喫茶店と猫好きな少女   作:喜助

1 / 11


暖かい珈琲と
静かな朝が好きだった

それだけで

怪物には
なれなかった




第一章 珈界灯火篇
第一話 青年と少女


 

「ふぁぁぁぁあ……ねみぃ」

 

午前六時

 

男は眠気の残る頭を起こしながら洗面所へ向かい、歯を磨く。

口をゆすぎ終えると、そのまま鍛錬の時間だ。

 

斬術・白打・歩法・鬼道

そして、刃禅

 

基本戦術の鍛錬に加え、斬魄刀との対話も欠かさない。

 

鍛錬を終える頃には、全身が熱を帯びていた。

シャワーで汗を流し、火照った身体を冷ます。

その後、キッチンでコーヒーを淹れ、前日に作っておいたサンドイッチを頬張りながら今日の予定を確認する。

 

テレビでは朝のニュースが流れていた。

 

『本日未明、天宮市近郊で――――』

 

画面に映し出されていたのは、破壊された街並みだった。

 

崩落した建物に砕けた道路、瓦礫の山

ただの地震ではない。ましてや、虚との戦闘程度で起きる被害でもなかった。

 

「……また空間震か」

 

男――紬は眉をひそめる。

 

三十年前から突如として発生するようになった謎の災害、“空間震”

発生から半年ほどは世界各地で観測されていたが、その後ぱったりと姿を消した。

しかし五年前から、再び天宮市周辺で断続的に発生するようになっている。

しかも最近は、その頻度が明らかに増していた。まるで、何者かの意思によって引き起こされているかのように。

 

「何事も起こらなきゃいいんだがな。……特に今日は」

 

壁時計を見る。

 

本日は、彼にとって少しばかり特別な日だった。新人アルバイトが来る初日である。

紬は現在、とある事情から喫茶店を経営していた。前世でも喫茶店を営んでいた経験があるため、店の切り盛り自体に不安はない。……まあ、虚が現れた際には臨時休業になるので、営業日はかなり不安定なのだが。

それでも店に通ってくれる常連客たちには、感謝しかなかった。

 

そして、この店の人気を支えている最大の理由は――三匹の猫である。

 

人懐っこい看板猫たちは、客の隣に座り、膝の上で眠り、時には入口まで出迎えに行く。

その愛嬌に、多くの客が心を鷲掴みにされていた。もはや店の看板娘だ。

だが、店の経営に加えて猫たちの世話まで一人でこなすには、さすがに限界が近かった。

 

そんなある日

開店当初から通ってくれている常連客の少女が、こう声をかけてきたのだ。

 

『わたくしでよろしければ、お手伝いをさせていただけませんか?』

 

いくら常連とはいえ、流石に申し訳ないと最初は断った。

だが、猫たちへ向ける愛情と熱意に押し切られ、最終的には承諾してしまったのである。

 

 

――これが後に、“災いの火種”になるとも知らずに

 

 

「っと、もうこんな時間か」

 

時計は既に八時三十二分を指していた。少女が来るまであと三十分もない。

紬はコーヒーを飲み干すと、一階の店へと駆け下りる。

すると、タイミングを見計らったかのように裏口のチャイムが鳴った。

 

扉を開ける。

 

「店長さん、おはようございます。早く来すぎてしまいましたか?」

 

そこに立っていたのは、一人の少女。

黒髪を二つに結い、雪のように白い肌を持つ、美しい少女だった。

襟元から覗く首筋は細く、力を込めれば簡単に折れてしまいそうなほど華奢。

整いすぎているほど端正な顔立ち。

だが長い前髪が左目を隠していることで、どこか妖しげな印象を与えていた。

 

「おはよう。いや、ちょうどいい時間だ」

 

紬は軽く笑う。

 

「これから猫たちに飯やるところだったからな。早く来てくれて助かった」

 

「まぁ!」

 

少女はぱっと表情を明るくした。

 

「それはそれは、早く来た甲斐がありましたわ!」

 

本当に嬉しそうな声音だった。

猫の話になると、彼女はいつもこうだ。

 

「これからよろしくお願いいたします、店長さん」

 

「店長はやめてくれ。知り合いの下駄帽子がチラつく」

 

「あら。では、なんとお呼びすれば?」

 

紬は肩をすくめる。

 

「まあまあ長い付き合いだし、“紬”でいいよ」

 

すると少女は、くすりと微笑んだ。

 

「でしたら、わたくしのことも“狂三”とお呼びくださいな」

 

時崎狂三。

 

最悪の精霊。

 

そして――

 

喫茶店店主兼死神代行・紬との、不可思議な物語が始まる。

 

 






同じ孤独を知っていた

だから

名前を呼ぶ声が
少しだけ優しかった

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。