俺と獣王、共に構え仕掛けるために気配を探り合う……そして。
「ぬぁっ!」
獣王が先手を打つ。
「獅子斬!」
踏み込みとともに右腕を振りかぶり力任せに振り下ろす、たったそれだけの動きで目の前に死が迫ってくる、飛ぶ斬撃、五指の爪で空を裂き生じた衝撃波が巨大で不可視の刃となって襲い来る。
空気が圧されるような迫力に俺は咄嗟に刀を振り抜く。
「(思ったより速いなっ……!)万力斬!」
呼吸を早め心臓が弾けるほど血を巡らせ筋肉の軋む音が聞こえるほど力を振り絞って衝撃波に衝撃波をぶち当て、かき乱す。
ぶつかり合う斬撃と斬撃が弾け合い乾いた爆発音と共に静寂が訪れた。
僅かな間、俺は死を覚悟した、獅子斬……恐るべき技だ、軽く振ったように見えた……民家の輪切りが出来る威力があの動きで出るんだろ、ずるいぞ。
「ほう、真っ向から獅子斬を破るとはな、ただの雑魚では無いようだ、しかしあの程度ジャブのようなもの……対してお前は余裕のない本気の一撃……既に勝敗は見えた」
「たった一回の切合でそんなもん分かってたまるか……はぁ……はっ!」
今度はこちらから仕掛ける、呼吸を無理矢理整えて距離を一気に詰める、そして流れのままに切り刻んでいくが獣王は筋肉を膨張させ硬度を高め真正面から受け切り、折れた刀では筋肉の繊維一本斬ることが出来ずにその表皮を滑る。
俺は動揺した、その瞬間を狙われ固く握られた人間大の拳が横殴りに飛んでくる。
「クソっ、ぐぁぁっ!?」
「速いが軽い……そのなまくらでは……我が鋼の肉体に傷一つ付かぬ!」
「ゴホッ……あぁ……そう……」
「ククク、脆いな……たった一撃、軽く払ったに過ぎないんだぞ? ……これほどまでに弱いとはな、だがもう終わりだ」
獣王は再び獅子斬の構えを取る、今度はもう打ち消すほどの余裕がない、自分で分かる、度が過ぎた……俺は強くなると同時に目は曇ったみたいだ、弱肉強食と言われても弱い生き物が生き延びてきたのは他者と己をよく比べ臆病に生きているからだ。
俺は警戒心を抱かず観察を怠った、原作を知っているからと少し浮世離れした思考でいたのがマズかった、反省しよう、だがもう遅いかもしれない。
「獅子__」
獣王の爪が振り下ろされる、今度は避けることすらできない…………打開する方法だ、考えろ、思考をトップスピードに持っていくんだ、そうだ初めてこの刀を握った時を思い出せ……駄目だ何も思いつかん!! 最後はカッコつけて死ぬかぐらいしか思いつかん!
『血……血を……死にそ……』
「(生きてたのか!?)」
『え? あ……勝手に殺さんでくだされ……』
「(それよりもなんかないか打開策!)」
『……今、某は真っ二つに折れて力が半減している状態……部屋に置いてきた某の片割れを呼び寄せれば、まだ戦えるはずでござる……しかし余力がなく、くたびれ殿の血を分けてもらうことになるでござるが……』
「(それだ!)持ってけ俺の血……!」
俺が姿勢を低く保ち、辛うじて膝を付かないギリギリの体力で踏ん張りながら、仙刀斎の刃を左手で握り一気に引く、勢いよく切れた手から流れ出る血が刀を染めていく。
同時に獣王の獅子斬が成立する。
「斬ッッッ!」
『みなぎってきたぁぁぁっ!』
先ほどの一撃より遥かに強力な獅子斬が地面を斬り刻み、めくり上げ迫ってくる、目に見えないが肌で感じる死の感覚、既に斬られたと錯覚するほどの威圧を感じ、諦めそうになるが、仙刀斎は有言実行を果たす。
ベランダから飛び出しひゅるりひゅるりと空を自在に飛び回り、高速で回転しながら獅子斬を逆に切り裂く折れた切っ先、その動きはまるで初めて出会った時のようで、何もかも皆切り裂く。
そして意志を持って俺を前で静止し切っ先を獣王に向けていた。
「なにいっ、力を隠していたか……っ!」
『不思議なことにくたびれ殿の血で某の力は一時的に増すようでござる……ですがお気を付けくだされ、火事場の馬鹿力と言う奴でござる』
「(そう何度もできないってことか……なら今のうちに一気に決める!)」
『合点!』
俺の血を吸った仙刀斎は以前に増して刀身に鋭さが宿っている気がする、そこにある空気すら切っていると思うほど滑らかに振るえるようになった。
今の仙刀斎と俺なら、ひょっとして獅子斬を再現できるかもしれない、いやそれ以上の技に出来るだろう、あの固く鍛え上げられた筋肉を断ち切り喉元に刃を届けるためには今はこの手を試すしかない。
……命懸けだ、でも不思議と楽しい、強くなるための努力に代え難い高揚感を覚える……やはりサイタマさんと言う遠すぎる到達点があるからか、こんな気持ちになるのは。
「全力でお相手いたす……」
「気配が変わったか、面倒なことになる前に…………叩き潰すのみ! ぎゃぁぉぉぉぉぉおおおっ!」
獣王が俺の気配の変化を読み取って本気を出した、両手の爪は伸び鋭さを増し、筋肉は更に肥大化し力が増大する、たてがみが逆立ち見る者を萎縮させる。
「獅子斬流星群ッッッ! ぬぉぉぉぉぉぉっ!!!」
切って切って切って斬りまくる爪撃の流星群、その一発一発が獅子斬以上に切れ味を持つ、巻き込まれれば粉微塵、近寄るだけでも三枚おろしになる斬撃台風、俺はその台風の目の中で決死の一撃を用意する。
「(バケモンだ……だけど、全てを振り絞れば勝てないわけじゃない)」
仙刀斎が飛ばす切っ先と俺自身が振るう刀でいなし、かき消し、躱す、獣王は勝利を確実にするべく更に吠え、力を増した。
「ぬうぉぉぉぁ死ねぇぇぇい!」
この瞬間、俺は獣王の懐へ飛び込んだ!
「早まったな! 死ねぇい!」
「死ぬかよ──っ!」
「なっ! 腕を犠牲にっ?!」
高速で迫る爪をいなしてかわせないなら左腕を犠牲にし、獣王の顔目掛け飛び上がり、獣王の顎を狙う。
力一杯振るんじゃない、刀の切れ味を最大化するように振る、集中だ、獅子斬のように衝撃波を飛ばして斬るんだ、出来る限り細く薄く、筋繊維の隙間すら通すような繊細さで。
「はぁっ……!」
「ぐ……がぁぁぁ?! あ、あが……あがが!?」
出来る限り無駄なく正確に、そして素早く振るう一撃は俺の目論見通りに薄く細い衝撃波を発生させ硬い表面の皮や筋肉を通り抜けて内部の柔らかい筋肉を断ち切った。
獣王は顎の筋肉を斬られて開いた口が塞がらない、二重の意味でな、閉じない口を閉じようとする獣王にとどめを刺すべく仙刀斎に指示を飛ばし、勝敗を決する。
「(いけ……! 口の中へ飛び込め!)」
『中からズタズタにするでござるっ!』
「がが、あが……、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
開きっぱなしの口に飛び込ませた仙刀斎の切っ先は縦横無尽に動き回り内部から獣王を網目に切り裂き、破裂させるように飛び出した。
──パァァン!
水風船が破裂するがごとく、獣王の身体が弾け、肉が飛び散る……むごいからこれ以上言わないが、まぁ、ホルモンが食いたくなくなった。
獣王の血をたっぷり吸い取った仙刀斎は元気が戻り、喜びを表すように切っ先が俺の周りを旋回してから、折れた切っ先と刀の断面を合わせ元の一つの刀になった。
仙刀斎、これにて完全復活……と、言うことだ。俺は左腕が再起不能に近い、つながってるが動かないみたいだ、だが前より戦えそうだと言う実感がある。
「仙刀斎、どうだ調子は?」
『もちろん最高でござる……それどころかこの獣王の血、凄まじい力を秘めていたようで、くたびれ殿の合図一つで12等分まで行けそうでござる』
「……そりゃとんでもないな」
『とは言え、基本は一本の刀として使っていただけると嬉しいでござる』
……俺はどうやら生き残れそうだ、この過激な世界でヒーローとして戦っていける、サイタマさんやジェノスのようなパワーはないが、それでも俺のやりたいようにやれるって自信がついた。
まだつくしの気持ちになっていたサイタマさんがヌルっと地面から這い上がり、それを見て驚いたグランドドラゴンを素早く叩き潰し俺の方へやって来た。
「おお〜すげー死闘だったな、見ててハラハラしたぜ……ま、流石にくたびれさんには勝てなかったみたいだけどな、良かった良かっ……あ、腕、大丈夫?」
「……ジェノスのようにサイボーグにしようかな」
「え、めっちゃ重症じゃねーか!?」
「大丈夫です、大丈夫、大丈夫ダーイジョブダイジョブ……」
「……信用ならないけど大丈夫って言うならまぁ……大丈夫じゃないだろうけど……」
これにて、俺の戦いは終わった。
だが、これは始まりに過ぎない、獣王やアーマードゴリラを送り込んできた進化の家は一部に過ぎない、人々を脅かす怪人は次々に現れる、俺はまだスタートラインに立っただけだ。