アイリス王女と、同じ屋根の下で寝た次の日の朝。
俺は、一人早起きをし、庭の軒先で、朝稽古に励んでいた。
いつもの瞑想をし、深く集中する。
いつも通り、魔力と氣力が、丹田に集まることを体感できている。
ユーリ「ふーっ・・・・よし。」
アイリス「精が出るわね。ユーリ。」
家のそばから、彼女の声がした。
ユーリ「アイリス様。起きていらしたのですね。よく休めましたか?」
アイリス「ええ。とてもよく眠れたわ。ここは落ち着いた空気で、居心地が良いわね。」
ユーリ「そう言っていただけると、この村の村民として、嬉しいかぎりです。」
アイリス王女が寝室に使っていたのは、家の使っていなかった区画の部屋。
ベッドはあるが、少し埃っぽかったので、急いで掃除をし、彼女に使ってもらっていた。
アイリス「・・・・・・・・ねぇ、ユーリ。」
ユーリ「はい?」
アイリス「少し、私と手合わせをしてくれないかしら。」
王女からの、いきなりの申し出だった。
ユーリ「手合わせ、ですか?」
アイリス「ええ。あなたと手合わせをしてみたいの。」
正直、俺の剣は、自己鍛錬の末の我流だ。
王都のブシン流とは格式も違うし、アイリス王女も、かなりの使い手だ。
ユーリ「理由を伺っても?」
アイリス「そうね。昨日の時から思ってたことだけれど、あなたは、相当な魔力を保持した剣の使い手だと感じたわ。おそらく、王都の魔剣士じゃ、あなたには歯が立たないでしょうね。」
ユーリ「買いかぶりすぎでは?」
アイリス「いいえ。私は、剣士を見る目には自信があるの、少なくとも、私の相手に不足はないわ。」
その道を極めた達人は、人の力量を量ることができる。
アイリス王女は、自分の剣の相手として、俺に期待してくれているのだ。
ユーリ「アイリス様がそこまで言われるのならば、私でよければお相手します。」
アイリス「感謝するわ、ユーリ。それじゃあ・・・・」
彼女は、家の軒先に置いてあった、もう一本の木剣を持ち、俺の前まで来ると、静かに剣を構えた。
俺もそれに応え、静かに、下段の構えを取った。
ユーリ「お願いします。」
アイリス「お願いします。」
最低限の礼儀作法を終え、ここに、2人の試合の場が設けられた。
アイリス「スゥーーー・・・・ハァァァァッッッ!!」
アイリス王女は、魔力で身体能力を強化し、目の前から消えるぐらいのスピードで、俺に打ち込んできた。
彼女は、強い。
凄まじいまでの、剛剣の気配だ。
だが、
ユーリ「・・・・・」
アイリス王女の剣が、俺の体へと打ち込まれる瞬間、俺は、下段の構えから、掬いあげるように切り返し、彼女の剣を弾き飛ばした。
剣を弾き飛ばされたアイリス王女は、体のバランスを崩した。
その隙を狙い、彼女の足を払い、そのまま地面に倒れたところに、俺は木剣を首元に優しく当てた。
ユーリ「一本、ですね・・・・」
アイリス「・・・・・・・・・・」
彼女は、呆気にとられた表情で、倒れたまま天を仰いでいた。
ユーリ「・・・・・・・はっ!も、申し訳ありません!つい!」
俺は、剣を置き、アイリス王女に謝罪した。
アイリス「・・・・・・ユーリ。」
ユーリ「はい・・・・?」
アイリス「もう一本、手合わせをお願いできないかしら・・・・」
彼女がそう言うと、アイリス王女は静かに立ち上がり、弾き飛ばされた木剣を拾い、再度構えた。
彼女の目は、本気だった。
ユーリ「・・・・・・仰せのままに。」
俺はまた、木剣を構え、アイリス王女と対峙した。
この時間は、昼を超えるギリギリまで続いた。
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈
ユーリの剣は、アイリス王女の剣を圧倒する状況となっていた。
アイリスの、魔力を帯びた剛剣の一撃も、彼には一つも当たらない。
剣を弾き飛ばされ、体勢を崩され、トドメをさされて終わり。
そんな時間が、6時間にも続いた。
アイリス「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
ユーリ「アイリス様!もうこのくらいで!」
アイリス「まだよ・・・・私の剣は、あなたに届いていない!」
彼女は、諦めず、絶えず剛剣の一撃を叩き込もうとする。
これ以上は、彼女自身の身が持たない。
そう判断したユーリは、最後の手段に出る。
彼女の、渾身の、全力の剛剣を避け、そっと懐に入り込んだ。
ユーリ「もうお休みください。アイリス様。」
ユーリは、木剣の柄を、彼女の腹へと叩き込んだ。
アイリス「ぐっふっ・・・・」
アイリス王女は、そのまま地面へと倒れ、気を失った。
ユーリ「やっと終わったか・・・・」
ユーリは、地面に倒れている彼女を見下ろした。
彼女の剣は悪くない。剣の威力も、魔力の量も申し分ない。
だが、それだけだ。
彼女には、剛の理力はあっても、柔の理合が無いのだ。
それ故、攻撃は単調で、隙はいくらでもあった。
ユーリ「よいしょっと。」
俺はアイリス王女を抱きかかえ、家の中へと入った。
昨日、彼女が使っていた部屋に、彼女を寝かせ、台所から布と水を持っていき、布を湿らせ、そっと彼女の額に乗せた。
ユーリ「アイリス様。相当な苦労があるんだろうな・・・」
彼女との立ち合いで感じた。
彼女の迷いと、焦り。
王家を代表する、王室の第一王女としての苦労が、剣を通して伝わってきた。
それは、ただの農民では味わうことのできない、高貴な身分としての苦悩だった。
ユーリ「もっと自分を大事にしてください、アイリス様。」
俺はそっと、彼女の手を握り、そう呟いた。
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈
アイリス王女との立ち合った日の、2日後の朝。
彼女は、この村を離れることになった。
王室に、お忍びでこの村の調査に来たことがバレたらしい。
彼女を迎えに、ミドガル王国の馬車が、村に続々と入ってくる。
アイリス「随分お世話になってしまったわね。」
ユーリ「いえいえ。アイリス様をもてなしたこの3日間は、とてもかけがえのない思い出になりました。」
アイリス「そう言ってくれると嬉しいわ。私も楽しかった。王家の責務を一時忘れそうになってしまうくらい。」
彼女がやり遂げたいことを成し、心から楽しく過ごし、そして、ゆっくりと休めたことに、俺は安堵した。
アイリス「・・・・・・・・ねえ、ユーリ。」
ユーリ「なんですか?アイリス様。」
アイリス「ひとつ、わがままを言ってもいいかしら。」
ユーリ「わがまま?」
アイリス「ええ。あなたが良ければなんだけど、その・・・・・・」
彼女は少し頬を赤らめて、俺に言った。
アイリス「私と!友達になってくれないかしら!」
彼女の言葉に、俺は驚いていた。
ただの農民が、王家の、それも第一王女殿下と、友達になる。
身分違いも甚だしいが、この村で、友達ができたことがない俺にとっては、最上の喜びに感じたことだった。
アイリス「その・・・ダメ、かしら・・・?」
彼女は、上目遣いでこちらを見つめてくる。
そのような愛らしい表情でお願いされたら、俺だって。
ユーリ「よろこんで・・・・アイリス様の心からの願い、お受けします。」
アイリス「ありがとう!ユーリ!私も、あなたの友達として、助けになれることは、なんでもするわ。」
ユーリ「もったいなきお言葉です。」
俺は、一礼し、彼女の厚意に感謝した。
アイリス「それでは、また会いましょう、ユーリ。ユーリのお父様も、お母様も、大変お世話になりました。」
アイリスは、俺の両親にも、感謝の意を示した。
ゼイン「また来てください!王女殿下!」
セイリア「息子の友達になっていただき、感謝の念に堪えません。どうかまた、この村にいらしてください。」
アイリス「ええ。また、そうさせていただきます。それでは。」
彼女は、迎えの馬車に乗り込んだ。
彼女が馬車に乗り込んだことを兵士が確認し、ミドガル王国の隊列は、村を後にした。
ユーリ(まさか、この国の第一王女と友達になるなんて思いもしなかったなぁ・・・・)
俺は、初めての友達ができたことに、内心歓喜していた。
だが一つ、アイリス王女には、気にかかる事があった。
ユーリ(アイリス様。どうか、自分を大切にしてください。それが俺の、友達としての、心からの願いです。)
遠くに見える馬車の隊列を見ながら、彼女にそう願い、地平線から隊列が消えるまで、彼女を見送った。
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈