魔力ゼロのTSメイド俺、魔法学校を作法で無双する 作:滝浪酒利
喋るトウモロコシによって最下級の劣等生という太鼓判を押された俺は、半分気絶したような状態で入学式を終えた。
校長の挨拶と祝辞の後、ホールを出ると、そこには巨大な都市が広がっていた。
「うわ……」
見渡す限りどこまでも続く中世風の学園都市には、高層ビルほどの石造りの建物があちこちでそびえ立ち、重力と建築理論に真正面からケンカを売っていた。
そして空には絶え間なく、箒に乗った人や建物の一部が、まるで自動車が走るようにひっきりなしに飛び交っていた。
「さて、最後に少々説明をしとこうかの。大事な事じゃ、よく聞きなさい、新入生諸君!」
ベルブックキャンドル校長は、壮大な都市を背景にして、よく通るしわがれ声を張り上げた。
「オクスホード魔法学校と学園都市にようこそ! ここに共和国の法律は一切適用されん! そして
何をしてもよい。その代わり、何をされても誰も助けてくれん。自分の身は自分で守るのじゃ。
そのことさえ承知していれば、学ぶもよし! 遊ぶもよし! 働いても構わん!
そして――殺し殺されることさえ問題ない。善行悪行陰謀野望、本学は諸君らのやりたいこと全てを容認する!」
ちょっと待て、この校長、さらりととんでもないことを言ってないか。
突然飛び出してきた極
「おお、そうじゃった。最後に一つ言い忘れておった。何をするにしても大事なのは金じゃよ金。自由の女神は財布の中に住んでおるからのう。
というわけで、諸君らにはまずこのオクスホードで金を手に入れる方法を教えておこう。言っておくが、外の世界の金は一切使えんぞい」
およそ入学説明会とは思えない内容を、ベルブックキャンドル校長は平然と語り出す。
「ここでの金は、単位じゃ。出席した授業の始業から終業のベルまで生存していた場合、成績に応じて獲得できる。その単位が、諸君らにとっての貨幣となる。もちろん手にした単位はやり取りできる。普通の金のようにな。授業で稼いだ単位を元手に商売をはじめる輩も多いのう」
「は……?」
ここは本当に学校なのか? 俺はとても信じられない気持ちになった直後。
代弁してくれるように、誰かが手を挙げた。
「校長先生! 質問です!」
「おお。なんじゃ」
「あの……僕たちはこれからどこに住んで、どうやって授業に出ればいいんですか?」
「なんじゃ話を聞いておらなんだのか。自由じゃよ」
「へ」
「どこに住もうと、毎日そこら中で開講されている幾千の授業のどれに出ようと、完全に自由じゃ。好きにしなさい。こちらから君らの選択に一切干渉することはない。……そうだ諸君、学生証はちゃんと受け取ったかね」
俺は周囲の新入生と同じように、それをポケットから出した。それは通知書の入った白い封筒に同封されていた。
黒色のプレート。その表面には校章と、裏面に自分の名前が刻まれている。
そして、その数字はいつの間にか、裏面にある名前の横に浮かび上がっていた。
〈保有単位10000〉。
「諸君らには初日の宿と食事代として、一万単位が一律で支給されておる。そして今後、授業の単位獲得や買い物の決済などは全てその学生証で行われる」
ピッ、とやるのじゃ、ピッ、とな。
と、ベルブックキャンドル校長は笑いながら、まるでタッチ決済のようなジェスチャーをした。どうやら本当にそうやって使うのだろう。
「なくすと大変じゃぞ。再発行はできんから野たれ死に確定じゃ……。では諸君、これで話は終わりじゃ。長くなってすまんの。ああ、ちなみに、話が長い教師に攻撃するのも自由じゃぞ。今年の新入生は行儀よく聞いてくれたようだがの……では今度こそ! さらばじゃ!」
そう言って指を鳴らすと、ベルブックキャンドル校長の姿はロウソクの火のようにその場からかき消えた。
そして残されたのは、他の新入生同様に途方に暮れた俺。
これが俺の、人生最悪の入学式の顛末だった。
※ ※ ※ ※ ※
それが、およそ一か月前の話だ。
「歴史を授業します。教科書を開いてください」
教科書を開く
広々とした第8272番教室に、教師役のゴーレムの無機質な声と機械的なチョークの音が響く中、俺を含めた十数人の学生が真剣にノートを取っている。
土でできた体に黒い服を着た教師ゴーレムの胸元には、粗末な看板がぶら下がっていた。
『居眠りは処刑 ※抵抗歓迎!』『倒したら50万単位ゲット! ※恐れるな若者よ!』
……そして教師ゴーレムの手首には、戦利品のように血濡れた学生証が数枚、ぶら下がっていた。
「神話の時代からです。当時の人間はとても弱い種族でした。今のように魔法は発達しておらず、ドラゴン、妖精、魔族といった他種族からの支配を受けていました」
授業に出ている、というのは、今の俺の実感として正しくない。
正しくは、生活費を稼いでいるという感覚だった。
オクスホードでは、本当に単位がお金の代わりとして機能していることを、俺はもう十分に実感していた。
毎日、広場の掲示板に開催される授業のスケジュールが貼りだされ、そこに書いてある日時と場所に行けば参加でき、最後まで出席すれば単位がもらえる。そしてその単位を生活費にすることになるのだが。
問題は、普通の授業では肝心の単位がほとんど稼げないということだ。
「しかしある時期から魔法を発達させた人間は、他種族との戦争を開始し――」
席に座って話を聞いてノートを取る。座学の授業では一時間で精々300単位ほどしかもらえない。移動や睡眠時間も考えると朝から深夜まで授業に出るとしても、出席できる限界は10コマだ。つまり、俺の日給は3000単位弱が限度。
俺の住んでいるアパートの月々の家賃は4万単位、食費は抑えに抑えて2万単位、服やその他日用品など2万、教科書や資料代に1万ほど。合計で9万単位が月の最低出費だ。
つまり、三十日間、一日も休まず10時間授業に出て、ぎりぎり生活できるかどうかなのである。
とんでもないブラックキャンパスライフに、乾いた笑いが口から洩れた。
なんでこんな学校に入れられたのだろう。能天気に喜んでいた父を本気で恨む。
「こうして人間以外の他種族は滅び、現在ではドラゴンと妖精のごく少数の生き残りが保護区で生活しています」
教師人形の無機質な声が響く。
当然、もっと単位を稼ぐ方法はある。座学の授業ではなく、実際に魔法を使って行われる実習授業に出るのだ。実習ならば最低でも1000単位はもらえる。
しかし、俺には無理だった。
何故なら魔力ゼロ。魔法適性なし。紅茶を出せるだけの劣等生なのだ。実習に出て手本通りに魔法を使おうとしても、他の生徒のように発動することができず、単位がもらえなかったのである。
「……退学したい」
俺は呟いた。もう魔法使いに憧れなんてない。とにかく、毎日ふらふらで死にそうなぐらい眠い。
しかし、授業に出ようが出まいが全てが自由のこの学校に退学制度はなかった。
ここから出るには百万単位を溜めて卒業試験を受けるか、あるいは。
「では古代帝国時代に移ります。――授業中の居眠りを検知しました。抹殺モード起動します」
その瞬間、きゅごっ! という空気が焼け焦げ爆発する音ともに、教師ゴーレムの頭部から魔法破壊光線が発射された。
それは一番奥の席に直撃し、多分、そこにいたはずの学生は極めて物理的な意味で消滅したのだろう。
焼け焦げた学生証が教室の天井まで舞い上がって、からんからんと、俺の席の横に転がった。
話を戻そう。オクスホードから出るには、百万単位を溜めて卒業試験受けるか、あるいは一足先に、この世界から卒業するかだ。
教師ゴーレムはゆっくりと歩み寄って、持ち主のいなくなった学生証を拾い上げた。
「授業を再開します」
※ ※ ※ ※ ※
この日の授業を終えて、俺が実家の屋敷とは比べ物にならないほどボロいアパートに帰宅したのは、深夜の一時を回ったころだった。
ちなみに、普通に受験で入学する生徒たち(主に中級以上の貴族の子供)は、年上の兄弟姉妹のところに身を寄せたり、付き合いのある家の子供同士で集団生活をしたりと、この自由過ぎる学校生活からの自衛手段をちゃんと用意しているものだそうだ。
だから俺のように抽選入学してしまった学内にツテのない新入生は、裸で放り出されたと同然なのである。そして、さらに悪いのは。
俺を取り巻く不幸が、それだけではなかったことである。
「家賃が……三倍⁉」
「ああ。値上げだよ値上げ。悪いな」
「待って下さい! とてもじゃないけど、急にそんな家賃払えませんよ⁉」
「なんだとテメエコラーーッ‼」
アパートの大家、明らかに30代ぐらいの見た目の上級生は、恐らく真っ当だろう俺の抗議に対して、急に態度を一変させた。
いつ卒業するかも本人の自由のため、オクスホードにはずっと卒業せず、ここで学生として一生を終える者も多いそうだ。
そういう学生は生計を立てるために商売をはじめる。このアパートも、そういった学生運営アパートであり、格安のうたい文句に釣られた俺はまんまと入居を決めてしまったのだがしかし今、悪徳アパートがその本性を露わにしていた。
ヤクザのような顔をした大家先輩は、ヤクザのように壁ドンとともに、ヤクザのような声で恫喝してきた。もうヤクザでいいだろこの人。
「払えませんじゃねえよ! 払うんだよ! お前は部屋を借りてて俺は大家で先輩なんだからよお! それとも今ここで死ぬか?」
めらめらと、大家先輩の拳に集中した魔力が炎となって燃え上がった。熱魔法だ。アレに殴られたら人間の顔面など溶けたバターのようになってしまうだろう。
「わ、分かりました。払います、必ず払います! だから勘弁してください!」
「ぺっ、わかりゃいいんだよ」
こうして、俺のボロアパートの家賃は3倍になった。
水桶で体をふいて、粗末なベッドに寝転がると自然と涙がこぼれた。
家に帰りたかった。
魔力ゼロ、魔法は学べず単位は稼げず、もう家賃すらも払えない。
こんな学校、入学するんじゃなかった。どう考えても実家でぬくぬくしていた方がはるかにましだ。勝手に宝くじを引き当てやがった父親を本気で殴りたい。
しかし、それは現状では叶わぬ望みである以上、こうなったら仕方ない。
俺は深呼吸して、頭を切り替えた。
追い詰められた時、まず大事なのはメンタルを保つことだと俺は思う。辛い時に元気になれといっても無理があるのは分かるが、精神力の低下は判断力の低下に直結するので、無理にでも元気づかないといつまでも事態を打開できないのである。
前世で、不注意にも電柱に頭をぶつけて死んだ俺が言うのだから間違いない。
俺はベッドの上で目を閉じて、前世で経営していたメイドカフェを思い浮かべた。
日当たりのいい店内に漂う、紅茶とコーヒーの匂い。そして黒髪清楚なメイドさんのいる光景を強く思い浮かべる。そして思えば思うほど、もう一度あの空間を作るまでは死ねないと思えた。
そうだ。俺はメイドカフェをもう一度開くのだ。
「こんなところで死んでたまるか……!」
やはり、メイドカフェは偉大だった。
思い浮かべるだけで、明日も生きられる理由になるのだから。
――これは魔力ゼロの俺が、この苦境から運命と出会い。
――魔法学校をTSメイド作法で無双する話である。