魔力ゼロのTSメイド俺、魔法学校を作法で無双する 作:滝浪酒利
オクスホードの授業には座学と実習に加えてもう一つ、破格の単位をもらえるものがあった。
課外授業である。
その内容は魔物討伐やダンジョン(※魔物が出る洞窟)の調査、あるいは要人警護、戦争への参戦などの学外からのオクスホード魔法学校の依頼であり、それを学生が受注して達成することで学校から単位がもらえるという仕組みである。
とにもかくにも、メイドカフェのおかげでなんとかメンタルを持ち直した俺は、さっそく翌朝、掲示板の前で課外授業の厳選をはじめた。
なんとか一発10万単位以上の授業を受けて、それで今月だけ家賃を払ってあのクソ物件を出て行こう。まともな物件が見つかるまでは、最悪しばらくホームレスでもいい。
課外授業は実習とは違い、依頼さえ達成すれば途中経過は問われないそうだ。つまり魔法が使えなくとも、結果さえ出せば何も問題はないのだ。
だからここで、転生したという俺のバックボーンが活きるはずである。
今こそ前世の知識を使って、なんか魔法抜きで上手く解決できるものを選ぶのだ。
「森のゴブリンの群れ討伐……パス! 絶対死ぬ! 2泊3日で貴族令嬢の護衛……受注条件、身長180以上のイケメンに限る……ふざけんな!」
貼りだされた授業リストにはロクなのがない。
まるで一発逆転などないと、見えない誰かに思惑を見透かされている気がした。
瞬間、それが目に留まった。
『安心安全! ダンジョン探索!』
『内容:共和国南部のダンジョン内を探索して、内部のレポートを提出してもらうだけです! 安心安全ぜったい大丈夫!』
『依頼主:オクスホードダンジョン研究部。
報酬:一人20万単位。 日程:日帰り』
俺は、深く理解した。
きっとこういうものなのだろう。あからさまな闇のバイトに手を出す心理とは。
※ ※ ※ ※ ※
――集合場所に行くと、そこには俺以外に5人の生徒がいた。
「あ、ノクト!」
「ルーク……」
そこにいた一人は、入学式で出会った金髪の少年、ルークだった。
彼は気安く話しかけてもいい奴に会えたことが嬉しいように、無遠慮にこちらの肩を叩いた。
「久しぶり! 入学式以来だね。やっぱ君も目を付けたんだ! 確かに一泊2日で20万って破格だもんな! 君みたいな劣等生じゃなくてもこんなオイシイ授業見逃せないよ!」
「……」
あのトウモロコシの声は、不思議とよく覚えている。
ルーク=デミオン、14歳。魔力値2400。適正魔法、重力。トウモロコシの評価、星3。優等生というほどでないが、今の俺には死ぬほど羨ましいステータスだ。
そこでルーク以外の他4人のうち1人の男子生徒が、声を上げた。
「おい。そいつって入学式で魔力ゼロとか言われてた劣等生だろ。そんな足でまといと一緒なんて御免だぜ」
他3人のうち2人も同調した。
「そうだね。わ、私もちょっと遠慮してほしいかな」
「空気読めよ劣等」
思わずうつむいてしまった俺を、しかし庇うように前に出たのは、意外にもルークだった。
「おい待てよ! これは安全なダンジョン探索なんだぞ? ピクニック行くようなもんじゃないか! ノクトがいくらゴミカス劣等生でも足手まといなんてひどいこと言うなよ!」
足手まといよりひどいことを言いながらフォローしてくれた。この金髪少年、デリカシーは欠片もないが、案外悪い奴ではないのかもしれない。
そこで最後の一人、ケープマントを羽織った銀髪の少女が口を開いた。
「私は、彼がついてきてくれた方がいいと思う」
澄んだ、神秘の湖を思わせる青い瞳に見つめられる。
彼女のことも、しっかり憶えていた。トニトリア=アルバース。完全無欠の優等生。ピンと伸びた背筋に長い銀髪というクールな佇まいに、俺はやはり思わず存在しないメイド服のスカートが揺れる様を見つけずにはいられなかった。
「ダンジョン探索は長丁場になりがち。だからこそ、彼の固有魔法はとても有効」
「固有魔法……?」
「あ! そうだノクト! 君はお茶が出せるんだったよね! ってことは、水の用意とかいらないのか!」
言われて、俺自身も思い出した。そうだ、俺は念じれば無限に紅茶を出せる。つまり探索中の水分補給をできるということで
トニトリアはこちらを見て、素っ気なく言った。
「よろしく。頼りにしてる」
一瞬、ドリンクバー扱いかよ、と呟きそうになるのをどうにかこらえた。
ともあれ、彼女のおかげで何とか話はまとまった。
「授業開始の時間になったら、ここにいれば自動でダンジョンの前まで転送される。授業の範囲外に出たりすると自動でオクスホードに帰還転送されて、脱走ペナルティを受けるから注意して」
「アルバースさん、なんか慣れてるね。ベテランて感じ……」
「もうこれで10回目ぐらい、課外授業を受けるのは」
「え⁉ す、すごいや……! ねえ、後でその話聞かせてよ!」
ルークが、太鼓持ちのようにトニトリアを褒め称えた。きっと、この少し年上の美少女と、なんとかお近づきになりたいのだろう。
微笑ましい、と言えるほどの心の余裕がないのが、少し残念な気がした。
時間になると俺たちは光に包まれ、次の瞬間にはダンジョンの前に転送された。
最初に、結論から言おう。
やはり、この怪しさ満点の課外授業は罠だった。
楽して単位を稼ごうとする学生をターゲットに、高額報酬の授業を貼りだしておびき寄せ、そこで罠にはめて痛い目に合わせて(※殺害を含む)楽しむために、一部の悪戯学生が用意したトラップ。
というのは、後から聞いた話である。
だからダンジョンに入った俺たちは、トニトリアの光魔法の明かりを頼りに暗い洞窟を10分ほど進んだところで、それに襲われた。
野生の魔物ではない。
魔法で作られた一軒家サイズの岩巨人。ゴーレムだ。
これも後から聞いた話によると、オクスホードの上級生はよく面白半分でそれを下級生にけしかけるらしい。
お値段手ごろな魔道具兵器、後輩指導用殺人ゴーレムを。
『挨拶がありません。指導を開始します』
魔法構造化された岩石筋肉の塊は、暗闇からぬっと現れるや否や、即座に俺の前を歩いていた男子を叩き殺した。
『先輩へのリスペクトが感知できません。指導を継続します』
悲鳴を上げた女子は魔法を使う暇もなく、ゴーレムの殺人魔法光線で灰になった。
俺とルークと、もう一人の男子は悲鳴を上げて逃げようとした。
『挨拶をしましょう。もう遅いので殺します』
その直後、獲物を逃がすまいとした殺人ゴーレムは天井すれすれまで大きく跳躍し、俺たちの前に着地してきた。
そして、『挨拶は大きな声で元気よく』と胸に刻まれた巨体が、容赦なく拳を叩きつける。一番速く走っていた先頭の男子が叩き潰された。
一連の惨劇は、わずか十数秒の出来事。
残ったのは震える俺とルークと、そして。
「私の後ろから、離れないで」
俺たちを庇うように前に出た、トニトリアの3人だけだった。
『挨拶をしてください。アサップで挨拶が求められています』
「何を言ったところで殺す気でしょ。ポンコツ人形が」
『失礼を検知しました。指導強度インクリーズ。ぎゅいーん』
そして現在、俺とルークは震えながら抱き合い、もう見つめることしかできなかった。完全無欠の優等生、トニトリア=アルバースの戦いを。
少女の手元に、剣が現れる。
そしてバチバチと銀髪が帯電したかと思うと、発光した剣がひとりでに発射され、それは空気を焦がす凄まじい音ともにゴーレムの胸に突き刺さった。
原理としては電磁砲、いわゆる前世のところのレールガンみたいなものだろうか。
まるで砲弾でも食らったように、洞窟の天井すれすれの巨体が大きくよろめいた。しかも、それだけでなく。
「雷霆執行」
トニトリアが指を立てる。と同時、ゴーレムの胸に突き刺さった剣から、激しい光と音がほとばしった。
周囲の暗闇を引き剥がすかのような閃光とともに、一体何十億ボルトになるのだろうか、神の怒りのような熱量ワットがゴーレムをクッキーのように粉砕した。
白い煙と焦げ臭い匂いが、洞窟の中に立ち込めた。
崩壊する殺人ゴーレム、そして淡い光魔法を背後に、振り返ったトニトリアが言った。
「終わった。もう大丈夫」
※ ※ ※ ※ ※
「うおおおっ! す、すごいやアルバースさん! 助かったぁ……! ホントにありがとうございます!」
「分かったから。もう黙って」
ルークは涙と鼻水でべちゃべちゃの顔で、何度も頭を下げる。
「いや魔法もすごいんだけど、なんていうか、戦い慣れてるっていうかさ! そう言えばアルバースさん、なんで抽選入学なの? それだけ強かったら通常試験でもぶっちぎりだと思うけど」
「そっちも受けるつもりだったけど、抽選の方が先に合格通知送ってきたから」
「ほ、ほへー。そうなんだね」
確かにすごかった。そしてカッコよかった。だから俺は悟った。
きっと、彼女こそがこの魔法の世界の主役なのだろう。
転生した程度で、一体俺は何を思い上がっていたのか、恥ずかしくなる。
「なあノクト! ほんとにすごいよな、彼女! まるで女神だよ! ……て、なにしてるの?」
「ああ、その、殺された人たちの遺品、回収しなきゃって思って」
俺は犠牲になった三人の持ち物を集めた。残っていたのは服の切れはしと学生証程度だが、彼らの実家に送る、ないし埋葬してやらなければと思う。
「律儀だね。あなた」
トニトリアが言った。いや常識、だと思ったが、この世界というかこの学校では死生観が違うのだろうか。
「じゃあ、それが済んだら行こう」
「……え?」
トニトリアの声に、ルークが鼻をすすりながら小首をかしげた。
「課外授業はまだ終わってない。このダンジョンの奥まで行って、見たものをレポートにまとめないと、単位がもらえない」
沈黙が降りた。きっと俺とルークは同じことを思っていただろう。
まだやるの? と。
トニトリアは俺たちの声なき疑問に答えるように、こくりと頷いた。
その据わった目つきは、まるで歴戦の戦士のようで。その視界は俺たちと同じ物を見ているとは思えなかった。
ルークが、情けない声で抗議した。
「む、無茶だよ! この授業もこのダンジョンも、絶対に意地の悪い先輩の罠だよ! 今の内に逃げないと、これ以上先に進んだらもっと危ない目に合うかも――」
「また何か出てきても、また叩き潰せばいいだけ。それにこの授業は罠でも、学務の認可を受けて掲示されている以上、条件を達成すれば単位は獲得できる。ここで逃げれば、損するだけ」
「……ほ、本気で言ってるの? さ、三人も死んじゃったんだよ……?」
「怖気づいたなら帰っていい。私一人で十分」
「い、いや……その」
ぶれないトニトリアの態度に惨敗したように、ルークは泣きながら俺の腕をつかんだ。
「ど、どうする、ノクトぉ……、ぼ、ぼく、どうすればいいと思う?」
俺は考えた。そして結論した。
このままルークと2人で逃げ帰ったとして、そこをさっきのゴーレムに襲われたらひとたまりもない。ここは怖くとも、戦えるトニトリアと一緒にいた方が安全だ。
そう、伝えようとした時だった。
「――!」
気が付いた。
トニトリアの背後の洞窟の壁から、巨大な腕がぼこっと生えたのに。
だから、咄嗟だった。
「危ない!」
「え――」
トニトリアを突き飛ばす。その直後、重機みたいな質量の岩の塊が振り下ろされた。幸運にも、それは俺にも彼女にも当たらなかった。
巨腕は洞窟の地面に激突し、そこに深い亀裂が刻まれる。
一体どんな魔法か、新しく壁から生まれ落ちたゴーレムがずしんとその足を地につけた。その瞬間、亀裂の入った洞窟の床は、そのはずみで崩落した。
そして不幸にも、俺はその崩落に巻き込まれて。
「うわあああっ!」
「ノクトーーっ!」
俺を心配するというよりは、置いていかないで、という感じの叫びだった。
そんなルークの声を聞きながら、俺はダンジョンの底へと落下していった。
※ ※ ※ ※ ※
「うう……痛っ!」
目覚めると、そこは暗闇だった。
何も見えない。全身が、そこはかとなく痛い。
確か、地面の崩落に巻き込まれたのは覚えている。
痛みを我慢して身体を動かす。なんとか、立ち上がることはできそうだった。
暗がりの地面に手をつくと、まるで砂に沈み込むような感触がした。どうやらそのおかげで助かったらしい。
立ち上がる。しかし何も見えないので、どこに進んでいいか分からない。そこで、俺は気付いてしまった。
ひょっとするとこの状況は、助かったのではなく。このまま暗闇の底で、朽ち果てていくしかないという事実に直面しただけでは?
しばらく、俺はその場で絶望して。手元に念じて、湯気を立てる紅茶を出した。
それは、何か意図があってのことではない。ただ、そうせずにはいられなかった。
人生の最後に、何か少しでも意味のようなものを感じたくて、慣れ親しんだ味を手元に出した。その時だった。
「…………え?」
前触れもなく、光が灯った。目の前が照らされた。
見れば、何本もの小さなロウソクを乗せた燭台が俺の周囲に並んでいた。
そして前触れもなく灯った不思議な炎の揺らめきたちが、俺の目の前に映し出したのは。
「メイド……さん?」
まるで朝焼けのような透明な紅色の髪に乗った、純白のヘッドドレス。
芸術品のような長身を包むのは、フリルのついた黒白のエプロンドレス。
目を閉じて、椅子に座ったまま。
そこに静かに眠っていたのは、まごうことなく、完璧なメイドさんだった。
――これは魔力ゼロの俺が、この出会いをきっかけに。
――魔法学校をTSメイド作法で無双する話である