喫茶店と猫好きな少女   作:喜助

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世界を壊したかったわけじゃない

ただ

誰にも拒まれない場所が
欲しかっただけだ




第四話 空白の観測

ウゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!!

 

 

空間震警報が天宮市全域へ響き渡る。街が騒めいていた。

避難誘導のアナウンスに慌ただしく走り出す人々、閉じられていく店のシャッター

見慣れた光景だった。

30年前から続く、この街ではもはや日常の一部ですらあった。

 

だが

 

「……違う」

 

喫茶店“バロン”を飛び出した紬は、ビル街の屋上を駆けながら眉を顰める。

夜風が黒衣を揺らす。その手には黒刀が握られていた。

空間震特有の圧迫感は確かにある。だが、それだけじゃない。もっと粘ついた生理的嫌悪を掻き立てる霊圧

 

「虚だ」

 

しかも、かなりデカい。

霊圧が異常で、ただの虚ではない。下手をすればギリアン級に近い。

紬は舌打ちしながら霊圧の中心へ向かう。

 

「なんでこんなタイミングで......」

 

最悪なのは場所だ。街中に近すぎる

もし暴れれば大量の死者が出る。

 

 

 

その途中

 

ヒュン!!

 

上空を、数人の少女たちが高速で飛び抜けていった。

灰色の装甲に対精霊ユニット"AST"

 

「またアイツらか……」

 

紬は小さく呟く。空間震が起きれば必ず現れる連中だが、今回ばかりは相手が悪い。

虚は、普通の人間には視えない。

 

 

 

 

 

その頃。

 

巨大空中艦〈フラクシナス〉では、オペレーターたちが慌ただしくモニターを確認していた。

 

「空間震反応を確認! 震源、天宮市中央区!」

 

「霊波数値、正常範囲を逸脱しています!」

 

「……精霊反応じゃない?」

 

司令席へ座る五河琴里は、険しい顔で画面を睨んでいた。

 

通常、空間震発生時には霊波パターンから精霊の識別が可能だ。

だが今回の波形は異常だった。

乱れている。まるで、"何か"を正常に観測できていないような。

 

「令音。これ、どう思う?」

 

「……わからない」

 

村雨令音は静かにモニターを見つめていた。

 

「観測データに空白がある」

 

「空白?」

 

「観測データの一部が丸ごと欠落している」

 

その言葉に、ブリッジ内の空気が僅かに張り詰める。

観測不能

それは、この艦によって最も異常な事態だった。

 

「なんなのよ、それ.......」

 

琴里が眉を顰める。

すると

 

「新たな高霊力反応!」

 

モニターへ黒い影が映った。黒衣に黒刀、そしてーー。

 

「.......誰?」

 

琴里が目を細める。

その存在だけ、異様にノイズが混ざっていた。

 

「映像固定できません!」

 

「霊波が安定しない!?」

 

「何よコイツ......!」

 

オペレーターたちの声に、琴里は舌打ちする。

モニターに映る黒衣の男。だが、その姿は秒数ごとに歪んでいた。

輪郭がぶれ、霊波が変質する。

 

死神

滅却師

 

本来なら決して混ざらない霊的情報が、紬の中で歪に重なり合っていた。

だが、この世界の誰もそれを知らない。

 

「令音」

 

琴里が低く呼ぶ。

 

「アレ、精霊?」

 

数秒の沈黙。そして

 

「.......違う」

 

令音は静かに答えた。

 

「でも、"人間"でもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方。避難区域では

 

「急いでください!」

 

「押さないで!」

 

人々が地下シェルターへ流れ込んでいく。

五河士道もまた、その流れの中にいた。

 

「はぁ....」

 

息を吐く。

また空間震だ、最近多すぎる。

そう思いながら人混みの中でふと足を止めた。

 

ゾワッ

 

「....っ?」

 

士道の足が止まる。

妙な寒気に胸騒ぎがした、空間震の時に感じる恐怖とは少し違う。

 

もっと、こう……。

 

「気持ち悪い……?」

 

自分でも上手く説明できない感覚だった。

その時。

 

 

ズン……

 

 

遠くで、何かが“軋む”音がした。

士道が顔を上げる。

 

ビル群の向こう。"何か"がいる。

そこには

 

「……え?」

 

“何もなかった”ただ、それだけだった。

なのに、空間そのものが歪んでいる。

何か"巨大な何か"が存在している。

だが視えない。

 

「なんだよ……あれ……」

 

次の瞬間

 

ガァァァァァァァァァァァッッ!!

 

咆哮

 

 

耳ではなく、脳へ直接叩き込まれるような声

 

「っ!?」

 

周囲の人々が悲鳴を上げる

窓ガラスが砕け散った

 

「きゃあああああ!?」

 

「な、何だ!?」

 

だが

誰にも、“それ”は視えていない。

 

 

 

 

 

上空ではAST部隊が展開していた。

日下部燎子の指示のもと、隊員たちが周囲を警戒する。

 

「対象ポイント到達!」

 

「隊長! 精霊反応を確認できません!」

 

「でも空間震だけ発生してるなんてありえるの!?」

 

隊員たちの声には困惑が混ざっていた。通常、空間震が発生すれば精霊が現れる。

だが今回は違う。何もいない。

 

レーダーにも視界にも、なのに嫌な圧迫感だけが空間へ満ちている。

 

「総員、警戒をーー」

 

その瞬間だった。

 

 

――グシャ。

 

 

「……え?」

 

一人の隊員の身体が、突然横へ吹き飛んだ。

血が舞い、ビルへ叩きつけられる

 

「っ!?」

 

「な、何が!?」

 

誰も視えていない

だが、“何か”がいる

 

「散開!!」

 

燎子の叫びにより、隊員たちが慌てて距離を取る。

その直後

 

ガァァァァァァァァァァァァ!!

 

咆哮。空気そのものが震えた。

 

「っ.....!?」

 

隊員たちの顔が青ざめる。

視えない。なのに本能だけが理解していた。そこに"化け物"がいる。

 

 

 

 

 

ビル屋上へ到着した紬は、目の前の光景に顔を歪めた。

 

「……巨大虚か」

 

巨大だった。白い仮面に異様に発達した顎。それに黒い肉体

 

そして。

底なしの飢餓

 

虚は空中で顎を鳴らしながら、AST隊員たちを見下ろしていた。

完全に餌を見る目だった。

 

「ギィィィィ……」

 

「チッ.....」

 

紬は刀を握り直す。

普通の人間には視えないだからASTは一方的に狩られる。

このままじゃまずい。

 

その時だった。

 

「そこだァッ!!」

 

紫色の斬撃が空を裂いた。

ドォン!!

虚の顔面へ衝撃が走る。

 

「……は?」

 

紬が目を見開く。

そこにいたのは、一人の少女だった。

夜空のような黒紫の霊装に長い黒髪

そして、巨大な剣。

 

彼女は虚を睨みつけながら叫ぶ。

 

「なんだコイツは!?」

 

視えている。

虚が。

 

「精霊……?」

 

紬が僅かに目を細める。

一方、少女もまた紬へ視線を向けていた。

 

黒衣に黒い刀

異様な霊圧

そして

 

“死の匂い”

 

精霊とも武装集団とも違う。もっと異質な何か。

 

「お前……何者だ?」

 

少女が問いかける。だが次の瞬間

 

ガァァァァァァァァ!!

 

虚が咆哮し、巨大な腕を振り下ろした。

 

「っ!」

 

少女が反射的に剣を構える。

だが、ーー速い。

 

「チッ」

 

紬の姿が掻き消える

瞬歩、次の瞬間には虚の懐へ潜り込んでいた。

 

「下がってろ」

 

ドゴォッ!!

 

虚の腕と刀が衝突し、衝撃波が周囲の窓ガラスを砕いた。

 

「なっ....!?」

 

少女が目を見開く。

 

重い

虚の一撃は、精霊ですら押し潰しかねない質量だった。

それを、この男は片手で受け止めている。

 

「お前、戦い方わかってねぇだろ」

 

紬が低く言う。

 

「視えてるだけじゃ死ぬぞ」

 

「なっ....!」

 

図星だった。

少女は確かに虚を"視認"している

だが、それだけだ。目の前の怪物が何なのか理解できない。

 

気味が悪い

本能が拒絶している

 

「だったらお前は知っているのか!?」

 

「.....身体が覚えてる」

 

紬は短く答えた。

本当に、それだけだった。虚を見ればわかる。

 

切り方も

急所も

倒し方も

 

まるで..."最初から知っていた"みたいに。

 

 

その時

 

ズキン

突然の頭痛が走る。

 

「がっ......!?

 

紬が顔を歪める。

脳裏へ流れ込む、知らない記憶

黒い月に白い仮面。誰かの背中

 

そして

 

『護れ』

 

低い男の声。

また、あの声だった。

 

「クソ.....ッ」

 

頭を抑える。

すると虚が、その隙を逃さず咆哮した。

 

口腔へ赤黒い光が集束していく。

 

「.....虚閃!?

 

紬の顔色が変わる。

 

次の瞬間。

 

ドォォォォォォォン!!

 

赤黒い奔流が放たれた。

 

 

 

 

 






視えないから恐ろしいのではない

そこに"いると"

気づいてしまったから

人は恐怖するのだ

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