Hollow man   作:ナゴン

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初投稿です。
多分続きません。


1話 ホロウを裂く青白い光

 新エリー都の経済を回しているのは、ネオン煌めく歓楽街でも、一攫千金を狙うプロキシたちでもない。 『ゼクス・インダストリー』――それが、この街の技術と暴力を支配する巨大軍事企業の名前だった。

 

「ハワード社長! 次回の治安局向け新型エーテルシールドの調印式ですが、時間を一時間前倒しに――」

「ハワード様、こちら今週のゴシップ誌です。『17歳の億万長者、今夜のデート相手は?』と、また一面を飾っておりますよ」

 

 ゼクス・インダストリー本社ビルの最上階。 押し寄せる秘書たちの声を背中で聞き流しながら、高級スーツを身にまとった少年、ハワード・ゼクスは、あくびを噛み殺しながらエレベーターに乗り込んだ。 端正な顔立ちには、若さに似合わない不敵な笑みが張り付いている。

 

「調印式は明日に回してくれ。今夜は大事な『研究』があるんだ。……ああ、それと、ゴシップ誌の写真、僕の写りが少し悪いな。次はもっといい角度から撮るようカメラマンに言っておいてくれ」 

 

チーン、と軽い電子音が鳴り、エレベーターの扉が閉まる。 外界の喧騒が遮断された瞬間、ハワードの顔から「放蕩息子の若き社長」という仮面が剥ぎ取られた。その瞳に宿るのは、冷徹なまでの知性と、心の奥底で燃え続ける執念だ。

 

「……やれやれ、ようやく静かになった」 

 

ハワードが胸元のスマートキーを操作すると、エレベーターは本来の最下層を通り越し、さらに地下深くへと下降を始めた。 行き先は、会社の役員すら誰も存在を知らない、ハワード個人の秘密地下工房だ。

 

『おかえりなさいませ、ハワード様。本日も素晴らしい大根役者ぶりでした』 

 

天井のスピーカーから、皮肉を絶妙にブレンドした、洗練された男の声が響く。ハワードが独自に開発した高度自律型AI『クラウス』だ。

 

「静かにしろ、クラウス。あれが僕の表の仕事だ。株主どもを安心させるためのね。……それより、頼んでいた『ホロウ・リアクター』の出力テストの結果は?」

 

『すでに完了しております。ホロウ内部の高濃度エーテル環境を模したシミュレーションにおいて、エネルギーの変換効率は従来の98%向上。ただし――』 

 

 エレベーターの扉が開く。

 

 そこに広がっていたのは、薄暗い空間に青白い光を放つ、無数のホログラムディスプレイと、見たこともない形状の機械の腕(アーム)がひしめく巨大な工房だった。

 

 そして、部屋の中央。

 

 そこには、未だパーツが剥き出しになった、重厚で洗練された「人型パワードスーツ」の骨格が鎮座していた。

 

『ハワード様の17歳という肉体が、その出力に耐えられるかどうかは、また別問題ですが』

 

「問題ないさ。父さんの命を奪ったあの『ホロウの底』に行くためなら、これっぽっちの反動、なんてことはない」

 

 ハワードはネクタイを緩めて放り投げると、作業机へと歩き出した。 天才の指先がキーボードを叩き、新エリー都の常識を覆す、虚の男(ホロウマン)の誕生が始まろうとしていた。

 

 彼が指紋と網膜の複合認証を解除すると、重厚なセーフティケースが左右にスライドし、中から一つの『心臓』がせり上がってくる。

 

 それこそが、ハワード・ゼクスが新エリー都の既存技術をすべて過去に追いやった結晶――『ホロウ・リアクター』だった。 

 

 通常の対ホロウ装備がエーテル特異点を「遮断」または「中和」するのに対し、このリアクターは微小な人工ホロウ*1を内部に安定定着させ、そこから無限に近いエーテルエネルギーを安全に抽出する。新エリー都を支配する大企業すら成し得なかった、神をも恐れぬ永久機関。

 

 ハワードが指先で触れると、リアクターはまるで目覚めたかのように、鮮烈な青白い光を放ち、鼓動のような重低音を響かせた。

 

「クラウス、最終起動シーケンスへ移行。リアクターをスーツの骨格に同調させろ」

 

『了解いたしました。……ハワード様、タイミングが良いと言っていいのかは分かりかねますが、新エリー都のインフラ網から警告を感知。六分街の近郊に、未登録の『突発性ホロウ』が発生しました。現在、治安局の対応が遅れています』

 

「治安局の鈍亀どもが動くのを待ってたら、犠牲者が増えるだけだ。……それに、テストドライブにはうってつけのステージじゃないか」 

 

ハワードが中央の円形ステージに足を踏み入れると、床のインジケーターが即座に起動した。 周囲の壁から、有機的な動きを見せる複数の機械アームが一斉に伸びる。

 

 まずハワードの両足が強固な金属製のブーツに包まれ、ふくらはぎを覆うようにカーボンプレートが噛み合わさった。続いて太腿から腰、胸部へと、流線型の装甲が吸い付くように這い上がっていく。新エリー都の重機のような無骨さは一切ない。徹底的に軽量化され、洗練されたチタン合金のボディだ。

 

 最後に、両腕にガシャリとリパルサー・ガントレットが固定される。

 

 そして、部屋の中央で怪しく光っていた『ホロウ・リアクター』が、ハワードの胸部中央のソケットへと完璧にスロットインされた。

 

 キィィィン――。

 

 鼓膜を揺らす高周波の駆動音とともに、スーツの全身の隙間から、リアクターと同色の青いラインが走る。

 

 最後に、顔面を覆うバイザーがガシャリと閉じ、完全な密閉空間が完成した。 真っ暗だった視界に、一瞬でクラウスの提供する広大な視界(HUD)が展開され、無数の戦術データが流れるように映し出される。

 

『スーツの全システム、オンライン。ホロウ・リアクターの出力、安定。……いつでもいけます、社長』

 

「よし。世界に僕のやり方を見せてやろう」

 

 秘密のハッチが開き、ハワードの足元のジェットスラスターが、夜の新エリー都に向けて爆音を轟かせた。

 

 

 

 不気味な紫色の霧が渦巻く、突発性ホロウの内部。

 

 そこはかつて美しい近代ビル群だった場所だが、今や空間が歪み、巨大な球体の中に完全に取り込まれていた。崩落したアスファルトの上で、何者かが激しい戦闘を行っている。

 

『ハワード様、前方に生体反応を検知。新エリー都の民間プロキシおよび、その同行者と推測されます。現在、多数の変異中型「侵蝕体」に包囲されており、生存確率は低下を続けています』

 

 バイザーの内側に、赤くハイライトされた戦況データが次々とマッピングされていく。ハワードは空中で急減速し、戦闘エリアの真上へと静かにホバリングした。眼下では、泥臭く武器を振るう者たちが、圧倒的な数の怪物を前に防戦一方となっていた。

 

「あれは……ホロウレイダーか?相変わらず効率の悪い戦い方をしてるな。クラウス、手始めに派手な挨拶(パーティー)といこうか。エネルギーをリパルサーに回せ」

 

『了解いたしました。――ショーの時間です、ハワード様』

 

 暗黒のホロウの中で、ハワードの両手の手のひらが、眩いばかりの青白い輝きを放ち始めた。

 

「ちょっと! アンビー、ビリー! 流石に数が多すぎよ! 弾代も武器のメンテナンス費もタダじゃないんだからね!?」

 

「ニコ、文句を言っても侵蝕体は減らない。後方からさらに大型の個体が接近中。……包囲網の突破は困難と判断」

 

「おいおいおい、嘘だろ!? スターライト・ナイトならここで大逆転の必殺技を放つところだけど、俺の愛銃の残弾がマジでやべえって!」

 

 ピンク髪の少女ニコがカバン型の武器を抱えて叫び、大剣を構えたアンビーが淡々と事実を告げる。二丁拳銃を構えたサイボーグのビリーが、大げさに頭を抱えたその瞬間だった。

 

 ――ヒュウゥゥゥン!

 

 ホロウの不気味な鳴動をかき消す、聞いたこともない高周波の駆動音が上空から響く。

 

 全員が視線を上げた刹那、夜空を切り裂いて落ちてきた『一筋の青い光』が、侵蝕体の群れの真ん中へと音速で激突した。

 

 ドゴォォォォン!!

 

 凄まじい衝撃波が走り、周囲の怪物が肉片となって吹き飛ぶ。もうもうと立ち込める爆煙と砂塵の中、邪兎屋の面々は目を丸くしてその中心を凝視した。

 

 土煙が晴れるにつれ、そこに片膝をつき、片手を地面につけた姿勢――完璧な着地を決めた『虚の男(ホロウマン)』のシルエットが浮かび上がる。

 

「な、なによアレ……!? 治安局の新型ボンプ? にしては、ちょっとスタイリッシュすぎるじゃない!」

 

 ニコが驚愕の声を上げる中、その鉄の男は静かに立ち上がった。

 

 新エリー都のどんな重機よりも洗練された流線型のチタン合金装甲。その隙間からは、まるで脈打つように青いエネルギーラインが走っている。そして何より異彩を放っているのは、胸部中央で不気味なほど純粋な輝きを放つ、円形の光源――ホロウ・リアクターだった。

 

「……あれはボンプじゃない。人型のパワードスーツ。映画で見たことがある」

 

「おい見ろよアンビー! あの胸の光、めちゃくちゃメカメカしくて格好良くないか!? まるで特撮のヒーローだ!」

 

『着地成功、車体の損傷ゼロ。社長、周囲の侵蝕体がこちらを敵対認定しました』

 

 バイザーの奥で、ハワードは不敵に口角を上げた。

 

「歓迎会にしては数が多すぎるな。……クラウス、マルチロックオン。一瞬で片付けるぞ」

 

 ハワードが両手を前方に突き出すと、手のひらのリパルサー・ガントレットがキィンと甲高い音を立ててチャージされる。同時に、両肩の装甲が滑らかに展開し、無数の超小型ミサイルが銃口を覗かせた。

 

 新エリー都の常識が、天才の手によって今、完全に塗り替えられようとしていた。

 

キィィィン――。

 

 ハワードの両手から放たれるチャージ音が最高潮に達した瞬間、ホロウの闇が青白い閃光によって塗り替えられた。

 

射撃(シュート)

 

 ドシュウウゥン!

 

 両手のガントレットから放たれたのは、新エリー都のどんなエーテル銃とも異なる、純粋なエネルギーの奔流――リパルサー・レイだった。

 

 光線は一直線に空間を切り裂き、前方にいた中型侵蝕体の肉体を、その硬質な外殻ごと一瞬で蒸発させる。

 

「うお、すっげえええ!? なんだあのビーム!?」

 

「ただのエーテル照射じゃない。熱量が異常。……装甲が溶けてる」

 

 ビリーが目を輝かせ、アンビーが冷静にその威力を分析する。しかし、ハワードのターンはまだ始まったばかりだった。

 

「クラウス、残りの雑魚を片付ける。……一斉掃射だ」

 

『了解いたしました。ロックオン、32』

 

 ハワードの両肩、そして大腿部の装甲がシャッターのように滑らかに開き、内蔵された小型ミサイルポッドが露出する。

 

 シュシュシュシュシュシュシュッ!!

 

 放たれたのは、指先ほどの超小型ミサイルの大群。それらは生き物のように不規則な軌道を描きながら、周囲を取り囲んでいた全ての侵蝕体へと正確に追尾していく。

 

 ドカカカカカカカン!!!

 

 ホロウの内部で、連続した爆鳴が鼓膜を震わせる。ハワードを包囲していた怪物の群れは、悲鳴を上げる暇すら与えられず、瞬時に黒い塵へと変わって霧散していった。邪兎屋が全弾丸を撃ち尽くしても勝てるか怪しかった絶望的な状況が、わずか数秒で「無」に帰したのだ。

 

「……は? う、嘘でしょ……?」

 

 ニコが愛用のカバン型武器を抱えたまま、あんぐりと口を開けて硬直する。

 

 硝煙が漂う中、ハワードはガシャリと両肩の装甲を閉じ、何事もなかったかのように邪兎屋の面々へと振り返った。

 

 バイザーの奥では、クラウスが冷静に戦果を報告している。

 

『ホロウ・リアクターの出力安定。エネルギー消費、全体の0.04%。社長、初陣としては上出来ではないでしょうか』

 

「お前がシミュレーションを厳しくしすぎなんだよ、クラウス。これじゃあ、ただの退屈な射撃訓練だ」

 

 ハワードは内蔵マイクのトーンを大人の男性のように少し低く調整し、目の前で呆然としている3人に声をかけた。

 

「おい、そこのホロウレイダー。怪我はないか? ……新エリー都のプロキシも、随分と頼りないやつを雇ったものだな」

 

「な、なによ偉そうに……ッ!!」

 

 ニコが即座に噛みつこうとしたが、ハワードのスーツ全身から放たれる、あまりにも高価で洗練されたハイテクな輝きを前に、その言葉を飲み込んだ。彼女の脳内にある「お金の計算機」が、このスーツの推定価格を弾き出し、あまりの桁数にショートしたのだ。

 

「……あんた、一体何者よ? 治安局の秘密兵器? それとも、どこかの大企業の回し者?」

 

 ニコの鋭い視線と問いかけを、ハワードはバイザーの奥で軽く受け流した。

 

 足元のジェットスラスターが静かに低音を響かせ、彼の身体をアスファルトから数センチメートルほど浮かせ始める。

 

「名乗るほどの者じゃないさ。通りすがりの……そうだな、ただの『虚の男(ホロウマン)』とでも呼んでくれ」

 

「ちょっと、待ち……!」

 

 ニコが手を伸ばすより早く、ハワードの背部と足元のスラスターが、ホロウの歪んだ空間を爆音で引き裂いた。

 

 ズドォォォン!!

 

 凄まじい風圧を残し、青い光の尾を引きながら、ハワードは垂直に上昇してホロウの天井へと消えていく。その速度は、新エリー都のどんな最新鋭航空機をも凌駕していた。

 

「……行っちゃった。アンビー、今の見た? あれ絶対、数千万ディニーじゃきかないわよ。あの技術、どこの企業が隠し持ってたのかしら……」

 

「わからない。でも、あの胸のエネルギー源……あれは既存の技術じゃない。まるで、ホロウそのものを閉じ込めているみたいだった。文字通り、ホロウマン」

 

 アンビーが呟いた言葉に、ニコは息を呑む。

 

 一方、ビリーだけは、ハワードが消え去った夜空をキラキラとした目で見上げていた。

 

「めちゃくちゃカッケェ……! 決めた、俺、今日からあのホロウマンのファンになる!」

 

 * * *

 

 数分後。

 ゼクス・インダストリー本社ビルの秘密地下工房。

 ガシャリ、と静かにハッチが閉まり、ハワードは円形ステージの上に着地した。

 周囲の機械アームが滑らかに動き、熱を帯びたチタン合金の装甲を一枚ずつ外していく。パワードスーツから解放され、高級スーツのシャツ姿に戻ったハワードは、首を軽く鳴らして息を吐いた。

 

『お疲れ様でした、ハワード様。初めての実戦データの収集は完璧です。新エリー都の裏ネットでは、すでに「謎の金属製ロボット」――いえ、「ホロウマン」の目撃情報で持ちきりですよ』

 

 クラウスがホログラムディスプレイに、早くも拡散され始めたインターノットの書き込みを映し出す。ハワードはそれを見向きもせず、胸元から取り外された『ホロウ・リアクター』の輝きをじっと見つめた。

 

「雑魚相手のデータなんてどうでもいい。……クラウス、リアクターの同調率を次のフェーズへ移行しろ。僕が行きたいのは、もっと深い場所だ」

 

 青白い光が、ハワードの瞳を冷たく照らす。 17歳の天才社長――その本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。

*1
 ――人工ホロウ(じんこうほろう)。 

新エリー都の最高研究機関すら「不可能」と断じたその概念を、ハワードは個人の地下工房で具現化させていた。 本来ならば都市を丸ごと一つ飲み込み、あらゆる物質を侵蝕・崩壊させる世界の天災。ハワードはその特異点を、手のひらに収まるほどの極小サイズに圧縮し、なおかつ外部へ災厄が漏れ出さないよう、完璧な斥力フィールドで磁気閉じ込めすることに成功したのだ。 このリアクターの内部では、制御された人工ホロウが微小な爆発と収縮を繰り返している。そこから生み出されるエーテルエネルギーは実質的に無限。既存のどんなバッテリーとも一線を画す、神をも恐れぬ永久機関である。

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