魔力ゼロのTSメイド俺、魔法学校を作法で無双する   作:滝浪酒利

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第1話 完全無欠の劣等生

 軋んだ音とともに錆びたシャッターを閉じた時、俺の中で大切な何かが終わった気がした。

『CAFFE パーチ』。看板を見上げ、見ていられなくなって視線を下げる。

 閉じたガラス戸からは、純喫茶風のレトロな内装の最後の姿がはっきりと見渡せた。

 

 今日、資本主義社会の荒波に懸命に抗っていた俺の店は、ついに所得税法第229条の定めるところの届けを一か月以内に役所に提出すべき事態と相成った。

 つまり潰れたのだ。

 道路からのエンジン音が、歩道を歩く靴音が、呆然と立ち尽くす俺の背中を通り過ぎていく。

 

「店長、元気出してください……」

「ああ、うん。片付け、付き合ってくれて悪いね。カリンさん」

「いえいえ。私も三年間働かせてもらいましたから」

 

 隣に立った黒髪の女性、カリンはまるで壊れ物を扱うような声で俺を励ました。

 彼女は経営難によるシフト削減の中で、最後まで店に残ってくれた従業員であり、開店初期から勤めてくれていたメイドさんだ。

 

 俺の店はメイドカフェだった。

 とは言ってもよくあるタイプの、可愛いメイドさんと一緒に写真が取れたりカラオケできたり「あーん」してもらえるような店ではない。

 俺が淹れた紅茶やコーヒーと、手作りのケーキやナポリタンとかを、クラシックなメイド服を着た女性店員が給仕するだけの純然たる飲食業だ。風俗営業許可も必要ない形態だし、メイドさんのスカートの丈が異常に短かったりもしない。

 

 なぜそんな古臭いコンセプトの店なのか。

 それは、それこそが俺の哲学だからだ。

 俺は、ゆったりとした時間に上品なメイドさんがいるのが好きなのである。

 そんな空間の存在こそが、世界平和の第一歩であると本気で思っている。

 だから、静かな店内で俺がそれなりに拘ったお茶とコーヒーと料理を出して、それを可愛くて清楚なメイドさんがゆったりと提供する世界は、決して金儲けのための生計手段ではなく、俺の理想そのものだったのだ。

 

 それが、潰れた。

 理想が砕かれたダメージは、心臓をハンマーで打ち砕かれたに等しかった。もしくはプロポ―ズをしてフラれたとすると、こんな気持ちになるのだろうか。

 愛と言っても差し支えない、努力と時間が無になった事実は、それほどまでに俺を打ちのめしていた。

 

「はあ……」

「店長! ほんとに大丈夫ですか⁉」

 

 落したため息を追いかけるようにシャッターの前にしゃがみこんでしまった俺を前に。カリンがうろたえた。

 悪いとは思っている。こんな傷心のアラサーの奇行に付き合わせて。

 そして冷静に考えれば、原価率も高いし回転率も悪いし人件費もかさむ店が続かなかったのも理解できる。でも、あえて言わせてくれ。

 

「なんでだよぉぉおおおおお!」

「きゃ! びっくりした……!」

 

 叫ぶと同時、俺の両目からはぽろぽろと涙があふれてきた。

 なんで、どうして。

 

「俺は、金が欲しかったんじゃないんだよ」

「は、はい」

「ただ紅茶とコーヒーの香りの中で、フリルのついた白いエプロンと黒いロングスカートのかわいいメイドさんがいる平和空間が欲しかっただけなんだ。そんな場所が、この世の片隅に許されてほしかっただけなんだっ……!」

 

 なのに。だというのに。この社会には俺のささやかな夢を置いておけるスペースさえ存在しないというのか。

 

「どうしてだよおおお、うっ、うっ……!」

「あわわ、え、えーと、よしよし! とりあえず元気出してください店長。人生長いんですから、まだまだこれからですよ」

 

 横から差し出されたポケットティッシュを、礼を言って受け取った。

 鼻をかんで、残りのティッシュを返すために見上げると、心配そうな表情を浮かべた清楚系の顔と目が合った。

 

「ほんとに、ありがとう。カリンさん……あの、この後、よかったら最後に食事でも」

「あ、ごめんなさい! この後、彼氏と会う予定なんで!」

「……あ、そう。こっちこそ、ごめんね」

 

 カリンはそう言うと、ぱっと俺の隣から離れていった。

 しかし去り際に、彼女は振り返って俺に声を投げかけた。

 

「でも私! 店長の紅茶は、大好きでしたよ!」

 

 本当に美味しかったです。そう言って、彼女はぶんぶんと手を振りながら街の雑踏に消えて行った。

 その背中が見えなくなった後もしばらく、俺は呆然とその場に立ち尽くした

 これからどうしよう。借金も残っている。

 まあ、とりあえず実家に帰るか。そうだ。久しぶりに母親の肉じゃがが食べたい。

 今はっきりしているのは、それ以外の何も考えたくないということだけだ。

 ふらふらと、道を歩きだす。そしてほどなく。

 本当に実家の味以外の何も考えていなかったせいか、あるいはここ最近ロクなものを食っていなかったせいか。

 俺は電柱にぶつかり、そのまま受け身も取れない仰向けでコンクリの地面に衝突した。

 

「ぐえ」

 

 そして後頭部に強い衝撃を感じ――次に目が覚めた時、そこは病院ではなかった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 というのが、今から14年前の話。

 今の俺の名前は、ノクト=オルフェーブル。

 オリーブ海に浮かぶ島国、イングラム共和国の地方貴族家に生まれた長男である。

 

「若様! 大変です……! 至急、旦那様のお部屋に」

「え? なんかあったの?」

 

 使用人のエマに呼ばれた俺は、紅茶のカップをそっと机に置いた。

 部屋のドアに向けて振り返ったその拍子に、今の俺が姿見に映り込む。

 その容姿は、冴えない風体をした黒メガネのおっさんだった前世とは、似ても似つかないものだった。

 まだあどけない童顔、黒に青を混ぜたような夜色の髪、金色の目、整った鼻筋……等々、まるで有名児童書主人公の映画版主演キャストのような少年がそこにいた。

 

「そうだ。さっき練習に紅茶入れたんだけど、飲む?」

「わあ! いただきます! 若様の紅茶は絶品で――って、そうじゃなくてですね!

 旦那様がお呼びです! 直ぐにいらしてください」

 

 エマの剣幕は、ちょっと見たことがないぐらい慌ただしいものだった。

 一体なんだろう? この間、訪ねてきた親戚のおじさんからこっそりお小遣いをもらったのが父にバレたのだろうか?

 

 ともかく俺は彼女に従い、ぎしぎしと年季の入った音を立てる家の廊下に出た。

 昼下がりの窓の外には、緑色の田園風景が広がっていた。

 ここはイングラム共和国の片田舎、小麦畑とどんぐりだらけの森がのどかに広がる、魔物もほとんどいない平和な小領地である。

 今の俺は、ここの跡継ぎで長男だ。

 

 14年前、きっと電柱にぶつかって死んだのだろう俺は――目が覚めてひどく困惑した。赤ちゃんになっているし、それ以前に異世界だし。受け入れるまでに相当夜泣きしたせいで、乳母をしていた当時のエマの目の下でクマがすごいことになっていたのを今でも覚えている。

 

 そして成長してからも色々と苦労した。全体的に文明水準が中世っぽいし。水洗トイレがないし、Wi-Fiもコンビニもないし、全体的に飯の味が薄いしで。あと、ついぞ食べられなかった実家の肉じゃがが恋しすぎた。

 

 しかし人間14年もすれば慣れるもので、しかも、この世界には良い所もあった。物理法則に囚われない技術、つまり魔法があったのだ。

 そうした魔法が込められた魔道具が冷蔵庫や暖房の役割をしてくれているおかげで、この世界はきっとガチほど過酷ではないカジュアル中世といったところ。

 だから総じて、今の俺は新しい人生に概ね満足していた。

 

(なんだかんだ言っても、貴族の長男ってやつだしな)

 

 衣食住は保証されているし、教育も受けられるし、平民の子供のように児童労働に駆り出されることもない。

 そして重要なのは、俺の生まれたこのオルフェーブル家は貴族としては中の下のランクなので、面倒な権力闘争に巻き込まれる心配もないらしいことだ。

 つまりは下の苦労も上の苦難も味わわずに済む、いい感じに美味しいポジションなのである。

 そんな家の長男たる俺は、このまま面倒事を起こさずに過ごしていればいずれ家督を継ぎ、領地からの不労所得で悠々自適に暮らせることが保証されているのである。

 つまり、メイドカフェが開けるということだ。

 

 なぜなら将来的に、俺には十分な時間と収入が約束されるのだ。

 ならばもう、開くしかないだろう。メイドカフェを。

 飲食業が発展途上っぽいこの世界で受け入れられる可能性は低いし、俺の理想とする大衆向けでありつつ隠れ家系の店なんて商売にならないかもしれないが関係ない。今の俺の夢は一つ。

 平穏無事に家督を継ぎ、前世では潰してしまったメイドカフェを開業し、領主パワーで赤字だろうがなんだろうが維持し続ける。

 それが、この新しい人生での俺の目的だった。

 

「失礼します。父上、なんの用ですか?」

「おお! 来たな! ノクト!」

 

 書斎のドアをノックして中に入ると、俺を出迎えたのは上機嫌な父親だった。

 現オルフェーブル伯、ナイトロ=オルフェーブルは今年45歳を迎える体を小躍りさせて、立派に蓄えた口ひげを何度も撫でつけていた。

 誰がどう見ても浮かれている様子であり、一人息子の俺に関連することでそうなっているのは間違いないが、こちらには心当たりがまるでなかった。

 そこで、俺は父親の手が白い封筒を握っているのに気が付いた。

 

「なんですかそれ?」

 

 ナイトロは、よく聞いたなと言いたげに口角を上げた。

 

「合格通知だ! お前の、オクスホード魔法学校の抽選合格通知だよ!」

「はい?」

 

 この世界には、魔法がある。

 主に一般人は魔法が込められた魔道具を使うことで日々の生活に恩恵を受けており、しかし中には自力で魔法を使いこなす、いわば魔法使いというファンタジー者も当然存在するらしい。

 

 そしてこの世界で魔法使いになるのに必要なものは、金であるそうだ。

 一部の金持ちや上級貴族の子供が、高額な授業料を払って魔法学校で学んだり、家庭教師からの指導を受けることで魔法使いになるらしい。前世で言えば医者に近いが、この世界に奨学金制度はないそうだ。

 その教育費は、庶民はおろか中の下貴族である我が家にとっても大層な痛手になるそうで、だからこそ俺を魔法学校に入れるという話はもう7年も前に潰えたはずなのだが……。

 

 というかそもそも俺は受験などした覚えもなく、合格と言われても心当たりがまるでない。

 あとついでに言うなら、俺は別に魔法使いになりたいわけではない。正直、将来開くつもりのメイドカフェ以外のことにあんまり興味はなかった。

 

「父上、あの。オクスホードって、すごい名門の魔法学校なんですよね? あの、そもそも俺受験した覚えがないし、あと学費とか大丈夫なんですか?」

「ああ! そういえばお前には言ってなかったな! すまんすまん。だが大丈夫だ心配するな!」

 

 父ナイトロ曰く、どうやら名門オクスホード魔法学校には毎年十歳以上の応募者から、受験不要のくじ引きで合格者を出すシステムがあるらしく、そこにダメもとで毎年俺を応募していたらしい。そして抽選合格者に対して、学費は一切かからないそうだ。

 なんとも都合のいい制度であり、だからこそ抽選倍率は万分の一にもなる宝くじ受験だったらしいが、俺の名前は見事にもドリームをジャンボしてしまったらしい。

 

「早速入学準備だ! ああそれと、今日はお祝いだぞ! お前の好きな豚肉とジャガイモの煮込みもエマに作らせよう!」

「ちょ、ちょっと待って下さい父上! 父さん! 俺は別に魔法使いになんて――」

「いやあ楽しみだなあ! お前が無事にオクスホードを卒業できたら箔が着くぞ! きっと格上の名門貴族の娘とも結婚できるぞ! ははは、夢が広がるなあ!」

 

 宝くじを当てたように舞い上がるナイトロは、全く俺の話を聞いてくれなかった。

 それが、三か月ほど前の話。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 そして今、この世界の暦では白羊の月の一日。

 俺はオクスホード魔法学校の第七十四番大広間なる場所にいた。

 立派な大理石のホールには、今年の抽選合格組らしい入学者が集まっている。

 手持無沙汰にポケットから取り出した封筒には、入学式の日の朝に合格者が触ると自動的にこの広間に転送してくれる空間魔法が込められていた。

 

 当分の着替えやらが入った革製の旅行トランクに座って、俺は周囲を見回した。

 半数は子供だが歳はバラバラ、小学生っぽい子から高校生ぐらいまで、そしていい歳の大人も結構いた。さらに服装や人種も様々だ。

 彼ら彼女らは別に行儀よく並ぶということもなく、めいめいに動き回っておしゃべりをしている。

 

 どうやらここは本当に、世界中の人間が入学したいほどの名門らしい。そんなところに、俺のような向学心のない人間がくじ引きで入っていいのだろうか?

 しかしまあ、ここまできたのなら、もう覚悟するしかなかった。

 

「はあ……。まあ、卒業までの辛抱か」

 

 どちらにせよ、メイドカフェは家督を引き継いでからの野望だから、別に大人になるまでは学校に通っても支障はないのだ。(そういえば、ここは何年制の学校なんだろうか? 合格通知には書いてなかった、後で確認しよう)

 

 それにしても、魔法使いか。メイドカフェ以外に興味ないとは言ったが――正直、憧れる気持ちが全くないと言えば、嘘になる。

 なにせ魔法も呪文も縁のない前世だったのだ。いざ実際に自分がその世界の扉の前に立っていると考えると、少年心が多少なりともわくわくするのを止められない。

 

 ふと、肩を小さく叩かれた。

 振り返ると、同い年ぐらいの金髪の子どもいた。

 

「なあ、君も抽選合格? ぼく、デミオン伯の子、ルーク=デミオン。14歳。君はどこの家?」

「ああ、えと、オルフェーブル伯の子、ノクト=オルフェーブル。君と同い年」

「そうなんだ。同じ階級の伯家だね! よかった。勇気出して話しかけたのに、上級貴族とかだったらどうしようと思ってたんだ……! と、友達にならない? 知り合いとかいなくて、一人ぼっちで不安でさ」

「え? うん、いいけど」

 

 ルークと名乗ったこの少年の顔には友達ができた喜びよりも、一人ぼっちを脱出できた安堵が強く浮かんでいた。そこにある無邪気な小賢しさが、少しだけ俺のカンに障った。あ、でもこの場では友達になっておくか。

 握手したルークの手は熱く、じっとりと汗ばんでいた。

 

「もうすぐかな? 魔力測定。すげードキドキするよな。ぼく、さっきからお腹鳴りっぱなしでさ、もう五回もトイレ行ってる」

「魔力測定? 何それ」

「こりゃおったまげた。そんな事も知らないのかよ、ノクト?」

 

 俺は少しイラっとした。勝手におったまげてろ。

 

「悪かったな。で、なんなのそれ?」

「入学者の魔力を測定してくれるんだよ。それで、いい結果が出ると入学してから有利になるって話なんだ」

「ふーん……」

 

 つまり水晶玉に手を当てて、ステータスが表示されたりする奴があるのか。

 

「でも逆に、平均以下みたいな結果が出る奴もいて、そういうのは最初から落ちこぼれ扱いされて学校生活どん底らしいよ。嫌だよなあ、まじで不安だ……」

「というか、そもそもなんでくじ引きで抽選合格なんてやってるんだろう」

「受験料払えない人間にも機会を与えるためらしいよ」

 

 新しくできた友達(暫定)と、そんな他愛のない話をしていると。

 ホールの奥の壇上から、朗々とした老人の声が響き渡った。

 

「静粛に」

 

 そこには、真っ黒なローブを着た、背の高い白髪の老人が立っていた。

 そういう魔法なのか、みょうな深みのある老人の声は、拡声器もないというのに、はっきりと広間中に響き渡った。

 

「確率という、実に険しい運命を乗り越えた抽選合格者諸君! おめでとう!

 ワシがオクスホード魔法学校、第6666代校長、ベルブックキャンドルじゃ」

 

 そう言って、ベルブックキャンドルと名乗った校長はぱちりと指を鳴らした。

 するとホールの中心に白い閃光が走り、次の瞬間。

 そこには、二足歩行の大きなトウモロコシが立っていた。

 

 ……決して、俺の表現がおかしいのではない。現実がおかしいのだ。

 皮をむかれた茹でトウモロコシを想像してほしい。黄色と白の大粒をぎっしりと蓄えたいかにも健康そうな個体に手足と顔をつけた珍妙な生き物が、堂々たる登場を果たしていたのだ。

 

「そいつが諸君らお待ちかねの、魔力測定コーンじゃ。新入生諸君の輝かしい才能を発見してくれる。さあ、近くの者から順番に触れてみるのじゃ。ただし、優しくじゃぞ。乱暴に扱うとポップコーンを飛ばしてくる。……あとで掃除が面倒での」

 

 ベルブックキャンドル校長はそう言って、くつくつと笑った。

 

「うわ。ぼく、もろこしって嫌いなんだよな。歯に挟まるから……でもあれだけデカけりゃ関係ないかな?」

 

 というかそれ以前に、あんな不気味なトウモロコシは食いたくない。

 ふと見れば、一人の男子が歩み出て、恐る恐るトウモロコシに触っていた。

 すると人間大の不思議穀物はまさか、黄色と白の粒の間に設けた口の中に、はむりと男子の手を収納した。周囲と本人から、うわ! という声がする。

 

『ぺろ……ちゅぱ、ふーむ、この味は悪くない』

 

 数秒で口を放し、驚くことに人面トウモロコシは自ら声を発した。

 

『ロバーツ=エグジィ。13歳。魔力値1900。魔法適性は熱魔法……まあまあの人材だな、星3ぐらい。ほう……ブロッコリーが苦手なのは私的にポイント高いぞ。もろこしが苦手な奴は腕を食いちぎることにしている』

 

 僕もろこし大好き、と震える声で隣のルークが呟いた。俺も理由は分からないが、急にとうもろこしが好きになってきた。

 ともかく、測定結果はあのように発表されるらしい。結果次第だが、大勢の前でまるで通販サイトのようなレビューをされるのは中々に嫌だ。きっとこの世界に存在しないはずの教育委員会は何をやっているのだろうか? 

 

 同じように何人かが測定をしていく。非効率じゃないか? という俺の思いに反して、待機列は意外にも早く進み、この調子なら5分後ぐらいに自分の番が来るかと思った時だった。

 トウモロコシの前に立った一人の女子に、俺は目を奪われた。

 

「――あ」

 

 その少女は、長い銀髪をしていた。

 年の頃は高校生ぐらいか、怜悧なスカイブルーの瞳をはめた人形のような(かんばせ)が、恐ろしいほど美人だったから、だけじゃない。

 そのピンと伸びた背筋に、凛とした雰囲気に、清冽(クール)な佇まいに。俺は思わずにはいられなかった。

 なんていう潜在的メイド(ちから)だろう。もとい――なんてメイド服が似合いそうな女の子だろうと。

 これから秘めた魔力を測定される少女の後ろ姿に、俺はまったく別の大いなる才能を見出していた。

 トウモロコシの口に向かって、少女がその細い手を突き出した。

 

『ちゅぱぱぱ、ぺろぺろ、むむ、これは…………素晴らしい逸材だ!』

 

 トウモロコシが初めて見せた大げさな反応に、ホールは突如として波を打ったように静まり返った。全員が耳を澄まして声の続きを聴く。

 

『トニトリア=アルバース! 16歳! 魔力値2万8千! 魔法適性は光魔法、電磁魔法……さらに、おお、固有魔法も持っているな! 聖剣召喚魔法か! これも素晴らしい。うーん、完全無欠の優等生だ。星6、いや7あってもいいだろう!』

「そう」

 

 トニトリア。そういうらしい少女はぽつりと呟いた。まるで他人事のように、素っ気ない声だった。

 あの子、すげーかわいい……と呆然としていたルークの肩を叩いて、俺は訊ねた。

 

「固有魔法って何?」

 

 生まれた時から備わっている、その個人にしか使えない特殊な魔法さ、カッコよくて羨ましいよな、とルークは言った。

 

『ちなみに、スリーサイズは上から80、51、82――』

「だまれ」

 

 すぱんと、トウモロコシが突然輪切りにされた。そう思った時にはもう、少女の手元に現れた剣が光の粒子になって消えていく。トニトリアは、こつこつとその場を立ち去った。

 どういう原理か、トウモロコシはその時にはもう元通りに再生していた。

 それからも測定は続いたが、トニトリアのような優等生は現れなかった。

 

 そしてついに、俺の番が来た。

 不意に、心臓がきゅっと縮まった。自分が緊張しているのが分かった。

 俺には前世がある。経営してたメイドカフェを潰した冴えないアラサーという、冴えない前世が。だからこそ、もしかしたら。

 そんな期待が、ふと頭をよぎった。

 

 近くで見ると一層不気味なトウモロコシに向かってそっと手を差し出す。

 ぱくり。手が湿った感触に包まれた。そして。

 

『ちゅぱっ、ぺろ………………まじか、これ、は』

「‼」

 

 この反応は、ひょっとして、ひょっとするんじゃないか。

 心臓が、どくんと一際高鳴った。そして時間がゆっくりになったような錯覚の中で、トウモロコシの声が響く。

 

『ノクト=オルフェーブル! 14歳! これはすごい。今まで見たことがない。

 魔力値ゼロ! 完全なる無! 魔法適性も当然なし! 何をやらせてもダメだなこれは。星1もつけたくない。星ゼロのゴミカスだ!』

 

 …………ん? 

 は?

 

『だがしかし、これは、うむ、固有魔法らしきものを一つだけ持っているな』

 

 え?

 

「ど、どんな魔法なんです?」

『ふむ、気づいていないのか。まあ無理もない。機会もなかっただろうしな。どれ、お茶を一杯、頭の中で念じてみよ』

「お茶?」

『うむ』

 

 念じる。すると俺の手元にぽんと、紅茶のカップが現れた。

 見た目と匂いで、俺にはそれが何なのかすぐにわかった。

 ダージリン。

 茶葉5g、軟水寄りの高酸素水を使い湯温は88℃、蒸らし時間は3分ジャスト。

 それは前世の俺がよく淹れていた、店の紅茶だった。

 トウモロコシの野郎はそれをひったくるようにして、ぐびりと口に含んだ。

 

『ああ……ホッとする味だ。うまい。これが君の固有魔法だ。よろこべ、いつでもうまい紅茶を出せるぞ』

「それだけ、ですか?」

『ああ、それだけだ』

 

 ぱきぱきと、脳みそにひびが入ったような音がした。

 そして思い知った。俺は興味がないふりをしながら、きっと期待していたのだ。

 俺を主役にした物語が、ここから幕を開けることを。

 

『気を落とすな! 学校生活も、そして人生も長いぞ、ノクト=オルフェーブル!

 完全無欠の劣等生よ!』

 

 ――これは魔力ゼロの俺が、どん底の劣等生として出発し。

 ――魔法学校をTSメイド作法で無双する話である。

 

 

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