俺は、アイリス様が言ったことに、驚きを隠せなかった。
ユーリ「講、師・・・・?」
アイリス「そうです。ユーリ、あなたを正式に、ミドガル魔剣士学園の講師として招きます。詳細は・・・・」
ユーリ「ちょっ!ちょっと待ってください!いきなりで、頭の理解がどうも・・・・」
15歳の少年が、ミドガル魔剣士学園の講師になるという話に、俺は、頭の整理ができずにいた。
学生に推薦するというのなら、まだわかる。
だが、アイリス様が持ってきた話は、それを上回る地位を約束された、ただの農民にとっては到底到達することのできないレベルの話だった。
アイリス「気持ちはわかるわ、ユーリ。突然、こんな話を持ってきてごめんなさい・・・・。だけど、この話は、貴方への敬意と感謝の印なの。」
ユーリ「敬意と感謝?」
アイリス様によると、彼女が、俺の教えた瞑想の鍛錬を3年間続けた結果、大陸で、5本の指に入るくらいの魔力量に膨れ上がっていたという。
彼女は、俺の鍛錬のことを、学会や、王都ブシン流の権威たちに提示した。
そして、鍛錬方法が王都中の魔剣士たちの間に広まり、強さや才能の違いの波はあるものの、魔剣士たちの実力が、例年の平均よりも、さらに向上したというのだ。
アイリス「あなたのおかげで、この国は、さらなる魔剣士の発展と進化を開花させることができたわ。その功績を称えるため、陛下への謁見と騎士号の叙勲も用意されているの。」
ユーリ「騎士号の叙勲・・・・ってことは、農民から貴族への大出世って形になりますよね・・・?」
アイリス「そういうことになるわね。一応、証拠として見せておくけど、これが貴方への認可状と勅令の書簡よ。」
アイリス様は、2つの書類を見せてきた。
一つは、アイリス様ご自身の、ミドガル王国第一王女の署名と、学園の学園長ら幹部の署名が入った認可状。
もう一つは、ミドガル王国国王陛下の署名が刻まれた、勅令の書簡だった。
ユーリ「・・・・・ひとつ、伺ってもいいですか?」
アイリス「何かしら?」
ユーリ「どうして、ここまでのことを、俺に与えるんですか?」
ミドガル魔剣士学園の講師、農民への騎士号の叙勲、これはもう、友人の厚意の域を超えていた。
アイリス「そうね・・・・私が、あなたのお陰で、また強くなれたのも一つの理由だけど、それよりも、もっと、わがままな理由があるの。」
ユーリ「わがままな理由?」
アイリス様が、自分の地位をかさに着てくるような人物ではないことは、重々わかっている。
そんな彼女のわがままは、彼女の友人の一人として、聞いてみたかった。
アイリス「あなたの才能を、辺境の山奥で、埋もれさせたくなかったからよ・・・。あなたはミドガル王国の、いえ、世界中の人々を導ける才覚を持った、類稀な人間だと、私は思う。だからこそ、あなたには来てほしいの。外の世界へ、私たちの元へ・・・」
アイリス様の表情と目は、真剣そのものだった。
彼女の話と、態度から、十分に誠意は伝わってきていた。
マルコ「僕の方からも頼む。君は、王国に必要な人間だ。なによりも、アイリス様がお認めになることは、半端なことじゃない。」
グレン「マルコの言う通りだ。ユーリ。俺からも頼む。」
アイリス様の騎士の2人も、真剣な態度で、俺に向かって説得してきた。
ユーリ「・・・・・・・・・・わかりました。」
俺は、アイリス様の話を、受けることにした。
王家の勅令が、入っている以上、農民ごときに逆らうことはできない。
なによりも、アイリス様の気持ちを、無碍にしたくなかった。
アイリス「ありがとう・・・ユーリ。王家の代表として、一人の魔剣士として、心から、感謝を申し上げます。本当に、ありがとう・・・」
アイリス様と、騎士の2人は、感謝の意を示し、頭を下げた。
ユーリ「俺からも、感謝の気持ちを伝えさせてください。アイリス様、俺のことを想ってくれて、真剣に考えてくれて、ありがとうございます・・・・。」
俺自身も、彼女たちに対し、最大限の感謝を、相手に示した。
ここから、この場所から、俺のこの世界での未来は、本格的に動き出すことになった。
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈
アイリス様からの話を受けた日のその夜。
俺は、ベッドの中で、ミドガル魔剣士学園の講師のこと、騎士号の叙勲のことを考えていた。
この2つの名誉は、農民である以上、どれだけ手を伸ばしても届かないほどのものだ。
それを俺は、手にしてしまった。
ユーリ「受けるとは言ったものの、王都は広いだろうし、色んな人とのしがらみもできるんだろうなぁ。」
正直、まだ戸惑っている。
アイリス様からもらった名誉は、もう覚悟の上だ。
しかし、俺はあまり、人付き合いが得意な方ではない。
アイリス様や、アルファと親交ができたのも、あまり常識的ではない特殊なきっかけが始まりだった。
ユーリ「・・・・・・・寝るか。」
俺は、布団をかぶり、目を瞑って寝ようとしていた。
〈トントントン〉
誰かが、ドアを叩く音がした。
ユーリ「こんな時分に誰だ?」
もう時間は、深夜に近い。
両親は、隣の部屋で寝ている。
こんな時間の訪問者は、普通ではないことは目に見えている。
俺は、立てかけてある木剣を手にし、そっとドアに近づき、扉を開けた。
そこに立っていたのは、予想外の人物だった。
ユーリ「アイリス様!?」
アイリス「こんばんは。ユーリ。」
深夜の訪問者は、アイリス様だった。
今日の夕方、アイリス様の視察が、思った以上に長引き、今から王都に帰れば、道中は夜になり、危険を伴うと判断した村長と村民が、アイリス様に、一晩滞在されることを提案した。
最初は、アイリス様も遠慮気味だったが、村民の熱い要望に押され、彼女は滞在することを決め、村長の家に一泊することとなっているはずだった。
ユーリ「どうしたんですか?こんな時間に。」
アイリス「ちょっと眠れなくて・・・良ければ、あなたと少し話をしたいの。良いかしら?」
外はもう暗い。
彼女についているはずの護衛の目を盗み、こんな闇の中を、一人で来させたかと思うと、彼女を迎えに行って、エスコートでもしたかった気持ちだ。
ユーリ「どうぞお上がりください。両親はもう寝てますので、俺の部屋で良ければどうぞ。」
アイリス「ありがとう。」
俺はアイリス様を中に入れ、俺の部屋へと案内した。
やましい気持ちがあって俺の部屋へ案内したわけではない。
リビングを使っていたら、物音で、両親が置きてしまう可能性があったからだ。
俺とアイリス様は、部屋のベッドに、横に並ぶような形で座った。
アイリス「やっぱり、この場所だと落ち着くわ。あの日に戻ったみたいで。」
ユーリ「そうですね。俺も懐かしい気分です。ところで、話とは?」
アイリス様とは、昼間に話したが、それは思い出話やプライベートの話ではなかった。
あの後、学園の講師になるための詳細や、騎士号の叙勲と陛下への謁見について、アイリス様と騎士の2人といっしょに、話を詰めていた。
アイリス「昼間は事務処理みたいな話しかできなかったから、あなたと友人同士の話ができずにいることが、ちょっと寂しかったの」
ユーリ「確かに、俺もアイリス様と色々、近況報告やプライベートの話をしたかったです。」
アイリス「あなたもそう思ってくれていたのなら嬉しいわ・・。3年ぶりだもの。手紙でやり取りしてたとはいえ、あなたに会えない寂しさは、常に心の中にあったわ・・・・」
アイリス様は、俺の手を、そっと握ってきた。
そして、俺の肩へと、身を預けるように、寄り添ってきた。
ユーリ「アイリス様!?」
アイリス「ごめんなさい、少しだけ、こうさせてくれないかしら・・・」
彼女の匂いや、温かさが伝わってくる。
前世でも、女性と、こんなに近くに寄られたことはなかった。
ユーリ「アイリス様、俺、男ですよ!?それに身分の差だって・・・!」
アイリス「関係ないわ。私たち、友達同士でしょ?」
ユーリ「それは、そうですけど・・・・」
アイリス「なら、もう少しあなたのそばに居させて、迷惑はかけないから・・・・」
この距離感は、友達同士の触れ合いを超えて、恋人同士の距離感に思えるが、彼女にとっては関係ないようだった。
ただ単に知らないだけか、あるいは、恋人と友達の距離感の違いを履き違えているか、なのだろう。
アイリス「私ね、前よりも、周りのプレッシャーを感じるようになってきたの・・・・」
アイリス様は、俺に寄りかかったまま、自身のことを話し始めた。
アイリス「あなたのお陰で、前よりも強くなれた実感はある。だけど、その結果、周りの私への注目は、さらに集まり始めたわ。」
アイリス様が3年間、俺の教えた鍛錬で強くなり、大陸中でも、彼女への注目は、集まることの終わりを知らないくらいになっていったという。
彼女はそれを、誇りに思いつつも、少しだけプレッシャーの圧力によるストレスを感じていたようだった。
アイリス「私は、この国を背負わなければいけない人間の一人。民も、領土も、国の威信も背負わなければならない。そのことに、私は、誇りを持っていたはずだった。なのに・・・・」
ユーリ「いつの間にか、プレッシャーへと感じるようになった、と?」
アイリス「そうね・・・・・・」
アイリス様は、魔剣士学園を卒業し、国務を任せられる立場になったとはいえ、一人の人間でもある。
人間の心というものは、どんな立場になっても、揺らいだりするものだ。
俺は、彼女が、そこまでのストレスに苛まれていたことに、友人として、助けになれてあげられていなかったのが、悔しかった。
ユーリ「アイリス様、ごめんなさい。もっと早くに、気づいてあげれていたら・・・・」
俺は、彼女の体を、そっと抱きしめた。
ユーリ「俺は、もっと早くに、あなたのそばに行くべきでした・・・。友人として、もっとそばにいるべきでした・・・。そうすれば、あなたの重荷を、俺も背負ってあげられたのに・・・。」
アイリス「ユーリ・・・・・」
彼女の体の温かさが、また増していた。
悔しい気持ちになっていた俺に、彼女もまた、俺を抱きしめていたのだ。
アイリス「ありがとう、ユーリ・・・。あなたの気持ち、とても嬉しいわ・・・。これからも、ずっと、私のそばにいてくれる・・・?」
ユーリ「もちろんです。アイリス様・・・」
俺と彼女の抱擁は、しばらくの間続き、その後、そっと離れるように元の位置へと座った。
アイリス「ユーリ・・・。友人のあなたに対して、わがままばかり言うかもしれないけれど、聞いてくれる・・・?」
ユーリ「何なりと、言ってください。」
アイリス様は、少しだけ会話の間を取り、そっと俺の耳へと語りかけた。
アイリス「私のことを、アイリスって、呼んでくれないかしら・・・。」
彼女は、友人の俺に、敬称も敬語も使われることに、年々違和感を感じるようになったという。
それは、彼女が、俺のことを、もっと親しく感じてくれている証拠だった。
ユーリ「・・・・・・・・・いいのですか?アイリス様。」
アイリス「良いわ・・・。私とあなたは、友達ですもの・・・さあ、言って、アイリスって・・・」
彼女は、俺に、呼び捨てをするよう促す。
ユーリ「じゃあ、その・・・・アイ、リス・・・これからも、よろしくね・・・」
アイリス「よくできました・・・・これからもよろしくね・・・ユーリ・・・」
その夜は、3年前の夜よりも、遥かに貴重な時間となった。
言葉では言い表せないくらい、誇りを思うほどに。
かくして、俺は、アイリスとのさらなる親交を、この夜から、誓うこととなった。
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈