閃刀姫のヒーローアカデミア 作:スノアキ
翌日、午後。私たちはバスに揺られ、人命救助訓練のための施設へと向かっていた。ちなみに、バスは路線バスタイプ。観光バスを想定して皆を整列させていた飯田君はしょげていた。
緑谷君の個性がオールマイトに似ている、と言った蛙吹さんの話を皮切りに、互いの個性について皆が盛り上がる。
「派手で強えつったら、やっぱ轟、爆豪、閃機だな」
と、私の名前も出てきた。同じく名前を出された轟君は興味なさげ、爆豪君は不機嫌そうにケッ、とそっぽを向く。
そんな爆豪君の様子を受けてか、蛙吹さんが一言。
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!!」
「ホラ」
言われたそばからキレている。いや今のはキレるだろうけど。
「それで言うと閃機は人気出そうだよな」
おや、峰田君が参加してきた。今のところこう、邪なマニフェストを掲げていたことしか印象にないのだけれども。
「なんてったってあのスーツだぜケツが良いよな飛ぶから見えやすいしオッパイは無いけどああああああ!?」
早口で捲し立てる峰田君に、通路を挟んで反対側から耳郎さんがイヤホンジャックを突き刺した。
「……先生、彼除籍出来ませんか」
「閃機無慈悲!!」
「放逐してヴィランになられる方がマズいと判断した。こちらでも矯正していく算段は立てている、精神的苦痛に対しては……将来的にという但し書きがついてすまないが、本人に償わせるつもりだ」
「こっちもこっちで超現実的な回答!!」
「そろそろ着くぞ、静粛にしろお前ら」
「「「「「ハイ!!!」」」」」
……相澤先生の言う事ももっともだ。もっともなんだけど……うん。とりあえず峰田君がいる時はなるべく飛ばないか、高速機動しかしないようにしよう。あと一言余計だ。
施設に到着した私たちを出迎えたのは雄英の教師の一人、スペースヒーロー「13号」。緑谷君によれば、主に災害救助で活躍するヒーローだそうだ。麗日さんはファンらしい……個性が「無重力」だからかな。
13号先生の案内で私たちは施設の中へ。そこには水場、森林、岩山、燃える市街地など、さまざまなシチュエーションが再現された複数のエリアが立ち並んでいた。
「あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……
……そのネーミングは大丈夫なんだろうか。
相澤先生と何事か話したあと、13号先生は救助訓練を行う上での心構えを私たちに説いてくれた。
“個性”は、一歩間違えれば容易に人を殺しうる。13号先生の「ブラックホール」自体、強力無比で……危険とも言える個性。私だってそうだ。
体力テストで可能性、あるいは出来ることと出来ないことを知り。戦闘訓練で、人に向けることの危うさを知ったでしょう、と先生は語る。
「救助訓練では心機一転、人命のためにどう個性を活用するかを学んでいきましょう! 君たちの力は人を傷つけるためにあるのではなく、救けるためにあるのだ、と心得て帰ってくださいな」
13号先生は、そう結んでお辞儀をした。さすがに現役ヒーロー、それも救助の現場で活躍するというヒーローの言葉だけあって、重みがあった。そんな風に私が感じ入っていると。
「──ひとかたまりになって動くな!! 13号生徒を守れ!!」
相澤先生が強く命令する。彼が見下ろす先、広場に……黒い靄から、何人もの人が出てくる。
「何だアリャ、入試ん時みてえな……」
「動くなアレは──
切島君の言葉を遮って、相澤先生がそう言った。……ヴィラン? 雄英に? そんな馬鹿な、と僅かに思う。
「おいおいいないじゃないかオールマイト……平和の象徴……」
ヴィランの声。大きいわけでも、よく通るような声でもない。なのに、やけに鮮明に聞こえた。
「子供を殺せば来るのかな?」
嘲るような。私の人生で触れたことのない、淀んだ悪意の滲む声。天下の雄英に、なんて思いが叩き潰される。彼らには明確な企てとその手段があるのだ、と理解させられた。入試の0ポイントロボが目の前に現れたのだって比べ物にならない──本物の脅威。本物の恐怖。自分が震えているのが分かる。駄目だ、おじいちゃん言ってたじゃないか。ヴィランを恐れよ、しかし怯えるな。今の私は後者だ。落ち着け。落ち着け。落ち着け。
私が立ち竦んでいる間に……相澤先生は単身、ヴィランたちへのもとへ向かう。緑谷君が、正面戦闘向きではないはずと不安を見せていたが……それは、すぐに覆された。
普段の気だるげな様子からは想像もつかない身のこなし、異形型らしきヴィランをも真っ向から殴り飛ばすフィジカル。ヴィランを薙ぎ倒すその姿に、いつの間にか私の震えは收まっていた。
「緑谷君分析している場合じゃない早く! 閃機君も!」
飯田君の言葉に、慌てて動き出す。そうだ、今は避難──。
「させませんよ」
ぶわ、と。私たちの前に、黒い靄が広がる。靄の上部には目と思しき光があった。
「初めまして、我々は敵連合。僭越ながら──この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせていただいたのは、平和の象徴・オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして」
オールマイトを殺す。そんな世迷言を、とは思えなかった。それが実際、オールマイトに届くかはともかく……彼らは、本気でオールマイトを殺せると確信して、今回の行動を起こしている。
おじいちゃんが言っていた。思想か、困窮か、快楽か。いずれにせよ、殆どのヴィランにはそれなりに罪を犯すに足る目的がある。そうしたヴィランは手段を選ばない。だからヒーローは、どのようなヴィランが相手でも一瞬たりとも気を抜けない──故にヴィランを恐れよ。しかし市民を背に立つヒーローとして怯えることはするな。
彼らも、そういうヴィランなのだろう。「子供を殺せばオールマイトが来る」と思ったのなら、本気で殺す。そういう相手に、私たちは今襲われている。
靄が、私たちを取り囲もうとして。爆豪君と切島君が、靄に攻撃を仕掛ける。一瞬、凄いと思った──けれど、今の状況。すぐに、まずい、と思い直す。
「ダメだどきなさい二人とも!!」
13号先生の「ブラックホール」は、あらゆるものを吸い込む。二人が先生の前に出てしまった今、使うわけにはいかない。
「私の役目は……あなたたちを散らして、嬲り殺す!」
言葉と共に、靄が私たちを囲む。咄嗟に『ウィドウアンカー』を展開し、近くにいた麗日さんを掴みながら『ハヤテ』に換装して飛ぶ。
ドーム状に展開されていた靄をなんとか抜け出す。数秒で靄は晴れ……その後には、飯田君、障子君、瀬呂君、芦戸さんだけの姿があった。他の皆はいない。消えた──触れた私たちや彼らが無事な以上、「ブラックホール」みたいに塵も残さず消してしまえるような個性じゃないはず。じゃあ皆は──あの靄、「散らして」と言っていた。どこかに移動させられたんだ……思えばそもそも、ヴィランたちもあの靄を通ってここへ現れていた。
「皆は!? いるか!? 確認できるか!?」
「散り散りになってはいるがこの施設内にいる」
麗日さんを抱えて降りる。飯田君の叫びに、障子君が冷静に返していた。本当に優秀だな、彼の個性。それとその冷静さ。
「
呟き、青い装甲に換装する。『シズク』の閃刀術式は『ジャミングウェーブ』……ある程度自由に発生させられるシールドのようなものだ。
いつでも『ジャミングウェーブ』を使えるように警戒する。靄のヴィランを前に張り詰めた空気を、13号先生の声が破った。
「通信を妨害しているヴィランを探す時間は無い……! 閃機さん! 直線距離なら君の方が飯田君より早いと見ます──学校へ向かってください! 君に託します!」
「───!」
責任は重大だ。ヴィランを振り切って雄英へと向かえる手段を持つのは飯田君と私しかいない。そして一刻を争うこの状況、空路を使える私に白羽の矢が立つのは必然。
私が、やるしかない。怯えるな。なるんだ、おじいちゃんみたいなヒーローに……!
「ハヤテ! ベクタードスラスター!」
換装し、全開で『山颪』とスラスターを吹かす。飛び立つまでの数秒もない時間がやけに長く感じられる。
「手段が無いとはいえ……敵前で策を語る阿呆がいますか」
ぶわ、と靄のヴィランが膨らむ。先ほど飛んだのは見られている。手が届かなくなる前に捕まえる気だ。一度『シズク』に換装したのは早まったか。周りに皆がいる、『カガリ』で飛び立つことは出来ない。
私の身体が上昇する。靄は追ってくる。不定形の身体──どこまで届く? どこまで追ってくる? 不気味な目が眼下に迫り───不自然に、揺らめいて後方へと飛んでいく。
「な……!? く、身体が……!」
ちらりと皆の方を見ると、障子君が靄のヴィランの胴体を投げ飛ばしたらしかった。やけに飛んでいく様子から、恐らく麗日さんの個性がかかっているのだろう。
前に向き直る。USJの天井はそう遠くなかった。
「カガリ! アフターバーナー!」
出力最大。『アフターバーナー』が天井を突き破る。陸路を目印に、私は雄英へと一直線に飛んだ。
◆
「む! 閃機少女!?」
段々と消耗が辛くなってきた頃、なんとオールマイト先生が地上から私に声をかけてきた。慌てて『ハヤテ』に換装し、なるべく急いで着地する。
「オールマイト先生、ヴィランがUSJを! 相手の個性で皆USJ内に散り散りに……!」
「何と……! 直感に従って正解だったようだ! 移動中私から雄英に連絡しよう、よく頑張った閃機少女!」
オールマイト先生はそう言ってまた駆け出した。ナンバーワンヒーローの安心感は流石だ。
……さて。オールマイト先生から雄英に連絡してもらえる以上、私はここで休んでたって怒られはしないだろうが……きっと、今皆は頑張っている。それに、私は13号先生に託された。意味のない感傷ではあるが……託されたことをやりとげられる自分であると、自分に証明したい。
再び『カガリ』に換装し、私は飛んだ。
その後──私は恐ろしく消耗しつつも、雄英に到着。オールマイト先生からの報せが行き渡っていたようで、事務の方に保健室へと連れて行かれた。
怪我をしているわけではなかったのでリカバリーガール先生にグミを頂き、そのままベッドをお借りして休むことに。正直皆のことは気がかりではあったのだが、さすがに疲労がひどく私はそのまま意識を落とした。
◆
目を覚ます。目に入ったのは保健室の白い天井ではなく、落ち着いた内装の天井だった。身じろぎして気付く。寝ているのもベッドではなく寝袋だ。
「目が覚めたかい?」
耳に入ったのは、高めの少し可愛らしい声。
「……校長先生?」
「YES!」
何故か英語で答えた彼は、雄英高校の校長・根津先生。見た目は鼠……というか、鼠そのものらしい。
「治療の都合でね、寝ている間に応接室まで移動させてもらったよ。それは備品の寝袋さ」
「治療の……誰か怪我を?」
「オールマイトと、緑谷君がね。とはいえリカバリーガールの治癒でなんとかなる範囲さ」
「オールマイトが……」
さしものオールマイトも、あらゆるヴィランを相手に無傷で勝利、とは行かないのは知っている(だからこそおじいちゃんも「恐れよ」と言うのだ)。とはいえ、それが基本的には珍しいのも事実。そんなヴィランが襲撃をかけてきたという事実に、底冷えのするような感覚を覚えた。
校長先生は私に頑張ったね、と声をかけて教室へと送り出してくれた。
教室に戻ると、緑谷君以外の皆が、何をするでもなく座っていた。
「閃機! 聞いたよ話、大丈夫だった?」
一番に話しかけてきたのは芦戸さんだった。
「大丈夫、疲れただけ。応接室で寝かされてた……皆こそ大丈夫? 緑谷君が怪我したって聞いたけど」
「俺とか尾白とかはちょっと怪我してっけど、大したことねえ。それより相澤先生が……」
切島君がそこで言葉を切る。しばし沈黙が続いて、蛙吹さんが続きを引き継いだ。
「両腕と顔の骨折……眼に後遺症が残るかも、って。13号先生も、命に別状は無いけどひどい怪我だそうよ」
「……そう。そんなことになってたんだ」
重苦しい空気が纏わりつく。私は全力だったし、13号先生の判断は正しいものだったと思う。それでも……私が、あの場所にいなかったことが、どうにも苦しかった。
◆
翌日は臨時休校。さらに翌日、朝のホームルーム。
「お早う」
「「「「「相澤先生復帰早えええ!!!」」」」」
ミイラ男みたいな姿で、相澤先生がやってきた。
「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねえ」
相澤先生の言葉に息を呑む私たち。相澤先生は言う。
「雄英体育祭が迫ってる」
「「「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!!」」」」」
あの、先生。気持ちが追いつかないです。