Hollow man   作:ナゴン

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第5話 白銀の介入、静かなる怒り

 夜の新エリー都の夜空を、一筋の鮮烈な白銀の光線がマッハの速度で切り裂いていた。

 

 『虚の男(ホロウマン)』マーク2。塗装すら施されていない無垢なチタン合金のボディは、月光を反射して冷ややかに輝き、背部と大腿部の空力フラップが風圧を制御するために細かく、かつ精緻に駆動している。

 

 その白銀の鎧のバイザーの内側では、幾何学的なアークブルーの戦術データ(HUD)が目まぐるしく流れていた。ハワード・ゼクスは、飛行の衝撃に生身の肉体を耐えさせながら、特殊情報端末経由でスーツに同期された驚異的なデータログを凝視していた。

 

「……クラウス、この暗号通信の出所は、やはり先ほどのあのビデオ屋(Random Play)かい?」

 

『はい、ハワード様。驚くべきことに、あの店で検出された異質な演算波形は、ビジョン・コーポレーションの通信妨害を完全に掌握しているだけでなく、デッドエンドホロウの最深部と強固な相互通信を確立しています。現在、あの六分街の店主と、ホロウ内のエージェントとのリアルタイムの作戦会話を傍受しています』

 

 ハワードの視界の端に、ノイズ混じりの生々しい通信音声が文字データとなってスクロールしていく。

 

『もしもし、お兄ちゃん、猫又、聞こえる?』

 

『おお、すごい。直接ホロウの中と通信できるプロキシなんて初めてだぞ。どうりでニコが新エリー都最強のプロキシっていうわけだ!』

 

『悪い気はしないけど、今は列車を止める計画に集中しよ。動く前にまず、要点をおさらいしてみて』

 

『大丈夫、ちゃんと頭に入ってる。あたしたちの目標は、爆薬を積んだビジョンの無人列車。自動運転モードの列車はコンピューターが操ってるから、線路に障害物を置けば強制的に進路をトンネルの方に変えられる。そして、列車がトンネルに入って減速し始めたら、あたしはその隙に、ボンプを列車の上に投げる』

 

『そこからは僕の見せ場だ』

 

『うん、お兄ちゃんは列車のメンテナンスハッチから中に潜入して、運転室で列車を止めて。私とFairyで見届けてあげるから、格好いいとこ見せてね』

 

「フッ……ハハッ! あの一見、大人しそうな店主、随分とイカれたプランを組み立てるじゃないか。ボンプを踏み台にでもして、あの速度で走る列車に生身で飛び移るつもりかい」

 

 ハワードは飛行の風圧を物ともせず、不敵に口角を上げた。

 

 公式には「旧地下鉄路線の爆破解体工事のための爆薬輸送」と発表されていた、ビジョン・コーポレーションの無人列車。だが、ハワードがその後に傍受した列車内部の生体スキャン波形は、信じがたい矛盾を弾き出していた。

 

「クラウス、無人列車の内部にいるあの大量の熱源反応は何だ? 爆薬だけじゃなく、完全武装した人間がひしめき合っているぞ」

 

『その通りです、ハワード様。車両の内部はビジョン・コーポレーションの非公式な武装兵たちで満載です。彼らが無人列車を装ってこれほどの戦力をホロウ内へ送り込んでいる以上、やはりこの隠蔽工作の裏には、あの極秘データに記されていた『讃頌会』の意思が確実に蠢いています』

 

 ビジョン・コーポレーションを徹底的に調査し、その不正と陰謀のすべてを白日の下に晒すことこそが、父親の失踪の真相を隠蔽する新エリー都の闇の核心へと先回りするための、唯一の道だった。

 

「あの強欲な鼠ども、僕たちの目を盗んで撒き散らした不確定要素(バグ)のツケは、高くつくと思ってもらおうか。父親の足跡を踏みにじるような真似を、この僕が許すはずがない」

 

 ハワードの瞳に、執念と冷徹な闘志が宿る。

 

 大企業が仕掛けた完璧な情報封鎖の裏で、下町のビデオ屋の兄妹が、常識を超える異質な演算システムを駆使し、巨大な陰謀のチェス盤を力づくで引っ繰り返そうとしている。その非凡な技術への好奇心と、技術者としてのプライドもまた、彼の闘志を激しく刺激していた。

 

「面白い。あの下町の店主が引くナビゲーションが勝つか、僕の完成させたテクノロジーが勝つか、この戦場で白黒つけさせてもらうさ」

 

『前作の排熱システムの欠陥は完全に克服されていますが、生身の肉体の疲労は残っています。あまり無茶な最高出力の連発はなさらないように』

 

「分かっているさ。……クラウス、デッドエンドホロウの入り口へ座標を固定。先行する!」

 

 両手足のジェットスラスターが青白いプラズマの光を増速させ、白銀の『虚の男(ホロウマン)』は爆音と共に、あの店主たちと邪兎屋が走る列車を止めるためにホロウを駆ける、まさにその闇の戦場へと急降下を開始した。

 

 * * *

 

 すべては、アキラが組み立てた計画の通りに進んでいた。

 

 線路上に配置された障害物により、ビジョン・コーポレーションの自動爆破列車はデッドエンドホローの旧路線へと進路を変更。トンネルの急カーブに入り、その巨体が大きく減速した一瞬の隙を突き、アキラが遠隔操作するビデオ屋のボンプが、メンテナンスハッチから薄暗い貨物車両の内部へと先んじて滑り込むように侵入を果たした。

 

 だが、ハッチを降りたアキラの前に立ち塞がったのは、無人の空間ではなく、重厚な防弾シールドと銃器を構えたビジョン・コーポレーションの武装兵たちの包囲網だった。

 

 銃口が一斉に向けられ、アキラのボンプが絶体絶命の危機に陥ったその瞬間――ガシャァァン!!! と激しい音を立てて車両の窓ガラスが派手に粉砕された。

 

 飛び散るガラス片の雨を浴びながら、闇を切り裂く風のように車内へと躍り出てきたのは、双剣を携えた猫の少女――猫又だった。彼女は亜人(シリオン)特有の驚異的な身体能力で武装兵の銃撃を鮮やかに弾き飛ばすと、窮地のアキラのボンプを電光石火の早業で救い出す。

 

 そして、奥の車両から次々となだれ込んでくる武装兵の凶刃や銃撃から、自分をここまで導いてくれたアキラを絶対に巻き込ませないため、猫又はボンプの身体を力づくで抱え上げると、そのまま列車の外へと力一杯放り投げ、強制的に離脱させた。

 

「ここはあたしに任せて、先に戻って!――キャロットがあるから大丈夫、後でお店に行く!」

 

 彼を暴力の盾にさせないための、哀しくも健気な強制離脱。アキラとの通信が完全に途絶し、再び静まり返った貨物車両の内部には、レールを削る無機質な重金属音だけが不気味に響いていた。パエトーンのナビゲーションすら失い、完全な孤立無援となった猫又は、小さく息を吐いて武装兵たちへ向けて双剣を強く握り直す。

 

「……プロキシを逃がしといて正解だった。ここからは、あたし一人のステージだ」

 

 重装兵たちの偽物の治安局防具が不気味に軋み、一匹の野良猫への容赦のない硝煙の嵐が吹き荒れようとした、まさにその時だった。

 

 ――ガツンッ!!!

 

 凄まじい衝撃音とともに列車の天井装甲が、まるでブリキ缶のように外側から力づくで引き破られた。

 

 眩いホロウの紫霧を背負い、強烈な逆光を放ちながら車内へと滑り込んできたのは、月光を反射して冷ややかに輝く、未塗装の無垢なチタン合金の装甲――『虚の男(ホロウマン)』マーク2だった。

 

「な、なんだアレは!? 治安局の新型兵器か!?」

 

「僕をあの無能どもと一緒にするな。……もっとも、君たちのような偽物の防具を纏った鼠どもには、僕の洗練されたテクノロジーを拝む資格すら過分だがね」

 

 ヘルメットのフルフェイスマスクから響く、重厚な電子フィルターによって完全に加工された冷徹な合成音声。ハワード・ゼクスは着地の衝撃をスーツの衝撃分散システムで完全に吸収し、よろめくこともなく毅然と立ち上がった。正体不明の『虚の男(ホロウマン)』としての完璧な鉄の仮面が、そこにあった。

 

「にゃっ!?……六分街の路地裏であたしのケースを横取りした、泥棒メカの親玉!?」

 

 身構えていた猫又が、驚愕のあまり目を丸くする。ハワードはバイザーの内側に広がるアークブルーの視界で武装兵たちの位置を瞬時にロックオンし、不敵に口角を上げた。

 

「泥棒とは人聞きが悪いな。僕は正当なビジネスの報酬として、あのケースを保護してあげただけさ。……おい野良猫、そこを動くな。僕の時間は君たちが思っている以上に高価なんだ。この粗大ゴミどもの片付けは、数秒で終わらせる」

 

「おのれ、まとめて叩き潰せ!」

 

 激昂したビジョンの武装兵たちが一斉に引き金を引いた。

 

 ガガガガガガッ!!!

 

 放たれた銃弾の嵐が白銀のチタン装甲を激しく叩き、火花が狭い貨物室の闇を照らし出す。だが、前作の設計欠陥を完全に克服したマーク2の装甲は、銃撃の衝撃をすべて外へと逃がし、ハワードの肉体にはかすり傷一つ届かない。

 

「クラウス、排熱ダクト全開。両手の変換器の出力を安定させろ。……120%の過剰チャージじゃない。最適化された本物の力を見せてやる」

 

『了解いたしました、ハワード様。背部および大腿部の空力フラップを放熱モードへ移行。内部温度、完全にコントロールされています。……お仕置きの時間です』

 

 ハワードが両手を前方へ突き出すと、手のひらのリパルサー・ガントレットが、アークブルーの眩いエネルギーを極限まで収束させた。 同時に、背中の装甲フラップがパカッと開き、内部に溜まった熱気が豪快な機械音とともに一気に外部へと排出される。オーバーヒートの予兆すら、そこにはない。

 

「消えろ、鼠ども」

 

 ドシュウウゥゥン!!!

 

 収束されたアークブルーの衝撃波が、激しい光の奔流となって狭い貨物車両を一閃した。 シールドごと武装兵たちの武器を跡形もなく焼き切り、その凄まじい風圧だけで、何十人もの私兵が一網打尽に吹き飛ばされ、壁に激突して次々と気絶していく。圧倒的な、そして完璧にコントロールされた科学力の暴力。

 

「……な、なんだ、これ……。一瞬で、全員のびちゃった……」

 

「これが僕のテクノロジーさ」

 

 硝煙が晴れた車内には、静寂と、ただ呆然と口を開けている猫の少女だけが残されていた。ハワード・ゼクスはガントレットの残熱を冷ますように、白銀の腕を滑らかに下ろした。何十人もの重装兵を一瞬で無力化したその白銀の巨体を、猫又は驚愕の混じった瞳で見上げる。

 

(……なんなんだ、この泥棒メカ……強すぎるぞ。通信も切れちゃったし、このまま店長たちのもとへ撤退するしかないと思ってたけど……。でも、この規格外の泥棒メカがいれば、あたし一人じゃ無理だったこの暴走列車を本当に止められるんじゃないか……!?)

 

 猫又は手元に残された『キャロット』の端末をギュッと抱き締めた。店長たちがいない今、この列車を止めるためには、この正体不明の「泥棒メカ」の力に縋るしかない。彼女は双剣を床に落とすと、溢れそうになる涙を必死に堪え、ハワードを見上げて全力で声を張り上げた。

 

「――そこの泥棒メカ! 目的はよく分かんないけど、あんたもビジョン・コーポレーションに用があるんだろ!? だったらあたしを一番前の運転室まで連れてってくれないか!あたしは この列車を止めなきゃいけないんだ!」 

 

 通信が途絶した孤独な戦場での、ただの野良猫からの必死の哀願。

 

 だが、フルフェイスマスクの奥から響いたのは、突き放すような冷徹な合成音声だった。

 

「……断る。ボランティアを求めているなら相手を間違えているよ、泥棒猫。君の涙に、僕の時間を割く価値(メリット)なんて一ディニーも存在しない」

 

 ハワードは冷たく背を向け、天井の破壊痕へと手を向けた。このままビジョン・コーポレーションの私兵を退けたデータだけを持ち帰り、裏取引の外交切札にすれば十分。一匹の野良猫の感傷に付き合うつもりは、ハワードには毛頭なかった。

 

「待ってくれ!」

 

 猫又は去ろうとする白銀の背中に向けて、悲痛な叫びをぶつけた。

 

「この線路の先にあるカンバス通りには、まだ避難が終わっていない住民たちがたくさん取り残されてるんだ! あのだるまおっさんは『避難は完了した』って嘘をついて、人間がまだたくさんいるエリアごと、今夜この列車で何もかも爆破して拡張工事を終わらせようとしてるんだ! このままじゃ、みんな殺されちゃう……!」

 

「――何だと?」

 

 ハワードの動きが、完全に凍りついた。

 

 バイザーの奥で、ハワードは激しい衝撃に目見開く。ビジョン・コーポレーションが公式発表していた「無人エリアの爆破」というニュースの化けの皮が、これほど凄惨な形で剥がれ落ちるとは、天才の演算を以てしても完全に想定外だった。

 

 ハワードの脳裏に、底知れない怒りの業火が燃え上がった。

 

 工期短縮? コスト削減?

 

 そんな数字だけの傲慢な都合のために、ホロウという地獄の底に何も知らない無辜の人間を置き去りにし、肉体ごと爆破して揉み消そうというのか。かつて、男手一つで自分を育ててくれた大好きな父親をホロウの惨劇で失ったハワードにとって、人間の命をホロウの底の虫けらのように踏みにじるビジョン・コーポレーションのその非道は、絶対に、万死に値するほど容認できない「絶対に許さざる忌むべき悪」だった。

 

『ハワード様、生体シグナルが急激に上昇しています。血圧、心拍数ともに危険域――』

 

「黙れ、クラウス。……ビジョン・コーポレーションのあの強欲な鼠ども、どこまで僕を不愉快にさせれば気が済むんだ」

 

 ヘルメットのマスクから、電子加工のノイズが軋むほどの、低く、冷酷極まりない怒りの声が漏れ出す。白銀のスーツから、激しい放熱の風が凄まじい音を立てて吹き荒れた。

 

「……いいだろう、泥棒猫。気が変わった。ビジョン・コーポレーションのあのクズどもが撒き散らした最悪の不確定要素(バグ)は、この僕のテクノロジーで粉々に叩き潰してあげるよ……」

 

 ハワードは激しい怒りとともに白銀の腕を滑らかに一閃し、運転室へと続く重厚な隔壁をリパルサーの全力の熱線で木っ端微塵に吹き飛ばした。一本道の通路の向こう、暴走を続ける列車の心臓部が赤々と輝いていた。

 

「ついて来い。奴らの傲慢な終着駅を、ここで強制終了(シャットダウン)させてやる」

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