いや、前からあったりなかったりしたような……
一高の校長と一年の最劣等生との会話は、佳境を迎えていた。
あまりに情報が多すぎたが、ここに来てとんでもない爆弾が投げ込まれた。
その言葉を否定してほしかった真由美だったが、アキラの妄想としか思えない仮説に対して校長先生は、それを肯定してしまった。
「百舌谷先生!! いま校長先生と石田くんが言われていることは……本当なんですか……!?」
「ーーー……私からは何も言えない。ここに赴任したのも既に二科制度が始まってからだからな」
だが、そういった「噂」は聞こえていたのだろうと思われる苦衷の表情を見せた教師の表情に、真由美は表情を曇らせる。
自分はいずれ二科との融和を目指すものを打ち出したかった。だが、それを根底からひっくり返すものだった。
この『真実』が本当ならば、そもそも……この学校は、教育機関としての体を成しておらず、差別を当然として受け入れたわけである。
(石田アキラは、どう答えるの?)
彼は魔法師としては本当にビギナーだ。人体実験による能力強化を「魔法師なら当然じゃないですか?」とか答えそうだ。
仮に真由美ならば、激昂するように答えられたかもしれないが、彼はフィクションに偏りすぎている。「トイ・ソルジャー」を当然と考える感性を「そういうものか」と考えてしまうかもしれないのだ。
(どうするの?石田君!)
職員室から即座に校長室に向かいたい気持ちを持ちながらも、モニターに映る三人の内の一人は言葉を発する。
『強化実験を希望する人間がいるならば、そうしたら良かったんじゃないですか?』
その言葉は消極的な賛成であり、決して真由美が望んだものではなかったが、とりあえず事態を見つめていくことは出来そうだ。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「だが、決して成功率だって高いものではない。実際、死の危険とも隣り合わせだ。そんなものを君は……」
「ーーーアンジェリーナ、正直に聞いていいか?」
「エ!? ド、ドウしたのアキラ?」
「魔法師の能力値ってのは魔法を使い続けていれば上がるもんなのか? 特に事象干渉力ーーー己の魔法というものの揺るがないチカラ、魔法師のマッスルパワーが、だ」
ここであえて百山校長ではなくアンジェリーナに話を振ったのは、アキラなりの策略だ。百山校長にこのまま話を続けさせていては人情論に寄った言葉しか出てこないはずだからだ。
教育者としての倫理観なのかもしれないが、それでもアキラは率直な結論を求めたのだ。目を彼女に向けながら真摯な結論を求めた。
「………ワタシも、ニホンの魔法師がAクラスの国際ライセンス持ちばかりを輩出しているから、なんとなくニホンの魔法師教育……ティーチングには、何か秘術があるものだと思っていたワーーーケド……魔法師としての揺るがない硬さは生来のものダケ。確かに競うことはあれど『鍛える術』はないワ」
ミヅキとモリサキのバトルをリメンバー、と付け加えられて成程と思う。
「アンジェリーナちゃん………」
「術の速さ、多彩さなどは鍛えることは出来れど、あるいは道具で補うことは出来れど最後の
魔法を良く知らない男の考えはあまりにも、事実の核心を突いていた。
だが、魔法を良く知らないからこそ、この事実に行き着いたともいえるか。
「というか、本当にそういう強化実験のために2科は創設されたんですか?」
その質問を受けて玉露を煽るように飲んで口を湿らせた校長は口を開く。
「表向きは確かに語られている通りに国際競争力に対抗するために優れた魔法師の数を増やそうというものだ。だが、そんな高度な魔法師を簡単に増やせるものではない」
一拍置いてから言葉が紡がれる。
「結局、毎年入学してくる100人の新入生ですら公立塾で選抜された存在だ。当時は各地に教室のような小単位を作らず、大都市部の多目的施設を借りてもっと大人数で競わせたんだ。教師というより指導員として、なるべく大勢が自分に合うやり方を見つけられるようにしていた」
時期的には、あまり長く公立塾に通えていたわけではないアキラであったが、確かにそういう感じであったと思い出す。だが、昔はかなり大規模なものだったようだ。
「もっとも、この制度がさほど画期的だったわけでもない。画期的であるかのような空気作りがあった。大人数の中から極めて少数の才能ある者だけを選別する、そして、その少数の才能ある者を『魔法大学付属』に上げるように推薦状を出すわけだ。実に……酷薄なやり方でもある」
「まぁ一科の面々は「その方がよかったです」とか言いそうですけどね」
「アキラっ」
アンジェリーナに窘められながらも考えを巡らす。
なんでそんなやり方が通ったのかを分からんほどアキラも察しは悪くない。
校長先生の苦悩するような顔を見るに……恐らく今の祖父母世代にとっては、それこそが研究所で自分たちが受けていた『選抜方法』であり、真似るべき、参考にすべきものがそれしか無かったのだろう。
型からはみだそうとする人間ないし組織というのは、ヤドカリのようなものだ。ヤドを抜け出して自由を求めたつもりが、実のところ新しい、居心地のいいヤドを探しているにすぎない。
一見すればアナーキーな反社会性を発揮しているように見える不良とか暴走族とか呼ばれる集団が、往々にして堅苦しい制服と秩序ある上下関係を伴う社会を模倣するのは、彼らが結局それ以外のことを知らないからだ。
自由なようでいて不自由さのままに動いているのが人間、結局……魔法師もそうなんだなと少しだけ認識を改める。
「創立当初から数十年ぐらいの魔法科高校はそこまでカリキュラムに魔法に重きを置いていなかった。どうせ選抜された存在は、どこの関係機関でも『怪物』と評価する能力値だ。教えなくても「天然自然」で「家の訓練」で伸びていけるほどだ。問題は一般社会との折り合いを着けるための社会性を手に入れるため……例えそれが関係各所における「モンスター」を見える
それは魔法科高校創立の歴史であった。原作リーナに対して軍が抱いていた懸念はこの日本では当たり前にあったようだ。当然とも言える。この国では研究所の実験体たちが市民権を持って野にいるようなものだ。
強力なチカラを持つ存在は、一塊にして監視しておくべきなのだろう。
「だが、二科創設の数年前から政府からの要求が過剰になっていった……あげく魔法のカリキュラムも国際基準で高い魔法師を輩出するように要求が来たからな。そしてーーー政府の要求が過大になっていき2科……一般学科の創設になった」
その言葉は罪を懺悔するようだった。
「政府及び軍部としては、そんな選抜で弾いた連中はさっさと強化実験の検体として、自分たちに寄越せという態度だった。彼らとしては、公的機関に所属した魔法師ならばいくらでも実験出来るという気持ちだったからな」
事実、アキラの入学の少し前には軍の強化実験に参加した魔法師が、軍から追い出されたことを恨んで横浜で火災を起こそうとした。
あっけなく鎮圧されたそうだが、そんなイベント原作にあったかな?とか考えてしまう。とはいえ、そういうこともあるのだ。
そう考えつつも、アンジェリーナが不安を覚えたのか少しだけ深く腕に絡みつく。
「教師が少ないということを理由にして、自分たちの息のかかった者たちを送り込んで、言葉巧みに軍の実験に連れて行こうというのが企みだったーーー気付いた時には遅かった」
「けど、いまは違うじゃないですか」
どういうこっちゃと思う。自分なりに結論を出したが、ソレに対する現在との違いが分からないのだ。
「私一人ではこれに対抗出来なかったのでな。色々な『伝手』を使って、その企みを阻止した……しかし、それでも2科創設自体は止めきれなかった……
伝手とやらには興味があるが、2科自体を創設するように強行した政府・軍部には、講師の不足をそのままに、校章の有無など見える差別を作り上げて「不遇」と「不満」を覚えたままに卒業をした、あるいは退学をした2科生を誘惑して強化措置を施す可能性に掛けたのだろう。
遠大な企み、迂遠かもしれないが……そういう裏側の意図を感じた。
「……石田君は魔法師の世界に今まで縁がなかったから分からないだろうし、共感も出来ない……想像ぐらいは出来るだろうが、それでも……次から次へと生死すら分からないままに施設から消えていく同年代の人間たちを目の当たりにして、次は自分なのではないかという恐怖は分からない……アンジェリーナ君の祖父殿も同じ気持ちだったよ」
「………」
決して全てを知らなかったわけではないが、それでも祖父の過去の残酷さに項垂れているようだ。
「君はどうなのかね?それでも……チカラ少なき人間に、強化改造手術を受けさせるべきかね?」
「それを望むものには、そんなんでも希望でしょうよ。
ウルトラ・スーパー・デラックスマンになりたいという心は誰しもが持つものだ。
「アキラ……」
その考えは破滅的だった。アンジェリーナが俯くもーーー。
「ただ俺がこの学校で始めて知り合った魔法師は、そういう形になるのを嫌って、そしてその考えを否定する祖父や家族に囲まれた…ただのかわいい女の子だった。もちろん当人がどう考えているかは知りませんが、それでも自分をちゃんと見てくれた両親のために「超人」という逃避に走らなかったことを尊重したいです…だから、出来ることなら、そんな道を誰にも選んでほしくはない」
理想論でしかない。
力だけを求める気持ちは分からないでもない。
ただ、その結果として多くの人間から本当の意味でモンスターとして扱われるなど……悲しすぎる結末だ。
「ーーー!!!!!」
引き合いに出されたことが嫌だったのか、アキラに抱きつくアンジェリーナ。申し訳ないという想いで、今日はいつものツインテールロールな髪を撫でてあげたら……。
「
「どういうことーーー!?」
赤い顔で恥ずかしそうに、潤んだ目で、こちらを見上げてくる美少女に、そんなセリフしか出なかった。
俺の言葉に、どういう脳内変換をしたのか分からないが予想以上にアンジェリーナの心の琴線を震わせたようだ。
「ーーーどうしたケンちゃん?日本に帰れた場合に備えて俺の分も含めて
ハンズフリーの状態で国際電話をしていた百山校長が、聞き返した内容に了承を出すのであった。
つーか誰に
やけにゴロがいい感じになったが……。
「どうやら俺は二科を代表してこの場に呼ばれたみたいですね?」
孫を拐かした男として殴られる前に、話を戻すことにするのだった。
「そういうことだ。騙すようで悪かったがね……有意義な話ではあったーーーしかし……だからこそ君の要求を言い給え」
「そんなものは2つです。一つには制服の統一、二つには実習授業における講師の補充。それだけでしょうよ」
「前者はどうにでも出来る。もはや政府・国防軍共に、そのような思惑は捨てているからな」
横浜での一件かな?と思いつつ、かなりセンセーショナルな記事の書かれ方だったことを思い出す。
「だが、後者に関してはかなり難しい……決して給料も悪いわけではないし、何より休みが無いわけではないーーー……」
「ここ、土曜だって午前授業あるじゃないですか」
ホリデーの部分に関しては、疑問を呈する。
「そうだな。ブラックと言えばブラックな職場か」
カリキュラムの恐るべき拡充の重さを背負うには、生徒だけでなく教師もまたハードすぎた。
その上、出来が悪い生徒は出来が良い生徒よりも覚えが悪いので、時間もかかる。
だから面倒など見ていられないのかもしれない。
(キグナスの乙女では、腹黒い連中の息がかかった教師がいたんだよな)
優秀な魔法師……十師族ではなくさりとて十師族の落胤など、魔法の世界で不遇をかこつ連中をリクルートして国防に使おうという企みーーータツヤデモートが本格的に動き出したことで、真っ黒な動きが加速したわけだが……。
「まぁ、講師が指導出来なければ俺の影響が際限なく進んでいくと思いますよ?別に俺は全員……「全ての二科生」を栄達の道に引き込むことに躊躇いなどありませんし」
少々、ブラフを効かせるのだった。
「むぅ……」
「何より……校長先生は政府・軍部の思惑は無くなったとは言いますが、その間隙を縫って他の勢力が、食指を伸ばしてきたとも考えられませんか?どこのどんな組織かは分からぬが、その尖兵がーーーこの俺であるとか」
親指を自身に向けて不敵な笑みを浮かべながら言う。
「……少々、ハッタリが過ぎんかね?」
険しい顔をしてこちらを見てくるも、アキラは怖くない。
「さぁて、今の魔法の世界に責任を持っている皆様方には、それを思い悩むぐらいはしてほしいもんですよ。そして思い悩んでいる内に、時既に遅しということです」
時に人は「明確」に見えぬものに恐怖を覚える。
特に自分たちが盤石の地位にいると思っていればなおさらだ。
源平合戦時の平家武者の醜態を思い出す。
勝ち戦にある軍隊というのは、一面において動揺しやすいものだ。ひとたび奇襲を受ければ、水鳥の羽ばたきにも大軍の影を見て怯える。
それと同じだ。
石田アキラという「魔法を使える一般人」という不可解すぎる存在、その背後関係をどれだけ調べても何も出てこないことに困惑しているところに、さらに頭を揺さぶることにした。
「ーーーいいだろう。この話は既に全校ネットで放送されているから、十師族を筆頭に有力家系の生徒たちの口から伝わる可能性もあるが、私の方からも各方面に伝えておこう……とことん、やられっぱなしだな私は」
そう言うも何だか少しやり遂げた感がある顔と言葉だと感じたのは間違いだろうか?
そう思った時にハンズフリーの電話からの声が聞こえた。
『アズ、お前の負けであり、お前のーーー勝利だ』
アンジェリーナの祖父の声を聞いて、こうなるように誘導されてたんじゃないか?と疑問を覚えながらも……。
「ミヅキと手取り足取り「腰取り」で
隣から聞こえる声と身体の柔らかさに、野となれ山となれ、なるようにしかならないと思っておくのだった。