閃刀姫のヒーローアカデミア 作:スノアキ
雄英体育祭。ヒーローの卵である私たちにとってのアピールの場。トップヒーローも見に来るという、高校生活で三度だけのチャンス。
「あんなことはあったけど……なんだかんだテンション上がるなオイ!」
「活躍して目立ちゃあ、プロへのどでかい一歩を踏み出せる!」
昼休み、クラスの大半は体育祭への意気込みで盛り上がっている。けれど、私はどうもそうした気分にはなれなかった。
USJの一件で皆が大変な目に遭っている中、私は最適任だったとはいえ一人USJを離れ雄英へ連絡に向かっていた。必要なことだったとは分かっていても、そのことに後ろめたさや引け目のようなことを覚えてしまう。
浮かない顔で、私はともかく空腹を満たそうと食堂へと向かうのだった。
放課後。下校しようと考えていたのだが、何やら教室前に人だかりが出来ていた。
「敵情視察だろ。ヴィランの襲撃を耐え抜いた奴らがどんなもんか、
爆豪君が吐き捨てる。私は、まあ、耐え抜いたというと少し違う気が──。
「意味ねぇからどけモブ共」
「知らない人のこととりあえずモブって言うのやめなよ!」
あまりの暴言に後ろめたい気持ちが吹き飛んでしまった。飯田君も若干口調が崩れている。
「ま、概ねその通りなんだけど……ずいぶん偉そうだなあ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」
「ああ!?」
背の高い紫髪の生徒が、人混みをかき分けて何やら前に出てきた。そう思われるのは心外だ……緑谷君たちが高速で顔を横に振っている。
「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するな。知ってるかい? 普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴結構居るんだ。体育祭のリザルトによっては編入も検討してくれる──その逆もまた然り、なんだってさ」
その言葉に、場の空気が一段と緊張感に包まれる。
「敵情視察? 訂正させてもらうよ、少なくとも
……なんともまあ。大胆不敵な人もいたものだ──爆豪君の目の前であの態度取れるの、かなり肝が座っていると思う。あの短い言葉だけでも爆豪君の性格は推して知るべし、って感じなのに。
その後、B組の人も宣戦布告らしきことをしてきたり、爆豪君がまた傲岸不遜な態度でそれらの敵意を切り捨てたりということがあり。それらを見ながら、私は気持ちを切り替えた。
皆本気だ──A組も、B組も、普通科の彼も。ウジウジ悩んでいる暇はない、目の前のことに集中しないと。
体育祭まではあと二週間。出来ることをしなきゃ。
さて。宣戦布告の翌週。
「すいません、ここ座って──あ」
「? どうぞ──あ」
食堂で相席を申し出てきたのは、例の普通科の人だった。あの時入口付近にいたので、彼の方も私を覚えていたらしい。
彼は困ったように辺りを見渡して、他に座れそうな場所が無いことを悟ると、渋々といった様子で私の隣の席に腰を下ろした。
「……」
「……」
「……結構食うんだな」
気まずい沈黙。不意に、彼が呟いた。
本日の私のランチはカツカレー(大盛り)、サラダ、豚汁、ゆで卵二個。女子としてはそこそこの量である。宣戦布告を切っ掛けに、私は食事とトレーニングの量を増やしていた。
「え? ああ……」
「あ、いや。悪い、女子相手に」
「別に、事実だし。体力は資本だから」
「……それは、例の件で?」
ライバルに探りを入れているのか、単純にUSJのこと……あるいは、それを経験した
答えるべきか迷ったが……彼は間接的に、私に気合を入れ直してくれた相手だ。少しくらいはいいだろう、と思った。
「概ねそう。言っていいのかな……まあ、君口硬そうだし。私、あの時雄英との連絡を任されて、USJを出たの」
「……!」
「無事雄英には着いたけど……私の『
「……聞いておいてなんだけど、言って良かったのか? 一応はライバルだぜ」
「A組の皆は私の個性のこともっと知ってるよ。私の手札は速さだけじゃないし」
「……そう。流石ヒーロー科、強い“個性”みたいだな」
そう言う彼の声には、小さな棘があった。個性絡みのコンプレックス……中学校の社会でも習った話だ。異形型や弱個性へのいじめ・差別、強い個性への過剰な恐怖……。
多分、彼のその陰を取り払うのは私では難しい。自分で言うのもなんだが、私の個性は小さい頃から何度も褒められてきた。彼に響くような言葉を、私は持ち合わせていない。それが出来るとしたら、同じような個性絡みの背景を持って、それでもヒーローを目指している人だろう。
「……否定はしないけど、随分卑屈だね。宣戦布告の時の君は肝が座ってたと思うけど」
「……」
「上鳴君が言ってたけど、あのクソを下水で煮込んだような性格の爆豪君に啖呵切るなんて。私感心したよ」
「誰だよ上鳴。そいつこそ肝が座ってんな」
OK、ちょっと元気になったみたい。
無言のまま、互いに昼食を食べ進める。少しして、彼が口を開いた。
「……なんか、励ましてくれた……? のか? あんなこと言った相手に親切だな」
「ヒーロー目指してるから。爆豪君と一緒にしないでね」
「ひょっとしてあいついじられキャラなの?」
気まずい遭遇は、意外にも和やかな昼食の時間を齎してくれた。宣戦布告の印象が強かったが、彼……心操君は案外喋りやすい人だった。
「四六時中あの時の感じだったら爆豪君2号だもんね」
「ああやっぱいじられキャラなんだ」
いや、バレたら殺されると思う。そこそこいじられてるのも事実だけど、特に私は実技成績の関係でちょいちょい威嚇されてるし。
というか、こういうのあんまり私のガラではない。まあ、上鳴君あたりに毒されたということで。
時はあっという間に過ぎ去り、今日は体育祭当日である。A組の控室で、私は軽いストレッチをしながら開会を待っていた。なお、公平を期すとのことでヒーロー科も体操服での参加となっている。皆は概ね和やかに過ごしていたが、不意に轟君が立ち上がり緑谷君へと声をかけた。
「緑谷。客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」
出し抜けにそんなことを言う轟君に、皆の注目が集まる。
「おまえオールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねえが……お前には勝つぞ」
「おお! クラス最強格が宣戦布告!?」
上鳴君が妙にテンションを上げるのをよそに、轟君はこちらに向き直った。
「それと、閃機。この前の、屋内戦闘訓練……チームとしては俺の負けだったが、直接の決着はついてねえ。今度こそ、俺が勝つ」
そう宣言した彼の目は鋭かった。なにかしらの負の感情……けど、よく分からない。ただのライバル意識やそれに類する敵愾心、という雰囲気ではなかった。
私が言葉を選んでいると、先に緑谷君が口を開いた。
「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのかは、わかんないけど……そりゃ、君の方が上だよ。……実力なんて大半の人に敵わないと思う。っ、でも! 皆……他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって……遅れを取るわけにはいかないんだ。僕も、本気で獲りに行く!」
俯いていた顔を上げ、緑谷君は力強くそう宣言した。彼もあの宣戦布告に感じる所があったらしい。続けて、私も轟君の言葉に返す。
「種目、どうなるかは分からないけど……例年通りなら、最終種目は何かしら一対一の競い合い。直接って言うなら、そこでのことを言ってるんだろうけど……轟君は確信してるんだね。君はもちろん私も、そこまで辿り着くって」
「ああ」
「なら、私はそれに応える。私も少し不満だったんだ──決着を付けよう」
屋内での戦闘、核の争奪というシチュエーション。あの時私は個性の全開使用が出来なかった……不満と言うとやや大げさだが、きちんと決着を付ける機会があるのならそれに越したことはないと思う。
それぞれが、それぞれの思いを抱えて。私たちは、会場へと向かった。
マイク先生の司会が、観客のボルテージを煽り立てる。広大なスタジアムの観客席を、余す所無く埋め尽くすギャラリー。……やっぱり緊張する。入学式で挨拶とかの比ではない。
各クラスの入場が終わり、主審を務めるミッドナイト先生が登壇する。
「選手宣誓! 選手代表、A組爆豪勝己!」
「え~っかっちゃん!?」
「爆豪一応首席だからな。閃機は実技一位であって」
「ヒーロー科の、な」
そんな声が聞こえてくる中、爆豪君はミッドナイト先生の前に向かう。手をポケットに入れたまま。態度悪いな。
「せんせー。俺が一位になる」
うわあ。B組や他科どころかA組からも非難轟々だが、爆豪君は首を切るハンドサインでそれに返してみせた。一周回って見習いたい。
その後、ミッドナイト先生が早速第一種目の説明に移った。種目は障害物競走、コースはスタジアム外周一周。コースから外れなければ何をしても構わない、という部分をやけに強調する声音だった。つまりは妨害でもなんでもありということだろう。
ゲート前への集合を促される……明らかに人数に比してゲートが小さい。小手調べといったところだろうか。私は周りの邪魔にならないよう、後方でスタートを待つことにした。
ゲート上部のランプが消えていく。3つ目が消えると同時、私は換装した。
「
ゲートは狭めだが、高さはある。装甲が邪魔になるほど極端に狭くもない。飛べるのだから飛ぶのが自然だろう。
前方では轟君が地面を凍らせたようだった。A組以外はそれなりの人数が足を取られていたが、対処出来ている人も少なくない。
狭いゲート付近を抜けた先、私たちを待ち受けていたのは入試のロボット。それも1ポイントや2ポイントだけではなく、0ポイントの巨大ロボットが大量に。
とはいえ。この通り私は飛べるし、倒さなければいけないわけでもない。円形のスタジアム外周がコースなので、『ハヤテ』の術式である『ベクタードスラスター』で小回りを効かせる必要があり『カガリ』で千切れないのが悩ましいところではあるが──いや。さすがに、そんな甘い設定を雄英はしてくるだろうか?
私の思考を裏付けるかのように。巨大ロボットの肩が開く。ミサイルの弾頭が、顔を覗かせた。
『ご覧の通り1ーA閃機、飛行能力持ち! おいおいちょっとズルがすぎんじゃねえのと思ったオーディエンスは心配無用!』
『素体は入試で使用された仮想
『んでもって現在飛んでんのは閃機だけ! ロボットの攻撃が集中するぜぇ!』
「──
大丈夫だ、慌てることはない。緑谷君も以前ちらっと言っていたが、私の個性の売りは対応力にある。『ホーネットビット』はその極地だ───そもそもの性能に加え、兄が手を加えてくれたおかげでかなりの多機能になっている。
「
こちらへ飛んでくるミサイルを視界に収め、ビットにロックオンさせる。本来の機能ではあるが、兄が取り付けたカメラのおかげで視界とビットの照準を同期させる感覚が掴めてよりスムーズに可能となったものだ。そのまま、ビットが射撃を開始。これは実体のない光弾を撃つもので、一発の威力は人に当たっても当たったところが少し痺れる程度。だが、ミサイルを処理するにはこれでも十分だ。
光弾がミサイルと接触し、私に辿り着くことなく爆散する。これなら行ける──そう思ったところで、巨大ロボットが顎を開き何やらエネルギーをチャージしているのが見えた。
咄嗟にスラスターを吹かす……が、直後、巨大ロボットの全身が凍結した。轟君だ。これ幸いと、他の巨大ロボットから飛んでくるミサイルをビットで処理しつつ頭上を越えていく。
「あいつが止めたぞ! あの隙間だ、通れる!」
「やめとけ、中身まで凍らしたわけじゃねえ──すぐまた動き出すぞ」
轟君の声がやけに大きく聞こえた。まさかと思い、振り返る時間も惜しくて即座にスラスターを吹かす。
瞬間、私が今の今までいたところを極太のビームが走り抜けた。
まさか轟君が何も考えず周りも恩恵に与れるようなことをするはずがないとは思っていたが……地上のライバルだけでなく私への妨害もきっちり勘定に入れていたとは。というか後ろ見てないけどロボットの頭を越えてきた以上ロボットの首は反対側向いてたはずだし、ぐりっと180度回ってこちらに撃ってきたのだろうか。想像するとあまりぞっとしなかった。
その後も私は対空攻撃を躱し、迎撃しながらコースを飛ぶ。飛べる個性は私と、強いて言えば爆豪君ぐらいのようで……つまり対空妨害は、(自分で言うのもなんだが)私と爆豪君のレベルに合わせて配置されていることになる。凄まじい密度だった。
まあ二つ目の障害が綱渡りで三つ目の障害が地雷なので、これぐらいはしなければ飛行個性持ちが圧倒的すぎるという事情もあるのだろうが。逆にこう、網の下を這って進んでいくような障害には出来なかったのだろうか。雄英ならコースの一画丸々低い天井を作るぐらいのことはできそうだが……日本中の注目が集まる祭典でそんな地味なこと出来ないと言われれば、そうかもしれない。
現在私は地雷原上空を『カガリ』で飛行中。対空攻撃の密度のせいで、思ったほど地上組を引き離せていない。ビットに後方を探らせると、そう遠くはないところで爆豪君が低い所を飛んで地雷原を突っ切っている──ちょっと、私ばっか狙ってるんじゃないぞ対空ミサイル・ドローン・その他諸々。私が先行しているせいで爆豪君がすぐにはターゲッティングされず、後ろから追いかけるかたちになるせいで飛行のための爆破の片手間に処理されてしまっている。地雷原もそうだが、先行していると不利を被る設計らしい。
と──そこで、さらに後方で大爆発が起きた。ビットからの映像を見ると、誰かが猛スピードで地雷原を吹っ飛んでいる。あの髪は……緑谷君! かなり早い、爆豪君も轟君も追い抜く勢い、いや抜いた! 前方を見ればゲートはすぐそこ──ただし直線ではなくゆるやかなカーブの先! 『カガリ』の最大速度に頼れるのはここまで……!
「ハヤテ、ベクタードスラスター!」
後方で再び爆発。音の大きさからしてかなり近い。転げるように緑谷君が視界に入ってくる──ビットのカメラではない、生身の視界だ。足早……! 緑谷君の個性は自傷するレベルで強力な増強型、この二週間で制御をものにしたか……それとも素でこの脚力か、どっちにしてもすごい──とか、感心している場合じゃない!
ビットからの映像を見るまでもなく、爆破音で爆豪君が迫ってきているのも分かる。恐らくは轟君も。
ゲート内は最後の直線──妨害有りのレースだ、『カガリ』を使うか? けど、換装による一瞬のロスが今は惜しい……!
決着の時は迫る。私と緑谷君は殆ど同時にゲートに突入し、そして───。
『さァさァ思いも掛けず盛り上がる展開になったァ! 序盤からトップ、対空攻撃をものともせず飛び続けた閃機と! まさかの機転で一気に千切ってきた緑谷がほぼ同時にゲートに突入! 僅かに遅れて爆豪と轟もそれを追う! 短い最後の直線を抜け! スタジアムに一番に還ってきたのは……!』
『緑谷出久だァァァァァ!!!』
最後の直線。緑谷君は僅かに私に先行し、そのリードを手放すことなく……第一種目一位の栄誉を手にした。『
で……若干懸念されることとして、私の体力の消耗がある。地雷原ゾーン以外はスタジアム外周を沿うコースである都合ゆるやかなカーブだったので、『カガリ』を使っていた時間はそんなに長くないが……『ホーネットビット』をフル稼働しながら『山颪』と『ベクタードスラスター』を使い続けていたので、どうしても消耗しているのは否めない。第ニ種目、そして最終種目。本格的な戦闘があるなら、今しがた競った三人……緑谷君、轟君、爆豪君を相手するのに『カガリ』の火力は切り札たりうる。そこまでは体力をセーブしなくては……。
そんなことを考えているうちに、ミッドナイト先生による第ニ種目の発表が始まった。次の種目は騎馬戦。第一種目の結果を参照して、各自にポイントが割り振られる。その奪い合いということだろう。
「与えられるポイントは下から5ずつ! 42位は5ポイント、41位は10ポイント! そして──」
なら私は2位だから205ポイントか……中々重い。高いポイントを奪われるリスクを背負うより、奪って上乗せするのが確実と組んでくれない人もそこそこいるだろう。さて誰に声を───。
「1位に与えられるポイントは1000万!」
うわあ。
「上位のやつほど狙われちゃう! 下剋上サバイバルよ!!!」
恥ずかしながら。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、2位で良かったと思った。