喫茶店と猫好きな少女   作:喜助

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生まれたかったわけじゃない

ただ

誰かの想いだけが

消え残っていた




第二話 誕生

 

その子は、“忌み子”だった。

 

生まれた時から目は見えず、声も出せなかった。

音を聞くことすらできない。

 

だが――

 

その子には、“見えないもの”が視えていた。

"聞こえないはず"の声が、聴こえていた。

 

それが、その子にとっては当たり前だった。

 

しかし、父と母にとっては違う。

産声を上げず、泣きもしない。

何ヶ月経っても、まるで人形のように静かなままの赤子に

二人は戸惑い、恐れた。

 

それでも

我が子であることに変わりはなかった。

普通ではなくても、不気味だと感じてしまっても。

二人は愛情を注ぎ続けた。

 

 

 

 

 

やがて、異変が起き始める。

“視えない側”だった父と母が、次第に“何か”を視るようになっていったのだ。

それだけではない。

病弱だった母は、子に触れるたびに身体は回復し続け

長年苦しんでいた病すら、いつしか消えていた。

 

経営難に苦しみ、店を畳む寸前だった父もまた同じだった。

遠のいていた客足が戻り、店は日を追うごとに繁盛していく。

 

二人は思った。

 

 

――ああ、この子のおかげなのだ、と。

 

 

それからというもの、夫婦はより一層その子を愛した。

痩せ細っていた母は健康を取り戻し、疲弊していた父は活力を取り戻した。

失いかけていた全てを、この子が与えてくれたのだ。

 

幸せだった。

少なくとも、その時までは。

 

 

 

 

 

月日が経つにつれ、その子の力は強くなっていった。

 

そして――

 

本来“存在してはいけない者”にまで、気づかれてしまった。

 

 

 

 

 

 

――原因不明の死

 

ある日、突如として店は崩壊し

夫婦はまるで獣に喰い裂かれたように無惨に死んでいた。

 

そして、その場に残されていたのは――大事に守られていた、一人の“赤ん坊だったもの”。

 

つい先ほどまで、その子は赤子だった。

だが両親が死んだことで、“与えられていたもの”が全て還ってきたのだ。

それだけではない。本来あるべきではない何かまでも。

 

赤子の身体は急速に成長し、少年の姿へと変わっていた。

しかし少年は、眠り続けていた。

 

 

 

 

 

葬儀の日

 

棺の前で佇む少年を、一族の者たちは恐れていた。

ほんの数日前まで赤子だった存在が、十代の少年へと成長している。

それは、あまりにも異常だった。

 

誰も引き取ろうとはしなかった。

だが皮肉なことに、少年は“成長”したことで、今まで失っていた全てを手に入れていた。

 

目が見える。

音が聞こえる。

声が出せる。

 

そして――他人の感情を理解できる。

 

少年は知ってしまった。

一族全員が、自分を恐れていることを。

忌むべき存在として見ていることを.....生後数ヶ月のはずの少年は、それを理解した。

 

理解したうえで、静かに口を開く。

 

「貴方たちには何もしません」

 

その言葉に、一族が息を呑む。

 

「だから――父と母が大切にしていた“家”を、僕にください」

 

 

 

夫婦が愛した子供、不気味で得体が知れない存在。

だが、それでも血を分けた一族だった。

見捨てるには、後ろめたさがあった。

 

あるいは ーーー 無惨な死を遂げた夫婦を見たことで

“逆らってはいけない”と本能的に理解していたのかもしれない。

 

結局、一族は条件付きで少年の願いを受け入れた。

店の修復に建て直しまでの仮住まい。

そして、莫大な遺産。

 

その代わり―― 一族との縁を切ること。

 

少年は静かに頷いた。

深い悲しみを抱えたまま。

 

 

 

 

 

月日が流れ、店は修復された。

 

住まいを移したその日、少年は一族との縁を正式に断った。

 

目も見える。

耳も聞こえる。

声も出せる。

 

ようやく“普通”になれた。

 

なのに

話したかった相手は、もうどこにもいない。

少年は空虚なまま、両親の温もりを求めるように寝室へ向かう。

 

そして、そのまま眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

「……ここは……?」

 

目を開けた瞬間、少年は息を呑んだ。

そこは、異様な世界だった。天を衛くような高層ビル群。

だが、それらは逆さまに空へ突き刺さっている。

空は黒く濁り、本来白いはずの雲は赤黒く染まっていた。

 

「僕は……家で寝ていたはず……」

 

『呆けているな』

 

低い男の声に振り向くと、黒い外套を纏った男が立っていた。

橙色のゴーグルをかけた、渋い中年の男。

 

「……貴方は、誰ですか?」

 

『誰だ、だと?』

 

男は呆れたように笑う。

 

『お前は知っているはずだ。私は――◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎だ』

 

聞こえない。

肝心な部分だけが、まるでノイズのように掻き消える。

 

『……そうか。まだ届かないか』

 

男は少し悲しそうに、どこか納得したように呟いた。

 

『まあいい。お前はまだ、生まれたばかりだからな』

 

「何を言って――」

 

『お前の魂は覚えているはずだ』

 

次の瞬間

 

 

“存在しないはずの記憶”が流れ込んできた。

 

 

喫茶店

 

笑い合う客たち

 

穏やかな日常

 

黒い着物を纏った者たち

 

そして――

 

 

◼︎された記憶

 

 

「がぁっ……!?」

 

頭が割れるように痛む。

その先が思い出せない。

 

『少しは思い出したか』

 

男は静かに言う。

 

『だが、時は待ってくれない。お前の“魂”を求め、奴らは必ず来る』

 

「奴らって……父さんと母さんを殺した奴か?」

 

『同種と思えばいい』

 

理解できない

 

何も

 

前世?

 

魂?

 

襲ってくる?

 

そんなことを言われても、自分には何の力もない

 

ただの子供だ

 

『……時間切れか』

 

男の姿が薄れていく。

 

「待て!」

 

『次こそは、私の名がお前に届くといいな』

 

そこで、意識は途切れた。

 

 

 

 

 

目を覚ますと、少年は寝室に戻っていた。

 

そして――

 

なぜか、一本の刀を握っていた。

 

「……なんだよ、これ」

 

わからないことだらけだ。

だが、一つだけ理解できたことがある。

 

 

“俺”は、一度死んでいる。

 

 

そして何故か、生まれ変わった。

 

「ファンタジーじゃあるまいし……意味わかんねぇよ」

 

だが、現実だった。なら受け入れるしかない。

問題は、この先どうするかだ。

今の自分は十代のガキで、一族とは縁を切った。

身寄りもなく下手に動けば施設送りだ。

 

「……あれ、詰んでね?」

 

数秒考えた末。

 

少年は布団へ倒れ込んだ。

 

「……考えても仕方ねぇや。明日の俺に任せよう」

 

そして彼は、思考を放棄した。

 

 

 

 

 






失ったから

空っぽになったんじゃない

最初から俺は

誰かの残骸だった

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