閃刀姫のヒーローアカデミア 作:スノアキ
個性、というものがある。古い辞書を引けば、「その人やモノのもつ特有の気質」、のようなことが書いてあると思う。けれど、今やその単語の意味は大きく変わった。
「人が持つ、身体機能や感覚の延長・拡張である能力」。古い作品なら超能力や異能と呼ばれるそれを、多くの人が当たり前に持っているのが今の世界だ。
そうした超常の力を持てば、当然悪いことに使う人が出てくる──そして、それを止めるために力を使う人も出てくる。そうした人々は、現代では「ヒーロー」と呼ばれ、多くの人が尊敬や憧れを向けている。
私こと
初めはおじいちゃんもそれほど本気ではなかったようで、側から見ると孫のヒーローごっこに付き合っているような感じだったらしい。まあ、あながち間違いでもなかったと思う。
それが変わったのは小学校高学年ぐらいの頃で、ある程度身体が出来てきた(といってもそんなに体格が良いわけでもないけど)私に、おじいちゃんは光るものを感じたみたいだった。だんだんと稽古の内容がきちんとしたものになっていき、稽古だけでなく体力作りも指導してもらった。
そして、私の志望校──雄英高校の入試を明日に控えた今。私は荒い息を吐きながら、おじいちゃんと向かい合って礼をした。
「ありがとう、ございました」
「ありがとうございました」
……やっぱりおじいちゃんは凄い。もうかなりの年齢で、単純な体力なら私の方が上のはずなのに、それでも息一つ乱していない。
私が水を飲んで一息ついた頃、おじいちゃんが話しかけてきた。
「明日だな。朝の走り込みは
「迷ったけど、いつも通りにする。調子崩したくない」
「そうか。前日に聞くことでも無いが、筆記の方は大丈夫か」
「兄さんに教えてもらってるから、理数系は大丈夫。おじいちゃんの昔話と合わせて社会科目も問題なし。英語も模試では悪くなかった。不安要素は国語かな」
「小さいころから
おじいちゃんが軽口を言うのは珍しいような、割とそうでもないような。
「ともあれ、明日が本番。出し切ってこい。楼善なら、やれる」
おじいちゃんは私の目を見て、力強くそう言った。
その言葉を反芻しながら、私は汗を流して眠りについた。
翌朝、おじいちゃんと日課の走り込み。また汗を流して、朝ご飯を食べ、諸々支度。私は一路、雄英高校の入学試験会場へと向かった。
さすがと言うべきか、会場は大勢の受験者でごった返している、人波と緊張に呑まれそうになるが、おじいちゃんの言葉を思い出して平静を取り戻した。人波には呑まれた。
筆記試験が終わった。昨日おじいちゃんに言った通り、理数系と社会は手応えあり、英語はまあまあ、国語は自信無しといった感じだった。雄英のサポート科OBである兄は全科目90点以上でパスしたハイスペック人間なので理数系以外も教えてもらっていたのだが、国語はどうも上手くいかなかった。兄が言うには私はマイペースなきらいがあるらしく、良くも悪くも気持ちがフラットだからかもしれないと言っていた。ではずっと苦手なままなのだろうか。
休憩を挟んで、雄英で教師を務めるヒーロー、プレゼント・マイクが実技試験の説明を行った。制限時間は十分、持ち込み可。種類ごとに異なるポイントが設定されたロボットが配置されており、行動不能にすることでそれに応じたポイントが与えられる。中にはポイントにならないギミック扱いのロボットもいる、と。
ロボットとはいうが、どの程度の強度なのだろうか。さすがに学生相手だし、受験者の個性は千差万別。やり方次第で素手でも倒せるようにはなっていると思うのだが……『
バスに揺られて移動した先はいくつかある試験会場の一つ……とは言うものの、ほぼ街みたいな様相を呈していた。試験であることを考えると毎年作り直しているのだろうか、スケールが違う。
さて。鍛えていると言えど、私自身の素の機動力・筋力はあくまで「そこそこ鍛えている女子」の域を出ない。スタートダッシュを決めるなら開始前から換装を済ませておきたいのだけれど……開始前に個性を使うのはルール違反だろうか。そこの説明は無かったはず。無しだとオンオフの概念がない異形型が有利なような気がするし、実戦を考えるなら使っちゃ駄目なんてことは……いや、むしろ逆かな。いくら職業ヒーローと言えど四六時中個性を出しっぱなしにしているわけにはいかない──少なくとも私の場合は。それに、いざ使ってみたら「フライングなので君失格ね」なんて言われてはたまったものではない。
「デハ、試験開始」
だから、私は試験開始の合図を待つ──え?
なんの前振りもなく放たれた言葉に、私のみならず多くの受験生がそちらを向く。声の主……やや不気味な外見のヒーロー、エクトプラズムは再び口を開く。
「実戦デハ親切ナカウントダウンナド無イ。今シガタ述ベタ通リ、既ニ試験ハ始マッテイル」
彼の言葉に、やっと受験生たちは動き出した。私は動かない──別に虚をつかれて固まったわけではない。言い訳じみているが、元々他の受験生と距離を取るために少し待つつもりだったのだ。私の個性は場所を取るので。
他の受験生が試験会場へと飛び込んでいったのを確認して、私は個性を発動する。
「
私の身体を緑色の装甲が覆う。腰の左側には大きな円盤状の盾『
これが私の個性、『
「
背中のジェットパックに、巨大なスラスターが出現し装着される。装甲別に紐づいた武装『閃刀術式』と、どの装甲であっても使用できる武装『閃刀機』。装甲と合わせたこの三要素が、私の個性『閃刀』を構成している。
『山颪』と『ベクタードスラスター』が唸りを上げ、私の身体を空へと押し上げる。スラスターの向きを変え、再び噴射。目指すはまだ
首尾よく人の見当たらない場所を見つけた私は、スラスターで逆噴射を噛ませながら着地する。音に反応してか向かってきた1ポイントのロボット(やけに口が悪い)に、躊躇うことなく飆の刃を突き立てる。一番ポイントが低いだけあってか、動きが直線的でやりやすかった。
「
先ほどのロボットの声で集まってきたのだろうか、大量のロボットがこちらへと向かってくる。スラスターも使って囲まれないように気をつけながら、着実に斬り伏せていく。同時に、私は『閃刀機』の一つを呼び出した。ホーネットビットは五機の飛行する小型機械で、私の思う通りに動いてくれる……裏を返せば、思考の幾ばくかは操作に割かなければいけないということでもある。「まっすぐ飛び続けて」ぐらいの簡単な命令なら
私がいる場所は丁度会場の角なので、二辺に沿うように一機ずつ、それから対角線上に沿ってもう一機、ビットたちを飛ばす。ビットにはカメラが付いており(厳密には兄に取り付けてもらい、その状態で呼び出せるように練習した)、その映像は私の装甲に組み込まれたバイザーで確認できる。
近辺のロボットをあらかた斬ったところで、ビットの一つが他の受験生の一人を捉えた。どうも、ロボットに囲まれてしまい慌てているようだった。トラブルは避けたいので横取りしようとは思っていなかったのだが、対処出来ずに困っているのであれば話は別。スラスターと『山颪』を吹かし、地面近くを滑るように飛んでビットの元へと向かう。
瞬く間にビットの元へとたどり着いた私は、移動の勢いのままロボット数体をまとめて串刺しにする。
「しゃがんで」
念のためそう指示しつつ、なるべく高い位置で『飆』を横薙ぎに振るう。助けようとして怪我させましたなんて、ヒーロー候補生として洒落にならない。
ロボットの中には3ポイントらしきものも含まれていたが、然程抵抗無く斬ってしまえた。……危険性はおじいちゃんから耳にタコが出るほど言い聞かされていたが、それでも驚く。あるいは単に私が思うよりロボットが脆いだけだろうか。
「怪我は?」
ビットで辺りを探りつつ、腰が抜けたのかへたり込んでいた名も知らぬ彼にそう尋ねる。彼はぶんぶんと首を横に振って立ち上がると、頭を下げてから駆け出して行った。
その後も、同じようにロボットに対処できずに困っていた受験生を数人ほど助けつつ、近場に居るロボットを斬っていく。ビットの映像もこまめに確認しているが、個人的に気になった人が二人。一人は黒髪の男子で、肘からテープらしきものを射出してロボットを拘束したり、巻き取って移動に使ったりしていた。あの個性は私の『ウィドウアンカー』に似ている。特に巻き取りを移動に使うところ、あれは羨ましかった。装甲の重量のせいだろう、換装状態ではアンカーが私を引っ張れなかったのだ。断じて私が重いわけではない。換装していなければ問題は無かったし。
もう一人は大柄なマスクの男子で、背中からいくつも腕を生やして、さらにその腕に目や耳が生えていた。見た目は中々異彩を放っていたが、あれが実際の感覚器官のように機能するなら便利なことこの上ないだろう。
と、そうこうしているうちに試験時間は残り僅かとなっていた。そういえば0ポイントのロボット、結局見かけなかったな──と。そんなことを考えたのがいけなかったのだろうか。
背後で、重低音が轟いた。
振り返る。ビルよりも巨大なロボットが、地中から出現していた。カメラなのだろうか、赤い目が光る──目が合った気がした。
一も二もなく、スラスターと『山颪』を吹かす。最大出力で。心臓が早鐘を打つのが分かった。怒った時のおじいちゃんより怖いものなんてない、と内心思っていたけれど……試験の、ロボット相手にこれだ。無論あそこまで大きなヴィランは頻繁にお目にかかることはないとは思うけど、とはいえこれは認識を改める必要があった。「大きい」も「近い」も、十分に怖いものだ、と。
そんなことを考えながら、落ち着いてきた私は振り返る。幸い見た目通り鈍重なようで、振り返ったらこんにちは、なんてことは無かった。残り時間は一分もあるかどうかと言ったところだが、念のためもう何体かロボットを倒して──と。ビットの映像を見ようとして。視界の端、あの巨大ロボットの足元に誰か居るのに気が付いた。
大柄な、背中から腕が複数本生えた男子が瓦礫を退かそうとしていた。瓦礫の下には女子が一人、足を挟まれて動けずにいるようだった。
「──
『カガリ』は閃刀術式『アフターバーナー』を専用術式とする、火力と直線機動に特化した赤い装甲の形態。アフターバーナーとはジェットエンジンが更なる推力を得るための機構のことだが、私の『アフターバーナー』は似て非なるものだ。「効率の悪い推力源」という点では同じだが──兄がやたらと高いテンションで語っていたことを引用しよう。
『僕が名付けるなら、「第三種閃刀兵装専用
一度試した時はあやうく訓練場が火事になるところだった。先ほどの『飆』以上にこんなもの人間相手に向けられるかとなる代物だったのだけど──案外、使い所はあるらしい。
巨大ロボットへ向け突貫する。最高速度には既に達している。助走としては余分──焦って距離を取りすぎた。『ホーネットビット』の映像を見るまでもなく、あのロボットの足は刻一刻と前へ進んでいる。あの男子と、動けずにいる女子の元へと。
早く。早く。早く。全身を襲う疲労感に苛まれながら、巨大ロボットを仕留めるべく『アフターバーナー』を水平に構える。刃渡りが足りなすぎる、両断は出来ない。一点を穿つ。ロボットの心臓部は胸か、それとも頭か。今から軌道修正は出来ない。私はロボットの胸へ吸い込まれていく。今。『アフターバーナー』を、突き出す。
「やぁあああああああああああっ!」
人生で一番の大声を上げる。意外にもあっけなく、『アフターバーナー』の剣先はロボットの装甲を貫いた。勢いのままロボットの胸を穿って進みながら、ふと気付く。
──コイツの後ろに人、いないよね?
いないとは思う。記念受験も多いらしいとはいえ、さすがにこの図体相手に自分の方を向いていないからとのん気に追いかけるような人は、いない、と……。
「ぐっ、う……!
ロボットの背を突き抜けて、一息つく間もなく再び換装する。カガリの劣悪なエネルギー効率による疲労が恨めしい。『カイナ』の巨大な一対の拳で、倒れ込んでくるロボットの首元を掴んで受け止める──無理だ。これを維持するのは絶対に無理。あと十秒だって保つか怪しい。今もそこそこのスピードで倒れていってる。『ベクタードスラスター』は『ハヤテ』の専用術式だから今は使えない、『イーグルブースター』だけじゃ出力が足りなさ過ぎる。おまけに閃刀機の並列使用は出来ないから『ホーネットビット』での探査は出来ない。
私は悲鳴を上げる身体に鞭を打って、ロボットの足元の男子に向けて声を出す。
「そこの多腕の男子! 先ほど目と耳を生やしてるの見ました──このロボットの下に人はいますか!?」
人生で一番の大声を更新したかもしれない。砂塵やらなんやらも吸ってしまっているだろうし、終わったら喉は大荒れだろう。
やや間があってから、マスクの彼が多腕で大きなサインを作る。バツ。杞憂だった、危うく力が抜けそうになる。
『カイナ』の拳でロボットを突き飛ばすようにして、反作用で離脱する。
地面に降りた私に、多腕の男子が近づいてきた。女子の方は足を怪我したようで、動けなさそうだった。
「すまない、助かった。……その様子を見るに、随分無茶をさせてしまったらしいな」
疲労困憊でゆっくりと身体を倒していく私を見て、彼は心配している様子だった。
「いい、怪我は、して、ないし……ただ、そう、無茶では、あった」
息を吐きながら、私は途切れ途切れに答える。
「この恩は、いずれ何らかの形で返すと約束する。叶うなら、雄英の同級生としてな」
喋るのもしんどくなってきたので、彼の言葉に頷いて返す。というか、もう疲労が限界の私はともかく、彼は喋っていていいのかな──いや、もう終わっているのか。限界すぎてアナウンスを聞き逃していたらしい。
と、遠くから何やらざわめきが聞こえてきた。見ると、おばあさんが受験生たちにグミを配りながら歩いてきている。おばあさんは例の足を怪我した女子に近づくと、唇を伸ばしてチューをした。……え、何? まさか天下の雄英の受験会場で変質者もあるまいが。
「確か……リカバリーガールか。珍しい治癒能力の個性で、雄英の看護教諭だとか」
疑問に思っていると、心を読んだわけでもないだろうにマスクの彼が独り言で教えてくれた。なるほど治癒の個性。
彼女は女子が立って歩けるのを確認して、こちらの方へとやってきた。
「はい、グミだよ。怪我はしてないかい?特にそっちの女の子」
リカバリーガールは私の手にグミをねじこんで、返事を待つでもなく私を触診し始めた。喋る余裕も無ければ疲れすぎて怪我しているかも正直分からないので素直にされるがままにする。
「あんた丈夫だねえ、擦り傷しか無いよ。これなら何もしなくても勝手に治るだろうね。はい、そっちの君もグミお食べ」
怪我らしい怪我は無いようだ。自分でもちょっとびっくりだ。確かに装甲のおかげで怪我はしにくいが。
リカバリーガールはマスクの男子にも怪我が無いことを確認すると、別の受験生の一団へと歩いていった。
「そういえば、まだ互いに名乗っていなかったな。障子目蔵だ」
「閃機楼善」
まだしんどいので、短く名前だけ告げる。我ながら愛想の無い女子だと思う。
ともあれ。私の実技試験は、このようにして幕を閉じた。
閃機's ヘア:薄紫っぽいグレー、低い位置のツインテール(おさげとも)。
閃機's アイ:赤。
閃機's 表情筋:硬い。
閃機's 全身:スレンダー。
閃機's タイツ:穿いている。
THE・要するに
服装以外は《閃刀姫-ロゼ》の外見まんま。
参考
THE・リカバリーガールが来てる
本作では実技試験は会場ごとに時間ズラしてやってることにしています。