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《 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28092893 》
【これまでのあらすじ】
シャーレの先生の息子、赤染玲央は奥空アヤネと禁断の関係になってからは、様々な生徒と爛れた関係を持って来た。美甘ネルはそんな彼の護衛任務を任されることになる……。
昼寝から目を覚ましたとき、スマホから音が鳴った。いつも置いている場所に手を伸ばすと、掌の中でジタバタ暴れている。
「……アイ、もしもし……」
ダメだ、いつものように声が出ない。ったく、今、すげー眠たいってのによ……。
「こんにちは。ネルさん。ご機嫌いかがですか?」
……誰だ?聞いたことのある声なのは間違いないが、思い出せない……。最近、新入りぶっているトキとは違う。あーだこ-だと言ってくるユウカでもない。……本当に、誰だ?
「おいおい、誰だテメー。まずは名前を」
「生塩ノアです。名乗るのを忘れてしまって申し訳ございません」
……あぁ、セミナーのノアか。……って、あたしに何の用だ?
「あぁ、ユウカんとこの。えーと、あたしにどんな用だ?こっちはすげー疲れてて眠りてーのによぉ」
「こ、これは失礼しました。そうでしたね……。晄輪大祭の阻止を目論むカイテンジャーとの戦闘でお疲れでしたのに……」
「こっちは足もパンパンだし、頭もズキズキ痛むし、今すぐ泥のように寝て―んだよ。で、要件は何だ?いつもの掃除か?」
「いえ、掃除ではありません。その……、さる子どもの護衛です」
「ガキのお守りかよ……。あたしよりアカネがいいんじゃねーの?」
「それが、アカネさんもユウカちゃんもひどく苦しんでたみたいでして……。とても頼める状況ではないんです」
「ハッ……!だからってあたしかよ?ガキの面倒なんて担当外だぜ?アリスんとこはどうなんだよ」
「ゲーム開発部は、何故か花岡さんからやんわりと断られてしまいまして……」
「おいおいおい。ヴェリタスはどうなんだよ?」
「ヴェリタスもあっさりと断られてしまいましたね……。特に、コタマさんから強く反対されまして……」
「そうかよ、あたしがやりゃ皆納得だってのか?」
「……少し不本意かもしれませんが、そうなるみたいです」
「で、それはいつなんだよ?まさか」
「明日にお願いします。それと、護衛対象の男の子はただの男の子ではありませんよ」
「あ?どういうこった?」
「……ネルさんの大好きな赤染先生、そのお子さんです」
……は?マジで?
「おいおいおいおいおいおい!先生の息子って、あの変な噂ばっか立ってるあの」
「あまり言いたくはありませんが、そうですね……。先生のお子さん、玲央君の護衛をよろしくお願いします」
「待て待て。先生はその間どうすんだよ?」
「先生はヒマリ部長と会議をされるそうです。何でも、辺境の地域での不可思議現象の調査結果を整理したいと仰ってて……」
「先生は仕事、周りの奴らは断る……。どーしてあたしは休んでらんねーのかな、あーあ……」
「あ、ご安心ください。護衛そのものはトキさんがしてくださるそうです。ネルさんは玲央君とお散歩でもデートでもしてくだされば大丈夫です。ただ、気をつけてほしいことがあります」
「ンだよ、気をつけること?」
「アヤネさんの話をしたとき、決して否定をしないでくださいね。それと、ボディタッチや身の上話のしすぎにご用心を」
「アヤネ?何だ、ドでかい失恋しちまったってか?」
「……乱暴に言うならそうですかね。実際、動揺していたあのときも、コユキちゃんのことを助けてあげようとして……。あ、暗くなるのでや、やめましょう。ともかく、玲央君はかなり心が傷ついています。優しくしてあげてくださいね」
「あぁ、分かった……。慣れねー仕事だけど、まぁ、任せな」
「ありがとうございます。では、先生にもお伝えしますね」
しばらくして、部屋は無音に包まれた……。
そういや、先生に息子がいるってのは以前から聞いてはいたけど、一緒に怪しい噂も聞くようになった気がする。この数ヶ月でSNSを中心に話題を集めている「アビドス怪文書」と関係があるのか……?先生はそのことについてあまり話そうとしていないし、……ワケが分かんねェ……。
視線の先にあるごみ箱には、先生がくれた風邪薬の包み紙が目立っている。あのときは先生がいてくれたおかげで、風邪からも立ち直れた……。それに、先生の親父さんといた日々が蘇る……。
玲央、か。どんなヤツなんだろうな。
「今日も惨敗かぁ……。戦う相手を間違えたな、ハッハッハ……」
まただ。また負けた……。
いつもそうだ。あの日、ケンカなら誰にも負けなかったあたしは、目の前にいるおっさんに初めて負けた。一体、何が違うんだ?何でエロオヤジはこうも強いんだ?悔しい、悔しい……。勝つまで何度でも立ち向かってやる。そう思って何度も挑んでも、結局は負けてしまってばかり……。その癖して、箸の持ち方、飯の食い方、歯の磨き方、他人との話し方、色々と教えてきやがる。たまにラーメンとか、でっかい鍋で作ったカレーも食わせてくれる。……あたしはオメーの何だってんだ?
「ま、まだまだだぁ!あたしが倒れねー限り負けじゃねーからな!」
「諦めが悪いなぁ。未練タラタラの女は男にゃモテねぇぞぉ?」
「また変なこと言ってやがる!るっせーぞエロオヤジ!勝負だ!」
「上等だ!やろうか⁈」
一歩を踏み出そうとしたとき。
……身体が急に崩れた。気づくと、あたしの目の前には暗闇が広がる。痛い。身体の前側が千切れそうに痛い。動きたいのに、身体が全くままならない。
――おいネルッ!
――大丈夫か⁈
あ、エロオヤジの声……。あれ、全然聞こえなくなって、きた……。
目が覚めると、薄暗い影の隙間から電球が見えた。眩しい。身体はさっきと違って、硬いモノにへばりついている。
……音だ。音のする方向を見る。え、エロオヤジじゃねえか。それも、何かを作っている、のか……?美味そうな香り……。母ちゃんの作る料理にはない、美味しそうな感じ……。
「ったく、無茶ばっかするから倒れるんだ。ほら、俺特性のジャージャー麵だ、腹一杯食べて元気出しな」
差し出してきた「ジャージャー麺」とか言っていた食い物は美味しそうだった。初めて食べたラーメンとは違うけれど、一目で「あぁ、美味そうだな」と本能で実感した。
「俺のコトは構わず食べてくれ」
「……い、いただきます」
「ジャージャー麺」は辛くてむせそうだったが、空っぽになりかけた身体にはありがたかった。ズルズルと口から喉へ、そして腹の中へ。麺の美味さが身体全体へドクドクと巡ったような気がする。
「……ごっそさん」
「「ごちそうさまでした」、だぞ?」
「ハイハイ、ごちそうさまでした!」
「まぁ、今日はそこで休んでな。母ちゃんのことは俺が後で話をしておくぜ」
エロオヤジは外へ出ようとする。
「おい待てよ!」
さっきから気になっていたこと、どうしても訊きたい。
「何であたしにそこまでして優しくしてくれるんだ?食いモン食わせたり、ケンカしてくれたり……、すげー気になってたんだ」
「どうして、か……。俺と同じ思いをしてほしくなかったから、かな」
「何言ってんだ?ザけてんのか?」
「あまり聞きたかないだろうが、まぁ、お前になら話そうか。昔、俺は……、親父もお袋も兄貴たちも皆死んでしまってな。俺は天涯孤独ってヤツになっちまった。そのとき、近所に住んでたとびきりの美人な子が飯を作っては勉強も教えてくれて、それで寂しさが紛れたんだ……。あのとき、俺は救われたんだ。狭い世界で生きてた馬鹿な俺に、目の前にある広い世界を気づかせてくれた……。今はどうしてるんだろうな、あの子……」
あんなにいかついエロオヤジにも、そんなことがあったなんて。
「初めてお前を見たときなんて驚いたぜ。昔の自分を見てるような気分になってな。……だから見過ごせなかったんだ。安心しろ。何かあったら俺が全力で助けてやるからな」
不思議だ……。腹じゃなくて、胸の奥がとても暖かくなってくる……。
「そ、そっか……。じ、じゃあ、その分ケンカしないとなんねーな!」
「またそういうこと言いやがって……。女はおしとやかでボンキュッボン、色気のあるヤツこそがよろしいってのに……。俺は心配だぜ」
「ケッ!悪かったな!皆そうだって限らねーからな!明日はただじゃ負けねえから!」
「ほほぉ……、そうも豪語するか。楽しみに待ってるぜ」
それから夜通し、話をして朝を迎えた。お腹はとっくに空いていたけれど、不思議と満ち足りた気分だった。
もうエロオヤジは生きてはいない。だから、今度はあたしがアイツの分も誰かを助けなきゃな。と、思っていたその矢先、その相手がよりにもよって先生のガキ、エロオヤジの孫だってわけだ。できすぎてるにしても加減を知ってくれよな、神様よ。
翌日、あたしは先生のいる宿舎に行き、玲央と出会った。
「あたしはネル。美甘ネルだ。ま、あたしがいるからには安心しな」
「あ、うん……。よ、よろしく……」
顔には大きなアザがある……。思っていたよりもワケありだな。
「まぁ、そんなワケだ先生。コイツのことはあたしに任せてくれ」
「頼んだよ、ネル」
玲央の小さな手を握って、あたしは大通りへと向かった。
……それにしても、気になってしまう。コイツの身に何が起きたのか、それと、アヤネってのがどんなヤツなのか……。ノアが訊くなとは言っていたが、気にしないなんて無理がある。純粋な好奇心もあったが、やっぱ、付き合う以上は知っておかないとな。
エンジェル24で緑茶を買って、近くのベンチに座らせる。さてと、話してみるか……。
「なぁ、玲央。答えたくねーなら答えなくても構わねーけどよ……」
「うん、どうしたの?」
どんなことが起きるのかは分からない。最悪な事態になったとしても、こちらはいつでも止められる。
「その……、アヤネってどんなヤツなんだ?」
「アヤネお姉ちゃんはね、僕のことが大好きだって言ってくれたんだ。でも、皆、アヤネお姉ちゃんのことを悪い子と言うんだ……。それに、ユウカお姉ちゃんからも僕はおかしいんだ、異常なんだって。僕はおかしいの?」
ユウカが?あ、まさかアイツ、碌でもねーコトを言っちまったのか。
「異常って……?な、何のことだよ?」
「僕がエ、いや、……「気持ちいいこと」をしてあげればお姉ちゃんたちが元気になれるんだって言ったら、それがおかしいんだって。ねぇ、ネルお姉ちゃんもそうなんでしょ?僕は何も悪いことしてないのに……」
ははーん……。
そういうことか……。
エロオヤジだったらどうするんだ、こういうとき……。
「ねぇ、答えてよ。ネルお姉ちゃんもそう思うで」
「おい、待ちな」
正直、これは賭けだ。変われるかどうかは玲央自身にかかっている。でも、あたしが止めないと大きな間違いを犯すに違いない。
「……?」
「お前が言いてぇことは分かった。でもな、世界はそればっかでできてるわけじゃねぇ。お前はこのままじゃ失敗する。これだけはハッキリ言える。そうなっちまったら、アヤネってヤツも悲しむぞ。だからな、今からあたしがそれとはまったく関係のない「お姉ちゃんたちを元気づけられる方法」てのを教えてやる」
「そんなの、あるわけない……。ネルお姉ちゃんも、アヤネお姉ちゃんを馬鹿にしてるんだ!そうなんでしょ⁈」
そんな簡単には納得してくんねーか。まぁ、そうだろうな。片手に持っているペットボトルのお茶を飲みほした。
「馬鹿にしてるワケじゃねーよ。お前が思ってるよりも世界は広くてもっと楽しいものに満ちてるんだって教えてーんだよ、あたしは。ついてきな」
右手を差し出す。玲央は空のペットボトルを両手で握りしめている。
「……分かった。もっと、……教えて」
玲央は手を差し出した。掌に柔らかい感触が伝わる。冷たい。
「おら、行くぞ」
「お、ラッキー。まずはあのクレープ屋に行こうか。ここはいつもすげー並ぶんだよな……」
最初はいつも長い列ができる常連のクレープ屋。幸い、それほど列ができていない。よし……。何を食おうかな。
「ここ、知ってる!夕ご飯のときにやってるテレビのお店だ……。どれも美味しそう……」
「知ってるのか?なぁ玲央、どんな味が好きだ?今日はあたしがおごってやるよ。こんなの滅多にねぇぞ」
玲央は目を輝かせている。
「こういう所、せんせ、いや、父ちゃんとは行かねぇの?」
「お父さんはいつもお仕事で忙しいから中々行けないんだ、こういうお店。クラスの皆は家族で出かけてるのに、僕は……」
あれ?手で玲央の頭を撫でている。……不思議だ。
「そんな悲しむなって。あたしもその気持ちが分かるよ。じゃ、行こうか」
お店の方へ歩く。……あの前にいる、長髪の、……肌がやたら多い奴……。どこかで見たことが……。
「あ、こんにちは。確か、C&Cのネル先輩だっけ?」
いきなり声を掛けてきた。それも、あたしの名前を知っている……⁈どういうことだ?
「お、おい。誰だよ、お前。名乗ってもらおうか」
「名乗るも何も……。まぁいいか。私は和泉元エイミ。ん?そこにいる男の子は?」
エイミ、か……。あ、思い出した!確か、アリスの奪還の際に手助けしたとかいうヤツ、だったような。対面するのは初めてだったが、まさかこうもえらくふざけた格好の女だったとはな……。それにしても、で、デケェ……。アスナよりも上背なんじゃあねぇのか……?
「……あ!わ、悪りぃ!あ、こいつか?聞いて驚け」
「あ、赤染玲央です!よ、よろしくお願い、します……」
あ、言っちゃったか……。エイミはすぐに玲央の前にしゃがんだ。大方、ヒマリから教わった仕草なんだろうな。にしても、玲央には刺激が強いんじゃあねーのか?見ているだけでとても心配になっちまうぜ……。
日差しで脂汗どころか冷や汗がダラダラ出てきちまう。
「赤染……。あ、もしかしてさ、お父さんって、先生とか呼ばれてる?」
「うん。いつもお仕事ばかりで大変そうなんだ。僕も、皆の力に」
「力になりたい、ねぇ……。玲央君はまだ守られる立場かな」
背筋が凍った……。おいおいおいおい、玲央君にとっちゃ、それって危険な言葉なんじゃ……?
「守られる……。僕だってエイミお姉ちゃんの力に」
掌を前に出した。その先にはエイミの身体が……!と、止めないと!
「ぎゅ~~~~っ……。……捕まえた。柔らかいね、君のお手手の触り心地」
エイミは玲央の両手を握っている。な、何をするつもりだよ……?
「おい、エイミ。何をするつもりだよ?」
「ねぇ、玲央君。玲央君はさ、お父さんたちのように私たちの力になりたいんだよね?」
迷うことなく、玲央はコクコクと頷く。多分、あのときに言った「気持ちいいこと」であたしたちの力になるつもりなのか……。それはダメだ。昔からそういうスケベなことでの失敗はエロオヤジからよく聞かされた。「色っぽさに惹かれたら有り金全部持ってかれた」、「一晩共にしようと口説いたら毒を盛られそうになった」、「色仕掛けで捕らえられそうになった」……。こんな出来事、多分、玲央には耐えられそうにないな。万が一のことがあったらあたしが止めないと……。
「でもそれは、大変なことなんだよ。今の玲央君がそれは任せられない。少なくとも、私は玲央君には幸せになってほしいし、もっと色んなことを知ってほしいの。例えば、……女の子との付き合い方もね」
「え?付き合い方……?「気持ちいいこと」じゃあダメなの?」
「……ははぁ、なるほどね。それはダメってわけじゃないけど、いきなりやられたら嬉しくないかな。君が思ってるよりもね、女の子は繊細でか弱いの。だから、相手のことをよく考えて、程よい距離感からお付き合いを始めようね。まぁ、そこのネル先輩みたいにがさつで強い女の子がいるのも事実だけど」
おい。最後は余計じゃあねぇのか……⁈
「エイミ、つったか……。前についてるデケェそれ、目障りだから削り取ってやろうか?」
「怖いでしょ、今のネル先輩。あのお姉ちゃんのみたいに、怒ってくるのはもちろん、いきなり「気持ちいいこと」をされたら怖いと思ってしまう人もいるの」
玲央はあたしを怯えた目で見てる……。まぁ、いきなりそういうことをされたら誰だってビビっちまうよな。エイミ、お前ェってヤツは……。
「……うん、ありがとう、エイミお姉ちゃん」
自分たちだけで盛り上がっていたあたしたちに、誰かが声を掛けてきた。
「お、お客様……。お話の最中で申し訳ございませんが、そろそろ注文を……」
「あ、悪りぃ!おら、注文しようぜ!」
「今行くね~~」
「はーい」
そうだった……。あたしたちはお店の前にいるんだった。迷惑、かけてしまったかもしれないな……。
あたしはベリーミックス。
エイミはビターショコラミックス。
玲央はオレンジミックス。
あたしたちは今、近くのベンチで自分のクレープを食べている。口に含む度に、たくさんのクリームがはち切れて口の中に広がり、柔らかい食感で口の中を支配してくる。クリームだけじゃない。一緒に混ざって入っている角切りベリーの硬さがいいアクセントになっている。奥歯で噛み締めると、細やかな甘みが染み渡る……。美味いぜ……。
「美味しいねぇ……。クレープ、時間があったら作ってみようかな……」
エイミの独り言。普段はこうして外に出るなんてあまりないのかもな……。
「クレープ、すっげぇ美味いだろ?」
「うん、美味しい……。でも、いつも食べるデザートよりどうして美味しいんだろう?」
「知ってる、玲央君?食事はね、皆で食べると心が元気になれるんだって。私はとても嬉しいな。こうして、玲央君やネル先輩とか、誰かと食べるのってすごく楽しい。私も一人で食べることばっかりだしな。玲央君、ネル先輩、ありがと」
あたし、感謝されるようなことなんてしてねぇけどな……、まぁ、嬉しいのは嘘じゃない。
「お、おぉ……。へ、変な気分だな、誰かに感謝されるなんて……」
「ネルお姉ちゃん、嬉しそうだね……」
「そうみたいだね……」
風の涼しさがとても心地いい……。とても幸せだなぁ。
「さてと、次はどこに行きたい?」
「次は……、えっと……、どこがいいんだろう?分かんない」
あぁ、そうだった。玲央はここについてあまり詳しくないんだった。あたしがリードしてあげたいけれど、場所はどうしたらいいものか。
「それじゃあ、ゲームセンターはどうかな?私、この後もまだまだ時間があるし」
「エイミお姉ちゃんも一緒に来てくれるの?」
「うん。何かあったら私が守ってあげるね」
ったく、玲央の奴……。あたしのこと、忘れてるんじゃねーだろうな……。
「おい、あたしも忘れんな」
「ごめん、ネルお姉ちゃん……」
さてと、出発するか。
あたしたちはベンチを立ち、その場から出発した。いつも行っているゲーセンがある市街地なら迷子になる心配なんてない。あたしでも案内ができる。まぁ、小さい頃から慣れ親しんだ場所だ。怖いものなんてない。
やっと着いた。祝日でお休みということもあって、いつにもまして人が多い。考えもなしに歩くと迷子になってしまいそうだな……。
「今日は人が多いね……。玲央君、私と手をつないでくれるかな?ネル先輩とも」
「あたしはだいじょ、……まぁ、手をつないでくれ、玲央」
「うん」
さっき、エイミが言ったように、玲央の手はすごく柔らかい。あたしの掌に触れると、自分の手の硬さがよく分かる。アヤネってヤツもこの手をつないで……、いや、今は止めよう。玲央は玲央だ。あたしが面倒を見てあげないとな。
「玲央君、これなら私たちも迷子にならないね。こうすれば効率的だよ」
そう言って、エイミは前へ進む。しばらく進むと、見慣れた入口の建物が見えてきた。
「ぱんぱかぱーん!ネル先輩のパーティーに新たな仲間ができたみたいです!」
……この声。ゲーム開発部のアイツか。
「よぉ、アリス。いつものようにゲームでもしてるのか?」
「ハイ!アリス、クラスでのデイリーミッションをコンプリートしました。今のアリスはオフモードです」
まぁ、宿題が終わったからゲーセンで遊んでいるのか……。
「あ、このゲーム知ってる!お姉ちゃんもやってるの?」
「興味がありますか?では、アリスと一緒に遊びましょう」
玲央はアリスとは仲良くやれそうだ。まぁ、ゲームという分かりやすいアイテムのおかげで話がしやすいしな。エイミは2人の近くを回っている。参加したいのか……?
「あ、アリス。その子は玲央君。先生の息子さんだよ」
「せ、先生の息子ですか?アリス、感激です!アリス、勇者として玲央君に技術をラーニングさせます!」
こうして、アリスと玲央はゲームを始めた。あたしを何度も降参させたアリスの腕前は伊達じゃない。最初の内、何回かは玲央にあっさりと勝ってしまった。
「うーん……。アリス、ちょっと容赦ないんじゃない?玲央君、大丈夫?」
「そ、そうなんですか?アリス、玲央君のために全力で挑んだのですが……」
エイミの言う通りだ。負ければ負ける度に玲央の顔が段々と歪み始めている。アリスからすれば真剣に勝負をしているはずだろうけれど、それが却って玲央を苦しませているみたいだ。あぁ、こういうのはあんま言わない方がいいだろうけれど、ここは言ってやらないと気づかなそうだ。
「玲央!悔しくて泣きて―かもしんねーが、これは勝負だ。一回一回のチャンスを大切にして、勝ちに行く覚悟を決めな!」
玲央は深く深呼吸をした。そして、ボタンとコントローラーに手をかけた。
「ありがとう、僕、頑張ってみる。……アリスお姉ちゃん、もう一回!」
「もちろんです!アリス、全力で相手します!」
コインを入れてからは、2人は黙々とゲームを始めた。瞳孔が左右や上下にチラホラ動き、左手のコントローラーと右手のボタンはさっきまでよりも落ち着いている。Eスポーツ大会のプロ選手みてぇだ。
……おいおいおい、マジかよ。さっきまでは圧倒していたアリスのプレイキャラが押されていやがる……!一見するとどちらも互角な戦いに見えるけれど、スキルチャージ、防御や回復の使用を見ると、玲央の腕前が随分と上手くなっている。アリスの方は落ち着きが少しずつ無くなって来ている。その口元も歪んでいるし、操作していないときの指先は小さく震えている。さては、動揺しているな。
「うわぁぁん!アリス、惨敗してしまいました!」
「いや、惨敗というよりは「惜敗」というのが正しいんじゃ……?」
玲央がか、勝った……⁈マジかよ!スゲェ!
「ッシャア!流石だぜ玲央!お前もやりゃできるじゃねえか!」
右手が勝手に動き出した、それも玲央の頭へ。思わず、頭を撫でたくなってしまった。
「ちょ、ちょっと、ネルお姉ちゃん……。いきなりはビックリするよ……」
「何を言ってるんだよ。あたしなんてそこのチビに何度も負けてるからよ。お前が勝ったってことはすげぇんだぞ?こりゃキヴォトスの歴史に」
「……ネル先輩のプレイが大根すぎるだけじゃないの?」
相変わらず余計なことを言いやがって……。
「誰が大根だ⁈下手糞で悪かったな!」
「ンアー!これではハッピーエンドの余韻が台無しです!」
あ、そうだったな……。仕方ねぇ。ここは我慢するか。
しばらくして、アリスたちは3人で話が盛り上がっている。傍からその様子を見ていると、何でも、ゲームの腕前はユズやモモイから教わったこと、友達とはオンラインゲームをよくすること、その他雑多なことも色々と……。幸い、「気持ちいいこと」については話してはいなかった。少しずつだけれど、あたしの言ったことを肌で理解してきている気がする。
「ねぇ、アリスお姉ちゃんって、辛いときはどうしているの?」
「アリスは辛いとき、……まずは反省をします。自分がどういったことをしたのか、そして、次に何をするべきなのかを見つけています。アリスの目指す勇者は誰かを助けるためにもスキルをたくさん持っているはずです。誰かを励ましたり、諭したり、お手本となったり……。今の玲央君ならきっと、アリスの憧れる勇者になれます。アリスが言うからには間違いありません!」
「アリス……。すごくいいこと言うじゃん」
「僕も、アリスお姉ちゃんみたいにアヤネお姉ちゃんを助けられる勇者になりたいな……。だから、もっと色んなことを勉強して、体験して、お父さんみたいになるよ!」
「よし!お前ら、約束の指切りでもどうだ?」
アリスと玲央は指切りをした。小さくて細いアリスの指と、それよりもさらに小さくてか細い玲央の指。二本が絡み合うと、どうもアンバランスに感じる。でも、このアンバランスなのがどこか愛らしい。そういえば、あたしもエロオヤジと指切りをしたけれど、キラキラ輝くあの左手で指切りをしたことがなかったな……。どうしてなんだろうな?死んでしまった今となっては、もう分からないか……。
ゲーセンを後にしたあたしたちは、あることに気づいた。
玲央のヤツ、あたしたちの武器に興味津々のようだ。
「カッコいいなぁ、僕も使えるようになれるかな……?」
あ、そうだった。玲央はキヴォトスの外の世界からやってきたんだったな。外の世界では銃は危険な武器、創作に出てくる勇ましい武器という認識らしい。どうも実感が湧かないが、自分の身を守るためのものだ。玩具じゃあない。
「そうだな……。使うためには特訓をしなくちゃな。そういえば玲央はいくつだ?」
「僕?11歳になったよ」
11歳か……。中学校からは戦術対抗戦などで武器を使って戦う機会がきっと多くなる。
「このままキヴォトスに住むつもりなの?」
エイミが話す。玲央は先生と同じように外の世界から来た人間だ。たった一発の銃弾で死んでしまいかねない。ここで生きるとなった場合、相当な覚悟が必要になる。
「……うん。お父さんにはまだ話せてないけれどね。ここに来なかったらアヤネお姉ちゃんに会えなかったんだし。アヤネお姉ちゃんの分も僕が頑張るよ」
いい顔してるな……。やっぱ、笑ったその顔が先生にも、エロオヤジに似ている。
「ここで生きてくってんなら、あたしたちが稽古つけてやるよ。あたしはユウカやアカネみてーに優しくはできねーから覚悟しな!」
「まぁ、私からは戦い方というよりはお手入れの方法かな。銃は女の子のように繊細だからね。あ、ネル先輩は別だけど」
ダメだ、やっぱ耐えらんねぇ。
「……オイ、何度も言わせるな」
「あ、連絡が来てる。……先生たちに何か買い物でもしようかな。連日会議ばかりで大変そうだし」
エイミが何か言っている。先生はこの連休中、ヒマリたち、セミナーと毎日のように会議ばっかだったもんな。あたしたちで何か買わないと。
「よし。あのスーパーマーケットでとびきり美味いものでも買いに行こうか」
「さんせー」
「はーい!」
目的地となるスーパーに着いた。……人だかりがある。
「あ、そういえば、マキが新しいアートに挑戦してるらしいよ」
「そうなのか?マキ、……どこかで聞いたような……、あ!ヴェリタスの生徒だよな?」
「うん。スプレーアートの缶が出回りにくくなってるから、折角だし、新しいアートに挑戦するとか言ってたよ。やっぱ器用だね、見てよ。あれだけ行列ができてる」
本当だ……。ウチの学園でもアートなら誰にも負けないと自負しているヤツがいると聞いてはいたが、本当に上手そうだ。
「僕、あのアートに参加したい……」
「お?やってみたいのか?」
玲央はあのアートに興味津々だ。あたしもちょっとは気になっている。どんなものを作っているのか、確かめたい。
「大丈夫。買い物ならメモさえあれば私だけでも大丈夫だよ。独りのほうが怪しまれずに効率よく進められるからね」
「よし、そっちは頼んだぞ。じゃ、並ぼうか」
あたしは玲央を連れて行列に並んだ。いざ並んでみると、親子連れが多いようだ。大きな人形を片手に持っている子ども、何かのアニメのコスプレをしている子ども……。小さい頃のあたしとは縁遠い環境にいたんだろうな。もし、あたしも同じ場所にいたら、と考えてしまう。でも、その環境だったらエロオヤジにも会うことはなかったし、今のあたしはいない。寂しいけれど、それは事実だ。
「ネルお姉ちゃん、僕たちの番だよ」
「あ、あぁ!よし、行くぞ」
いつの間にか、あたしたちの番になったみたいだ。
そこには、噂に聞く通りの明るい笑顔を見せているマキがいた。
「あ、いらっしゃい。って、ネ、ネル先輩⁈ご、ご用はナンデショオカぁ……?」
おいおい……。あたしを見ただけでビビってんのか。あたしを何だと思ってんだ……。
「今日は要人の護衛だよ。掃除するつもりはねぇ」
大袈裟な位に、マキは肩を下ろして溜息をつく。
「それなら良かった……。念のため、お店にも許可は取ったけれど、勘違いされたらと思うととても怖くてさ……。あ、ねぇ、君、作ってみたいキャラはいる?」
「あ、えと……、アーマードレイダーウィングナイトをお願いします……」
『アーマードレイダー』……?確か、トキやアリスが毎週欠かさずに観ているとかいう、SunSunサンデータイムの人気番組だったか……?意外と玲央もそういうのを見るんだな。
「分かった!それじゃあ、ちょっと待っててね」
しばらくすると、黒線のゴムの紐、色とりどりのチューブ、プラスチックの板を持ってきた。
「やっぱ、男の子からは『アーマードレイダー』シリーズをよく頼まれるんだ。どのキャラもデザインがカッコいいし、色合いも印象に残りやすいからかな?その中でウィングナイトを選ぶなんて随分と渋いね~~。どういう所が好きなの?」
「うん……、戦い方がカッコいいし、何より、変身者のロンみたいに大切な人のために必死になって敵に立ち向かう姿がいいんだ!僕はウィングナイトには程遠いけれど、いつか、ロンのようになりたいな……」
「そんなことないよ。君もウィングナイトみたいに誰かにカッコいいと思ってもらえる人になれるよ。誰かと分かり合おうとする優しさを失わなければね。あたしも頑張らなくっちゃね!」
「あの、アートは?」
「あ!そうだ!作ろっか!まずはね……」
マキの教えるアートは珍しいアートだった。固めたような黒い紐はチューブを溜めるための枠らしい。その枠の内側に注ぎ込み、綿棒や針で調整をする。色を注ぎ終わったら、後ろのホットプレートで固め、冷やして完成、とのことだ。お話はすげー上手いし、フォローだってとても丁寧。あたしにはできないことを平然とやってのけている……。
「よし、後はホットプレートで温めて冷やせば完成だね!あ、折角だしネル先輩も作る?」
え?あたしかよ⁈あたしがやったって……、いや、ここは甘えようか。
「そうだな……。……『まほリバ』のテルミットピンクを」
「いいよ!任せて!ちょっと用具を取ってくるね」
マキを待っている間、玲央があたしに話しかけてきた。
「ネルお姉ちゃん、マキちゃんって話すのが上手いなぁ。すっごく、楽しそう」
そう言われてみれば……。玲央と話をしているマキはすごく楽しそうだったな。
「そうだな……。お前も楽しいと思えるものにきっと会えるさ」
「確か、「好きこそものの上手なれ」だっけ?」
おい……。あたしにそんなことを訊くんじゃねぇ!
「そ、そうだったかな……?玲央、やっぱお前、すげぇ物知りなんだな、アハハーー……」
な、何とか乗り切れたはず、多分。
「ハーイ、お待たせ~~。ネル先輩の分だよ」
マキがやってきた。本当に持ってきたよ……。すげぇな。
「これを使うのか……。フン、玲央の作ってるトコ見てたから完璧さ。できらぁッ!」
今に見てろ。あたしが掃除だけしか取り柄のないヤツだとはもう言わせねぇ!
「って、……ハ?」
チューブからひり出そうとしたら、枠全部に広がってしまった。……ち、違う。あたしはこんなの作るはずじゃなかったのに……。
「あちゃあぁ~~……。指示に従って欲しかったのに……」
この場にトキとチビがいなかったのがせめての幸運だった。その日、あたしはあまりにも醜いテルミットピンクを完成させた。……しばらくは自宅に隠そうか。
あれだけ高い所にあった太陽も、西の空へ傾いている。この時間にもそろそろお別れが近づいてきたみたいだ。玲央はというと、すごく寂しそうだ。
「ねぇ、ネルお姉ちゃん。僕、今なら分かるよ。「気持ちいいこと」でなくても、僕はお姉ちゃんたちと一緒にいられるんだって。……ありがとう」
あぁ、やっぱ恥ずかしいな。感謝されるなんてあまりなかったから尚更だ。
「ま、まぁ、そうだな。ハハッ……、それに気づければ上出来だ。お前ももっと勉強して、体験して、学んでけば、あたしたちの力になれるさ。せ、いや、父ちゃんもそうして来ただろうからな」
「お父さんもそうだったの?」
「あぁ、そうだぜ。「気持ちいいこと」も、どんなものも、焦らずに少しずつ進めばいい。もし辛くなったら、近くにいる誰かに頼ればいい。あ、もちろん、あたしやエイミのこともな。今度はお前がアヤネのことも支えてやりな」
「分かった。アヤネお姉ちゃん、元気にしてるかな……?そういえば、チセお姉ちゃんもキラキラとか言ってたなぁ。もしかしたら、今日のもそれと関係があるのかな」
……あ、あぁ。そうかもな。チセってのは誰だか知らないけれど、もしかしたらそうかもな。
「かもしんねーな。よし、お前ら、先生のいる宿舎に向かうぞ!」
「おー!」
「うん!」
今日はとびきりの土産話でいっぱいだ。先生には、何から話そうかな。