魔力ゼロのTSメイド俺、魔法学校を作法で無双する   作:滝浪酒利

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第5話 メイド

 俺は、困惑していた。

 女の子に――メイドという種族になった俺の身体能力は凄まじく強化されていた。おかげで、助走なしの跳躍で崩落した穴に舞い戻ることができた。まるで女児アニメの主役魔法少女並みの身体能力だ。

 

 さておき、トニトリアとルークの二人を探して周囲を見回した俺は、音のした方へ急いで駆け付けた。

 そして、トニトリアを握りつぶそうとするゴーレムの背中を咄嗟に平手ではたくと、なんと岩の体は粉みじんに砕け散り、俺は今、解放されたトニトリアを抱きとめている。

 

 ……冷静に振り返ると、もはや困惑を通り越して戦慄する。一体どんな筋力だよ。

 そこで、抱き留めているトニトリアの身が心配になった。受け止めた拍子に骨をへし折っていても不思議ではない。背筋がさっと冷たくなる。

 しかし否定するように、脳裏にアウローラの声が響いた。

 

『問題ありません。今のあなたの身体能力を支えているのは筋肉ではなく、マナーです! 魔法にとっての魔力と同じ、マナーはあるゆる作法のエネルギー! あなたの意思に反して人や物を傷つけることはありません!』

「ま、マナー……?」

 

 魔力ではなく、マナー。それが、今の俺の力。

 より一層、困惑を深めたところで、ふと腕の中の少女と目が合った。

 俺以上の戸惑いを浮かべた瞳は、同時に熱く潤んでいた。

 

「あなたは……誰?」

 

 その問いに、どう答えるべきか。逡巡しながら口を開く。

 その瞬間、ゴーレムたちが一斉に、知覚センサーを俺に向けたのが分かった。

 背後で尻もちをついているルークが、俺を見ているのが分かった。

 腕の中のトニトリアが、息をのんで耳を澄ましている。

 再び、アウローラの声がした。

 

『挨拶をしてください。ノクト。戦いの、そして全ての始まりには、挨拶がなければならない! それがメイドの掟です!』

 

 抱きとめていたトニトリアを、そっと下ろす。

 それからほとんど本能的に、俺はフロントにオープンスリットの入ったロングスカートの端をつまんで引き上げた。

 右足を後ろに引いて、爪先を立てて膝を軽く曲げ、上半身を少し下げる。

 

「皆様、ごきげんよう」

 

 そして優雅に、お辞儀をした。

 

「メイドオブ・ノクターンと申します」

 

 その瞬間、どこからともなく吹くはずのない一陣の風が吹き込んで、俺の周囲に花が咲いたように渦巻き――いや、実際に咲いたのだ!

 お辞儀とともに、俺の足元には白百合が咲き乱れ、無垢色の花弁が舞い上がった。じめじめとした岩だらけの洞窟を塗り替えるように、朝の庭園のような香りが吹き荒れる。

 そんな一種の幻想的なスペクタクルに、魂を持たぬゴーレムをはじめ、その場の全員が目を見張った。

 

「いや――なんだこれ⁉」

 

 か、一番びっくりしたのは当の俺だった。無理もないだろう。挨拶しただけで、自分の周りに花が咲くなんて普通思わない。

 

『うろたえないでください。お辞儀によってあふれたあなたのマナーが周囲の大気と反応し、メイドフラワーとなって析出しただけです!』

 

 脳裏に響く先輩メイドの声は、何一つ理解できなかった。

 だが、状況についていけないのは俺だけではなかったようだ。

 

『……意味不明な存在を検知しました』『不明存在の挨拶を分析。先輩へのリスペクトが検知できません』『教育的指導を行います』

 

 ゴーレムたちが動く。無機質な頭部が一斉に光を放ち、俺に向かって大量の殺人光線魔法が発射された。

 

『これは殺人ではありません!』

 

 どうする。奇妙にゆっくりとした視界の中で、アウローラの声を聴く。

 

『躱す必要はありません、ノクト、いやノクターン!』

 

 なんで?

 

『マナーなき攻撃はメイドにとって脅威にはなりません。だから堂々と、背筋を伸ばして胸を張り、最高に格好をつけてください! 全身にまとわれるマナーが、あらゆる攻撃を無効化します!』

 

 そんなバカな、と思いつつ。俺は直感的にその言葉に従っていた。

 羽を広げた白鳥のように、踊り出す前のバレリーナのように。

 両手を挙げて爪先を少し立てて、俺が思う優雅な姿勢を取る。

 そこに、光線が直撃した。白い光が視界を染める。

 しかし痛みも衝撃も、一切感じなかった。煙が晴れる、無傷の俺の姿を確認して、ゴーレムたちが動きを止める。

 

「うそ……」

 

 トニトリアが息をのむ。

 

「す、すげえ……」

 

 ルークが口をあんぐりと開けている。

 

『さあ。反撃ですよ!』

 

 俺は一歩、そよ風のように前に踏み出した。一瞬で、一体の懐に肉薄する。

 指を広げて伸ばした平手打ちが、再度ゴーレムを木っ端みじんに粉砕する。

 これだ! と本能が叫んだ。

 拳ではダメだ。パンチではダメだ。ぴんとそろえた五本の指が、最も効率よくマナーを伝達するのだから。

 そしてこれが、メイドにとって最の初歩、基礎中の基礎の攻撃作法。

 すなわち、おビンタなのだと。

 

『そうです! 筋力の有無など問題ありません!』

 

 14歳の少年の腕から、さらにより一層細くなった腕で、俺は連続して舞い踊るようにおビンタを放った。

 しかしてその音と威力はすさまじく、大気を震わせる爆発音とともにゴーレムが次々と砕け散っていく。

 

『ノーマナーノーメイド! すべてはマナー、作法、そしてマナーなのです!』

 

 その瞬間だった。洞窟の壁が、床が、天井が光る。

 生じた無数の魔法陣から大量のゴーレムがドバドバとあふれ出す。

 

「……これは」

「逃げて!」

 

 背後でトニトリアが叫ぶ。

 

「このダンジョン自体が一つの魔法! ゴーレムをどれだけ倒しても床や地面を材料にして無限に復活してくる。無理しないで一旦逃げて――」

『なるほどですね』

 

 うんうん、と頭の中でアウローラが頷いた。

 

『聞きましたね、ノクターン! ならばやることは一つです。この洞窟ごと、まとめて吹き飛ばしてやりましょう!』

「え?」

 

 そんなことできるの?

 

『できます!』

 

 力強い断言が返ってきた。

 

『作法とは、最高に美しくてカッコいい自分を堂々と世界に示すこと! だから描いてください! その手で、足で、心で! 作り上げた理想の姿が、どんな理不尽にも負けない力になるのです!』

「‼」

 

 今の俺は女の子だ。そして、メイドだ。

 その認識とともに、意識は止まった時間の中で、深遠なる命題にぶち当たった。

 俺は、メイドさんの何が一番好きなのだろう?

 理性に問うた。存在、と理性は答えた。

 感情に問うた。笑顔、と感情は答えた。

 しかし、違うと答えた。俺の中の最も根源的な部分が、そうじゃないと言った。

 俺の中の、俺以上に俺の部分、性癖は言った。

 太もも、と。

 刹那、世界と俺との歯車がかみ合った。

 殺到するゴーレムたちを見つめながら、スカートの右端をつまんで勢いよく、カーテンを広げるように持ち上げた。

 

「――!」

 

 時が止まる。この場の全員が息を飲んで立ち尽くし、言葉を失う。

 破廉恥に堕す寸前までたくし上げられながら、しかし清楚を崩さぬ鉄壁のスカートと、露わになった白いガーターベルトの間にある、絶対の領域に。

 きっと神すらも犯せない、天上天下に並ぶものなき真善美の聖域が、あらゆる魂から言葉を奪いながら、語り尽くせぬ感動を叩き込む。

 瞬間、そこに光が生じた。宇宙が生まれそうなほどの凄まじいエネルギーがそこにあった。俺の美意識、俺のメイドさん愛、その全てがマナーとなってそこに渦巻いていた。

 

「極式禁断メイド作法が一つ――」

 

 右手はスカートを広げたまま、左手でそれを掴んだ。

 達人の居合のように、俺は光り輝く圧縮マナーの刃をスカートとガーターベルトの間から抜き放った。

 

抜刀宇宙・箒星(エッジワース ブルームスター)‼」

 

 夜空を駆け抜ける流れ星のような光の奔流が、すべてを斬り裂き吹き飛ばす。

 その一閃は瞬く間に、無数のゴーレムを塵へと帰し、洞窟を切り裂き、ダンジョン構造そのものを内側から切り開く一条となって地上までを通貫した。

 

「……」

 

 青空が見える。ダンジョンは跡形もなく消失し、大きく開けた頭上には、青空が広がっていた。

 まるで、夢でも見ているようにぽかんとした二人へ振り返って、俺は今更ながら我に返った。

 どうしよう。今の自分はこんな姿だし、性別というか色々違うし、二人になんて説明しようか、いやそれ以前に。俺、もしかしてずっとこのままなの? と思った。

 その時だった。

 

『……あ、すみません、そろそろ限界です』

「え」

 

 アウローラの声がするとともに、ポン! と俺は白い煙に包まれた。

 その瞬間、体から力が抜けていく。気が付くと、俺は元の男の体に戻っていた。

 驚いたルークが声を上げた。

 

「え⁉ ノクト……っ⁉ き、君、女の子だったの⁉」

「いや、違くて! これはその……」

 

 元に戻れたことに安堵しつつ、なんと説明しようか頭をひねった時、肩に乗った小さな重さに視線を向けると。

 

「はい。ノクトは女の子なわけではありません。私のイデアとの一時的な融合により、メイドになっただけです」

「うわっ⁉」

 

 小さな、まるで妖精みたいなアウローラがそこにいた

 

「き、消えたんじゃなかったの?」

「肉体が消失しただけです。この姿は、あなたのマナーを少し拝借して、仮の肉体を作らせてもらいました」

 

 ルークが再び驚く。

 

「それ、よ、妖精⁉」

「いいえ。私はメイドです」

「め、メイドって……??? そ、それより、どういうことだよ、ノクト⁉ さっきの姿とあのすごい魔法っ⁉ 君って一体何なのさ‼⁉」

「ええと、そのなんていうか……」

 

 俺は頭を抱えながら、どうにか頑張ってルークに事情を説明した。

 そうして課外授業は終わり、俺たちは転送魔法でオクスホードに帰還した。

 説明している俺ですら、冷静になれば意味の分からない経緯に、ルークはずっと驚きっぱなしで。しかしながら。

 トニトリアはなぜか、ぼうっと俺を見つめながら、ずっと沈黙していたのが気になった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 それから三日後。

 ぼったくりや草パートの自室で、俺はカーテンを開けると、朝日に向かって大きく欠伸をした。

 

「おはようございます! ノクト! 今日はどうしましょう」

「おはよう、えと、アウローラ、さん」

「呼び捨てで構いません。私はあなたのものなのですから!」

 

 寝間着のシャツの胸ポケットから、小さなアウローラがぴょこりと顔を出した。俺の心臓の真上はすっかり小さなメイドさんの定位置になっており、幸せやら緊張やらで複雑な気持ちになる。

 さておき、あの課外授業の単位は無事獲得した。20万単位。

 取り合えずこれで、しゃくではあるものの予定通り、今月のぼったくり家賃を払い、それから新しい物件を探すことにする。

 

「……ところで、ノクトはそれからどうするのですか?」

「それから、って?」

 

 人間大だった時よりも、一層愛嬌のある顔を胸ポケットから出したまま、アウローラは俺に訊ねた。

 

「ノクトは、この学校に通っているのでしょう? 人間様は、夢を叶えるために学校に行くと私は知っています。ノクトの夢は何でしょうか?」

「いや、まあ、確かに俺にも夢はあるけど、ここには別に、入りたくて入ったわけじゃないから――」

 

 そこで、俺ははっとした。

 オクスホード魔法学校。ここは、とんでもない場所だ。

 過酷な授業と行き過ぎた自由、さらには命の危険がそこらにごろごろしてる。

 けど、でも、あの校長は言っていた。何をしても自由だと。

 じゃあ、あれか。もしも、俺がここにメイドカフェを開いたとしても……。

 

「いいんだ……」

 

 いや、でも、ほんとにこんな場所に? こんな殺伐としたところにメイドカフェなんて開いたってどうせロクな客が来ないのは目に見えている。けれど、いや、だからこそ。

 もしかしたら、こんな場所だからこそ、必要なんじゃないか?

 穏やかな木漏れ日の中で、メイドさんが温かいのも物を持ってきてくれる、聖域のような店が。

 必要なんじゃないかと、俺は目が覚めたような気がして。

 ノックの音が、思考を中断した。

 

「おはよう」

「……え?」

 

 ドアを開けると、そこにはケープマントを着けた二つ年上の銀髪美少女、トニトリア=アルバースが立っていた。

 

「な、なんで俺の家……」

「調べた」

 

 どうやって、などは説明するつもりがないように、トニトリアは端的に答えた。

 

「この間は、ありがとう」

 

 そう言うと、無表情のまま美術品のような顔が詰め寄ってくる。俺は思わず後ろに下がった。しかし、彼女は狭い部屋の中にするりと入って追いかけてきた。

 

「あ、あの、何の用ですか?」

「この前の」

「え?」

「この前の姿に、メイドの姿になれる?」

「ええと、はい」

 

 胸ポケットのアウローラにお願いして、目を閉じる。

 

「かしこまりました! ではいきますよ。イデア同化憑依式、存在変換作法!」

 

 髪が伸びる。夜空の色をした自分の髪が、海のように広がった。

 服が変わる。黒と白のフリルのついたエプロンとスカートに。

 体が変わる。性器の陰陽が逆転するとともに、種族が全く別のものへと。

 そして俺は三度、メイドになった。

 直後。

 トニトリアはそっと、顔を近づけて、小鳥のように俺の唇にキスをした。

 …………なんで?

 

「恥ずかしくない。今は女同士だから」

 

 そう言いつつ、頬を真っ赤に染めながらトニトリアは言った。

 

「お願いがあるの」

 

 言葉を失った俺は、無防備のまま意を決したような彼女の声を聞いた。

 

「私の復讐、手伝って」

 

 

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