この素晴らしい世界に祝福を!オールマイティ!   作:円卓騎士夫婦別姓

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この英雄パーティに新たなる風を!(4)

 ……新人候補はダクネスの最近ちょっとだけ盛り上がった筋肉に触れて、マッドな科学者のように息をしていた。

 

 ……流石にだ、流石にキモすぎる。

 

 初対面の女だぞ。

 

 いやまあ、俺が言えることではないのだが。

 

 止めに入るべきだろうが、俺の今の腹底にはそれだけの気力がない。

 

 …………もう……。

 

 俺はもうしょうがなくて、天を仰いだ。

 

 ……きっと、あれだ。

 

 このパーティには、マトモな奴を寄せ付けないでくれる、エリスさんの加護でもついてるんだ、きっと。

 若しくは、女神様の幸運がエッジを効かせてくれているんだ。

 

 俺が絵画顔のまま独白していると、新人くんの噤まれていた口が、ゆっくりと開く。

 

「はは、すごいな君、多分歳も二十歳かそこらでしょ?」

 

 ……ん?

 

 ……アクアですら、沈黙。

 

 めぐみんが怪訝に目を細くしている。

 

 審美は続いて。

 

「まあ別に、私もそんなもんだけど、魔法での増幅も何も無く、女性でこの筋量か……」

 

「相当努力したね」

 

 ……何。

 

 努力、だと? 

 この変態に……?

 

 ……いやあのその子、ラストスパート入ってセルフで気持ち良くなる子なんですけど……。 

 

 新人の、興奮冷めやらぬ声が。

 

「…………尊敬だ」

 

 

 ――瞬間。

 

 

 ダクネスの顔の歪みがパッと固まった。

 

 新人くんの視線がダクネスの顔へ戻って。

 

「……へ……?」

 

「あっ、私、ロナって言うんだ、君は?」

 

 目を輝かせながら言った新人――ロナと言うらしい――の妙にキラッキラした顔は、ダクネスの眼前まで来ていた。

 

 黒い前髪がファサンと揺れて、その奥の瞳でダクネスの目を貫いている。

 

 

 ……何だ、何が起きてる。

 

 

 何なんだこれは。

 

 

 ……新手の、ナンパ? 

 

 ……いや違う、だったら他のただの巨乳筋肉美女に行くはずだろう。

 この異世界にはそんなのザラにいる。

 

 このドMクルセイダーも、見た目こそは()()()()良いし、ナンパもされて来てはいる。

 

 喋ったり戦ったりしなければ、ただの金髪碧眼巨乳美女だ。

 喋ったりしなければ、戦ったりしなければ。

 

 しかしだ。

 こいつはもう喋った。

 喋ったんだ。

 

 それも、核心(マゾ)の部分で。

 

 その時点で、ナンパ師の男達は解約条件を満たして、潔くその場から退出していく。

 コイツさっき真隣で発情してたし。

 

 というか、退出(それ)が起こらないなんて有り得ない、俺はそう思う。

 

 ……ロナの両手がダクネスの右腕をそっと持ち上げていて、肌着越しの指がダクネスの肌を走っている。

 

 ……キモい。

 

 ……いや、というかそんなことより、こんだけソフトな持ち上げ方なら、ダクネスは腕を振り払える筈だ、確実に。

 

 鎧ごと、クソデカヒュドラのウェイトを受け止められる膂力を持つ、この変態騎士にとっては、そんなことは赤子の手にハンドパワーするよりも容易い、はず。

 

 ……なのに、振り払わない。

 

 口元を震わせて固まっている。

 明らかにおかしい。

 

 思わず俺は生唾を飲んだ。

 

 ロナの指先が、黒いインナー越しに上腕二頭筋の輪郭をしりしりとなぞるように添えられている。

 

 とにかく気色が悪い。

 

 ……しかしその視線は、消費をしている感じでは無かった。

 

 鑑定士が名剣の刃紋を確かめるような、茶道家が新しい茶筅を扱うような。

 

 そういう手つき。

 

「な……っ」

 

 ダクネスの碧眼が大きく見開かれている。

 

 ……これは多分、ダクネスがポンコツ化している。

 

 いや、ここのところなどずっとポンコツだ、マゾ癖真っ盛りの被虐生命体(渾身の大変態)だ。

 脳みそがあるのか心配になるレベルの大変態だ。

 

 しかし、変態騎士のこの類のポンコツ化は俺相手でも週に二、三回あるかないか。

 

 コイツはそれを、会って一分で……

 ――ダクネスの耳が赤化するのと同時に、教科書そのままの吃った怒声が響いた。

 

「おいっ! きき、貴様何を……! わ、私は騎士だぞ、聖騎士(クルセイダー)だぞ! 貴様のような、何処の馬の骨とも知れぬ……っ……」

 

 聞いているロナの態度は、何故か揺らいでいる様子がない。

 

「うん、で、名前は?」

 

「……は、はぁ?」

 

 

 (ちっか)い。

 

 すごい至近距離だ。

 

 ロナの吐息が、ダクネスの前髪をかすかに揺らす程の。

 こりゃ奇しくも、俺の時と真逆の構図。

 

 ダクネスのクルセイダーシールドが、一番得意なハズのゼロ距離攻撃を受けて陥落しそうになっている。

 

 あぁ……なるほど。

 

 ……大体わかった気がする。

 

 こいつアレだ。

 

 捻くれ……なのに、プラスして多分、無自覚のタラシだ。

 

 どういう構造でこの二つの属性が同居してるかは知らんが、どっちも持ってるんだろう。

 

 ウザくてデカいこめっこ。

 

 そしてまあ、顔も多少良い。

 ムカつく。

 

 そして何より、新たな胃痛の予感。

 

 口を震わすダクネスは、未だに言葉に詰まっていて。

 

「……っ」

 

 顔が強張っている。

 

 ちょっと息も早い。

 ……どうしたものか、しかも、息の早さがいつものあの、いつものやつではない。

 妄想興奮の吐息ではない。

 

 なにか別の、コイツの受けて来なかった入力に対して出力を滞らせているような、そんな感じだ。

 

 顔見れば分かる。

 興奮してる時は瞳孔が上の方に行く。

 その時は非常に吐き気を催す。

 俺はその光景を見ながら、鼻をほじった指の側面をズボンにねたくった。

 

 なんか、狂うわ。

 調子が狂います。

 

 今までのコイツだったら、筋肉女とか呼び出して俺たちが御輿を上げると、板チョコ腹筋やらハードな肢体やらの事を思い出して、床を転げ回って悶絶するのがこいつの乙女モード(笑)なはず。

 

 なんだ、脱却したってのか、どういうことなんだ。

 

 ……もういいから、早くお戻り、変態にお戻り。

 

 その時。

 

 ダクネスの、固まっていた口が、ゆったり開いて。

 

「……ラ、ララティーナ、だ……」

 

 

 …………俺は、思わず。

 

 

「………………は?」

 

 耳にして俺は、ジョッキを持つ手を止めざるを得なかった。

 

 めぐみんのフォークが皿の上で金属音を立てるのが聞こえた。

 

 …………アクアだけは、空になったジョッキの底を舐めることに夢中で聞いていない。

 やはりコイツだけは、どこまで行っても俺の想定を下回ってくれる。

 

「――っあ、違っ……」

 

 ……混乱したダクネスの脳味噌が、口を滑らせて……言ってから、自分の口を塞ごうとしていた。

 

 しかし、右腕をロナに掴まれている。

 左腕はテーブルの下。

 

 その瞬間。

 

 完全な沈黙。

 

 ……アクア以外だ。

 完全じゃなかった。

 

「………………は……っ?」

 

 俺は、しばらくしてから耳の穴に小指を突っ込んで、グリグリ回す。

 指先を見つめて、もう一度ダクネスを見た。

 

 ……嘘だろう。

 

 今コイツ、ララティーナ……って。

 

『ダスティネス・フォード・ララティーナだ。ダクネスと呼んでくれ。よろしく頼む』じゃねぇ。

 

 ララティーナ……って……

 

 固まったまま、俺は追及の口を開いて。

 

「おいダクネス、今なんつった」

 

「あぁいや、違う! ……このような、騎士の面子を損ねる名は――」

 

 めぐみんが眉を顰めながら、片手で顎を摩って。

 

「騎士のダクネスが、初対面の人間に本名を名乗りましたね」

 

「……だよな」

 

 ……そう、そこなんだ。

 

 騎士じゃない時なら分かる。

 ダクネスにおけるララティーナなんて、俺たちの手垢がめっとり付いてるイジりしろだし、そもそもコイツの本名だ。

 

 でもコイツは今、鎧を着ている。

 

(俺のプレゼントをメッタメタにした末に)白磁色の鎧を纏っているのだ。

 今のコイツは、紛うことなき「ダクネス」な筈だ。

 

 これはおかしい。

 

 未だに状況を測りかねているロナの前のめった上体から、能天気な声が漏れて。

 

「ほんみょー?」

 

 ……いやな、これは凄いことなんだ。

 

 ララティーナお嬢様が凄いことになってるんだ。

 

 あと、お前自体凄い。

 計算してんのかしてねぇのか。

 

 俺は、一呼吸置いてから。

 

「いや、聞けロナ。コイツはな、一年以上一緒にパーティやってる俺にすら、本名呼ぶなってキレてた女なんだ。……『ララティーナ』って呼ぶたびにアイアンクローかましてきたあの女が――」

 

 ダクネスの右往左往していた目が、カッと開いて。

 

「ああいや、うるさい! 何か、特別意味がある訳では……は、そうだ! 騎士として、名を問われたなら正式な名で返すのが礼儀だろう?」

 

「……いや、姓名抜かしたじゃねぇかよ。お前あと、いつからそんな礼儀正しくなったんだよ。騎士ティーナはちょいとばかし厳格なだけだろ」

 

「わ、私は何時だろうと、清廉で高潔な魂を望んでいる!」

 

 めぐみんも面白がっている。

 

「さっき『そうだっ!』と言いましたね」

 

「っ! ……めぐみぃん!」

 

 テーブルの向かいから、ひょいひょいと遊ばれるダクネスの顔は、それはもう完熟トマトのようだった。

 

 ……腕はまだロナの両手の中にあって、振り払おうとする素振りすら見せていない。

 

 留めている。

 

 黒いインナーの下で腕の筋肉がちょっと震えてる。

 

 俺は椅子の背に体を預け、天を仰いで両手を被った。

 

 ……この新人は、なんだろう。

 変態を破壊する奴なのかな。

 

 だとしたらまぁ良いは良いが、それはそれで、全然別の扱いづらさも出てはくる。

 

 そして、俺のハーレムポジが更に危うくなって来る。

 

 そうだ、そこもあるんだ。

 

 見切り発車っぽく始めてしまったが、もう一度考えてみると捨てがたい。

 やはり、俺自身も少しずつ正常な判断力を失っているのかもしれない。

 

 ああ、ヤバいヤバい、気を引き締めろ。

 こいつらみたいにはなっちゃダメだ。

 

 俺の横でめぐみんが赤い瞳を細め、ロナとダクネスの距離感を冷静に測定していた。

 

「これは、私たちが知っているダクネスとは、別の生き物かもしれませんね」

 

「あぁ、本物のダクネスなら『腕を掴むなんて……もっと乱暴にしろ!』とか言って暴れ回るからな、絶対。もしくは『筋肉女なんて言うなああああ』とか言って泣き喚くかだ」

 

「言わない!」

 

「言うだろ」

 

 その時、ロナの少しニヤけた顔が、ダクネスの腕から顔を上げて、碧眼を向き直る。

 

「言うんだ」

 

「い、言わない!」

 

「え? じゃあ今のは、めちゃくちゃ変な指摘されてたってこと?」

 

「……え? あぁいやまぁ、まぁ、そう、そういう……ことだ!」

 

「…………言うんだ」

 

「ッ言わにゃいっ!」

 

 ……あらまあ、軽快なテンポですこと、夫婦漫才かしら。

 

 というかこのムーブ、俺のチキンハートとはあんまりにも対照的だな。

 初対面の奴イジりに行かないしな普通。

 

 と、そのダクネスの怒声で、ようやくアクアが顔を上げていた。

 

 ジョッキの底についた泡を、口の周りにべったりとつけたまま、状況を把握するためにキョロキョロしてる。

 

「……え、なに、何が起きてんの? あ、ねぇねぇロナとかいうの、ダクネスの腕なんかよりも、この私の美しい両腕を見なさいよ! 女神の肌よ、女神の! すべすべのもっちもちなんだから!」

 

 その忽然と突き出されたアクアの白皙(はくせき)の腕を一瞥してから、ロナは再びダクネスの腕に向き直って。

 

「うん、ありがたく遠慮しよう。ありがたい」

 

「は?! どういう意味よ!」

 

 俺は遮って。

 

「畏れ多いってよ、引っ込めろ駄女神」

 

「だから違うっつってんでしょうが! ……言っとくけどねカズマ! しつこい男に女は寄らないのよ!」

 

 ロナが入れ込んで来て。

 

「ね。畏れ多い訳無いのにね」

 

「そっちじゃないわよ!」

 

 アクアはまた普通にツッコむと、自分の腕を更にぐいと突き出した。

 

 ……まぁ、コイツの肌は確かに人間離れした透明感のある肌だが、手首に安酒のシミがべったりとついてて、極めて汚い。

 

 神の浄化を酒癖が上回るという、女神のそれとは思えないジャイアントキリングが起こっている。

 

 流石俺達の借金錬成駄女神(アクア)様だ。

 

「いや……汚ねぇよ」

 

「汚くないわよ! これは聖なるシュワシュワの洗礼を受けた証なんだから!」

 

「飲みこぼしだろうが、洗ってこい」

 

「洗礼って言ってんでしょ!」

 

 

 …………疲れる。

 

 

 休みたい。

 

 そんな、錯綜(さくそう)しまくった喧騒の中。

 

 俺はふと、テーブルの向かいをチラ見した。

 

 ダクネスは、ロナの手の中にある自分の腕を見下ろしていた。

 そして、もう一度ロナの瞳を見た。

 

 もうなんか、ちょっと面白くなって来たな、これ。

 

 嘲笑でも欲望でも値踏みでもない、純粋な、尊敬の目。

 その視線の正体を、ダクネスはまだ処理しきれていないようで。

 

 俺たちのトリオ漫才が段を落とし、(ほの)かな静けさが出始めたその時。

 

 ダクネスが、ぼそり、と。呟くように。

 

「……十九だ」

 

 碧い目が、八方に逃げ場を探していた。

 

「……二十歳ではない。十九だ、私は」

 

 それだけ訂正すると、ダクネスはぷいと顔を背けた。

 

 腕を引く感じの気配は無い。

 背けた横顔のポニーテールに向かう毛根の根にまで朱が差している。

 

 乾いた笑いを浮かべた俺の、疲れきった目の奥回転する、高速の計算機が弾き出した結論は一つ。

 

 この新人は大体、こんなんだろう。

 

 厄介。不遜。冷笑的。変なとこだけ実直。タラシにも気付かない。

 

 扱いずらい事この上ない。

 

 ……しかし。

 

 やはり、利用価値は高い。多分に。

 

 後でこいつの能力やらできることも聞くとして、話の出来る数少ない男として、かなり価値が高い。

 

 街を出ないとまともに世間話もできない生活は、俺はもうどんな大金出されたってご勘弁だ。

 

「おい、ロナ」

 

「ん?」

 

 俺は身を乗り出し、声を潜めた。

 

「お前、もしかしてダクネスを手懐けられるのか? ……だとしたらマジで入ってくれ、頼む。報酬配分は応相談で――」

「ちょっと待って今見てる」

 

 …………っうぇあー、きめぇ。きぇー。

 

 

 ……いや、きめぇけど必要だ。

 ムカつくけど必要だ。

 

 お願いします。

 

 お金。

 地獄の捌け口。

 

 その時、横目に見ていためぐみんが更に目を細めた。

 

「カズマ、それは人身売買の交渉に聞こえますよ。少し言い方を考えなさい」

 

「……うるせぇ、英雄アナリストの人材マネジメントだ、これは」

 

 俺は、ロナの(こころよ)い返答が返る未来に、惨めにもただ縋るしかなく……。

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