Hollow man   作:ナゴン

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やっぱり続きます。


2話 若きCEOの日常と、泥臭き重機の訪問者

 どれほど完璧なパワードスーツを創り上げようとも、それを纏う中身は、新エリー都のどこにでもいる17歳の少年に過ぎない。

 

「……っ、あだだ……クラウス、背中のマッサージ機能の出力を上げてくれ。冗談抜きで骨が折れたかと思った」

 

 ゼクス・インダストリー本社、社長室直通の地下工房。

 

 『虚の男(ホロウマン)』の装甲を脱ぎ捨てたハワードは、上半身裸のままソファに倒れ込み、激しく顔をしかめていた。

 

 昨夜の初陣。リパルサーとミサイルで侵蝕体(しんしょくたい)を一掃した華々しい戦果の裏で、ハワードの肉体は悲鳴を上げていた。最高級の衝撃吸収素材を使用していたものの、音速に近い機動と着地の反動は、一般人並みの耐久力しか持たない彼の肉体に、容赦のない負荷をかけていたのだ。

 

『ですから申し上げたのです、ハワード様。筋肉の増強トレーニングをメニューに加えるべきだと。いくらリアクターの出力が無限でも、ハワード様の骨格が悲鳴を上げては意味がありません』

 

 クラウスが呆れたような声とともに、淹れたてのエスプレッソをサーボアームで運んでくる。ハワードはそれを受け取り、苦い液体を喉に流し込んだ。

 

「うるさいな。僕の頭脳は宇宙一だが、運動神経は並なんだ。筋肉を鍛える時間があるなら、スーツの衝撃分散システムをアップデートした方が早い」

 

 文句を言いながらも、ハワードの視線は工房の片隅に置かれた、父の形見である古い工具箱へと向いた。

 

 母は旧都が陥落するよりも前、彼が物心つく前に早くに逝去している。母親の温もりや記憶は、霧の向こうのように薄い。だからこそ、ゼクス・インダストリーを立ち上げ、男手一つで自分を不自由なく、そして天才メカニックとして育て上げてくれた父親への情愛は、何よりも強かった。

 

 その父を奪ったホロウの謎を解き明かすこと。それだけが、この脆弱な肉体を突き動かすハワードの原動力だった

 

。『ハワード様、感傷に浸る時間は終了です。表のオフィスに、本日の最初のお客様がご到着されました。技術提供および共同開発の件でアポイントのあった、あの『白祇重工』の御一行です』

 

「ああ、あの泥臭い重機専門の建設会社か。……よし、社長の仮面を被るとするか」

 

 * * *

 

 数分後。ゼクス・インダストリーの厳かな応接室。

 

 仕立ての良い高級スーツに着替えたハワードは、ソファーに深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべて目の前の客たちを迎えていた。

 

「よくおいでくださいました、白祇重工の皆さん。僕の貴重な時間を割くに値する、面白い話を持ってきてくれたんでしょうね?」

 

 ハワードの傲慢とも取れる若き社長の態度に、白祇重工の現社長である小柄な少女、クレタは、不快感を隠すことなく腕を組んだ。

 

「ああん!? なんだその上から目線は。こっちは対等のビジネスをしに来てやってんだ。若いからって舐めた態度取るなら、交渉は決裂だぞ」

 

「まぁまぁ、落ち着いてクレタ。……それよりゼクス社長、事前に送ってもらった基本設計図のことなんだけどさぁ」

 

 クレタの隣に座る幹部、グレースが、ハワードの手元にある資料を凝視しながら、ゾクゾクとした笑みを浮かべて身を乗り出してきた。その瞳は、ビジネスの場であることも忘れ、極上の精密機器を品定めするような熱を帯びている。

 

「このクールで洗練されたエネルギー配線、なんて美しいんだい……! 我が社の重機技術と組み合わせれば、どれほど面白い子が生まれるか想像もつかないよ。ねえ、一体どんな天才がこれを設計したんだい?」

 

 ハワードはフッ、と不敵に口角を上げ、手元に浮かぶホログラムの設計図を指先で軽く弾いた。

 

「ハハッ……買い被らないでくれ、グレース。……誰が設計したか、なんて今更聞くまでもないだろう? ゼクス・インダストリーのすべての最高技術は、この僕の頭脳から生み出されている。それを作ったのも、当然僕さ」

 

 ハワードが堂々と胸を張って言い放つと、応接室に張り詰めた沈黙が流れた。

 

 クレタは目を見開き、グレースの動きがピタリと止まる。

 

「……はぁ!? あんたがぁ!? ハッ、見栄張んのも大概にしろよな! 17歳のガキが、治安局の特注兵器の設計なんてできるわけねえだろ!」

 

「嘘だと思うなら、今ここでこの基本理論の矛盾点を突いてみせるといい。不可能なはずさ、僕の頭脳に死角はないからね」

 

 ハワードが冷徹な笑みを崩さずに言い返すと、グレースの瞳が限界を突破したかのようにカッと見開かれた。ガタッ、と椅子を鳴らしてハワードの目の前までテーブル越しに顔を近づけてくる。

 

「……やっぱり、そうだよねぇっ!!」

 

「おっと……」

 

「ただの会社員が描いた図面じゃないと思ったんだ! この無駄のないネジの配置、エーテルを極限まで理解していないと形にできない流線型の美しさ……! まさか、こんなに若くて素晴らしい『マザー(創造主)』が目の前にいたなんて……あぁ、もう辛抱たまらないよ!」

 

 グレースはハワードの天才性に完全にロックオンし、書類を持つハワードの指先を凝視した。

 

「ねえ、ゼクス社長。君の脳細胞はどういう構造をしてるんだい? どんな工具を使って、どんな環境で育てばそんな美しい図面が引けるんだ? ねえ、もしよかったら君の作業部屋(工房)を見せておくれよ。いや、いっそ君の衣服を全部ひん剥いて、その天才の体を隅々まで『メンテナンス(解剖)』させてくれないかい!?」

 

「……っ、ビジネスの場にしては、随分と不躾な要求だな。手を離して、席に戻ってもらおうか。我が社のセキュリティを試したいなら別だが」

 

 ハワードは内心でグレースの常軌を逸したエネルギーに圧倒されつつも、冷たい声を維持して彼女を牽制した。そんな二人を見て、クレタは大きなため息をつきながら、自社の幹部の肩を掴んで引き戻す。

 

「あーあ、グレースの悪い癖が始まっちまった。すまないな、ゼクス社長。こいつはメカのことになると、相手が誰だろうとこうなんだ。……おいグレース、交渉の席だぞ、いい加減にしな」

 

「もう、引っ張らないでおくれよ、おチビちゃん。私はただ、この美しい図面を生み出したマザーと、もっとディープな意見交換(メンテナンス)がしたいだけなんだから」

 

 ハワードが手元の端末に冷ややかに命じると、天井のスピーカーから、どこか楽しげなクラウスの声が返ってきた。

 

『了解いたしました、ハワード様。……ですが、グレース様の「分解・メンテナンス論」に関する熱意があまりにも理論的で美しかったため、私のAI回路の判断がコンマ5秒ほど遅れてしまいましたことをお許しください』

 

「クラウス、お前……。後でシステムログをすべて監査するからな」

 

 ハワードが手元の端末に冷ややかに告げ、グレースが不満げにシートへ戻った、その時だった。 応接室の重厚な自動ドアが、電子音とともに左右に開く。そこに現れたのは、ハワードが呼び出した警備ボンプではなかった。

 

「おやおや、これはこれは……。ゼクス・インダストリーの若き天才社長が、こんな泥炭まみれの作業員連中とお話し中でしたか。お邪魔してしまいましたかねぇ?」

 

 部屋に滑り込んできたのは、仕立ての良すぎるスーツに身を包んだ、ビジョン・コーポレーションの役員、パールマンだった。その下卑た顔には、相手を見下すような、ねっとりとした笑みが張り付いている。

 

 その背後には、完璧に整えられたスーツを纏い、冷徹なまでの無表情を崩さない秘書、サラが静かに控えていた。

 

「……パールマン。アポイントメントのない部外者を応接室に通した覚えはないんだが? 我が社の受付は、君のような鼠を簡単に見落とすほど無能だったかな」

 

 ハワードはソファーに深く腰掛けたまま、ピクリとも動かずに冷酷な視線をパールマンへと向けた。

 

 白祇重工の現社長であるクレタは、あからさまに不快そうな顔をして腕を組む。

 

「パールマン……っ! あんた、なんでここにいるんだよ。白祇重工(うち)との話し合いに、ビジョンは関係ないだろ!」

 

「おや、ベロボーグ社長もご在席でしたか。相変わらず騒々しいお嬢さんだ。……ゼクス社長、そんな零細の土木作業員たちと、治安局向けの防衛インフラという『巨大な利権』を分け合う必要がどこにあります? 我がビジョン・コーポレーションの資金力と流通網があれば、新エリー都のインフラは我々だけで独占できる。そちらの方が、貴方にとっても賢い選択だと思いませんかねぇ?」

 

 パールマンはクレタの抗議を鼻で笑って受け流し、ハワードに歩み寄る。その肥大した強欲さを隠そうともしない言葉に、ハワードはフッ、と鼻で笑った。

 

「独占、か。魅力的な言葉だ。……だが、君たちが現在進めているという『旧地下鉄路線の再開発計画』――その裏で、資金の流れが随分と不自然に濁っているというデータを掴んでいてね。ゼクス・インダストリーが手を組む相手として、君たちは少し……不確定要素だ」

 

 ハワードの容赦のない突き放し――それも、ビジョンが極秘裏に進めている陰謀の資金繰りを看破されたことに、パールマンの笑顔がピキリと凍りつき、額に青筋が浮かぶ。

 

 しかし、その背後に立つ秘書のサラだけは、視線すら動かさずに淡々と、機械的なトーンで口を開いた。

 

「ご懸念には及びません、ゼクス社長。我が社の財務状況および資産運用は、間もなく予定されている新規インフラ計画によって完全に最適化されます。新エリー都の流通および防衛ラインの基盤は、すべて我が社のシステムへ一元化される見通しです」

 

 サラの言葉はどこまでも事務的で、ただの予定報告のようだった。しかし、大軍事企業の長であるハワードに向かって「防衛ラインすら我が社が握る」と平然と言い放つその態度には、底知れない確信と冷徹さが宿っていた。

 

「ゼクス・インダストリーが既存のシェアに固執されるのは自由ですが、市場の転換期において選択を誤ることは、貴社ほどの巨体であっても致命傷になり得ます。……聡明な貴方なら、データに基づいた合理的な判断ができるはずですが」

 

 直接的な脅し文句は一つもない。しかし、すべてを裏からコントロールしようとするビジョン・コーポレーションの不気味な影が、その冷たい事務言葉から滲み出ていた。

 

「……何が最適化だよ。へらへら笑って裏で何企んでるか知らねえが、新エリー都のインフラをあんたらの思い通りにさせてたまるかってんだ」

 

 クレタが立ち上がり、強い意志の宿った目でパールマンとサラを睨み据える。グレースもまた、先ほどまでのメカマニアの笑顔を完全に消し去り、冷徹なエンジニアの目でサラの動向を注視していた。

 

 17歳の天才社長ハワード、不穏な空気を察知する白祇重工、そして水面下で大いなる陰謀を巡らせるビジョン・コーポレーション。

 

 応接室の空気は、ビジネスの仮面を被ったまま、静かに、しかし確実に火花を散らし始めていた。

 

「……ふ、ふん! まあよいでしょう! 今日のところはご挨拶です。ベロボーグ社長、せいぜいその席から落ちんよう精を出すことだねぇ。ゼクス社長、大切なお時間をありがとうございました」

 

 ハワードの冷徹な一瞥と、白祇重工の毅然とした態度を前に、パールマンはこれ以上の交渉は無意味と悟ったのか、ねっとりとした捨て台詞を吐いて応接室を去っていった。

 

「……チッ、胸糞悪い鼠どもだ。おいゼクス社長、邪魔が入っちまったが、さっきの防衛インフラの話の続きを――」

 

「いや、今日の商談はここまでにしよう、ベロボーグ社長。ビジョンが裏で動かしている金の規模は、単なる地下鉄の再開発にしては、いささか不自然だ。君たちとの共同開発の件は、前向きに保留(キープ)とさせてもらうよ」

 

「ああん!? おい、待ちやがれ――!」

 

「まぁまぁクレタ、今日は引き上げよう。ゼクス社長の言う通り、あの鼠たちの動きは不気味だ。……それに、私は社長の可愛いおててに免じて、少し待ってあげてもいい気分なんだよねぇ」

 

 グレースが微笑みながらクレタの肩を叩き、二人は応接室を後にした。

 

 * * *

 

 全員が退室し、完全に一人になった応接室。 ハワードは壁のスイッチを押し、プライバシーガラスの遮光率を100%に引き上げた。

 

「クラウス、いるか。ビジョン・コーポレーションが今、必死になって隠蔽している社内ログをハッキングしろ。奴ら、表の商談どころじゃない様子だったな」

 

『承知しました。すでにバックグラウンドで走らせております、ハワード様。……おや、極めて興味深いシステムエラーを感知いたしました。ビジョン社内の最重要アーカイブより、ある『極秘データ』が外部へ流出――いえ、物理的に紛失しているようです』

 

 ホログラムディスプレイが空中を埋め尽くし、ビジョンの内部セキュリティ警告が赤く点滅する。

 

「紛失? あの大企業が、データを物理的に無くしたっていうのか?」

 

『はい。どうやら社内の内通者、あるいは何者かの手によって持ち出された模様。パールマン氏がわざわざ我が社へ足を運んだのも、その動揺を隠し、体面を保つためのブラフだった可能性が高いかと』

 

 ハワードはフッ、と鼻で笑い、顎に手を当てた。

 

「面白い。他人の会社の利権を貪る前に、自分の足元のネズミ捕りすら管理できていないわけか。……クラウス、そのデータの追跡(ロギング)を続けろ。ビジョンの化けの皮を剥ぎ取る、格好の材料になるかもしれないからな」

 

『了解いたしました、ハワード様。……追跡の結果、その紛失データの最終確認座標は、六分街近郊。どうやら、そのエリアを彷徨く『野良猫』の影が映り込んでいるようですが』

 

「猫、だと?」

 

 ハワードは不敵に笑うと、新エリー都の空を遮るガラスの向こう、ネオン煌めく六分街の景色を静かに睨みつけた。

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