「ぶ っ と ば す!!!」
おっといけない、揶揄いすぎたか。
魔力を漲らせて飛び掛かってきた一撃をひらりと回避。宙に逃げた私を追って、身を翻してセンチちゃんも夜の宙に飛び上がった。
飛行能力……じゃないな、純粋な脚力か。
「ふ。せっかくだ、少し遊んでやろう」
「その余裕面、ぜってー泣かす!!」
おうおう、そんなに目を釣りあげたらせっかくの可愛い顔が台無しだぞ?
しかし、あんまり余裕ぶっこいてもいられないな、これ。
ふわり、ふわりと重力を軽減したように跳躍するこちらに対し、センチちゃんの動きはあくまで物理法則を逸脱していない、しかし人知を超えたハイパワーな動きだ。残像を残す勢いで回る足はバイクのようにビルの壁を駆け上がり、鋭角的な跳躍が幾度も私の衣装を掠める。
そして恐るべきはその一撃。魔力を纏った拳は、僅かに触れた衣装をふちからボロボロに腐食させた。さきほどの怪異よりよっぽど攻撃力が高い。
そういえば聞いた話では、ムカデの大顎は腕が変化したものらしいな。流石は百足の魔法少女、といった所か。
しかしどうしたものか。打てば響く反応が楽しくてついおちょくりすぎてしまったというか、完全にブチキレててここから軟着陸させられそうな気がしない。
私としては魔法少女と戦う理由は微塵もないからなー。ルーシィは至近距離で魔法少女の躍動を目撃できてご機嫌だけど……って、わかってるわかってる、手をあげたりしないって。
何度目かの攻撃を回避し、私はひらり、とビルの屋上に降り立った。一方、相手は壁を駆けあがってこちらに追いつき、同じ屋上に這い上がって膝をついた。流石に消耗しているようで、ぜいぜいと息が上がっている。
「く、こ、この……コバエみたいにヒラヒラと……!」
「そろそろいい加減やめにしないか? 月が天中に上がる頃だ。夢の精も、出番を待ちわびている」
「だからテメーは訳わかんねえ言い回しをやめろってんだよ……!」
駄目か。んー、と。じゃあ、こうしようか。
「仕方ない。口で駄目なら……目は、それほどに物を言う」
「?! う、動けねえ!?」
にゅるり、と伸ばした触手でセンチちゃんを捕らえる。ぐるぐる巻きにして身動きを封じた彼女のもとに、ゆっくりと歩いていく。
至近距離で改めてみると、けっこう背が小さいなこの子。尻尾の百足が長いから誤認していたが、この体格で頑張っているのか。頑張り屋さんだね。
「誠意を見せろ、といったな?」
「う……?!」
彼女の顎を人差し指でくい、と上げ、至近距離から目を合わせる。
そう。
さっきからルーシィが喧しい右の邪眼。その赤い瞳で、私はセンチちゃんをじっと見つめた。
「では見せよう。私が何か、“見ればわかる”」
「は……?」
センチちゃんと視線が重なる。
彼女にも見えるはずだ。人ならざる四角い瞳孔。一見するとそれはヤギやタコの如きであるが、それはただ貌が似ているだけ。
それは、扉だ。覗き込むものに、無限の宙を見せる銀の鍵。
がちゃり、と音を立てて扉が開けば、そう、その向こうに広がるのは蠢くピンクと瞳の群れ。
ほら、見えるだろう?
ルーシィが、君に、挨拶したがっている。ほら、声をかけてあげて、ルーシィ。
一つの二つの三つの四つの那由他の無量大数の刹那の複眼の菱型の多面体の鏡面の可愛い瞳が見ているよ。
御挨拶。
『ムミミミィ♪』
「あ……あああ……ああああああああああああああああああああああああ!?」
あっ。
突如、センチちゃんは顔をかきむしる様にして絶叫し、ブリッジするような勢いで仰け反って……そのままパタリ、と気絶した。
口からはブクブクと毒々しい紫色の泡を吹いている。
「ふ。戦う覚悟はあっても、深淵を覗き込む覚悟はまだなかったようだな」
あちゃー……加減を誤ったか? まいっか、結果オーライ。あれぐらいの深度なら、一時的な不定の狂気で済むでしょ。
私はとりあえずぶっ倒れたセンチちゃんを給水タンクの影に寝かせるように横たえると、口元の毒泡を拭ってやって開放した。このままだと窒息するかもだからね。
……よし! 今日はもうこれ以上変な事が起きる前に帰ろう!
「闇は闇に、星は星に。もう二度と会う事はあるまい」
ひらり、とビルの屋上から飛び立つ。なんか思ったよりも遅くなってしまったな……早く帰ってシャワー浴びて寝よう。後の事は起きてから考えよう。
……あとは、挨拶しただけなのに魔法少女に気絶されたルーシィがショック受けてるから、それのフォローしないとなあ。
おー、よしよし。お前の可愛さは私が一番よく知っているからなー。落ち込まない落ち込まない。ね? 次はもっと浅い感じでいってみよー。
そんな感じで、魔法少女二日目の夜は更けていくのだった。