魔力ゼロのTSメイド俺、魔法学校を作法で無双する 作:滝浪酒利
「シェイクスピアって……あの⁉」
「あの?」
トニトリアは首を傾げた。名前の由来は知らないと。
どうやら偶然の一致らしく、つまり※この作品はフィクションであり(以下略)実在の(以下略)らしい。ともかく。
「シェイクスピア殺人演劇部は、他人を演劇に巻き込んで殺戮する部活。定期的に人の集まる場所で公演を行って、大量殺戮をするのが活動内容。その拠点や構成部員については一切不明。けど――奴らは決まって、上演予告を配るの」
そう言って、トニトリアはひらりとビラを取り出した。
今年の初め、俺たちが入学する前に、オクスホード内で配られたものらしい。
「シェイクスピア殺人演劇部、開演のお知らせ……って、これ、来月じゃん⁉」
「うん。……このビラ、私の実家にも届いたの」
まるで挑発するように。そう言ったトニトリアの唇は、怒りを抑えるように細かく震えていた。
そして反対する両親を完全に無視して、抽選入学と受験入学の両方に申し込み、ほとんど家出のようにオクスホードに入学した。
それが自分の経緯の全てだと、少女は震えるわななく唇で語り終えた。
「私は才能があった。そして独学で、姉さんの遺品の教科書やノートから魔法を学んできた。生まれつきの固有魔術もある。だから、奴らを相手に戦えると思ってた。でも」
あのダンジョンでの課外授業で、その考えは打ちのめされたと少女は言った。
「私はまだ、弱かった。あなたに助けられなければ、死んでたもの」
しかし、だとしてもそれは諦める理由にはならないのだと、青い瞳は雄弁に語っていた。
「私は、姉さんを殺した奴らを殺してやりたい。だからノクト、あなたの力を借して。このふざけた演劇部を、一緒にぶち壊してほしい」
そこで、トニトリアはテーブルを叩いて立ち上がると、前のめりになって俺に顔を近づけた。額に張り付いた銀色の前髪、長いまつ毛、固定されたように真っすぐな瞳は真剣そのものだった。
「……お願い。引き換えに、私に出来ることなら何でもするから。
力を、貸してください」
呟きとともに、少女の頬につうっと涙がこぼれ落ちる。
それを見て、俺は強く胸が締め付けられた。
他人の俺には、肉親を失った彼女の気持ちなんてわからないし、安易に共感するべきではないと思う、けれど、でも。
どうして、こんなにもメイド服の似合う女の子が、悲しい涙を流しているんだろうか。
その涙を止めたいという使命感にも似た思いが、ほとんど無意識に口を動かしていた。
「……じゃあさ、働いてほしい」
「え?」
きょとんと瞳を丸くしたトニトリアに、俺は言った。
「俺には、やりたいことがあるんだ。ここに……ここで、この学校でメイドカフェを、開きたい。だから、その店員になってほしい」
「メイド……カフェ……?」
首をかしげるトニトリアに、俺はかいつまんで説明した。
「そうだよ。ええと、飲み物とか手作りの軽い食事とかを出す静かな店で、紅茶とコーヒーの匂いがして、内装は木目調で日当たりがよくて、そんな穏やかな空間に、白いフリルのついたヘッドドレスのメイドさんがいて! 誰でも柔らかい笑顔で迎えてくれる、そういう、平和で優しい店を開きたいんだ!」
トニトリアはしばし呆気にとられたような顔をしてから、何とか飲み込んだように頷いてくれた。
「……よく分からないけど、分かった。ここみたいなカフェで、今のあなたみたいな、メイドの服装で働けばいいの? それぐらいなら、安いもの」
「本当⁉ ありがとう。えと、アルバースさん!」
交換条件の事情を考えてみれば、とても褒められた反応ではないだろうが。それでも俺は嬉しくて、思わず声を上げてしまった。
こんなにかわいい子が、俺の店でメイドとして働いてくれるなんて――その光景を想像するだけで、少し涙が出そうになる。
すると、トニトリアは急に俺の手を包むように握った。
「……トトリ」
「え」
「私の名前。トニトリアじゃない。仲のいい人は、トトリと呼ぶ。
呼んでほしい。ノクトはもう仲間だから」
見つめ合う青い瞳の中に、今の俺の顔が見えた。
そこに映る、夜空色の髪をした少女は、おずおずと小さな唇を開いた。
「……トトリ」
「うん。ノクト。じゃあ、これからよろしく」
そう言って、彼女はそよ風のように俺の頬にキスをした。
――それから店を出ると、俺とトトリは意外な顔に出会った。
ルークだった。
どうやら、授業に行くところを偶然に通りがかったらしい。
「ノクトっ⁉ な、なんでアルバースさんと一緒にいるのさ⁉ しかも手を握って
それと君、なんでメイドになってるんだよ! ま、まさか二人とも……」
「あ……」
やばい。何か、よからぬ勘違いされている気がする。
「いや、違うんだ。ルーク、俺と彼女は、そういうのじゃなくて! あと女装癖、というか変身癖があるのでもなくて――」
「何がちがうんだよノクト! 君は今僕の思春期に重大な影響を与えているぞ!」
「うるさい。どいて」
トトリがルークの肩に伸ばした手は、まるで荷物をどかすような手つきだった。
「私とノクトはこれから大事な打ち合わせをするの。どいて。
行こ? ノクト」
そしてトトリに手を引っ張られる。
そんな俺のもう片方の手を、ルークががしっと強く掴んで引き留めた。
彼は顔を真っ赤にして、泣きながら懇願するように叫んだ。
「だ、ダメだ! 行かせないぞ、ノクト! い、いま、ここで君を彼女と行かせたら、僕の性癖はとてつもなく致命的にねじ曲がってしまう!」
「いや、気持ちは分かるけど落ち着け!」
……結局、そんなルークの剣幕に押される形で、俺は合意の上でトトリの事情を説明した。すると。
「……じゃ、じゃあ、僕も協力するよ」
「いらない。足手まとい」
「そ、そんなばっさり言わなくても……! そうだ! これを見てから判断してよ!」
ルークは手をかざして、自分に魔法をかけた。
ふわりと、彼の体が浮き上がる。
「見て見て! 昨日やっと覚えたんだ。初級重力魔法! こうやって人や物の重力を軽減して浮かべられるんだ!」
「えと、すごいな」
「だろ!」
お世辞のように口にした俺の言葉に、ルークは素直に喜んだ。
ちらりと、トトリの顔色を窺うと、彼女はため息交じりに呟いた。
「……囮程度にはなる、かも」
「でしょ!」
ルークは素直に喜んだ。それでいいのかお前。
さておき、とん、と魔法を終えて石畳の上に着地すると、少年は先ほど俺たちが出てきたカフェを指して。
「じゃあ、さっそく闇部活討伐の作戦会議だ! そこのカフェでいいだろ? 安いし、僕おごるよ!」
「そこは、さっき寄った」
「じゃあ別の店だね! えっと、この辺だと他になにがあるかな!」
「私たち、日に二度も朝食とらないといけないの?」
うんざりしたようにトニトリアは言った。ルークは慌てて首を横に振った。
「だ、だったらさ……二人とも僕の家に来ない? き、近所だから」
「ノクト。あなたの家にしよ」
「いや、俺の家狭いし……」
「大丈夫。行こう」
トトリは再び俺の手を引っ張った。
慌てたルークの足音がその後ろに続く。
その時、頭の中でずっと黙っていたアウローラの声がした。
『よかったですね! ノクト』
……なにが?
『人間様にとって、友達はとても重要なものです。これからも仲良くしていきましょう』
友達、なのかな?
『はい。私にはそう見えますよ!』