この素晴らしい世界に祝福を!オールマイティ! 作:円卓騎士夫婦別姓
青年は、ひらりと振り向いた。
「……ん。何かな」
俺の突飛な行動に、めぐみんの目が背中をぶっ刺しているようで。
「……? ……カズマ?」
「ちょっと待ってろ……俺のオアシス」
そう言い残し、俺は青年の方へと歩いていく。
青年の前に立ち、俺はニヤリと笑った。
さぁ、釣られてくれ。
勘違いしてくれ。
「そこの暇そうな……じゃなくて、スタイル抜群のアンタ、ちょっとここ座ってくれ」
青年は、またまたひらりと俺を見下ろした。
その目には、明らかな猜疑と、ちょっとした……なんだろう。
興味みてぇのも混じってる気がする。
……デカい。
俺より十センチ以上は確実に頭の位置が高い。
その事実に、俺の腸ではかなりの悪感情が蠢いて行くのが嫌でも分かる。
ビジュ強加入となると、俺のハーレム生活の質が下がる懸念があるのだ。
……が、俺はその蠢きを気合いでグッと鎮めた。
正念場だ。
俺はこの生活をこのまま一人では続けられん。
無理なんだから。
金銭的にも、精神的にも。
青年は片眉を下げながらも、俺の正面の席に腰を下ろした。
隣に変態、向かいに、俺とバカと爆裂。
「ううん?」
青年は、興味の視線、それとやはり少しの疑念が混じった目で俺達を見返している。
「あー悪いな、別にカツアゲしようってわけじゃねえんだ。これでも一応、魔王倒した英雄様だからな、俺たちは」
「んん、魔王……」
「それも知らねぇ口かアンタ、どんな世間知らずだ」
俺は再び顔を覆っていた手をずらし、くすみ切った目で青年を見上げる。
その表情には、疲労と諦めが滲んでいるのが誰にでもわかるだろう。
休みたい。休まして。
と、その時、アクアが空のジョッキをテーブルにガシャンと叩きつけた。
伴って、俺の背筋には凶針のような寒さが爆走して行った。
……ああ、頼みます、俺の幸運。
この瞬間だけは。
どうかこの瞬間だけは、コイツらのこのカスみたいな欠落を草葉の陰に隠してくれないか。
「ちょっとカズマぁ! その言い方センス無いわよ!」
鼻水を垂らしながらアクアは、テーブルに身を乗り出した。
神々しさなど毛程もなく、煩くて汚い、ただの酔っ払いの絡み。
いつも通り。
隠れるわけないか。
青年は目を丸くし、何を思ったか面白がるように右手で顎を摩っている。
「ねぇね、あんた! ちょっと変なヘアスタイルだけど、金回りだけは良さそうじゃない!」
新人を指さしてアクアは。
「世界を救った英雄様に一杯奢る名誉をあげるわ! ほら……今すぐ私の信者になって、その財布を寄進しなさい!」
それを聞いた新人候補は、ニヤけた顔でアクアから距離を取ろうとしたが、俺は身を乗り出して、スっと両肩を抑えて逃がさない。
すまないな、既に犠牲者なのだ、君は。
「駄女神な、気にすんな」
青年はほんのり引き気味だったが、その『駄女神』というワードに餌付けられたのか、口元を歪ませた。
……歪ませた、が、口角は下がっていない。
寧ろ、上がっている。
……お。
「へー、『駄女神』ね。そうなんだ」
「っ駄女神じゃないわよっ!」
……コイツ、この地獄の鼻水フェイスを突きつけられても、笑っている。
恐らく、初見で。
いやまあ、なんか多分冷笑っぽいのだが、問題はそんなところではない。
コイツは、耐えうる。
かもしれない。
俺は右手で新人の肩を押さえたまま、もう片方の手で親指を立てた。
「いいや、合ってるぞ新人くん、その
「……新人くん、ね」
その時、めぐみんが眼帯をカチャリと動かして俺の視界の端っこで不敵に微笑んだ。
青年をじっと見つめる、邪神を宿してらっしゃる(笑)その瞳には、何か企みが宿っている。
そう……まるで、新しい爆裂魔法の実験台を見つけたかのような。
ヘイトの分散が順調過ぎる。
逃がさねえからな。
俺は都合良い時だけアテンション掻っ攫えるんだ。
それだけの経験と好感度が俺にはある。
俺はゆっくりと新人くんの肩から手を離した。
めぐみんの悪戯っぽい口元が、
「……ふふ、この人からは、並の冒険者とは違う、なにか……なんというか、良い魔力の匂いがします。これは、新たな爆裂道の呼び水でしょうか?」
はっ、何が『魔力の匂い』だ。
そんな概念はこの世に存在しない、一片も。
しかし、今の俺の脳味噌には、コイツらの譫言への苛立ちが付け入る隙などどこにもない。
掘り当てたんだから、持って帰るしかない、それだけだ。
めぐみんは青年を品定めをするように、じっくりと観察していった。
新人はその視線を受け、懐を見せつけるように両手を広げる。
「私の体躯がそんなに気になるかな、魔法使いさん」
おお、いいねいいね、存分にアテンション集めてくれ。
俺は後方で
めぐみんの観察する眼帯から紅い光が漏れ、芝居がかった動きでマナタイトの杖を少し突き出した。
杖が食器にあたりそうで怖い。
「良い、なかなかに良い……不遜且つ、人を食うようなその態度……加えて! 静謐な魔力の胎動を纏うその胆々しさ……」
杖の先をくいっと上げて。
「最強の爆裂魔法を目撃し、その伝説を後世に語り継ぐ栄誉……お前にも、特別に許可してやってもいいだろう」
……話が通じていない。
いつも通り。
新人くんよ、お前はもう、死んでいる。
「……ん? 超然主義者さんかな?」
新人候補は、微かに眉を顰めていた。
でも何故か、本当になぜか、口角だけは、未だに上がっているのだ。
……まあつまり、多少強かな奴ではあるようで。
意味無いけどな。
このまま帰す気は無い。
俺はにんまりとした笑みが零れそうになるのを抑え、冷静な口調で。
「あぁ、一発しか撃てねえ上に、撃った後動けなくなる行き倒れ魔法な」
「っ行き倒れ魔法じゃない!」
……と、それを聞いた新人のニヤけた視線は、やはり更に細められた。
『行き倒れ魔法』とかいうこの爆裂娘にしか使えない信じられん悪口を、こいつの語彙にインストールしたのだろう。
と、机の向かいで、ダクネスの凛とした視線が隣の新人候補くんを見つめていて。
「貴殿はそこそこに、大きな体躯をしているのだな」
「ん? そうかな、百八十も無いけど」
「……そうか、貴殿は、冒険者職に見える、が……っ」
新人の広げた左腕を払うように、ダクネスは突然立ち上がった。
顔を赤くし、荒い息を吐き始めている。
……っあー、そうだ。
昨今悪化している、癖。
このパーティの圧倒的『盾』。
全てを弾き返すのだから、そりゃあ新人くんもブロッキングする。
「……っ、カズマ! いきなり何をしでかすかと思えば、こんな時期に新人をパーティに入れて、無茶な依頼を受けるつもりか!」
「んなもん受けねえよ黙れ」
ダクネスの口上は、容赦なかった。
「……もし、もしこの男が、私を家畜のように扱う残虐な嗜好の持ち主だったら……新参者とカズマの間に挟まれて……! 新参者よ……貴殿はっ……貴殿は、私の期待に応えてくれるだろうかっ?」
ダクネスは吐息をかけながら、じっと新人を見つめている。
その目には明らかに、別の感情(一つもポジティブではない)が宿っていた。
すごいねこの変態令嬢、初対面でやるようになったよ。
その忽然と放たれた暴走を受けた新人くんのニヤけた顔は――
……何故か、やはりさらに深まっていた。
伴って、ダクネスの吐息は荒さを増していく。
ホント、やめてくれ。
今は盾じゃなくていいからお前は。
ブロンドのマゾトラバサミは、その妄想を留める気配が無い。
「うーん、私はなんか、相当期待寄せられてるみたいだね。何に寄せられたのか知らないけど」
「……そうだな、相当期待寄せてるよ」
あぁそうだ、期待している。
特にこの金ピカ変態騎士。
と、駄女神と……いや、全員か。
三馬鹿だから限界だったんだわ。
「新人くん、コイツらのクソさにあてられてるかもしれないが、話はまだなんにも終わってないからな。アンタにはかなり大きなことを頼むつもりで話してる」
視線が合い、新人くんは少し首を傾げた。
「ん? 別に、逃げてないけどね。多分これ、なんかの勧誘の類でしょ? だったら現在、前向きに検討中だよ」
「…………っ」
俺の顎は、思わず少し開いた。
コイツ、勧誘に感づいた、上で、『前向きに検討中』。
パンピーならば、絶対にそんな訳はない。
俺たちポンコツ四人組の隆盛中の、目を背けられてもしょうがない程の惨状の一端を、コイツはたった今目の当たりにしたんだ。
そんな、怪物犇めく肥溜めにぶち込まれるのだから、普通は阿鼻叫喚、からの発狂して身投げ。
だからこその、逸材。
新人くんのご尊顔には、未だ愉快そうなニヤけ顔が。
俺は声のトーンを落とさぬよう気をつけて。
「まぁそうだな、そう思ってくれるに越したことは無い。それはステイで頼む」
俺は一度深呼吸をし、柔道選手よろしく新人の目をじっと見つめた。
……加えて、話しのできる奴だ。
まぁ強いて言うならば、少し顔が良いのが腸に来る。
来るは来るが、今の俺には悪感情マネジメントなど造作も無い。
だってこの子は、俺の借金+尻拭い地獄の片棒を、ニヤニヤ顔で担いでくれるんだから。
俺は、それはそれは好青年じみた態度で、にこやかな笑みを含ませて演出して。
「アンタは知らないかもだが、俺たちゃ『未だ』にこうだ。英雄なんて呼ばれてはいるんだが、見ての通りこのザマなんだ」
「ふーん。まぁ、楽しそうではあるね」
……。
……流石に俺は、煮え始めていた悪感情が早速ボコンと溢れ行くのを感じてしまった。
……今お前は見ただろう、この地獄。
超全主義者さんのパーティなんだよ、少しは心中お察しして口慎めキノコ。
「……黙れ」
「なんで」
「は? ……は? ハァ……。アンタにはこの、机の上の地獄のラインナップが見えねぇか? 目ぇ大丈夫か? これ見て楽しそうとか言い出すのはもう、アイロニー以外の何ものでもないだろうがよ……」
そう毒突いて俺は、テーブルの上の請求書の山を、憎悪と悲哀を込めて指差した。
……一目瞭然。
大地獄だ。
アクアの酒代。
めぐみんの爆裂が吹っ飛ばしたとこの修繕費。
ダクネスが壊した訓練用の的、歪みまくった鎧の交換代金……これに関しては、もう鍛治スキルでも治せないレベルで嗜みやがったせいでこうなっている。
まあ、膨大な額だ。
本当は金があると驕っているので、細かくは数えちゃないが、確か億は行っている。
億も行ってるってさ。
ホント、いつぶりのだよ。
……そこで、お前。
「……まぁ要するに、こいつらのストッパー兼、財布の予b……コホン、普通の戦力が必要なんだ、緊急で」
俺は一瞬だけ本心をちび漏れさせてしまったが、それを喉元のあたりで抑える。
コイツはやはり、他と違う。
気持ちの悪いことに多分、この馬鹿どもの欠落を楽しんでるんだ。
ならば、それを引き合いに出しても良いだろう。
俺は『好印象』を意識した身振り手振りで。
「
泡の消えたシュワシュワの水面に執拗に映っていた死んだ魚のような目を隠して、俺は新人くんの目をじっと見据えた。
……頼む。
助けてくれ。
助け出してくれ。
「どうだアンタ、俺たちの作った退屈な平和に飽きてるなら、俺たちの作る退屈しない日常に……付き合ってみねぇか?」
………………っ洒落臭えぇ。
この上なく洒落臭いセリフだが、今はそんな辱め(意識はしていない)、隅に置ける事だ。
借金逆戻り疑似体験生活から起死回生……抜け出すためなら、俺は魂でも売る。
周囲では、冒険者たちが魔王討伐を祝う荒々しい声が響いている。
世界を救った俺たちはしかし、こんなところで新人勧誘をしていた。